剣王VS海王
第78代目海王であるシャーク・ディーパーは、地上からやってきた集団を見て、内心では焦っていた。
(…………王の器が何人もいやがる。シャレにならねえな)
剣王であるケンゴ、龍王である火焔、死霊王であるクレール、獣王の代理を任されているガルディア。
シャークが瞬時に見立てた推測は、ほぼ満点に近いものであった。
(…………俺だけで、どれだけ持ちこたえられることか)
そして、シャークはすでに、魚人族の勝機が薄いとも思っていた。
七大王者と呼ばれる者を相手するのは、たとえ1人であっても熾烈を極める。
にもかかわらず、そんな敵が複数人で攻めてきている。
この状況は、魚人族にとって絶望的なものであった。
だが、そう思っていても、シャークはそれを表情に出すことはない。
出してしまえば最後、この場にいる魚人族全員の士気に悪影響を及ぼし、僅かな勝機さえも逃してしまうからである。
(…………にしても、戦力的には十分すぎるコマを揃えてやがるっていうのに、俺とサシでヤリあおうだなんてな。その思い上がりがキサマたちの隙だ)
シャークの目の前には、白い剣を鞘から引き抜くケンゴが立っていた。
たとえ、相手をするのにも無傷ではいられない敵であろうとも、1対1であれば勝てないこともない。
1人倒してしまえば、その後の戦いも、いくらかは楽になる。
ケンゴが負けた時点で、海から立ち去ってもらう。
そう要求してはみたものの、それを実行に移すかどうかはわからない。
ゆえに、シャークは連戦も視野に入れて、ケンゴとの対決を望んだ。
「よし……行くぜ!」
そして、シャークとケンゴの決闘が始まった。
先手はケンゴ。
純白の剣がシャークを袈裟切りにかかる。
「…………フンッ!」
「へえ……かってえウロコしてんなぁ」
シャークは剣を腕でガードした。
魚人族のなかでも最硬と謳われるシャークのウロコは、ケンゴの剣をも通さなかった。
――しかし。
「まあ、それはわかってたことだけどな」
ケンゴに動揺は一切ない。
その様子を見て、シャークはより警戒心を高めた。
「…………今のは小手調べか」
「おうよ。次の攻撃からが俺の本気だぜ」
またもケンゴがシャークに剣を振るう。
だが、今回は前回のものと比べ、剣に重みがある。
「…………チッ」
シャークがケンゴの剣を腕でガードすると、そこから赤い血が漏れ出た。
下手をすると、腕を持って行かれる。
そう判断したシャークは、今後、ケンゴの剣を避ける方向でいくことに決めた。
「…………次は、俺の番だ」
「よっしゃ! こいやぁ!」
笑っているケンゴに向けて、今度はシャークが殴りにかかった。
「うっは! こえぇ!」
「…………」
シャークによる拳の連打がケンゴに降りかかる。
一発でも当たれば体をバラバラにされるのではないかという、必殺の拳。
それをケンゴは、楽しそうに紙一重で避けていった。
「…………おい、遊んでいるのか」
「遊んじゃいねえよ。でも、こうやって強い奴と戦ってっとワクワクするだろ!」
「…………奇妙な男だ」
自分は敵を殺すつもりでいるというのに、ケンゴは戦えることがワクワクすると言う。
戦いとはより非情なものであるという価値観で動くシャークにとって、ケンゴの笑みは理解しがたくもあり、どこか眩しくもあった。
「…………いつまでその余裕顔が続くか、試させてもらおう」
そこでシャークは本気を出すことにした。
剣王1人に全力を出すわけにはいかなかったが、一連の行動から、そうしなければこの男を倒せないと判断したためである。
「っ!」
シャークは地面についていた足でジャンプし、海中を高速で動き始めた。
その動きは俊敏であり、それを捉えるために、ケンゴの目がせわしなく動く。
さらには、シャークの動きによって海水の流れが激しくなり、ケンゴはその場に立ち続けることすらもままならなくなった。
「うおっ!?」
やがて、ケンゴの体が海中に浮き、大きな流れに巻き込まれることとなった。
「…………これが海での戦い方だ」
「ぐっ!」
海中を高速で泳ぐシャークが、ケンゴに攻撃を仕掛けた。
巨体を生かした体当たり。
鋭い爪によるひっかき。
サメのような歯による噛みつき。
その一つ一つが、人を死に至らしめるほどの殺傷能力を備えていた。
「……ふっ! はっ! どりゃぁっ!」
ケンゴは、それらの攻撃をも紙一重でかわし、あるいは剣で受け流していった。
海流に翻弄されているにもかかわらずである。
(…………強い)
一目見たときからわかっていたことであるものの、シャークはそこで、ケンゴに再び高評価を下した
また、海での戦いには不慣れであるだろうと高をくくり、相手を舐めてかかっていた自分を恥じた。
