ミーミル勢の思惑
「まさか、ここまで勝負がもつれこむやなんてな」
【ミーミル連合】側に用意されたベンチに腰掛けるカザネが、『ふう』とため息をこぼした。
「ウルズ側の出場メンバーがわかったときは、『あ、これ3タテできるわ』って思っとったんやけどなぁ」
そして、カザネは隣に座るタケルへと流し目を送る。
すると、タケルは申し訳なさそうに眉を下げた。
「だから、悪かったって。俺がアギトに勝ってりゃ、こんなことになってなかったってことくらい、十分わかってらぁ」
「……まあ、タケルだけやなく、その次のクルルまで負けたんも予想外やったわけやし、自分1人を責める気はあらへんよ」
カザネは、先鋒戦、次鋒戦、中堅戦の計3戦だけでウルズ連合に勝つつもりでいた。
また、もしもの保険のために、副将戦の対策も施した。
しかし、結果は2勝2敗の引き分けとなった。
これにはカザネも、自身の見通しに甘さがあったと思わざるをえなかった。
だが、それでもミーミル勢に悲観の色はなかった。
「確かにウチは、大将戦までもつれこむとは思ってへんかった。でも、その大将戦にはミサキが出るんや。なんの問題もあらへんやろ」
「おう、そうだ。俺たちにはまだ切り札がいる」
そうしてカザネとタケルは、闘技フィールド上にいるミサキへと視線を向けた。
「《ビルドエラー》についてだけは情報不足感が拭えへんけど――ミサキの『時限停滞』なら、どんな試合でも勝てるはずや」
「試合開始直後で全部が決まっちまうからな」
【ミーミル連合】に所属する1年生のミサキ。
彼の持つ異能は、あろうことか、シンと同じ時間操作系に該当する『時限停滞』だった。
「《ビルドエラー》も時間に干渉するタイプのレアな異能を持ってるようやけど、ミサキには及ばんやろうなぁ」
認識下に入った空間の時間の流れを問答無用で遅らせる。
それこそが、異能管理局からもSランク認定を受けた、ミサキの異能である。
得に、ミサキの『時限停滞』は視覚、もっと言うなら右目で視認したものに、強く効果が表れた。
右目で視認したものは、ミサキの精神力が尽きるか見続けるのやめない限り、ほぼ停止に近い停滞を強制される。
これは自動的に発動してしまう異能であるため、普段は右目を閉じ、左目でもできる限りの直視を避ける日常生活を送る羽目になった。
その反動で、ミサキはカメラを持つようになった。
自分の目の代わりに、写真で世界を見ようとしての行動だった。
「さすがに剣王とかを出されていたらマズかったんやけど、上手いこと向こうがウチらと同じ条件でメンバーを選んでくれて、ホッとしたわ」
カザネは、観客席にいるケンゴを見ながら、安堵の息を漏らした。
3日前、カザネたちはウルズ勢の高校生たちに自己紹介を行った。
その場にいる自分たちが全員高校生であるということをアピールし、なおかつ、団体戦にはこのメンバーで出場すると宣言するためにである。
これにより、ウルズ勢の高校生たちは、自分たちも高校生メンバーで団体戦に臨むこととなった。
ウルズ勢のまとめ役であるケンゴにではなく、高校生であるアギトやクロードに宿屋で話を持ちかけたのも、すべてはこのためであった。
また、宿屋で話し合いをした際には強気に出て、ウルズ勢を追い出すことなど容易いといった雰囲気を出したものの、カザネたちにそこまでのことはできない。
あくまで、『こう言っておいたほうがウルズ連中も自分たちの話に乗りやすくなるだろう』という目論見による発言だった。
そうしたカザネの思惑は、ほぼ完璧な形で達成された。
(中堅戦、副将戦を落としたのはキツかったんやけど、トータルではまだウチらに運が傾いてる。ここまで整ったお膳立てができる機会なんて、そうそうあらへん。ホンマ頼むで、ミサキ)
カザネは、自分のツキがまだ残されていると信じつつ、真剣な表情でミサキの立つ闘技フィールドへと視線を向けた。
(まあ、やっぱ先手必勝がベターっスよね)
闘技フィールドの中心へと歩いてくるシンを見ながら、ミサキは心のなかで、自分が決闘でどのように動くかを再確認していた。
(《ビルドエラー》には悪いっスけど、ここで俺が負けるわけにはいかないんっスよ)
大将戦で勝ったほうの勢力は、優先的に地下迷宮の攻略を進めることができる。
そう約束した以上、負けることは許されない。
もともと、地下迷宮の攻略に関して、ミーミル勢はウルズ勢に大きく差をつけられていた。
ウルズ勢は自分たちが担当するウルズの地下迷宮を完全攻略一歩手前まで完了させ、さらにはミーミルの地下迷宮すらも攻略しようとしている。
この状況を、ミーミル勢が傍観し続けることなどできなかった。
そこで、【ミーミル連合】のトップであるカザネは、一計を講じた。
わざとウルズ勢を焚きつけ、自分たちと戦うよう話を誘導し、対決の結果で、どちらが優先して地下迷宮の攻略を行うか決めるように仕向けたのである。
本来なら、地下迷宮を見つけたウルズ勢にこそ権利が与えられる、その優先順位をひっくり返すために。
(みんなのためにも、俺は絶対勝つっスよ。たとえ、《ビルドエラー》に関する情報が不足していてもっス)
