イデア・フルール
アルフヘイムに来てから3日経過した頃。
俺は夢のなかで、クロスと会った。
「よう、クロス。この前、突然お前と話せなくなったから、ちょっと心配してたぞ」
「む? おお、心配をかけさせてしまっておったか。それはすまんのう」
クロスと話をするのは、アルフヘイムに来た直後以来だ。
あれからまだ数日しか経っていないけど、最近はクロスが俺のなかに住みついているせいで、そんな些細なことが気になってしまう。
「ちと、この大陸に封印されている神との交信を試みていたのじゃ」
「なに? 神だと?」
「お主の器に入った今のわしが大陸移動を果たしたからこそ、できる所業じゃのう。先日、お主をあっと驚かせると約束していたしの」
「まあ……確かに、そんなことができたら、俺は驚くな……」
クロスは有言実行の神だったのか。
俺はこいつのことを少し侮りすぎていたかもしれない。
「それで、神との交信はできたのか?」
「うむ……できたと言えばできたのじゃが……」
「?」
クロスの返答は、どうにも歯切れが悪かった。
意味深だな。
いったい、なにが彼女をそうさせているのか。
「シンよ、ちと、下を向いてみい」
「へ? 下?」
なんだなんだ?
クロスは俺になにをさせたいんだ?
「…………誰この子?」
俺がクロスの言葉を訝しみつつ下を向くと、そこには、1人の女の子が横たわっている姿があった。
「すぅ……すぅ……」
どうやら、女の子は眠っているようだ。
見た目は10歳くらいで、クロスと同じ白い髪の、幻想的なその少女。
精霊王と同じく、白のローブを着込んでいて、小さな女神様って感じだ。
……もしかして、この子が?
「こやつの名は『イデア・フルール』。わしと同等の位に就く、創造神じゃ」
「マジか……」
こんな子が神様だとは……。
クロスもそうなんだが、この世界の神は、もしかして全員幼女だったりするのだろうか。
「というか、寝てるんですけど、神様」
「う、うむ。おそらくじゃが、こやつは今まで、ずっと眠っておったのじゃろう」
「ずっとって……いつから?」
「お主たちがアースで活動するための器、およそ10000人分を作ってからじゃ」
「ほ、ほう……」
俺たちの体10000人分か……。
そりゃ、途方もない重作業だったことだろう。
これに関しては、さすがは神だとしか言いようがない。
でも、やらなくちゃいけなかったんだろうな。
アース人じゃ近づくことすらできない地下迷宮を攻略するために。
「じゃが、そのせいで、こやつのなかに残された力は僅かになってしまったようじゃのう。今もこうして寝ている状態なのも、そのせいじゃろう。本来はもっと作るはずじゃったし」
「そうか……ん? それじゃあ、お前はどうなんだよ? お前はまだ余力を残してるってことか?」
「お主が知らないだけで、わしも、この囚われの1000年間のほとんどは寝て過ごしておったわい」
ありゃ、そうだったのか。
つまり、クロスはこのイデアって子よりも若干余力があるっていう程度なわけだな。
「おそらくは、『スキル』の奴めも、わしやイデアと似たような状態なんじゃろうな。あやつも、わしの交信に一切出ぬし」
スキルって……ああ、技能神のことか。
俺たちの使う『スキル』と名称が同じだから、少し混乱した。
まあ、起源は神様のほうにあるんだろうから、名称が同じでも不思議じゃないか。
「そのスキルって奴にも、フヴェル大陸に行ったら交信できるのか?」
「できるかもしれんが、実際にやってみないと、なんとも言えんのう」
「そっか」
なんというか、これじゃあ素直に『クロススゲーッ!』みたいな感じにはなれないな。
せっかく他の神様に会わせてもらえても、眠ったまま起きないっていうんじゃ、どないせいって気分になる。
やれることといったら、精々神様の可愛らしい寝顔を拝見することくらいだ。
ああ……でも、ちょっと癒される……。
「お主、さっきからイデアの顔をジーっと見ておるが、なにがしたいんじゃ?」
「……寝顔セラピー的な?」
「なんじゃそれは」
うん、俺もなに言ってるのか、よくわかんない。
なんだよ、寝顔セラピーって。
だけど、少女がスヤスヤと寝ている様子を見守ることに、なにかしらの癒し効果があるような気がしてならない。
『守りたい、この笑顔』に通ずる、なにかがある。
「うぬぬ……わしというものがありながら、他の神にうつつを抜かすとは何事じゃ!」
俺が膝をついてイデアの寝顔をのぞき見ていると、なぜか唐突にクロスが怒りだした。
「なんだよ。ヤキモチか?」
「そんなんじゃないわい! ただ単に、わしが蔑ろになっているような今の雰囲気が気に入らないだけじゃ!」
だから、それってヤキモチだろ。
要するに、俺がイデアの寝顔ばっかり見ていたから、クロスは気に食わないってわけなんだろ?
