一難去って……?
海の上まで飛んでいったケンゴと海王が、俺たちのところに戻ってきた。
ケンゴはケロッとしているが、海王のほうはボロボロになっている。
この様子だと、ケンゴは無事勝てたようだな。
「よう、待たせたな」
俺たちを見ながら、ケンゴは軽い調子で手を振ってきた。
こいつは、どんなときでも変わらないな。
まだ俺たちは魚人族に取り囲まれたままだっていうのに。
「か、海王様……」
「まさか……海王様が負けた……?」
魚人族の連中は、海王の姿を見て、露骨に狼狽しだしている。
まあ、自分たちのなかで一番強い奴が負けたんだからな。
動揺しないはずもないだろう。
「…………キサマたち……コイツらは、今から俺のキャクジンだ……警戒を解け」
「は……ぎょ、御意!」
どうやら、海王は俺たちがここにいることを認めてくれるようだ。
これも、ケンゴによる説得の賜物だな。
力ずくとも言うが。
「ああ、別に歓迎はしなくていいぜ。俺らがあんま長居しても、そっちの迷惑になっちまうだろ?」
「…………」
ケンゴが気さくに話しかけると、海王は無言のまま首を縦に振った。
俺たちが招かれざる客ってことは変わらないみたいだな。
魚人族にとっては、早いとこお帰り願いたいと思っていることだろう。
でも、俺たちが海から出ていくのは、地下迷宮を見つけてからだ。
見つけた後も、その地下迷宮に行くために海へと入るかもしれないが、そこはなんとか妥協してもらおう。
「…………『フルール』から南西方向の海の先にある孤島付近を調べろ。そこに『魔女の庭』がある」
「え?」
と思っていたら、海王は突然、魔女の庭の在り処について喋り出した。
魔女の庭といえば、地下迷宮『ユグドラシル』の別称だ。
アース人にとっては馴染みのあるほうとも言える。
その魔女の庭が、孤島付近にあるだって?
魚人族は、そんな情報を持っていたのか。
「孤島か……場合によっては、船で行き来することもできるな」
「…………魔女の庭までのルートに限定するなら、海を渡ることをトクベツに見逃してやる」
「おっ、サンキュー、シャーク。なんだよ、話せばわかる奴じゃねえか、このこのっ」
ケンゴが上機嫌な様子で海王の脇腹をつついている。
お前たちは仲良しさんか。
いや、ただ単純に、ケンゴが馴れ馴れしいだけか。
海王は相変わらずムスッとしてるし。
「んじゃあ、俺だけはここに残るってことでいいか?」
「…………いや、それもいい。地上の者がなにかをしでかしたら……キサマがケツを拭け」
「そういうことか、わかったぜ」
…………?
ケンゴの奴、ここに戻ってくる最中に、海王となにか約束みたいなことでもしてたのか?
俺には、今のやりとりがよくわからない。
「…………魔女の庭でなにをするのかは知らんが、さっさと用事を済ませて、俺たちのナワバリから出ていけ」
「おう。なるべく早く出ていけるよう、善処するぜ」
よくわからないが……これで地下迷宮への道が開けたというのであれば、それでいいか。
こうして俺たちは、多少魚人族とのイザコザもあったりしつつも、限定的にではあるものの、海での行動を許可された。
さらには、地下迷宮の在り処までもが判明した。
俺たちにとって、この流れはまさしく追い風だ。
そのときの俺はそんなことを思ったりして、意気揚々としていた。
…………しかし、そうした気分も、長くは続かなかった。
一難去ってまた一難というべきか。
数日後、俺たちの前に、新たな障害が発生することとなった。
俺たちは魚人族の手引きにより、地下迷宮を発見した。
海王の言っていた通り、それは大陸から10キロほど離れてたところにある小さな孤島のすぐ近くにあった。
この場所は、長い年月が経過するうちに海面が上がって、町からでは容易に行けなくなっていったのだろう。
それに加えて、魚人族が海を支配していたせいで、陸に住む人はその場所を忘れていったってとこか。
まあ、どんな理由があったにせよ、こうして無事に地下迷宮を見つけることができたんだから、それで良しだ。
地下迷宮の入り口は海のなかにあったものの、それも比較的浅いところにあった。
浸水してるんじゃないかと、発見したそのときは思ったが、結界かなにかが働いているのか、迷宮内部まで海水は入っていなかった。
迷宮の内部は、ウルズのものとほぼ変わらない環境だった。
試しに地下1階にだけ降りてみたら、ゴブリンがひょっこり姿を現していたしな。
今となっては懐かしいとすら思えるモンスターだ。
そういったことがあった日から、2日が経過した。
魚人族との戦いで、多少なりとも疲弊していた俺たちも、2日経てば全快だ。
これなら、問題なく地下迷宮の攻略に精を出せる。
早く攻略許可が下りないかなぁ。
俺は、ウルズの遠征組用に割り当てられた宿屋の一室で、これから始まる地下迷宮の攻略に就いてばかりを考えていた。
そんな俺の耳に、いつもとは様子が違うクロードの声が入ってきた。
「大変だ! 誰か、今すぐ隣の宿屋に来てくれたまえ!」
……なんだ?
