魔王の崩御
「崩御……だって?」
俺は、キィスたちからその情報を聞いて、目を丸くした。
崩御。
つまり……魔王が死んだってことか。
魔族にとっては一大事と言える出来事だ。
「死因は?」
「それは、まだ調査中ですわ」
「情報規制がされているようで、私たちもまだ詳しいは手に入れられていないんです」
「そうか……」
情報規制されているってことは、持病の悪化とか寿命とかの類じゃなさそうだな。
なにか、やむにやまれぬ事情があるのかもしれない。
「噂では、魔王の実子である『ニーズ・フィヨルド』が暗殺したのではと囁かれていますね」
そう考えていたら、エマがそんな補足をしてきた。
「ニーズ…………ああ、あいつか……」
「? 知り合いだったりするんですの?」
「知り合いってほどでもないんだが、前に一度、会ったことがある奴だ」
ニーズ・フィヨルドといえば、昔、一度手合せしたことがある。
あのときは、魔族がミーミル大陸に攻め込むのを阻止するために、火焔が俺とニーズに決闘をさせたんだよな。
こんなところで、あいつの名前を耳にするだなんてな。
にしても……暗殺か……。
「……ニーズが魔王を暗殺したっていうのは、信憑性のある話なのか?」
「いえ、これについてはただの噂です。現魔王が亡くなったら、次代の魔王はニーズ・フィヨルドで決定だという風潮でしたからね」
うーん……。
そんなことをするような奴には見えなかったんだけどなぁ……。
あいつと会ったのは、決闘をしたときだけではあるが、暗殺とかそういうことはしなさそうな感じだった。
暗殺をするくらいなら堂々と真正面からぶっ殺す、みたいな印象だ。
この何年かで、性格とか考え方とかが変わった、という可能性も否定できない。
でもまあ……どれだけ考えても、今ある情報だけでは憶測の域を出ないな。
「これでニーズって奴が魔王になってくれりゃあ、人族としては大助かりなんだけどな」
と、俺がそう結論付けたところで、キィスが意味深なことを言いだした。
「? なんで大助かりなんだ?」
「今回崩御したっつう魔王は、どうも多種族との戦争賛成派みたいでよ、なにかと危なっかしかったんだ」
「私たちが偵察任務に就いたのも、最近、魔族が戦争の準備を行いだしている、という噂が流れてきたからなんですよ」
「10年くらい前にも侵略戦争を仕掛けて惨敗しましたのに……懲りない種族ですわよね」
……魔族はまた戦争をしようとしていたのか。
リアナも言っているが、本当に懲りない奴らだな。
今度戦争を起こしたら、龍王や精霊王が黙っていないっていうのに。
どうしてそこまでして争いたがるんだ。
「それで、話の流れ的に、ニーズのほうは戦争に反対してるってわけか?」
「明確には口にしてないみたいだけど、そうらしいぜ」
「というより、魔王以外の魔族は、だいたいが戦争反対派なんです」
「そうか……」
ニドルク・フィヨルドって奴は、本当になにを考えてたんだ。
故人を悪く言うもんじゃないじゃないけど、思わず『馬鹿じゃないのか』と言いたくなってしまう。
これでもし戦争を始めてたら、海に住む魚人族以外の全種族が結託して魔族を潰しにかかってたかもしれないんだぞ。
「まあ、本当に魔王が代わるっていうなら、今言った戦争もなくなるだろうぜ」
「早く魔王城から公的な声明を出してもらいたいですわ」
「そうすれば、すぐにでも帰ることができるのにね」
「…………」
キィスたち4人は、そこで一斉にウンウンと頷いた。
戦争をする気配がなくなれば、こいつらはウルズ大陸に帰れるわけだな。
そうなってくれるなら、俺としてもホッとする。
冒険者はいつ死んでもおかしくない稼業だが、できることなら、こいつらには長生きしてもらいたい。
「……というか、この街の中央にある城って、魔王の住む城だったのか」
「おう、そうだぜ。ここは魔族の国『ニブルヘイム』の首都『ルレイル』だからな」
『ルレイル』といえば、ウルズ大陸でいうところの『ミレイユ』だ。
フヴェル大陸の始まりの町は、城下町だったんだな。
噂では、こっちは地球人が魔族と良好な関係を築けなくて、早い段階で調査を断念したらしい。
もったいない話だ。
