劣勢
「そこまで! 先鋒戦勝者、カザネ!」
「楽勝楽勝」
「…………」
俺たちウルズ勢は、先鋒戦の結果に、苦い表情を浮かべた。
クロードは負けた。
それも、ほとんど完封負けと言っていいような、散々なものだった。
「ぐぅ……め、面目ない……みんな……」
「…………」
ボコボコにされて帰ってきたクロードに、俺たちはなにも言葉をかけられなかった。
敵が女性であると本気を出せないという、クロードの悪いクセが出てしまった。
本来なら、このクセが出ないように、男であるタケルと戦わせる予定だったのに。
敵に裏をかかれてしまった。
「いやぁ、まさかこんな簡単に勝てるとは、全然思っとりませんでしたわぁ」
隣のベンチに座るカザネが、俺たちを煽ってくる。
くそう……。
まさか、クロードの弱点を突かれるだなんて……。
「……俺たちのことをよく調べてきたじゃないか」
「当り前やないの。勝利の秘訣は、まず己を知り、次に敵を知ることなんやで?」
「くっ……」
アギトがカザネを見ながら歯ぎしりをしている。
俺も、内心では『してやられた』って気分だ。
もしかしたら、タケルが初戦に出ると言ってきたのは、俺たちを罠にはめるためのブラフだったのかもしれない。
そう考えると、ますます腹がたってくるな。
敵の情報を鵜呑みにした自分自身に。
……でも、この先鋒戦がこんな結果になったのは、クロードの弱点を突かれたからという理由だけではない。
カザネはカザネで、普通に強かった。
彼女は調教師職であるようで、様々なタイプのモンスターを使役して、攻撃させた。
そして、彼女自身も、巧みな鞭捌きでクロードをジワジワといたぶった。
結果、カザネは無傷でクロードに勝ってのけた。
さすがは【ミーミル連合】のギルマスだってところか。
伊達や酔狂でそんな地位に立てるわけがなかった。
「さあ、ちゃっちゃか次の試合を始めようぜ。俺は、自分の番が早く来ないかとウズウズしてんだ」
タケルが巻きの進行をするよう催促してきた。
そんなに戦いたいのなら、3日前に言ったように、初戦に出てもよかったんだぞ。
この嘘つきヤロウめ。
「ウルズ連合、ダークネスカイザー選手! ミーミル連合、ソラ選手! 前へ!」
審判が次鋒に出る選手の名前を読み上げた。
ミーミル勢からはソラが出るのか。
なんでも、メインタンクを務めるような奴だって話は聞いたが、いったいどんな戦い方でくるのか。
まったく予想ができない。
「ぐー……」
……ソラはベンチに座りながら、眠りこけていた。
おい、お前、次の選手だろ。
いつまで寝てるつもりだよ。
「ソラ、起きい。自分の出番がきたで」
「…………ん~……あと5分……」
「5分も待ってたら棄権扱いになってまうわ。ほら、シャキッとしい」
「んぐぅ……」
カザネがソラを無理やり立たせ、闘技フィールドのほうへと背中を押していった。
大丈夫なのか、あいつは。
あんな調子で勝負なんてできるのか?
こっちは別に、不戦勝でも全然かまわないんだが。
「敵は相当俺たちを舐めてるみたいだな。白崎、ここはお前の攻撃力で、あいつらにギャフンと言わせてやれ」
「お、おう。ま、まかせりょ」
「…………」
白崎は白崎で、大丈夫なのか?
なんか今、めっちゃ噛んでたけど。
「白崎……俺は勝つって信じてるからな。期待してるぞ」
「! お、俺が勝つのなんて当然だ! 期待されるまでもないね!」
「その意気だ」
プレッシャーになるかもしれないと思ったが、白崎にとっては今の言葉が一番効果的みたいだ。
まだちょっと体に固さが残るものの、さっきまでより幾分かマシになっている。
「よ、よし……それじゃ、行ってくるぜ!」
「ああ、行ってこい」
そうして白崎は、闘技フィールドのほうへと駆けだした。
あとはもう、あいつを見守るだけだ。
ここで負けたら、俺たちに後はなくなる。
勝ってくれよ、白崎。
「両者、互いに礼!」
白崎とソラが揃うと、審判はまず初めに礼をするよう促した。
……が、2人とも礼はせず、その場に突っ立ったままだ。
「そういうのいいから、さっさと始めてくれよ」
「ずー……ずー……」
「む、むう……わ、わかった……」
おい、いいのかよ審判。
こいつら、審判の言うこと全然聞いてないぞ。
特にソラ。
お前、寝てるだろ。
この期に及んでまだ寝てるのかよ。
「で、では……次鋒戦! ダークネスカイザー対ソラ! 決闘開始!」
微妙な表情を浮かべつつも、審判は白崎の言う通り、決闘開始の合図を出した。
こりゃあ、白崎の先手必勝で勝てそうだな。
ミーミル勢がどうしてあんなのを次鋒に出したのか、不明なところではある。
が、だからといって、白崎が攻撃しない手はないだろう。
「消し炭にならない程度には加減してやる!」
決闘開始早々。
白崎は銃を引き抜き、ソラに狙いを定めた。
「――電磁砲、ちょっとだけ発射!」
そして、白崎はあらかじめ充電し終えて、いつでも出せるようにしていた電磁砲をぶっ放した。
モンスター相手に出す、いつもの電磁砲と比べると、威力はだいぶ抑えられている。
でも、人間相手であるなら、それでも十分致命傷クラス――。
「…………え?」
白崎の放った電磁砲は、ソラの右肩に命中した……はずだった。
少なくとも、俺にはそう見えた。
が……実際には、白崎の攻撃はソラに当たらず、後方の壁に命中していた。
いったいなにが起きた?