今回の団体戦の話をもちかけるにあたって、【ミーミル連合】はウルズからやってきた遠征隊のメンバーを調べつくした。
それにより、アギトやクロードといった相手に誰をぶつければ勝率が高いか、といったことを導き出した。
しかし、そのなかで《ビルドエラー》の情報だけは、あまり集まらなかった。
まるで、ウルズ側のメンバー全員が示し合わせ、なんらかの情報を隠しているかのような違和感を、カザネたちは抱いた。
一応、『時間暴走』なる時間制御系の異能を用いるということや、普段は2枚の盾を持ってタンクする僧侶職であるということまでは判明した。
が、《ビルドエラー》という二つ名の由来まではわからなかった。
おそらく、タンクのポジションで回復魔法を自分にかけ続け、敵の攻撃に耐え続けるタイプのタンクであるのだろうと、カザネたちは最初に推測した。
けれど、海にある地下迷宮を捜索するメンバーに選ばれたミーミルの地球人から仕入れた情報によると、その推測は正しくないようだと考えるに至った。
詳細不明の魔法を駆使し、魚人族を倒していったという報告から、もしかしたら《ビルドエラー》はなにかしらの情報操作を行い、自らのジョブや戦闘スタイルを偽っているのかもしれない。
カザネたちはこうも思うようになり、《ビルドエラー》という人物への疑惑を募らせていった。
また、【ミーミル連合】のなかで例外的に《ビルドエラー》と親しい仲となっていた大学生たちから情報が引き出せないかとも思案した。
が、その大学生たちからは『男の約束があるから、それはできねえな』、『その代わり、ミーミル側のメンバー情報を売るようなこともしないから。アタシたちは今回、傍観者でいるよ』と袖にされてしまった。
(まあ、速攻で動きを止めてしまえば、なんてことないっスよね)
なんにせよ、全力で『時限停滞』を使用して《ビルドエラー》の動きを封じることに成功したならば、敵がどのような攻撃手段を用いてこようとも関係なく倒せる。
そのために、自分は対として、大将戦に抜擢された。
大丈夫。
絶対勝てる。
今までだって勝ってきたし、これからだって勝ち続ける。
このときのミサキは、自分が勝つと確信していた。
(今回は、最初会ったときに使ったような、生半可な異能じゃないっスよ…………絶対に停滞させちゃるっス)
高台で《ビルドエラー》と会った際、ミサキは帰り際に『時限停滞』を使用していた。
そのときは、そこまで強力な停滞ではなかったため、《ビルドエラー》に追いつかれてしまった。
だが、今回は違う。
自分が全力を出せば、どんな相手でも停滞たらしめる。
これまでの数年間、ミサキは散々異能に振り回されてきた。
が、それゆえに、自分の異能に絶対の自信を持っていた。
ミサキは心を落ち着かせ、いつでも全力で異能が使えるよう、集中力を高めていく。
「それでは大将戦! シン対ミサキ! 決闘開始!」
審判によって、試合開始の合図がなされた。
(よし、それじゃあ早速――)
その瞬間、ミサキはシンのほうを向きながら、右目を開こうとした。
自身の身に辿りし異能を最大限に発動するために。
――だが、それより早くシンは動いていた。
(なっ!?)
一瞬で間合いを詰められた。
シンはあともう少しでミサキに手が届くところまでやってきていた。
このことに、ミサキは思わず驚愕する。
そして、驚きつつも、見開かれたミサキの右目はシンを捉えようとする。
(でも、まだ間にあ――)
相手が自分に触れるところまでくるのに、あと数瞬。
数瞬もあれば、自分の異能が相手の動きを阻害する。
間に合った。
自分の右目は、しっかりと《ビルドエラー》を認識している。
これでミーミルの勝ちだ。
そう思ったのもつかの間――。
「っ!?!?!?」
――ミサキはダメージを受けた。
なにがなんだかわからない。
一瞬でシンが自分に近づいてきたと思ったら、その瞬間には攻撃を受けていた。
しかも、その攻撃がなんなのかわからない。
外傷はないのに、全身に激しい苦痛を感じる。
それに、自分の体がゆっくりと傾き始めている。
突然のことに、ミサキは混乱する。
右目で直視したのに、どうして《ビルドエラー》は普通に動けているのか。
攻撃らしい攻撃なんて受けていないのに、どうして自分はダメージを受けているのか。
けれど、そんな混乱のなかであっても、ただ1つ、理解したことがあった。
(ああ……俺……負けちゃったんスね……)
ミサキの右目は、自分のHPがゼロになっているのを捉えた。
そして、自分が敗北したのだということを理解するに至った。
「負けるわけにはいかなかったから、全力を出させてもらった。悪く思うな」
倒れゆくミサキをそっと支えながら、シンは小さく呟く。
(それ……俺が言おうとしてたセリフだったんスけど……)
口を動かすこともできずにいたミサキは、朦朧とする意識のなか、心のなかだけで愚痴を吐いた。
こうして、ミーミル勢とウルズ勢による団体戦の大将戦が終了した。
時間にして1秒未満というその戦いに、観客たちは静まり返り、ほぼ全員、口を開けて呆けることしかできなかった。