クルルとミナ
団体戦をやることに決まった次の日の朝。
俺は、早朝トレーニングを行うために、宿屋の外に出た。
「……ふぅ、今日もいい天気だなっと」
まだ人の通りが少ない路地の中央で、軽く深呼吸をした。
ほんのり磯の香りがする。
今日も快晴だ。
この天気が2日後まで続くといいな。
雨なんて降ったら、せっかくの勝負に文字通り水を差されることになる。
「…………お」
そんなことを思っていた、そのとき。
俺はミナの後ろ姿を発見した。
あいつも起きてたのか。
今日は俺が一番の早起きだと思ってたんだが、負けちゃったな。
「ん?」
……あれ?
裏道に入ってったな。
なにしに行ったんだ?
「……行ってみるか」
町のなかであるとはいえ、気は抜けない。
この辺はなかなか治安もよさそうだが、もしもの場合もありうる。
仲間に少しでも危険がありそうなことには、目を光らせないとならないだろう。
俺はそう思いながら、ミナのあとをついていった。
歩きでの移動だったため、ミナにはすぐ追いついた。
「ミ――」
なので俺は、彼女に声をかけようとした。
が、その場にミナ以外の人物がいたことに気づいたので、しばらく様子を見ることにした。
「あいつは……ミーミルの……?」
ミナは裏路地で、昨日自己紹介を受けたクルルという女の子と話をしていた。
なんであの2人が、こんな人気のないところで会ってるんだ。
密会かなにかか。
でも、確かミナは昨日、あの女の子とは初対面だって言ってなかったっけか?
いったいどういうことなんだ。
「あんさ……あんた、どういうつもりでミーミルに来たん?」
「え……どうって……ただ単純に、地下迷宮を攻略するつもりでだけど……」
「はぁ? あんたが地下迷宮を攻略ぅ? バッカじゃないの?」
「えぇ……」
……なんか、クルルって子、めっちゃ態度悪いな。
ミナも戸惑ってるみたいだ。
「ちょっと前まで『私、VRMMOとかやったことないんですぅ』とかぶりっ子してたあんたが、ウルズのトップグループと一緒にミーミルに遠征ぃ? あんた、どんだけ媚売ってついてきたのよ?」
「媚なんて売ってないわよ……もしかして、私をこんなところにつれてきたのは、そんなことを言うためだったの?」
「そうよ、悪い?」
「あなたねえ……」
あ、ミナがちょっと怒ってるっぽいぞ。
クルルの発言が、よっぽど不愉快だったんだろう。
「私は、ちゃんと強くなって、このミーミルにやってきたの。媚を売ったとか、変な邪推はやめてちょうだい」
「強くなって……ねぇ……どうせ、その辺の男をひっかけて、パワーレべリングでもさせてもらったんでしょ?」
「! ……どういう目的でそんなことを言うのかわからないけど……あなたが私に喧嘩を売っているのだけは、よくわかったわ」
クルルとミナは睨み合いを始めた。
昨日、アギトとタケルが睨み合ったのとは別の意味でおっかないな。
これはアレか。
噂に聞く、女の戦いというやつなのか。
……ちょっと違うか。
「もしも、あんたが本当に実力でここに来たっていうなら、今度やる団体戦に副将で出なさいよ。私も副将で出るからぁ」
「ええ、いいわよ。副将ね? やってやろうじゃないの」
ちょっとちょっとミナさん。
あなた、まだ選手としては確定してないでしょ。
売り言葉に買い言葉しちゃっていいんですか。
「ふふ……2日後が楽しみねぇ。公の場であんたをボッコボコにできるんだからぁ」
「……ボッコボコになるのは、はたしてどちらでしょうね?」
クルルとミナが笑い始めた。
でも目は笑ってない。
ちょっと、こえーよこいつら。
「っ! そこにいるのは誰!?」
「!」
俺が身震いしていると、ミナがこっちを向いて叫んだ。
見つかっちゃったか。
まあ、別に隠れていたわけじゃないから、見つかっても全然問題ないんだが。
「……シン? あなた、ここでなにをしているのよ?」
「それはこっちのセリフだ。こんなとこで敵さんと密会じみたことしてると、スパイと勘違いされるぞ、ミナ」
「う……」
ミナが、痛いところを突かれたと言わんばかりに苦笑いを浮かべた。
冗談半分で言ったが、俺が言ったことは、ワリとシャレにならない。
昨日の夜、アギトが懸念していたように、ミーミル勢にこちら側の情報が漏れるのは避けたい、と俺たちは思っている。
そんななか、ミナとクルルがコソコソと隠れて会っていたら、どう感じるか。
しばらくの間、ミナは俺たちから不審な目で見られることになっていただろう。
下手すると、団体戦出場候補のメンバーからも漏れることになっていたかもしれない。
それは、ミナの望むところではないはずだ。
「お前を見つけたのが俺でよかったものの、他の奴に見つかってたら、下手したら裏切り者扱いされてたぞ」
「ご、ごめんなさい……確かに、今の私は軽率だったわ……」
「反省してるならいい」
ミナは肩を縮め、申し訳なさそうに頭を下げた。
「それで……お前はクルルっていったな?」
落ち込んだ様子のミナから、次にクルルのほうへと目を向けた。
現状、俺たちの敵である彼女の様子はというと……。
「……あ、あんた……今の、全部聞いてたの?」
「え?」
「聞いてたかって聞いてんの! さっさと答えろっつの!」
「き、聞いてました聞いてました」
クルルはいきなり俺のほうに詰め寄って、鬼の形相で睨みつけてきた。
な、なんだよ。
盗み聞きしてたのは、よくないことだったと俺も思う。
けど、そもそもそういうことをしなくちゃならなかったのはお前のせいだろ。
「……いくらよ?」
「はい?」
「いくら払えば今の会話を黙ってるかって聞いてんのよ!」
なんだこいつは!?
