狂拳
凶暴化したソラが、白崎に牙を向いた。
これは、さっきまでのソラからはまったく想像できない行動だった。
「グルァッ!!!」
「うぐっ!?」
ソラは技もへったくれもないような蹴りで、白崎を吹き飛ばした。
それにより、白崎のHPは10パーセント、ソラのHPは3パーセント近く減った.
……ソラの攻撃力が上がっている。
これでは、いくら白崎が自分の身に電気を纏わせても、先にHPを削りきられてしまう。
「『狂化』は自身の理性を引き換えにして、STRとAGIを大幅に向上させるスキルっス」
「こうなった状態のソラは強いで」
「ぐ……」
『狂化』といえば、俺も知識としては聞いた覚えがある。
スキルの概要は、さっきミサキが言っていた通りのものだ。
ただ、このスキルは、かなりのレアスキルとも言われている。
ウルズでは戦士職から派生した『狂戦士』だけが扱えると聞いてたんだが……まさか、武道家職でも使える奴がいただなんて。
「お、俺を……舐めるなよ!」
ソラに吹き飛ばされ、闘技フィールド上に倒れていた白崎が、負けじと声を張り上げた。
そして、手に持っていた銃をソラに向け、電磁砲を発射した。
……しかし、その攻撃は、またもソラを透過した。
「あの状態で異能も使えるっていうんだから、ホント反則技だよな」
「本人いわく、自分の異能はほぼ無意識に発動しているらしいっスからね」
なんだよそれは……。
それじゃあ、白崎に勝ち目なんてないじゃないか。
どうやって勝てばいいっていうんだ。
「く……頑張れ! 白崎!」
「負けないで!」
「諦めるな!」
俺たちは、白崎を応援することしかできなかった。
打つ手なし。
勝機は限りなく薄い。
白崎が負けてしまう。
心のなかでは、そんな負のイメージが湧きあがっていても、それでも応援することをやめなかった。
白崎が一方的に殴られだしたなかでも……そうすることしかできなかった。
「ガアアアアアァァァァ!!!!!」
「ぐ……がはっ!?」
1分後。
ソラが振るう渾身の拳が、白崎の腹に命中した。
すると、白崎は苦悶の声をあげながら、その場でズルズルと倒れていった。
白崎のHPは……半分を切っていた。
「グルアァ!」
「す、ストップ! そこまで!」
なおも攻撃を続けようとするソラを見て、審判が慌てて止めに入った。
が、1人ではソラをなかなか止められず、応援を呼んでの5人がかりで、やっと身動きをとれなくした。
拘束にはアビリティジャマーも用いたようだ。
あんなのを拘束するには、まず異能からなんとかしないとだから、それも当然の処置なのだろう。
「白崎! 大丈夫か!」
審判たちがソラを止めている間に、俺たちは倒れている白崎へと駆け寄った。
「う……ぐ……」
白崎はうめき声をあげている。
けれど、ひとまず意識はあるようだ。
HPゲージも3割は残っているし、体の怪我もすぐに治せそうだ。
「……白崎、立てるか?」
俺は白崎に手を貸そうとした。
しかし、白崎はその場に倒れたまま、俺の手を取ろうとしない。
「どうしたんだ、どこか痛くて立てないの――」
疑問に思った俺は、白崎の顔をよく見てみた。
白崎は……泣いていた。
「ふぐ……ひっぐ……ご、ごめん……俺……勝てなかった……」
俺たちに向かって、白崎は謝罪の言葉を口にしだした。
「大事な試合だったのに……ほとんど、なんにもできなかった……あんなに……期待してるって言われてたのに……俺……」
「…………」
『期待している』という言葉は、白崎を奮い立たせると同時に、こうして脆くもさせる諸刃の剣だったようだ。
勝つことを期待されて、そして負けたという現実が、こいつを泣かせているんだろう。
「海のなかでもそうだ……みんなが頑張って……魚人族と戦ってるときも……俺だけ……なんにもできなかった……」
……そんなことまで悩んでたのか。
こいつ、図太い神経してると思ってたけど、本当は繊細な奴だったんだな。
「白崎…………いいんだ。お前はよく頑張った」
「あとのことは私たちに任せて……ゆっくり休んで」
「……フッ、僕なんて、なにもできずに負けたんだ! 君が謝罪するというのなら、僕はみんなに土下座をしなくちゃいけないね!」
俺たちは、それぞれのやり方で白崎を慰めようとした。
「うぅ……ごめん……ごめん……」
が、白崎にとってはあまり効果がなさそうだった。
心が折れてしまっているようだ。
今は……そっとしてやることしかできそうにない。
「あのソラという男に当たったら、お前以外であっても負ける可能性のほうが高かった。あまり悔やみすぎるな」
俺たちが口を噤んでいると、アギトがそう言って、白崎を背負いだした。
アギトの言う通り、ソラに当たった場合、負ける可能性のほうが高い。
まず、攻撃を当てることからして難しいからな。
オマケに、たとえ攻撃を当てられたとしても、あの『狂化』を使われたら、勝つのはさらに厳しくなる。
勝てる可能性があるとしたら、俺かアギト、あるいはクロードでワンチャンあるか、といったところだ。
ついでに言うなら、白崎の場合、ソラとの相性は最悪だった。
遠距離型である白崎と近距離型のソラが一対一で戦う、というだけでもつらい。
そのうえ、ソラの異能のせいで、白崎のデカい一発が当たる確率がゼロになってしまった。
ミナであれば、『重力制御』で空中に逃げることもできたが、白崎は地上から逃げることもできない。
武道家職の足から逃げることもできず、なす術なく負けたとしても、白崎を責めることなんてできない。
「そして……この結果を呼びこんだのは、あのカザネという女の策略によるものだ」
「え……?」
アギトがカザネを睨みつけた。
策略だと?