「ところで、シンにぃはこれからどうするつもりなんだ?」
俺がため息をついていると、キィスがそんなことを訊ねてきた。
「ああ、俺は…………しばらくお前たちと一緒にいてもいいか?」
「え? 俺らと? それは別に構わねえっつか、むしろ嬉しいけど……いいの?」
「少しだけならな」
本当は、すぐにでもウルズ大陸に戻って、みんなに連絡を取るべきだ。
が、ここにキィスたちを置いていくというのも、ちょっと心配だったりする。
一人前の奴らに向かって心配と言うのは失礼なんだが、こいつらは俺の元教え子なんだから、これはしょうがないだろう。
こいつらの仕事が、もしも数日中に終わってくれたならば、俺と一緒にウルズ大陸へ帰るということもできるしな。
「うし! 決まりだな! そんじゃあ久しぶりにシンにぃとパーティーを組むことを祝って、今日はパーッと飲み食いしようぜ!」
「といっても、この部屋の中でですけどね。どこに魔族の目があるか、わかりませんので」
どうやら、キィスたちは俺を歓迎してくれるらしい。
パーッと飲み食い……か。
そういえば、俺って今、かなり腹が減ってたんだよな。
この宿も魔族の物だろうから、あまり騒げないだろうけど、キィスたちの善意は俺としても嬉しく思う。
「…………ど、どうぞ」
「……おっ、ありがとうな、クーリ」
「……っ……い、いえ……」
早速、クーリが俺の目の前に保存用の肉やサンドイッチといった食べ物と木製のコップを置いた。
相変わらず、彼女の声は小さいままなようだ。
でも、はにかむようにして恥ずかしがっているその表情を見ていると、ちょっとドキッとしてしまいそうなほどに綺麗になった。
それに、みんな成長しているわけだけど……クーリの場合は、特に胸のほうが――。
「あっ、今シンにぃ、クーの胸見てただろー」
「……っ……!!!」
「み、見てないっつの! いきなりなに言ってんだ馬鹿ヤロウ!」
ニヤリと笑うキィスに向かって、俺は怒鳴り声を上げた。
「…………」
「……く、クーリ……ほ、ホント見てないからな。俺、ホント見てないからな」
そして、恥ずかしそうに胸を隠すクーリに対しては、慌てて弁明を試みた。
ちょっと勘弁してくれ……。
こんなことで教え子から嫌われたくなんてないぞ……。
「不潔です不潔です不潔です……」
「教官には失望しましたわ! これだから殿方というのは愚かだと蔑まれるんですわ!」
俺の主張はあまり意味がなかったようで、エマやリアナまでもが厳しい目をし出した。
くっ……。
いったいどういうことだ。
さっきまで歓迎ムードだったのに、今では針のむしろ状態じゃないか。
「エマが潔癖症なのは、シンにぃも知ってるだろ」
「まあ……それは知ってるけど……」
「あと、アナのほうは、ただ単にクーの胸に嫉妬してるだけだから、あんま気にしなくていいぜ」
「だ、誰が嫉妬してるっていうんですの!? 変な出まかせを教官に吹き込まないでくれませんこと!?」
「え、でもホントのことだろ? アナってペチャパイだし――」
「キィィィスウウウゥゥゥ!!!!!」
「うおああああああぁぁっ!?」
リアナとキィスがいきなり取っ組み合いを始めた。
……胸のこと、気にしてたんだな、リアナは。
確かに、彼女の胸は昔とそんなに変わってないように見える。
クーリが『ボーンッ!』なのに対して、リアナは『ストーン』だ。
「身体的特徴を悪く言うキィス君なんて嫌い」
「ちょ、エマまで……今のはちょっとした冗談だろ……」
「知らない、ふんっ」
リアナにグーでボコボコに殴られているキィスは、エマにまで辛らつな言葉をぶつけられている。
事の発端はキィスにあるわけだが、ここまでくると、なんか可哀想になってるな。
というか、このパーティーは今までよく維持できたな。
よくよく考えると、男1女3というハーレムパーティーだ。
こうなると、男の発言権は極端に低くなったりしたことだろう。
俺の場合は、だいぶマシなほうだったかもしれないけど。
「女だらけのパーティーはつらいな、キィス」
「お、おう? まあ、結構大変だったぜ」
なんとなく、俺はキィスに労りの声をかけていた。
そうして、俺たちは宿屋の一室で再会の宴をささやかに続けたのだった。