成長
(……シンよ。お主、今なんで逃げたのじゃ?)
「いや……なんでって言われてもな……」
冒険者ギルドを出てすぐのところにある路地の裏手で、俺はクロスに問い詰められていた。
なんで逃げたのかって言われたら、そりゃあ驚いたからだ。
俺のことを知る奴は誰もいないと思ったから、あんな仮面を付けてたっていうのに、なのにそこで自分のキャラネームを耳にしちゃったら、驚くなってほうが無理な話だ。
(……まあ、お主が相当驚いているというのは、わしには痛いほど伝わってくるぞい)
わかってくれたか。
それなら俺も、説明が省けて大助かりだ。
でも、あんまり俺の心を読むんじゃねえよ。
プライバシーの侵害で訴えるぞ。
(どこに訴えるつもりじゃ……そんなことよりも、さっきお主に声をかけてきた者について考えるべきではないのかのう?)
「……ああ、さっきの?」
そういえばそうだ。
さっき俺に話しかけてきた奴は、なんで俺のキャラネームを知ってたんだ?
というか、仮面を被ってたのに、よく俺だって気づいたな。
向こうはフルフェイスヘルムを被っていたため、顔を見ることができなかった。
いったい何者だったんだ?
声的には、多分男だと思うんだが……。
「……あのとき確か……『シンにぃ』って言ってたな」
ふと、俺はさっきの男が口にした言葉を思い出した。
俺のことを『シンにぃ』と呼ぶ奴など、かなり限られている。
……どうにかして、さっきの奴の正体を暴く必要がありそうだな。
(手荒な真似はよしたほうがよいぞ。この場はお主にとって敵だらけの空間なのじゃからな)
「ああ、わかってる」
そんな目立つやり方は取らないさ。
さっきの男の素性を調べたいだけで、荒事をしようとしているわけではないのだ。
「とりあえず、あの男が冒険者ギルドから出てくるのを待とうか」
俺は物陰に隠れながら、ギルドの入り口を監視し始める。
どれだけ待つことになるかわからないが、ここは我慢だ。
もう一回あのギルドの中に足を踏み入れるより、路地で待ち伏せしたほうが安全だろう。
「……って、もう出てきたのか」
俺が張り込みを開始してから1分とかからず、例の男が建物から外に出てきた。
よし。
これはラッキーだ。
最悪、数時間はここで待たされることも覚悟していたぞ。
でも、男は俺がいるほうとは逆の方角に歩いてしまっていた。
こっちに歩いてきてくれたならば、もっと楽だったんだが、まあいいか。
(お主……いったいなにをするつもりじゃ?)
「なにって……話し合い?」
クロスに小さな声で答えながら、俺は男に近づいていく。
そして、俺は男の背後に立ち――。
「振り向くな。振り向いたら死ぬぞ」
「!?」
――俺は男の耳元でそっと囁き、首元を掴んだ。
それと同時に、俺は男の腕を取り、関節をキメながら薄暗い建物の建物の間へと誘導していった。
(なんか……暴漢がやるような言動なんじゃが……本当にこれでいいのかのう……)
う、うるさいな。
俺なりに、できるだけ穏便に話をするための行為なんだ。
これくらい大目に見ろ。
「……おい、お前はいったい何者だ? 答えろ」
俺はクロスから男のほうに意識を向けて、低い声で訊ねた。
場所が場所なので、慎重にいくべきだ。
ここが敵地となりうるということだけは、常に念頭に置かなくてはならない。
「その声……やっぱりシンにぃだろ?」
「……お前、俺のことを知ってるのか?」
「当り前だろ。っていっても、何年かぶりに会うんだから、俺のことはわかんなくてもしょうがねえか」
男は背中を向けたまま、頭につけていた兜を取った。
そして、ゆっくりとこちらに顔を向けてきた。
男は人族だった。
「……! その傷は……」
しかも、その男の頬には、切り傷のような跡があった。
これを見た瞬間、1人の少年の顔が俺の脳裏をよぎった。
「キィス……」
「お、やっとわかってくれたか。久しぶり、シンにぃ」
魔族の街で出会った人族の男は……かつて俺が冒険者活動を仕込んだ新米冒険者の1人、キィスであった。
「…………っ!!!」
「え!? きょ、教官!? ど、どうしてこんなところにいるんですの!?」
「き、キィス君! これはどういうこと!?」
俺はキィスに連れられて、とある宿屋の一室にやってきた。
すると、そこでさらにクーリ、リアナ、エマといった元新米冒険者のメンツとも再会を果たした。
キィスもそうなんだが、みんなかなり成長している。
最初に会ったときは小学生くらいだったのに、今では20歳くらいの立派な大人になっていた。
見た目的には、もはや俺のほうが年下みたいな感じだ。
「クーリ、リアナ、エマ、久しぶりだな。元気にしてたか?」
俺は、部屋にいたクーリたちに向かって軽く挨拶をしてみた。
相手が大人っぽく見えようとも、それで態度を変えるような俺ではない。
昔通りの接し方だ。
「は、はい、私たちは元気にやってました、けど……」
エマがキィスに視線を送っている。
なんで俺がここにいるのか説明してほしそうな目つきだな。