俺を金で買収するつもりか!
……って、なんで?
「私は清楚なイメージで売ってんのに、あんな話をしてたなんて噂を流されたら、たまったもんじゃないのよぉ!」
「…………」
いや……知りませんよ、そんなの。
清楚なイメージって。
俺の思う清楚とだいぶイメージが違うぞ、お前は。
「噂なんて流さないっつの。くだらない」
「ホントよねぇ!? あんた、ホント黙ってなさいよぉ! じゃないと酷い目に遭わすんだからぁ!」
「へいへい……」
こいつ、変なところに拘ってるな……。
それに、口封じをしたいなら、俺だけじゃなくてミナにもしろよ。
「とにかく、ここにい続けると、あらぬ誤解を受けかねない。俺たちはもう宿舎に戻るからな」
「あ、ちょ、シン」
朝っぱらから変なのに絡まれて疲れた俺は、ミナの手を取って宿舎へと戻っていった。
ホント、なんだったんだ、あいつは。
「朝はクルルが粗相をしたようで……ホントすんませんっス……」
ミナvsクルルのやり取りを目撃してから数時間ほどが経過した頃、俺たちのところにミサキが謝罪をしにやってきた。
今回はちゃんと人目の多い宿舎のロビーで会話をしているので、スパイだなんだと怪しまれることはないはずだ。
『ミーミルの奴がノコノコと俺たちの使ってる宿に入ってくんな』って目でミサキが見られているが、それは我慢してもらおう。
「別に、謝りにこなくたっていいわよ。私も言い返してやったんだし」
「いや、それでもちゃんと謝らせてくださいっス」
「……どうしても謝りたいっていうなら、あなたじゃなくてクルルって子に謝らせなさい」
「う……それは……ちょっと難しいっス」
ミナはまだご機嫌ナナメであるようだ。
謝りにきたミサキがタジタジになっている。
「ミナ、そうやってミサキにまで当たり散らすなよ」
「あ、当たり散らしてなんてないわよ! というか、なんであなたはしれっと私たちの会話に混ざってるのかしら?」
「なんとなく」
ミサキが謝りに来たとき、こいつはまず俺に話を持ってきた。
そして、俺経由でミナとミサキは会えたわけだが、その時点で俺は部外者になる。
だから、どうして俺が今もここにいるのかと訊ねられたら、『なんとなく』と答えるしかない。
「それで、あのクルルとかいう女子は、なんかミナに恨みでもあるのか?」
俺はジト目になっているミナを軽くスルーし、ミサキにクルルのことを質問してみた。
「あいつは……実のところ、ミナさんと同じ、元アイドルだったんス」
「え……元アイドル?」
「そうっス」
「えー……」
元アイドルか……アレがねえ……。
まあ、見た目はいいほうだと俺も思うから、アイドルをやっていたとしても不自然ではないんだが。
「といっても、デビューする直前に芸能プロダクションを追い出されちゃったから、知らなくっても当然っス」
「追い出されって……なにしたんだよ、あいつ」
「いや、彼女自身はなにも問題を起こしてないっスよ」
「あ、そうなのか?」
なんだ。
追い出されたとか言うから、クルルがなにか、よからぬことをしでかしたのかと思ってしまった。
「じゃあ、なんで追い出されたのよ?」
「それは……彼女が異能者だったからっスよ」
「あ……」
ミナはミサキの説明を聞くと、途端に表情を暗くし始めた。
多分、昔のことを思い出してしまったんだろう。
「ミナさんが『新星アイドルミーナ』としてアイドル業界でブレイクしていたのは、俺も知ってるっス。そして……あなたが異能者排斥運動に巻き込まれて、アイドルを引退に追い込まれたっていうことも知ってるっス」
「…………」
俺たちが暮らす地球では、世界的な異能者排斥運動が活発に行われている。
日本でも、異能者に対する風当たりは相当厳しい。
そんななか、アイドル『ミーナ』は異能者疑惑をかけられた。
そして、やがてそれが真実だったと世間に知れると、途端に人気が落ちていった。
掌返しににもほどがある。
異能者だからといって、なんだっていうんだ。
俺たちは犯罪者かっつの。
「……つまり、あのクルルって子は、私のようなケースが出ることを恐れた業界の人によって、問題になる前に芽を摘まれたってわけね」
「その通りっス」
なるほど。
そういうことか。
クルルがミナに絡んでくる事情は、だいたいわかった。
「でも、それって逆恨みじゃないか? ミナはなにも悪くないだろ」
強いて言うなら、世間や運が悪かったってとこだ。
ミナが喧嘩を売られる筋合いじゃない。
「いろいろ納得いってないんじゃないっスかねえ……彼女、アイドルになるために、養成所で必死にレッスン受けてたっスから」
「んー……そうか……」
怒りを吐き出す相手が欲しかったってことか。
なんていうか、やるせない話だな。
「にしても、お前ってずいぶんとクルルのことについて詳しいな」
「幼馴染みっスからね」
「マジか」
幼馴染みかよ。
いくら可愛くても、性格の悪い幼馴染みは羨ましくないなぁ。
「ま、なんだ、これからも頑張れよ、ミサキ」
「……あれ、なんで俺、慰められてるんスかね?」
こうして俺たちは、クルルという女子の過去について、知ることとなった。
だからどうした。
俺たち異能者は全員、程度の違いはあれど差別の対象になってるんだぞっていうとこなんだけどな。