それは、どういった意味なんだ?
「中堅戦は、どうせ貴様が出るのだろう、タケル?」
さらに、アギトはタケルのほうを向いた。
つられて、俺もその方向を向くと……タケルはニヤリと笑っていた。
「へへっ、ご推察の通りだ。よくわかったな」
「当然だ。貴様は俺とずいぶんと戦いたがっていたからな。事前に俺が中堅で出てくると知っていたのなら、こうなるよう仕組んでいたとしても頷ける」
「な……!」
俺はアギトの言葉に驚いた。
つまり、俺たちの情報がミーミル側に漏れていたってことか……?
そんな馬鹿な。
いや……でも、だとしたら、先鋒戦でクロードとカザネが当たったのも、次鋒戦で白崎とソラがあったのも頷ける。
どちらの戦いも、俺たちにとっては相性の悪い対戦相手だったわけだからな。
俺たちのオーダー……いったいどこから漏れたんだ。
「不思議がってるみてえだからネタ晴らしするが、あそこにいる俺らのリーダー様は、【聴覚強化】っつう異能を持ってんだ」
「…………!」
聴覚強化。
その異能をカザネが持つと知ったとき、俺はこの事実がどのような結果をもたらすことになったのか、理解した。
「人呼んで、《地獄耳》のカザネ。宿のなかで自分らがどんな密談をしてても、ウチの前では筒抜けやったで」
カザネは……俺たちが宿で話していたことを、すべて知っていたんだ。
だから、俺たちにとって相性の悪い相手を当てることができたってことか。
「次鋒戦の出場選手はウルズで”七強”とか呼ばれている連中の1人に数えられてる『フィル』って子が出ると踏んでたさかい、そこは予想を外したんやけど、まあ、結果は変わらへんかったみたいやな」
フィルか……。
確かに、フィルも次鋒戦の候補メンバーの1人だった。
実力的には、最有力と言っても過言ではなかった。
今回は一発の大きさから白崎が選ばれたわけだが……ソラの異能を見る限りでは、たとえフィルが次鋒戦に出たとしても、多分勝てなかっただろう。
ソラの異能は強力過ぎる。
「にしても、ネタ晴らしするのがちょっと早いで、タケル。こういうのは最後まで明かさず、味方同士で疑心暗鬼にさせたほうがよかった場面やろ」
……なかなか性格の悪いことを考えるな。
確かに、ここでタケルがネタ晴らしをしてくれなかったら、俺たちはどこから情報が漏れたのかわからないまま、モヤモヤとした状態で試合を続けなければならなくなっていた。
「んなことまでしなくたっていいだろ。こいつらをこの勝負に引き込んで、次鋒戦まで計画通り進められたんだ。あとは俺の好きにさせてもらうぜ」
どうやら、タケルはアギトとガチの勝負をしたいみたいだな。
次の中堅戦で負けたら、俺たちウルズ勢はミーミルからの撤退を余儀なくされる。
こんなことでミーミルから撤退するかもしれなくなるなんてな。
ミーミル勢を甘く見ていたのは俺たちのほうだったようだ。
「安心しろ。俺はあんな男に負けるつもりなどない」
俺たちの不安が伝わったのか、アギトは白崎をベンチに横たわらせながらそう言った。
「こういう場面が多々起こりうるからこそ、俺は中堅で戦うことを選んだんだ。俺たちの意地、ミーミルの連中に見せつけてやる」
なかなかカッコいいことを言ってくれる。
アギトがこうも自信を持った様子でいると、俺たちまで自信が湧いてくるようだ。
「行ってくる。白崎の看病は任せたぞ」
そうして、アギトはタケルの待つ闘技フィールドのほうへと歩いていった。