話し合い
火焔による『空間接続』によって、俺たちは海王が住むという海域の奥底にある町へとやってきた。
深海なので、明かりとかないんじゃないかとも思ったが、ここら一帯は光る魚やサンゴがいるおかげで視界には困りそうもないようだ。
その光がまた神秘的で、海の世界をより幻想的なものにしている。
しかも、そこには海のなかだというのに、石造りの綺麗な建物が並んでいる。
海王の住み処であるとのことだから、多分ここが魚人族の首都なんだろう。
『水棲の加護』が付いた装備品がないと、ここへはたどり着けないが、誰でも自由に来られるようになれば、観光スポットとして大人気になること間違いなしだ。
……魚人族の強烈な視線がなければの話ではあるが。
「なんか……私たち、すっごい見られてるわね……」
「まあ、しょうがないだろ」
魚人族の兵隊が、俺たちを取り囲んでいる。
それも、さっき戦った奴らよりも強そうな奴らが数百人規模でだ。
当たり前ではあるが、この場における俺たちは、海王の住み処に侵入しようとしている外敵だ。
魚人族側からすれば、一刻も早く排除したい集団だろう。
こうして様子見をされているだけ、まだ穏便と言える。
多分、向こうは俺たちの動向を伺っているってとこか。
突然この場に現れて、しかも、捕縛された自分たちの仲間を連れているわけだからな。
今頃、ここに集まった兵隊たちの上官連中が、俺たちをどう排除するか会議している真っ最中なのだろう。
「魚人族の兵士たちよ! 俺らは地上からやってきた者だ! 海での活動について、ちょっと話があるから、誰か海王に取り次ぎをしてくれねえか!」
ケンゴが俺たちを代表して、率直な要求を口にした。
俺たちの要求は、海王への謁見。
そこから、俺たちの海での活動を許可してもらうところまでこぎつければ、こちらとしては申し分ない。
ぶっきらぼうなケンゴの要求を受けて、果たして海王と会うことはできるのかどうか。
「貴様がこの軍の指揮官か?」
俺たちの前に、1人の魚人族の男が泳いできた。
その魚人族は筋肉ムキムキで、見るからに強そうな見た目をしている。
「軍ってほどのもんでもねえんだが、まあ、このチームを率いているのは俺で間違いねえぜ」
「そうか……では、貴様に我々側の要求を伝えよう」
魚人族の男は、ケンゴを俺たちのリーダーと認めたようで、さらに言葉を続けた。
「我々の仲間を即刻解放し、ただちにこの場から立ち去れ」
「……つまり、交渉の余地はねえってことだな?」
「貴様たちがどのような術をもって我々のもとにたどり着いたかまでは知らんが、我々の生息域を脅かす行為は看過できぬ。これ以上貴様たちがこの場に居座る気でいるのであれば、我々は実力行使に出る」
まあ、この男の言うことは、至極ごもっともだ。
地上の連中と海の連中は互いに不干渉であり続けることが、最も荒波がたたない。
だから、これからもそういった関係を維持し続けようとするのは、仕方のないことと言える。
でも、俺たちはここで引き下がったりなんてしない。
「捕虜は全員解放する。だけど、俺らは海王に会えるまで、ずっと海にい続けるぜ?」
「貴様……命が惜しくはないのか?」
「勘違いしねえでほしいんだが、俺らは別に、戦争を仕掛けに来たわけじゃねえんだぜ? ただ、しばらく俺らが海の探索をするのを許可してもらえれば、それで十分なんだ」
「信じられるか。口だけなら、なんとでも言える。貴様たちが支配域を海にまで伸ばそうとしているというわけでない根拠など、なにもないではないか」
……ダメだな。
埒が明かない。
魚人族は、俺たちをまったく信用していなさそうだ。
無理もない。
今までロクな交流もなかった種族同士の対話なんだからな。
不審がられたとしても、それは当然のことだ。
ましてや、こちらは捕虜を連れている身でもあるわけだし。
「……おい、セレス、カタール」
「はい、なんでしょう、ケンゴさん」
「捕虜を全員解放してやってくれ。まずは俺らの誠意を見せる必要があるみてえだからな」
「いいのでござるか? 捕虜を放した瞬間、魚人族が拙者たちに攻撃を仕掛けてくるかもしれんでござるよ?」
「構わねえよ。そんときゃそんときだ」
「……わかりました」
「まあ、リーダーの決定に従うでござるよ」
ケンゴがセレスとカタールに指示を飛ばして、魚人族の捕虜をすべて解放した。
まずは、こちらから誠意を見せるつもりか。
これで多少なりとも交渉の余地が生まれてくれるといいんだが。
「……読めんな。貴様たちは、我々が怖くないのか? 捕虜を解放したら、我々が貴様たちに遠慮をする理由はなくなるのだぞ?」
魚人族の男は、ケンゴの行動を不可解に感じているようだ。
