奇襲再び
視認するのも難しい遥か上空に、弓矢を構えるカルアがいた。
俺はそれを見て、舌打ちをしそうになった。
あいつ……あんなところでなにをやっているんだ。
まあ、俺たちの前に姿を現したということは、つまりは戦いにきたということなんだろうが。
あんなところから矢を放たれたら、妨害することもできやしない。
でも、その分、回避するにしろ防御するにしろ、時間的に余裕がある。
ケンゴに気づかれた時点で、この奇襲は、まず成立しないだろ――。
「シン! 今からくる矢、5分は止めろ! その間に観客の避難を進める!」
「え……?」
観客の避難……?
それに、矢を5分止めろだって……?
「くるぞ!」
「!」
俺が首を傾げていると、カルアがこちらに向けて矢を放った。
なので俺は、ひとまずケンゴの言う通り、その矢を止めることにした。
矢を止めるだとか観客の避難だとか、そこまでやる必要があるのかと、疑問ではある。
だが、これは他ならぬケンゴの決定だ。
それだけのことをする必要があるのだろう。
「すぅー……………………《時間停止》」
精神統一し、俺は迫りくる矢の時間を停止させた。
矢が俺たちのところに着弾するまであと2、3秒といったところだったが、どうやら間に合ったようだ。
でも、ケンゴの言う通り、5分間アレを止め続けるのはつらいな。
突発的に起こしてしまう《時間停止》とは違って、今は任意で発動している。
意識して止め続けるのは、なかなか難しいし、負担もデカい。
……にしても、なんだよ、あの矢は。
普通の金属製の矢かと思ったんだが、アレには当たっちゃいけないという予感が伝わってくる。
時間的には止まっているはずなのに、死の危険を感じた。
それも、カルアの手から離れた数秒後にだ。
こんなふうに思わせるのも、ひとえに神器の成せる力か。
カルアは今、神器『アルテミス』で矢を放った。
すなわち、あの矢には、飛んだ飛距離に比例した破壊力が上乗せされることとなる。
これを見越して、カルアは俺たちから距離を置いたところから攻撃を仕掛けてきたんだろう。
数百メートル先からの攻撃でだと、どれほどの威力になるのか、俺には見当もつかない。
でも、ケンゴが観客の避難を仲間に指示しているところを見る限り……多分、とんでもないことになるんだろうな。
「……なんか、変な横槍が入ったっスね」
俺の傍にいたミサキが声をかけてきた。
本当にな。
せっかくの真剣勝負に水差しやがって。
まあ、一応勝負自体は終わってるから、別にいいんだけど。
……いや、やっぱり全然よくないか。
「手助けが必要なら言ってくださいっス。俺たちも力になるっスから」
「それは助かるな」
時間を止め続けるのも結構厳しい。
ここは、ミサキのお言葉に甘えさせてもらおう。
さっきまでは敵だったが、今はこいつらも俺たちの仲間だ。
「俺があの矢を止めていられる間に、お前たちは観客の誘導を頼む」
「了解っス」
「なにがなんだかわかんねえけど、とにかく観客を退避させりゃあいいんだな!」
「3分で済ましたるさかい。それまで踏ん張りいや」
そうして、ミーミルの連中は動き出した。
3分で済ませるとか、頼もしいな。
こっちとしては、早く済ませられるのに越したことはない。
「おら! いつまで寝てんだソラ! 起きろ!」
「むぅ……あと5分……」
「5分も待てるかボケェ!」
……若干1名、非常に頼もしくない奴もいるみたいだが、そいつについては放っておこう。
逃げおくれたとしても、あいつは大丈夫っぽそうだしな。
異能的に考えて。
「矢の止める仕事、俺にも手伝わせてくださいっス」
「なに?」
タケルの叫びに苦笑いを浮かべていると、ミサキが俺の隣に立った。
「時間の制御、もうちょっと緩くしても平気っスよ。緩くした分は俺が補うっスから」
「?」
ミサキはなにをしようとしているのだろうか。
よくわからない。
でも、なにかやれることがあるから、俺の隣にいるんだろう。
ここは、こいつの言うことを聞いてみるか。
そう思った俺は、矢の時間をゆっくりと進め始めた。
「…………《停滞》」
「!」
すると、少しずつ動いていた矢が再び止まった。
「これが俺の異能っス。加速はできないっスけど。それ以外はあなたのと似たような力みたいっスね」
「……そうだったのか」
だからミサキは、大将戦で俺とぶつけられたのか。
同じ時間制御系の異能者同士なら、やりようによっては勝機も見いだせると思ったんだろう。
であれば、危なかったなぁ……。
もしかしたら、俺が負ける可能性もあったんじゃないか?