「いやー、ついさっき冒険者ギルドに行ったらさ、そこで偶然シンにぃと出くわしたんだよ」
キィスがそこで、俺と出会った経緯についてを語った。
俺が冒険者ギルドでなにをしていたのかとか、ギルドの外に出たら物陰につれられていったこととかも説明した。
「……で、きっとエマたちもシンにぃに会いたがるだろうなって思って、ここに連れてきたんだ」
「そうだったんですのね……こんなところで偶然にも再会できるだなんて、運命的なものを感じますわ!」
キィスの説明を聞き、リアナが頷き声をあげた。
リアナのほうは、今の説明で納得したようだ。
「私が訊きたいのは、もっと根本的なところなんだけど……」
が、エマのほうは、どうも納得しきれていないようだ。
まあ、そりゃそうだよな。
ここはウルズ大陸じゃなくてフヴェル大陸なんだから、再会できたにしても怪しすぎると考えてしまうだろう。
実際、俺もなんでこいつらがここにいるのかと思っているしな。
「少し話が長くなるかもだが、聞いてくれ」
ひとまず俺は、ミーミル大陸からこの地に飛ばされたことまでを順序立てて話していった。
すると、キィスたちは真面目な表情で、時折質問を挟みながらも静かに聞いてくれた。
「はー……シンにぃはシンにぃで、なかなかハードな日々を送ってたみてえだな」
「1人でこの地に取り残されるなんて……とんでもないことです……」
「私、教官と同じ目に遭ったら、まずマグマに落とされた時点で死んでますわ……」
「…………」
キィスたちは4人とも引きつった表情で、あるいは心配そうな表情で俺を見てきた。
同情はしなくても構わないぞ。
疲労と寝不足と空腹が重なっているものの、俺はまだピンピンしてるんだからな。
「それじゃあ、次はお前たちの番だ。なんでお前たちがフヴェル大陸にいるんだ?」
俺の話を続けてもしょうがないので、今度はキィスたちに喋ってもらうことにした。
魔族が幅を利かせているフヴェル大陸は、基本的に人族が来るようなところじゃない。
であるにもかかわらず、キィスたちがここにいるのは、なにかしらの目的があってのことだと思うんだが……。
「私たちは、魔族の内部情勢を偵察する任務をウルズの冒険者ギルドで受けまして……その途中です」
「て、偵察?」
おいおい。
それって、間違いなくAランクのクエストじゃないか。
最上級難易度といってもいいだろ。
「よくそんなの受けられたな」
「へへん! これでも俺らは4人ともAランク冒険者だからな!」
「ほほう……」
いつの間にか、キィスたちはAランク冒険者になるまでに成長していたようだ。
これは俺としても大変喜ばしく思う。
もう完全に一流の冒険者なんだな。
「……でも、リオはいないんだな」
「お兄様はフレイア家を継ぐ身ですから、私たちのような冒険者活動はしておりませんわよ」
「最近は会ってませんが、息災であるとは聞いております」
「そっか」
俺にとってはキィス、エマ、クーリ、リアナ、リオの5人が揃って1パーティーみたいな感覚だった。
そこでリオだけいないことにちょっとだけ寂しいものを感じたが、まあ、あいつだけは冒険者じゃなかったんだったよな。
ここにいないのも、しょうがないと言えばしょうがないか。
「それで、お前たちは4人でこの街にやってきたのか?」
「はい、そうです。今回の任務は極秘裏に済ませる必要がありますので、少人数での行動が求められていました」
「魔族の街でコソコソと動くのも、結構神経使うからな。4人が限度ってとこだぜ」
そりゃそうだな。
外でのキィスは顔を隠していた。
多分、ここではみんな人族であることを隠して行動しているんだろう。
であれば、あまり大人数で行動して目立つことは避けたいはずだ。
偵察任務中ということなら、なおさらだな。
「ちなみに、その偵察っていうのは、どれくらい前から続けてるんだ?」
「だいたい2週間前くらいからかな。実はまだそんなに長いことやってたわけじゃなかったりするぜ」
「あれ、そうなのか」
2週間でもそれなりに長い期間と言えるけど、わりと最近だと言うこともできる。
そもそも、偵察任務というのはどれだけの間続ければいいのか、わかりにくい仕事だ。
キィスたちはどれくらいの間、フヴェル大陸に滞在しているつもりなんだろうか?
というか、そもそも、この街にはキィスたちが偵察しなきゃいけないような情報があるのか?
「でも、すげえビッグニュースを仕入れられたから、もしかしたら俺らはすぐウルズ大陸に戻るかもしんねえぜ」
「ん? ビッグニュース?」
「シンにぃも聞きたい?」
「教えてもいいものなら、聞きたいな」
俺はキィスの目を見ながらコクリと頷いた。
「といっても、これは街の連中なら誰でも知ってるって情報なんだけどな」
キィスはそう前置きをして、エマに目配せをした。
すると、エマはコホンと咳払いをしたのち、キィスの言葉の先を続けた。
「――長らくフヴェル大陸を支配していた第127代目魔王、『ニドルク・フィヨルド』が、先日、崩御したとのことです」