ラグナロク
ケンゴは上空を飛ぶワイバーンを見ながら、心のなかで苛立っていた。
(危ねえなぁ……気づくのがもうちょっと遅れてたら、大惨事になってるところだったぜ)
ワイバーンに乗るカルアが放った矢は、闘技場の3割を粉々に砕く。
『未来予知』により、ケンゴの脳裏には、そのような未来が映し出されていた。
当然、その際に発生する怪我人の数も多いと予想された。
なので、ケンゴは先に観客誘導の手配を進めるため、カタールやセレスに事情を説明した。
そのあと、シンたちのところへとやってきた。
ここまで後手に回ってしまったのは、今の今まで、ケンゴがこれから起こることを異能で感知しきれなかったことにある。
団体戦の決勝が終わるころまでは、『未来予知』で平和な未来を予知していた。
しかし、事態は急変して、ケンゴは急な対処を強いられることになった。
常に異能を使い続けられるわけではないため、どこかしらのタイミングで隙が生まれることも多々ある。
が、今回は別の要因が絡んでいるのだろう、とケンゴは予想した。
(なんにせよ、まだ挽回できないこともねえわな)
ケンゴは、団体戦に横槍を入れた異能機関を全力で叩くつもりでいた。
「よしきた。そんじゃあいっちょ、ハエ叩きでもしてくるぜ」
なので、ケンゴはシンに了解を取ってから剣を抜き、カルアを見据えてスキルを発動した。
「……剣王流奥義、『玄武』」
カルアのいる方角に向かって、ケンゴの足元から岩が勢いよく突き出た。
これにより、ケンゴの体が上空へと飛びあがる。
「剣王流奥義、『白虎』」
次にケンゴは、岩の上からジャンプするタイミングで、2つ目のスキルを発動させた。
瞬間移動系スキルである『白虎』の効果により、ジャンプの勢いが通常の数十倍に跳ね上がる。
「剣王流奥義、『青龍』!」
勢いよく空を飛びつつ、ケンゴはスキルを発動させるため、剣を大きく振るった。
剣の軌跡から大量の水が出現し、それはやがて龍の形となっていく。
「あらよっと」
その龍の背に乗って、ケンゴはカルアとの距離をさらに縮める。
しかし、立て続けに3つの大技を使用してさえも、両者の間には数十メートルの距離があった。
「……どうやら、これ以上は飛んでこれないみたいだな」
カルアが独り言を呟く。
その声は数十メートル先にいるケンゴには届かない。
なにかを喋っている、ということ以外は伝わらなかった。
けれど、ケンゴはこのときカルアがなにを考えているのか予想がついていた。
(俺がこれ以上近づいてこれないと思って、油断でもしてるんだろうかね)
カルアの表情には余裕が見えた。
それを察したケンゴは、その余裕が今に消えることを確信しつつ、剣を一度、鞘にしまう。
「?」
ケンゴの挙動に、カルアが首を傾げる。
それと同時に、ケンゴが持つ純白の剣が、突然強く発光し始めた。
「……ここまでくりゃあ、地上に害を及ぼすこともねえからな」
「!!!」
まばゆい光に目をくらませつつも、それを見たカルアが驚きの表情を顔に張り付ける。
「――抜刀」
ケンゴが剣を抜く。
「『ラグナロク』」
――神器『ラグナロク』が解き放たれた。
ケンゴが居合い切りの要領で剣を抜く。
すると、剣先から巨大な白色の光線が吹き出し、カルアとワイバーンに迫った。
「ぐッ……!」
光線が迫りくる直前。
カルアは直感で身の危険を察知し、ワイバーンから飛び降りようとした。
「……ぅ……アアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ!!!!!」
しかし、その動作にもケンゴは対応し、カルアとワイバーンの両方に攻撃が届くよう、剣を振るっていた。
これにより、ワイバーンは片翼を切り落とされ、カルアは胴体を真っ二つに切り裂かれた。
そして――ケンゴたちよりもさらに上空に浮かぶ雲までもが、斜めに大きく割れることとなった。
「……ふー……相変わらずデタラメな攻撃範囲してやがるぜ」
ケンゴの振るった剣先の延長線上にあるものは、圧倒的な切断力と果てしない長さの光の刀身によって、そのすべてが切り裂かれる。
これこそが、神器『ラグナロク』に秘められた力であった。
究極の一刀。
一度放てば、数百メートル先の物体をも切り裂く。
しかし、その強力無比な性能に、ケンゴはいつも悩まされていた。
下手をすれば、味方や、切らないほうがよかったものまで切ってしまう。
地上では、とても使える代物ではない。
使いどころの難しい能力であった。
さらに、この力は使用するのにも、1日以上のクールタイムを必要とする。
そのため、連発することができないという点も、欠点として挙げられた。