最初から全力で勝負に出て正解だった。
「試合開始直後にお前が異能を使っていれば、もしかしたら結果も変わってたかもしれないな」
「……使ってたんスけどね」
「え、なんだって?」
「なんでもないっス」
「?」
ミサキはときどき小声で話す奴であるようだ。
多分、独り言をするのがクセなんだろう。
「それより、あの矢を撃った人はどうするつもりっスか? 俺たちとしては、ミーミル連合主催の祭りに水をさした奴は半殺しにするつもりっスけど」
「半殺しと言わず、全殺しでも構わないぞ。あいつらは異能機関だ」
「うわ……機関の連中っスか……じゃあ遠慮しなくていいっスね」
どうやら、ミーミルの連中も異能機関は敵として認知しているようだ。
まあ、異能機関は地球でもテロリスト扱いされている集団だからな。
関わらないでいられるのが一番なんだが、向こうから近づいてくる場合は戦うしかあるまい。
「でも……反撃するには遠すぎるっスね……」
「そうだな……」
上空数百メートルといったところにカルアがいる。
ワイバーンに乗って空を飛ぶあいつに攻撃するのは、俺たちにはできない。
せめてもの救いは、あいつが次の矢を放たないことか。
もしかしたら、神器『アルテミス』の特殊効果は一発ずつにしか発揮されないのかもしれないな。
「ぐ……くそぅ……俺の電磁砲も当たりやしないぞ……」
さっきから白崎が電磁砲を撃っているが、カルアはそれをワイバーンに乗りながらヒョイヒョイとかわしている。
ワイバーンを乗りこなしてやがる。
前から思っていたが、無駄に多才な奴だな。
もしかしたら『騎乗』のスキルでも持ってるのかもしれないが。
なんにせよ、非常にイラッとくる。
「攻撃が当たらないんだったら、私が行ってやるわぁ!」
俺たちが頭を悩ませていると、そこにクルルの大声が響き渡った。
そういえば、彼女は『浮遊』とかいう異能を持ってたんだっけか。
なら、カルアのいるところまでも飛んでいけるな。
……しかし、それにはかなりの危険が伴う。
あのカルアという男に対しては、舐めてかからないほうがいい。
狡猾さでいったら、俺はあいつ以上の人間を知らないくらいだからな。
俺たちが油断してあいつに近づいた瞬間、2射目を放ってくるってこともあるかもしれないし、下手にクルルを近づかせないほうがいいだろう。
「いや、それにはおよばないぜ」
と思っていたら、今度はケンゴの声が聞こえてきた。
「ワリい。やっと避難誘導の指示が終わったから、次はあのワイバーン野郎を処理しにかかるぜ」
「処理って……ケンゴがか?」
「おうよ。別に、構わねえよな?」
「…………」
俺は返答をためらった。
が、それも一瞬のことで、すぐさまケンゴに答えた。
「ああ、やっちまっていい。今は私情を挟んでいる場合じゃないからな」
カルアとは俺自身が決着をつけたいところなんだが、倒せる機会があるのであれば、ケンゴに任せてもいい。
いつまでもあいつを野放しにしているほうが、よっぽど危ないからな。
「よしきた。そんじゃあいっちょ、ハエ叩きでもしてくるぜ」
そしてケンゴがそう言い、剣を抜く音が聞こえてきた。