それは他の魚人族も同様であるようで、周囲からどよめき声が聞こえてくる。
「怖くなんてねえさ。だってよ、ここにはてめえらの大将と互角に戦える奴が何人もいるんだからな」
「なに……海王様と……? それはどういう………………ッ! ま、まさか……七大王者がこのなかに……!?」
「そのまさかだよ」
魚人族のどよめきが、さらに大きくなった。
海のなかで生活している奴らでも、七大王者については知っているみたいだな。
もしかしたら、海王以外の王はないものとして扱われているかもとか思ったんだが。
「かくいう俺も、地上では『剣王』って呼ばれてんだ。なんだったら、今ここで俺の実力を試してやってもいいんだぜ?」
「グッ……」
ケンゴは余裕の表情だけで魚人族の男を圧倒している。
これがブラフやハッタリの類だとは、さすがに魚人族も思わないだろう。
もしそう思ったとしても、そのときはケンゴの言う通り、実力を見せればいいだけだ。
さあ、海王と同等クラスの強さを持った奴がいる可能性があると知って、魚人族はどう出るか――。
「…………キサマたちは下がっていろ」
――ひときわ巨大な魚人族の男が、群れの奥から姿を現した。
なんだこいつは……。
他の魚人族より倍近く大きいぞ。
全長3メートルは軽々超えている。
「へへっ、まさか大将のほうから出向いてくれるなんてな」
ケンゴが、やけに勿体ぶった喋り方をするその魚人族を見ながら、不敵な笑みを顔に浮かべている。
やっぱり、ケンゴも俺と同じ結論に至ったか。
この男は、他の魚人族とは明らかに別次元の強さを秘めている。
体格もそうだし、身に纏う覇気のようなものも別格だ。
つまりは、この男こそが――海王なのだろう。
「俺はケンゴって呼ばれてるモンで、『剣王』を名乗らせてもらってる。そっちは?」
「…………シャーク・ディーパー……俺が今の『海王』だ」
俺たちの予想は当たった。
どうやら、この男が海王ということで間違いないらしい。
「へえ、シャークっていうのか。よろしくな」
海王を前にしても、ケンゴはいつも通りの様子だ。
まあ、こいつは相手が誰だろうと驚くようなタマじゃないよな。
「それで、海王自らがここに来たってことは、少しは俺らの話を聞く気があるってことでいいんだよな?」
「…………俺がこの場に現れたのは……強い気を感じたからだ」
「強い気?」
なんだそれは。
海王は、そんなものを感じたりすることができるのか?
「…………剣王を名乗ったキサマと……あそこにいる龍人族のオンナと、金髪のヤツ……あのデカい生き物もそうだな……強いヤツが沢山いやがる」
……凄いな。
どうやら、海王は強い奴を見分ける能力に長けているようだ。
ケンゴ、火焔、クレール、ガルディアという、王と王に匹敵する者を的確にピックアップしてくるとはな。
人を見る目があるってことか。
というか、魚人族は基本的に海のなかでしか活動していないはずなのに、龍人族とかを見分けることができるんだな。
それもちょっとビックリだ。
「…………それに……そこにいる鎧のキサマも強いな」
と思っていたら、海王は俺のほうにも目を向けてきた。
俺も海王に認められたみたいだな。
さっきまで考えていたことを合わせると、『俺、強いんだぜ』って自画自賛しているみたいなことになっちゃうが……まあいいや。
「そこまで見抜けるんだったら、俺らの話、聞いてみちゃくれねえか?」
冷静な瞳で俺たちを見る海王に、ケンゴは軽い調子で話の続きを始めようとしていた。
「…………いいや、ソレはできない。俺は海の王で、キサマは剣の王……王同士が出会ったらヤルことは1つだと、古来より伝承されている」
「つまり、俺と戦うつもりってことだな」
「…………そういうことだ」
海王は、ケンゴと戦うことを所望している。
なかなか好戦的な奴だな。
というより、これが七大王者と呼ばれる連中の作法なんだろう。
七大王者は、大抵が武力であらゆるものを勝ち取るタイプの奴らだし。
知略や謀略で成り上がる類の存在ではない以上、話し合いをする場合も、力で推し量るってわけだ。
「てめえらは後ろに下がってろ。こいつとはサシで戦うからよ」
どうやら、ケンゴは1人で海王と戦うつもりのようだ。
俺も海王と戦ってみたいところなんだが、今回はケンゴに花を持たせよう。
カタールと同じことを言うのもなんだけど、ケンゴは俺たちのリーダーだからな。
「…………俺が勝ったら……キサマたちは全員、地上へ帰れ……ここは俺たちのナワバリだ」
「じゃあ、俺が勝ったら、俺らの話をじっくり聞いてもらうぜ」
ケンゴと海王は戦闘態勢に入った。
「よし……行くぜ!」
こうして、俺たちと魚人族が見守るなか、剣王と海王の戦いが始まった。