大変って、なにかあったんだろうか。
隣の宿屋といえば、ミーミルの地球人が宿舎代わりに使っているとこだったはずだ。
そこで大変なことが起こっている……?
とにかく、行ってみよう。
「クロード」
「あ! 君もいたか! いいタイミングだ!」
廊下に出た途端、俺はクロードに拉致られ、宿屋のロビーまで引っ張られた。
「……お、ミナもいたか」
さらに、そこでミナやサクヤ、フィル、マイ、他数人のウルズメンバーと出くわした。
彼女たちも、廊下で騒いでいたクロードの声を聞いて出てきたクチだろう。
「クロード先輩。なにかあったんですか」
「ああ、とても大きな問題が発生した……」
問題か。
クロードがここまで言うのなら、それはかなり深刻なものなんだろう。
「ケンゴさんに連絡しますかっ? 多分、大使館にいると思いますけどっ」
ウルズ勢の大人組は全員大使館に行っている。
今、地下迷宮攻略のための手続きで忙しいみたいだ。
そして、俺たちウルズの人間は、地球人なら誰でも使える『通話』がミーミルで使えない状態にある。
ケンゴたちと話をするには、大使館へ直接行かなくてはならない。
「そうだね…………あっ、いや、ちょっと待って……うーん……この場合はどうするべきか……」
「?」
なにを悩んでいるんだ?
普通、なにか問題が発生したら、リーダーに連絡するものだろうに。
「……とにかく、僕は一度、隣の宿屋に戻ることにする。そうだな……シンとミナさん、それにサクヤさんは僕と一緒に行こう。マイさんは何人かと一緒に大使館行って、ケンゴさんを呼んできて。残りのメンバーは僕たちが戻るまで待機で」
「まあ……クロードがそう言うなら……」
この場には現在、1年、2年の高校メンバーが数人とフィルしかいない。
他のメンバーは全員出払っている状態だった。
タイミングが悪いな。
「ちなみに、私たちを同行させる理由は?」
「君たちなら、多少の荒事があっても動じないだろう?」
「……そういう基準ですか」
クロードの答えに、ミナは苦笑いを浮かべた。
荒事があるかもしれないのか……。
いったい誰と荒事をするのやらだ。
こうして、俺たちはクロードに連れられて、恐る恐る隣の宿屋へと向かった。
隣の宿屋のロビーには、俺たちにとって馴染みのある奴らが何人かいた。
そのなかの1人である3年生のアギトは、見慣れない5人の連中と話している最中であるようだ。
「……あ」
よく見ると、見慣れない連中のなかには、1人だけ知っている奴がいた。
フルールで情報収集をしているときに出会ったミサキだ。
ミサキの手前にいる大男が邪魔で、あいつがいるのに気づくのが若干遅れた。
今日も相変わらずカメラを首にかけている。
「……どもっス」
向こうも俺たちに気づいたようで、小さな声で挨拶をしてきた。
あいつがいるってことは、この見慣れない連中は、ミーミルの地球人ってことで間違いないようだな。
それ以外に誰がいるって話ではあるが。
「ふざけるな!!!」
ソファーに座っていたアギトが、怒鳴り声をあげた。
こうもあいつが怒りを露わにするだなんて、珍しいな。
いったい、なにがあったんだ?