非常に使いにくい。
この力は、実戦で使うことなどまずないだろう。
それが、この神器に対するケンゴの評価だった。
「それで、だ。神器の切れ味はどうだったよ? ワルガキ」
ケンゴは上半身だけとなったカルアに声をかけた。
けれど、カルアからの返答はない。
カルアのHPはすでにゼロとなっており、とても会話をできる状況ではなかった。
「てめえには俺のダチが世話になったみたいだからな、容赦なくいかせてもらったぜ」
驚きと激痛によって歪んだ表情をしたカルアが自由落下していくのを、慣性によっていまだ上空へと昇っていくケンゴは見続ける。
地球人を手にかけたのは初めてではないものの、何度やっても嫌な感じだ。
そう思いつつも、ケンゴはこれでよかったのだと自分に言い聞かせる。
「……ったく。地球に戻ったら、まっとうに暮らせよ」
最後にケンゴはそう呟き、カルアと同様、アースの重力によって落下を始めた。
と、そこでケンゴは気づいた。
「あ……着地はどうすっかな……」
空に飛びあがったまではよかったものの、着地のことまでは考えていなかった。
このままでは地面に正面衝突してしまう。
「……まあ、なるようになるか」
が、ケンゴに焦りはなかった。
この程度の窮地など、今まで経験した窮地のなかでは生ぬるいほうだと思ったためである。
「とりあえず……こう、剣の風圧でフワッとだな……」
ケンゴが地面に向かって剣を構える。
「すぅ…………フッ!!!!!」
そして、地面まであと十数メートルといったところまで下りてきたところで、ケンゴは剣を振り下ろした。
剣の腹部分で風を起こすように振るい、ケンゴの体は一瞬だけ浮き上がった。
「おおーできたできた。さすが俺だぜ」
ノーダメージで地面に着地し、ケンゴは剣を鞘に納めながら呑気な声を漏らす。
ケンゴの起こした風の影響で、地上にいた町の住民が『台風でもきたのか!?』とにわかに騒ぎ出したが、人や物に目立った損害はなかった。
「……闘技場からだいぶ離れちまったな。さっさと戻るか」
周囲の喧騒をよそにして、ケンゴは闘技場の方角へと目をやる。
一度上空へと飛んだ結果、元いた場所からは500メートル以上離れた場所に着地していた。
はやくみんなのところへ戻ろう。
そう思ったケンゴは、闘技場に向かって走り出そうとした。
「さすがは剣王。子ども相手にでさえも、手を抜くことはありませんでしたか」
「…………?」
だが、そこでケンゴは1人の女性に声をかけられ、走るのをやめた。
「……俺になんか用か? 見たところ、てめえも地球人みてえだけど」
ケンゴは警戒しつつ、声をかけてきた女性を観察する。
(今、『子ども相手にでさえも』って言ったよな? こいつ、あのワルガキの知り合いか?)
目の前にいる女性との面識はない。
けれど、日本人らしい顔つきと黒目黒髪を見れば、地球人であることくらいは察することができた。
また、先ほどの言葉から、この女性は自分たちの敵なのではないかと思い、ケンゴはいつでも戦闘態勢に移れるよう、剣に指を添える。
「用があると言えばあると言えますし、ないと言えばないと言えます」
「どっちだよ。あんまふざけたこと言ってっと、さっきのワルガキみてえにぶった斬るぞ」
「まあ怖い。そんな目で睨まれてしまうと、私、ショックで失神してしまいそうです」
「……てめえ、よっぽど俺に斬られたいみてえだな」
「そういうわけではありませんよ。ああ、それと、今あなたが言った『ワルガキ』というのは、あの子のことですか?」
「!?」
ケンゴが女性の指差した方向に目を向けると、そこには覆面で顔を隠した男と、槍を持った男、それに表情を暗くしているカルアの姿があった。
カルアのHPは全回復していた。
それを見て、ケンゴは目の前にいる女性を睨んだ。
「……おい、あいつを回復したのは、てめえか?」
「そうですよ。私の異能『癒し手』によって、あの子の肉体と精神を完全回復させました」
「『癒し手』……ねえ」
その異能の名称を耳にした瞬間、ケンゴは目の前にいる女性が何者であるのかを理解した。
「まあ、あなたにやられたことで、少々プライドのほうが傷ついているようですが――」
話が終わるのを待たずして、ケンゴは剣を抜いた。
目の前にいる敵は、今ここで倒すべきだと判断したがゆえに。
「おっと、そうはいかないよ」
「!?」
が、そんなケンゴの一撃を防ぐ者が現れた。
「お前の相手は俺がするよ。相手にとって不足なし!」
「……ああ、いいぜ。俺もてめえとはやりあいてえと思ってたんだ…………トウマァ!!!」
そうして、ケンゴは突如乱入してきたトウマとの戦闘を開始した。