そう思いつつも、シャークは次の攻撃をくりだすべく、凶悪な牙をむき出しにしてケンゴに突撃する。
だが、シャークの攻撃が届く前に、ケンゴが動いた。
「――剣王流奥義、『青龍』」
「…………っ!?」
先代剣王から授かった四大奥義の1つである『青龍』がケンゴから放たれた。
すると、海王によって操作されていた海水の流れが突如変化を起こし始めた。
「クッ…………!」
海中を自在に動き回っていたシャークは、激流に呑みこまれた。
そして、そのままの勢いで、深海から空中まで一気に押し上げられることとなった。
「カッ…………ッ…………ッ!」
空中に浮くシャークの口から、言葉にならない声が漏れた。
エラ呼吸をする魚人族は、地上ではまともに呼吸をすることができない。
そのため、突然空中に投げ出されたシャークは、軽い呼吸困難に陥ることになった。
「…………な…………ナメンナ…………ッ!」
が、それでもシャークは集中を途切れさせることなく、海中にいるであろう敵のほうへと視線を向ける。
「わりいな、これで詰みだぜ」
「…………ッ!」
――ケンゴが海中から飛び出し、シャークと目を合わせた。
さらに、ケンゴは次の奥義をくりだすべく、空中で体勢を整えだした。
「剣王流奥義、『朱雀』」
剣を振るうケンゴの先から、燃え盛る火の鳥が出現した。
その鳥は、真っ直ぐにシャークへと飛んでいく。
「グッ!? …………ウガアアアァァァァァッ!!!」
炎が全身を包み込み、シャークは絶叫を上げた。
魚人族は、常に水中で過ごす関係上、火を用いることがない。
同時に、火に対する耐性も、他の種族と比べて著しく低いという性質があった。
ケンゴは、そういった魚人族の弱点を突き、シャークに大きなダメージを与えていたのである。
丸焦げとなったシャークと、次の攻撃体勢に入っているケンゴは、重力によって再び水中へと落ちていった。
「どうだ、まだ俺とやりあうか?」
「ウ…………まだ…………俺は負けてねえ…………!」
今の攻撃で大火傷を負いつつも、シャークの心は折れない。
それを見たケンゴは、空中にいたときから放つ準備をしていた、3つ目の奥義を発動させる
「……剣王流奥義、『白虎』」
「…………ッ!?」
奥義が発動すると、2人の間に会った距離が一瞬で詰まった。
シャークは、自分の喉元に軽く添えられる刀身の冷たさに、死の予感を抱いた。
「てめえとは、もうちょっと戦ってみてえとこなんだけどよ、今回は仲間を待たせてんだ」
「……………………」
「悪いようには絶対しねえ。だから、俺らが海で活動すること、これで許しちゃくれねえか?」
すぐ傍で囁かれるケンゴの言葉を、シャークは黙って聞き続ける。
喉元は、他の部位と比べてウロコの防御が弱い。
斬ろうと思えば、勢いをつけずとも、斬ることができる。
つまり、今の状況は、シャークにとっての敗北を意味していた。
「どうしても俺らを信用できねえってんなら、海を探索している間、俺がてめえらの捕虜になってもいい。俺の剣もてめえに預けるし、それなら安心できるだろ?」
「…………なに…………?」
「それじゃあ不服か?」
「……………………」
ケンゴの提案を聞き、シャークは悩んだ。
すでに勝敗は決している。
それに、ここから逆転を行えたとしても、今の体では深海で待ち構えている他の王には勝てない。
連戦をするには、傷を負いすぎている。
こんな状況で、剣王と呼ばれている男が、自分にとって不利な条件をつけることを提案している。
やろうと思えば魚人族を排除しうるだけの力を有しているにも関わらず。
それは、シャークにとって不可解な話であった。
「俺らは、ただ『魔女の庭』を探したいだけなんだ。それ以外のことは、なにもしねえよ」
「…………ッ!」
魔女の庭。
その言葉に、シャークは反応した。
その場所は、魚人族にとっても忌むべき場所として、今日まで避けられ続けてきた。
なのに、地上から来た連中は、そこへと行きたがっている。
意味が分からなかった。
けれど、それゆえに、シャークはケンゴの話に興味を持った。
「……………………詳しい話を聞かせてもらおう」
「どうやら脈アリみてえだな。んじゃ、みんなのとこに戻るか」
シャークは、ケンゴと一緒に、魚人族の住み処へと戻ることにした。
「あ、そうだ。今の戦いって、俺の勝ちってことでいいんだよな?」
「…………好きにしろ」
「よっしゃ。やったぜ!」
「…………フッ」
やけに勝ち負けにこだわっているケンゴの様子を見て、シャークは軽い笑い声を漏らした。
そうして、剣王と海王の戦いは幕を閉じた。
この出来事は、海王と呼ばれる者が他の王に歴史上初めて敗北し、剣王が七大王者の序列を一気に三位まで上げた瞬間でもあった。