「別に、ふざけちゃいまへん。ウチらの要求は、さっき言った通りですわ」
アギトを怒らせているらしき、対面のソファーに座る人物は、女性だった。
余裕そうな笑みを浮かべて、ゆったりとした関西弁(京都弁か?)を使っている。
上はワイシャツで下はジーパンという、地球でもその恰好でいそうな格好をしている。
ラフな着方をしていて、上から見たら胸の谷間が見えそうだ。
「ミーミルの地下迷宮は、ウチら【ミーミル連合】が攻略しますさかい、ウルズのモンはお引き取り願います」
「…………っ!?」
お引き取り願います……だって?
いったいどういうことだ。
「んー、なんていうかぁ、ウルズの人たちが主導でミーミル大陸の地下迷宮の攻略をするのはぁ、私たちのメンツに関わるしぃ……感じ悪いよね?」
さっき喋った女性とは別の、コギャルっぽい女子が、甘ったるい口調でそんな説明をしてきた。
こっちは見たところ、剣士職か騎士職ってとこか。
若干派手ではあるが、軽そうな鎧を着込んでいる。
でも、下は超ミニのスカートだ。
スパッツも穿いてなさそうだし、あれだと、運動したらパンツ見えちゃわないか……?
というか、もうちょっとマシな言い方はないのかよ。
なんだよ、『私たちのメンツに関わる』って。
そんなの知るかよ。
「か、感じ悪い……だと……」
いかん。
アギトのこめかみに青筋ができている。
俺もちょっとイラッてしたけど、ここは耐えろ。
「まっ、地下迷宮を見っけてくれたことには感謝してっけど、後は俺らだけで十分だってことだ。わかったか?」
女性たちの背後に控えていたタンクトップ姿の大男が、凶悪そうな笑みを浮かべながら俺たちを視線で威圧してきた。
その男の鍛えぬかれた筋肉が、これでもかと主張している。
タンクトップだから、それがとても際立って見えるな。
いったいどこのボディビルダーさんですか。
「わかるものか! 貴様たちの言い分には、まったく正当性を見いだせない!」
アギトがそれに対抗し、鋭い視線で大男を見返した。
こっちもこっちで凄まじい威圧感だ。
2人とも怖いな。
ビビりはしないが、こんな顔つきの大男連中に街中で声をかけられたら、ダッシュで逃げるぞ。
……にしても、【ミーミル連合】か。
以前、メリーからそのギルドの名前は聞いたことがあったけど、それがこいつらなのか。
「ククッ……良い目してやがるぜ……んで、さっきこの建物のなかに入ってきたお前らも、ウルズの人間か?」
大男が俺たちに声をかけてきた。
さっきからジロジロ見過ぎていたか。
まあ、声をかけられたのだから、遠慮なくこの話し合いに参加させてもらおう。
「そこにいるアギトと同じく、俺たちもウルズ出身の地球人だ。今の話、詳しい話を聞かせてくれないか?」
「詳しい話もなにも、さっき、自分らが立ち聞きしてたのでほぼ全部や。それ以外は、なんもあらへん」
……つまり、俺たちと話し合いをする気もないってことか?
そうはいかない。
今の話、ここで終わらせてなるものかよ。
「ああ、でもここで会ったのもなにかの縁やさかい、自己紹介だけはしときますわ」
と、そこで関西弁らしき言葉を使う女性が、俺たちに自己紹介を始めた。
「ウチのキャラネームはカザネ。国立異能開発大学付属第一高等学校の3年1組所属で、【ミーミル連合】の頭をやらせてもろうてます」
そして、その女性は、自分こそが【ミーミル連合】のギルマスであるということを伝えてきた。