中堅戦
「グルルルルル………………うっ……………………お休みなさい……」
簀巻き状態でベンチ横に放置されていたソラが、やっと正気を取り戻したようだ。
まあ、正気を取り戻しても、すぐにまた眠りに入ってしまったようだが。
こいつ、自由人だな。
試合中は滅茶苦茶暴れまわってたっていうのに。
「ウルズ連合、アギト選手! ミーミル連合、タケル選手! 前へ!」
そうこうしている間に、アギトとタケルが闘技フィールドの中央に立った。
ソラのことについては、いったん脇に置こう。
今はアギトたちの戦いのほうが重要だ。
「へへっ。やっとやりあえるな、アギト」
ニヤリと笑みを浮かべるタケルが、アギトに話しかけた、
「先鋒戦でやりあえると思ったのに、お前が中堅戦に逃げるもんだから、待ちくたびれちまったぜ」
「俺は別に逃げたわけではない」
「どうだかな。本当は俺が怖いから、戦うのを避けようとしたんじゃねえのか?」
「そのような事実はない。俺は同学年の男に物怖じするほど、ひ弱ではないからな」
なんか、まだ試合は始まってないのに、もう戦いは始まってるって雰囲気だ。
どっちも睨みを利かせていて、とてもお近づきになりたくない。
「試合を開始するから、私語は慎むように」
「……っと、この続きは試合の最中にでもやろうや、アギト」
「そうだな」
アギトとタケルの睨みが審判のほうに向いた。
「りょ、両者、礼!」
……審判の声が若干震えている。
ちょっとビビってないか?
怖いと思うのはしょうがないけど、ミスジャッジだけはしないでくれよ。
「そ、それでは中堅戦! アギト対タケル! 決闘開始!」
アギトとタケルが礼をしたのち、審判は若干うわずった声で試合の開始を宣言した。
「おら行くぜ! アギトォ!」
先手はタケルだった。
タケルは自分の持つ大斧で、アギトを横殴りしようとしていた。
メインウェポンは、タケルのほうは大斧でアギトのほうは大剣という違いがある。
が、両者ともに大盾も装備している。
どちらもパワフルな戦闘を好むって感じだな。
「グッ……!」
アギトは大盾でガードし、大斧による攻撃を受け止めた。
衝撃は凄まじかったようだが、アギトのHPは1ドットも減っていない。
今の攻撃は、おそらく本気じゃないな。
2人とも、まずは様子見ってところか。
「へえ、やるじゃねえか。でも、この攻撃はどうかなっとぉ!」
タケルは大斧をブンブンと振り回す。
だが、アギトはそれを必要最低限の動きでかわしていく。
さすがだな。
当たる気配が全然ない。
プレイヤースキルでいったら、アギトは高校生組のなかでも抜きん出ているから、これも当然のことなんだが。
「その程度か? だったら、次は俺の攻撃を受けてみろ」
アギトが攻撃に回り、右手に持っていた大剣がタケルの肩めがけて振り下ろされる。
これは強烈だ。
ただでさえ破壊力抜群の大剣による振り下ろしに加え、アギトは『衝撃』という異能も持っている。
まともにくらえばHPをゴソッと持っていかれるだろう。
――と思っていたが。
「……! 受け止めた……?」
俺は、タケルが肩の鎧でアギトの大剣を受けたのを見て、驚きの声をあげた。
タケルは……無傷だった。
「……馬鹿な。今のは、俺の『衝撃』も乗った攻撃だったんだぞ」
アギトも、俺と同様に驚いているようだ。
ウルズでは、アギトの異能である『衝撃』をマトモに受けてノーダメージでいられる奴はいなかった。
俺でさえ、あいつの攻撃は受け流すことを優先し、決して真正面から受け止めようとはしなかったほどだ。
そんなアギトの一撃を受けて、一切のダメージを受けていないだと?
たとえ、訓練用の大剣を用いているせいで、威力が通常よりかなり抑えられているとしても、この結果はありえない。
「残念だったな……お前の攻撃による衝撃は、俺の異能『吸収』で全部吸い取っちまった」
「なんだと……?」
きゅ、吸収……?
なんだその異能は……。
「『吸収』は、タケルに降りかかる外的現象を一時的に体内に取り込む異能や。さすがに剣とか人を取り込むのは無理やけど、炎や風、それに衝撃みたいなもんは、タケルに触れた時点で取り込める。ぶっちゃけ、かなり強いで」
「く……」
おい、待て。
つまりタケルは、異能によって、アギトの衝撃を吸収できるってことか?