ソラはただ突っ立ってるだけで、なにかをしたような素振りは一切なかったが……。
「『透過』。それがソラの持つ異能や」
驚きの表情でいる俺たちに、カザネがニヤニヤと笑いながら説明してきた。
「今のソラは、誰も傷つけられへん。剣やろうが魔法やろうが……電撃であろうが、全部あの子をすり抜けちゃうんやからな」
「な……」
つまりそれは……無敵ってことか。
傷つけることができないタンクだなんて、あまりにチートすぎる。
勝負もへったくれもない。
……いや、でも、まだ勝機が完全に消えたわけじゃない。
鉄壁の防御を持つタンクなら、ウルズにも1人いた。
ノアだ。
『遮断』という空間制御系の異能を持つ彼女は、まさしく鉄壁そのものだった。
けれど、そんな彼女の守りも絶対ではなかった。
攻撃をする際だとかには、どうしても『遮断』を解く必要があった。
多分、ソラもノアと似たような欠点を持っているはずだ。
それを白崎に伝えれば――。
「おっと、勝負の最中に助言を与えるのは禁止だぜ。黙って見てな」
タケルに釘を刺されてしまった。
これでは、白崎にソラの欠点を伝えることができない。
「白崎……」
頼む、自力で気づいてくれ。
俺たちにできるのは、ただお前の戦いを見守ることだけだ。
「くっ……! なんで当たらねえんだよ!」
白崎は電磁砲を連発している。
しかし、その攻撃は一発もソラに当たらない。
威力を抑えている代わりに連発ができているようだが、あんなにバカスカ撃っていたら、すぐにエネルギー切れになってしまう。
このまま俺たちは、白崎が焦るのを見続けることしかできないのか……?
「…………ん……んー…………これじゃあ眠れないな……邪魔だよ……お前」
「!」
寝ぼけ眼ではあるが、とうとうソラが起きた。
ソラは、さっきから自分の体を通り過ぎる電磁砲を撃つ白崎に、不機嫌そうな視線を向けた。
電磁砲は凄まじい攻撃力を秘めているが、それが放つ光や音といったものも凄まじい。
多分、ソラはそれらが煩わしく感じたんだろう。
「少しだけ……相手しよう」
ソラが白崎めがけて走り出した。
拳にガントレットを身に着けているあたりからして、ソラは武道家職だ。
であれば、接近戦が主体になるだろう。
遠距離戦を得意とする白崎とは真逆の相手と言える。
なんとかして、ソラの間合いに入る前に決着をつけたいが……白崎の攻撃が当たらない以上、それは叶わない。
「ぐぅ……!」
白崎がソラに殴られた。
クリーンヒット。
文句なしの右ストレートだ。
この攻撃により、白崎のHPが2パーセントほど削れた。
一発のダメージはそれほどでもないようだが、このままだと、先鋒戦のときのようなワンサイドゲームになってしまう。
なんとか打開する手立てはないのか……白崎……。
「…………ッ!」
ソラの様子に変化があった。
なにか痛みを感じたのか、白崎を殴った右腕を庇うようにして抱えだした。
よく見ると、ソラのHPも2パーセントほど削れている。
「……へっ、どうだ? 俺の電撃を食らって……少しは目も覚めたろ」
「…………うん……ちょっと驚いた………………帯電でもしてるの?」
「まあ、そんなとこだ」
帯電だって?
つまり……白崎は今、自分の体に電流を流している……のか?
あいつ、そんなこともできたんだな。
「……そうか、これなら、武道家職にはかなり有効だな」
ほとんどの攻撃が肉弾戦となる武道家職にとって、触ればダメージとなる攻撃は天敵だ。
これで、ソラは白崎へうかつに攻撃することができなくなった。
「でも、自分らの次鋒も微妙にダメージ受けてへん?」
「う……」
カザネの指摘を受けて、白崎のHPバーを見た。
すると、リアルタイムでジワジワとダメージが蓄積されているのが見てとれた。
「このままだと、自滅しそうだな」
タケルが白崎を見ながら呟いた。
自滅。
もしこのままソラが攻撃を仕掛けなければ、白崎は自分の異能にやられてしまう。
見た感じ、どうやら白崎は、今の状態を簡単にオンオフできないようだから、タケルの推察は正解と言っていいのだろう。
く……。
せっかく打開策が見つかったと思ったのに。
これでは、まだ戦況が不利のままだ。
「だが、いっぺん攻撃を受けたソラが、なにもせずにいるとは思えねえなあ」
「? それはどういうことだ」
「まあ、見てりゃわかる」
タケルは俺たちに向けてニヤリと笑った。
あのソラって奴には、まだなにか隠し玉があるっていうのか?
「……………………『狂化』…………………………ッ……グルアアアアアアアアアアアアアァァァ!!!!!」
「!?」
突然、ソラの雰囲気が変わった。
さっきまでは眠たそうにしていたのに、今は歯をむき出しにして獣のような叫び声をあげている。
「《狂拳》のソラ。『狂化』のスキルによって理性を失った今のあの人は強いっスよ」
それを見たミサキが俺たちにそんな説明をしてきた。
こうして俺たちは、ソラという男の本当の戦い方を目にすることになった。