異能機関総統補佐
「異能機関……総統補佐……?」
俺たちに挨拶をしてきたルヴィという女性は、自分のことをそう説明してきた。
「ええ。ですが私は、異能機関の実質的なトップだと考えていただいても構いませんよ」
「……へえ、そうか」
まさか、敵の親玉に近い存在がノコノコとこんな場所に現れるだなんてな。
ちょっと驚きだ。
どんな理由で俺たちの目の前に現れたかは知らないが、ここは叩かせてもらおう。
「実質的なトップというわりには、あんまり仲間を率いていないようですが?」
サクヤがルヴィに問いかけた。
確かにそうだな。
トップの人間が前線にやってきたというのに、仲間は3人しかつれてきていない。
まだどこかに伏兵が潜伏しているとかか?
「いえいえ、そうでもありませんよ?」
と思っていたら、物陰からゾロゾロと、武器を持った連中が湧いて出てきた。
こいつらも全員、異能機関の連中か。
ざっと10人くらいはいそうだ。
わざわざすぐ近くに隠れてるんじゃねえよ。
「ここだけでなく、町中のいたる所で異能機関のメンバーが地球人に襲撃をかける手筈になっています。練度はあまり高くありませんが、まあ、足止めくらいはしてくれるでしょう」
……しかも、ただの捨て駒扱いか。
よくそんなんで組織が成り立つな。
変な連中だ。
この場にいる敵以外は、ひとまず他の奴らに対処してもらおう。
ウルズからの遠征組や、【ミーミル連合】の連中なら、きっと撃退してくれるはずだ。
「俺は目の前にいるこいつらを叩くから、ミナたちは周りの敵を頼む。クレールたちも、ミナたちをフォローしてやってくれ」
戦闘体勢である敵の集団を見て、俺はそいつらの相手をミナたちに任せた。
人数的にはこちらが劣勢だが、問題ないだろう。
敵の大多数は養殖連中だろうし、こっちには頼れるアース人の助っ人がたくさんいるからな。
「……ええ、わかったわ」
「シンさん……お気をつけて」
「危なくなったら、いつでも私たちを呼んでね」
「我らがいる限り、誰も死なせはせんから、シン殿は安心して戦うがいい! フッハッハッハッハッ!」
こうして、ミナたちは今出てきた敵の集団のほうへと走っていった。
「それで、私たちの相手はあなた1人でするつもりですか?」
レヴィが俺に訊ねてきた。
ミナたちと別れたことによって、俺は1人になった。
目の前にいる敵は3人いる。
でも、やることはなんら変わらない。
「お前たちの相手くらい、俺1人で十分だ」
覚悟を決めた俺は、いつでも戦闘に入れるよう姿勢を低くする。
「勇ましいですね……そういう子、私は好きですよ」
「そりゃどうも」
「ああ、でも私は戦いませんよ。戦うのは、ここにいるカルアだけです」
「……なに?」
「私は私で、やることがありますからね。いつまでも子どもに構っていられるほど暇ではないのです」
「…………」
……いったいなにを考えているんだ?
どうやら、なにかしらの目的があってここに来たみたいだが。
こいつらの思惑が全然読めない。
「さあ、出番ですよ、カルア。私の力で九死に一生を得たのですから、少しくらいは役に立ちなさい」
「……言われなくってもやってやる。こいつは俺の獲物だからな」
ルヴィに催促され、カルアが前に出てきた。
さっきケンゴにやられたからか、だいぶ不機嫌な様子だ。
「つっても、俺もこいつとマトモに戦う気なんて、サラサラないけどな!」
「!」
カルアが俺に向けて指差しをした。
それは、これまで散々頭を悩ませ続けられた、ある現象が起こる前の動作と一致している。
馬鹿の一つ覚えだ。
「何度も同じ手が通用すると思うな! カルア!」
俺はカルアのほうへと走り出す。
その瞬間、足裏から地面を踏みしめる確かな実感がなくなっていき、前に進むのも難しくなった。
いつもの、摩擦抵抗を消す力か。
これのせいで、今までろくにカルアへと近づくことができなかったんだよな。
でも、そんな小細工がいつまでも通用するとは限らない。
足を滑らせて倒れる前に、俺はアイテムボックスから小型の白い箱を複数取り出し、背後に投げた。
「ぐぅ……っ!」
すると、背後に投げた小箱が爆発した。
その爆風により少量のダメージを受けるものの、風の力を得て、俺の体は前へと前進する。
爆弾系のアイテムは、本来、いつかこんなときが来ると思って用意していたものだ。
単純に俺自身の物理攻撃力のなさをカバーするために使うこともできるが、今使った小型爆弾は、カルアの足止め潰しのためだけに仕入れた。
コンディションは完璧といかなかったが、対策は万全だ。
今日こそ、こいつとの戦いを終わらせてやる。
「な!?」
カルアが近づく俺に驚いている。
あいつからしたら、今ので俺を完全に無効化できるとでも思っていたんだろう。
「いくぜ! 馬鹿ヤロウ!」
「グッ!?」
俺はカルアに『クロス』を叩き込む。
向こうは戦闘体勢でなかったのもあって、綺麗に決まった。
ダメージはないが、それも今だけだ。
いずれ効くようになる。
「クソッ! 調子に乗るんじゃねえ!」
カルアは弓を手放し、腰に差していた2本の短剣を手に持った。
俺の攻撃を短剣で受け流そうって腹積もりか。
だが、そんなことが俺相手にできると思うな。
ここからは、今出せる全力でいかせてもらう!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
「!?」
俺は《範囲停滞》、《身体加速》、《精神加速》を全力で発動し、カルアに怒涛の連続突きを放った。
それに対するカルアは、俺の速度に追いつけていない。
ここにくるまでで、俺もだいぶ疲弊している。
ミサキ戦で出した速度と比べると、今はかなり遅い。
けれど、それでもカルアを圧倒している。
もともと、『時間暴走』なしでもギリギリ戦えていた相手なのだから、この結果は当然だろう。
これなら……勝てる。
今日こそは、こいつとの因縁を断ち切ってやる!