だとしたら……タケルはアギトの天敵ということになる。
クロード、白崎に続いて、アギトまでもが不利な戦いを強いられることになるだなんて。
いったい、ミーミル勢はどこまで俺たちを研究してたんだ。
「ソラは誰にでも勝てる安牌。そして、タケルはウルズ連中の要と言えるアギトを完封できる。この団体戦、始まる前からウチらの2勝は決まってたも同然だったんや」
カザネが俺たちを煽ってきた。
くそ……。
こいつらがこの喧嘩をふっかけてきたのは、勝てる見込みが十分あったからだったってわけか。
エグイ奴らだ。
「……だが、まだアギトが負けたと決まったわけじゃない。勝負はこれからだ」
確かに、タケルはアギトにとって相性が悪いのかもしれない。
けれどアギトは、それで試合を投げ出してしまうような、ヤワなやつじゃない。
中堅戦は始まったばっかりだ。
カザネの言葉なんか無視して、精一杯アギトを応援しよう。
「アギト! 頑張れ!」
「頑張ってください! アギト先輩!」
「まだ勝負はこれからです!」
俺たちの声援を受け、アギトの表情が緩んだ。
さっきまで険しかったその顔つきは、今では冷静なものになっている。
「……俺と戦いたがっていたのは、その異能を持っていたからか?」
「まあ、半分は正解だな」
「半分?」
「ああ……俺はな、強い奴とこうして戦うのが大好きなんだよ。だから、そういった意味でお前と戦いたかったっていうのも、俺の本音だ」
「……そうか」
タケルも俺たちと同じ、戦闘狂の類か。
それなら、わかりやすい。
こういう奴は、正攻法での戦いを好む。
絡め手と呼べる物は、自分の望む相手と戦えるようにする策のみだろう。
だったら、なんとかしてタケルの異能に対策を打つことができさえすれば、あとは純粋に、どちらの実力が上かで勝敗が決まる。
タケルの異能……どうにかして使えないようにすることはできないものか。
それさえできれば、アギトもかなり戦いやすくなるんだが。
「どうした、その程度か? そんなんじゃあ俺に勝つことなんざできやねえぜ!」
「ぐっ……!」
アギトが劣勢に立たされている。
なんとかして言い返したいところだろう。
しかし、アギトの攻撃はタケルに有効打を与えられずにいる。
「ほら、さっきの攻撃、返してやるよ」
「!?」
タケルがアギトにタックルを仕掛けた。
すると、その一撃で――アギトは後方へと吹き飛ばされた。
なんだ、今の威力は?
重量級のアギトを吹き飛ばすことができるなんて、いったいどれほどの衝撃が――。
「まさか……」
タケルは……自分が吸収した衝撃を、任意のタイミングで吐き出すこともできるのか?
だとしたら、アギトにとって、ますます不利な相手だ。
『衝撃』を使っても、『吸収』によって取り込まれ、全部自分に跳ね返ってしまうのだから。
「……ずいぶんと、嫌な異能の使い手と巡り合ってしまったようだな」
アギトが構えを取り直した。
あいつも、タケルの異能が自分の天敵だということは十分に理解している様子だ。
「降参でもするか?」
「まさか。異能の相性が悪い程度、どうということはない」
「……へえ、おもしれえ。だったら俺も、本気でいかせてもらっていいよなぁ!!!」
タケルがアギト目がけて走る。
それはまるで、ダンプカーが迫りくるような重量感だ。
「本気でいかせてもらうのは……俺のほうだ!!!!!」
だが、アギトはそんなプレッシャーをものともしていない。
待ち構えるどころか、アギトのほうもタケルのほうへと走り出した。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「うるあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
そして――アギトとタケルは肩と肩でぶつかり合った。
力と力のぶつかり合い。
お互いに武器を手に持っているというのに、あえてこうした力比べをしだすとはな。
だが、こういった力比べをした場合こそ、タケルの『吸収』が――。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
「……なっ!?」
……アギトがタケルを吹き飛ばした。
それも、さっきアギトが飛んだ距離よりも、はるかに大きく。
「っとっとっとととぉ! …………へえ、やるじゃねえか」
地面にたたらを踏みながら着地し、タケルがアギトに向かって凶悪な笑みを浮かべた。
タケルのHPは1割近く減少している。
今のはだいぶ痛かっただろうに、むしろ喜んでる様子だ。
それだけ、アギトが戦うに値する男だと認識したってことか。
「どうやら、一度に吸収できる量にも限界があるようだな?」
「あーあ、バレちまったか」
限界だと?
つまり、アギトの発生させた衝撃は、タケルが吸収できる量を上回った、ということか。
無茶しやがる。
下手をすれば、衝撃が全部自分に返されてたっていうのに。
「でも、まだ俺に分がある。お前はこれから常に全力状態で戦わなくちゃ、俺にロクなダメージも与えられねえんだからな!」
タケルがアギトに宣言した。
マトモに戦ったら、これほど厄介な相手もいなかったかもしれない。
だが、しかし……。
「それには及ばない。もう決着はついている」
「あ?」
アギトの言葉を受け、タケルはキョトンとしだした。
まだ気づいてないって感じだな。
今の自分がどこにいるのかってことに。
「タケル選手、場外! よって、中堅戦勝者、アギト選手!」
アギトの吹き飛ばしにより……タケルの足は闘技フィールドの外に出ていた。
とんでもない威力だな、アギトの全力は。
大男を数十メートル後方まで吹き飛ばすなんて。
それをマトモに受けて、HPが1割しか削れていないタケルのほうも十分常識外だが、今回はルールがアギトに味方した。
「ちょ、ちょっと待てよ! 俺はまだ戦えるぞ!」
「ルールはルールだ。俺と戦いたいのなら、また今度戦ってやるから、今は敗北を認めろ」
「ぐ……ぐぅ……」
タケルが悔しそうに表情をゆがめている。
この決着は、タケルにとって予想外だったようだな。
「……タケルのアホウ」
カザネも、この結果には参っているようだ。
これまでは冷静な様子だったというのに、今は歯をギリッとさせている。
さっきまでは、こいつの策略通りに事が進んでいたからな。
予定を狂わせることができて、ちょっとスッとした。
これから、もっと予定が狂うといいな。