「っグ……やめろっ………クッ………チクショウ!!!!!」
「!」
と思っていた矢先、カルアが苛立ったように怒鳴り声を上げた。
すると突然、俺の体調に若干の異変が起こった。
……なんだ、これは。
妙な倦怠感が出てきた……のか?
よくわからない。
それに、なぜか急に、『時間暴走』の出力がガクンと落ちた。
カルアが怒鳴る前と今とでは、半分くらいの力しか出せなくなっている。
「!?」
異変はそれだけにとどまらなかった。
俺の体調の異変とは裏腹に、カルアのほうは……なぜか動きが機敏になった。
さっきまで俺が速度で圧倒していたはずなのに、今ではほぼ互角か、カルアのほうが若干速いくらいになっている。
いったいどうなっているんだ。
「……チクショウ…………チクショウチクショウチクショウ! ふざけやがってええええええええええええぇぇぇ!!!」
そして、なぜかカルアは悔しがっている。
なんでだよ。
ここはむしろ、俺のほうが悔しがるところだろ。
どうして、お前がそんな怒ってるんだよ。
「クソッ! 死ね死ね死ね死ね死ね!!! お前なんか死んじまえ!!!!!」
カルアが怨嗟に満ちた言葉をまき散らしながら、俺に攻撃を仕掛けてきた。
激昂した理由はわからないが……とにかく、今の状況は俺にとって悪い流れだ。
異能によるスピードのアドバンテージが消えた以上、これからは厳しい戦いになる。
「…………」
……と思っていたが、それほど厳しくはならなかった。
さっきまでと比べて、カルアの動きには大きなムラができていた。
加えて、俺が行使する異能のほうも、出力が落ちた分、以前よりも扱いやすく感じた。
こうした事情から、俺とカルアの戦いは、俺のほうが優勢のまま進行していった。
「グッ……なんだこの扱いにくい異能は……クソッタレが!」
「…………?」
カルアが益々怒っている。
だから、なんでお前はそんなに怒ってるんだよ。
どうも、戦闘が劣勢だからという理由だけではないように見える。
なんというか、冷静さを失いすぎだ。
「さっき、お前はいったいなにをしたんだ?」
俺はカルアに訊ねた。
訊ねつつも攻撃の手は緩めなかったから、これの返事はこないものと思いつつも、つい言葉にしていた。
「お前に説明してやる義理はねえよ! さっさと死ね!」
「……そうかよ」
やっぱり、聞く耳持たずか。
だったら、さっさと決着をつけてやろう。
お前との戦いはもううんざりだ。
「う……ぐ……! …………なんで避けれないんだよクソがあああああぁぁ!!!」
『クロス』の特殊効果もあいまって、俺の攻撃を避けることすらままならなくなったカルアは、追撃を受けながらも激しく怒っていた。
もはや、見苦しいな。
そして、こんな奴に今まで散々手こずらされてきたのかと思うと、自分自身に苛立ちすら感じる。
もういい。
早く決着をつけよう。
こいつのHP的にもスピード的にも、そろそろアレでトドメをさせる段階だ。
そう思った俺は、最後の攻撃を仕掛けるべく、アイテムボックスに大盾をしまって――。
「そこまでだよ」
――目の前に突然、覆面の男が現れ、俺に触れてきた。
「ッ!!!!!」
俺はその瞬間、アイテムボックスから手を引き抜き、ポケットに入れていた異能潰しのプレート『アビリティジャマー』を取り出そうとした。
この男は空間転移系の異能を持っている。
異能を発動させられる前にアビリティジャマーを使わないとマズイ。
「くっ!?」
それがわかっていたのもかかわらず……俺がプレートに手を触れるよりもわずかに早く、覆面の男の異能が発動した。
周囲の景色が一瞬にして変化する。
……一歩遅かったか。
カルアとの戦闘に気を取られ過ぎていて、この男の存在を失念していた。
ぐぅ……。
一番厄介なのは、カルアなんかじゃなくてこの男だろうが。
なにをやっているんだ俺は。
だが……まあいい。
かつては逃げられたが、今回は逃がさない。
俺の手は、すでに男の腕をがっしりと掴んでいる。
カルアを倒しそこなった代わりといってはなんだが、お前はここで倒させてもらう。
――そう思った直後。
「……………………ッ!?」
俺は、自分たちがどこに転移したのか、そこでやっと理解した。
今の俺たちは、自由落下をしている最中だった。
そして、真下には――――グツグツと煮えたぎるマグマの海が広がっていた。