そう考えると、こいつにも結構可愛いところがあるんだなって思えるな。
「だったら、お前の寝顔も俺に見せてくれよ」
俺は若干口元を緩めながら、冗談交じりにそんなことを言った。
「いや、わしが寝ると、お主とこうして会うこともできぬし……それは無理じゃな」
「あ……さいですか」
割と真面目な回答をされちゃったな。
でも、確かにその通りだろう。
俺たちが今いる空間は、クロスが作り上げてるんだからな。
「じゃが、寝たフリくらいなら、できないこともないぞい?」
寝たフリて。
そんなのやって、どうするんだよ。
……と俺がツッコむ間もなく、クロスはその場にコテンと横たわって目を瞑りだした。
「ぐー、ぐー」
わざとらしい寝息までたてていらっしゃる。
しかも、時折俺のほうをチラッと見ていらっしゃる。
俺にどんなリアクションを求めてるんだよ。
「……わー、クロスの寝顔も可愛いなー。癒されちゃうなー」
「ふふん、そうじゃろう! わしの可愛さはイデアなぞに負けぬのじゃ!」
棒読みで俺が褒めると、クロスはシュバッと立ち上がって、上機嫌そうな笑顔を浮かべだした。
変な対抗心燃やしてんな。
まあ、可愛いは正義なわけだけど。
「とにかくだ。こうして創造神と対面することはできたわけだが、実際に話ができるようになるのは、地下迷宮が攻略されてからってことでいいんだよな?」
「うむ、そうじゃの」
ひとまず俺が今の状況のまとめをすると、クロスは首肯し、イデアの頭を撫で始めた。
「わしだけでなく、こやつのためにも、頑張っておくれ、シン」
「……ああ、わかった」
こうして可愛い女の子からお願いをされちゃったら、叶えてやらないと男が廃るよな。
その可愛い女の子っていうのは神様なわけだけど、その辺は誤差みたいなものだ。
「その代わり、俺との約束も忘れるなよ?」
「わかっておるわい。お主の願いは、このクロス・ミレイユが叶えてしんぜようぞ」
そりゃ楽しみだ。
なら、俺もなるべく早く、地下迷宮を攻略してやろう。
「……あ、そうだ、これはちなみになんだが、そこにいるイデアを先に助けた場合も、俺の願いって叶うのか?」
ふと、俺はそこで、少し気になっていたことをクロスに訊いてみた。
クロスたちは地下迷宮から解放すれば力を取り戻せるようだから、神様のうち1人だけでも助けられれば、それでもう3人全員助けられたようなものと言えるだろう。
なので、救出する順番なんてどうでもいいって感じなんだが……。
「お主の願いは、わしでもイデアでも、スキルであっても叶えられる類のものじゃ。やり方は少し違うがのう」
「そうなのか。それじゃあ、この子が俺の願いを叶えてくれることもあるってことなんだな」
「む……お主の願いを聞き届けるのはわしの役目じゃ! 他の誰にも渡さぬぞ!」
だから、なんでお前はいちいちそうやって対抗すんだ。
クロスとイデアは張り合うような仲だったりするのだろうか。
「……お前とイデアって、仲が悪かったりするのか?」
「いや、そういうことはないぞい。じゃが、イデアはわしの姉じゃからか、なにかと突っかかってくるんじゃよ」
突っかかってるのはお前のほうだと思うぞ、うん。
っというツッコミは置いておいて……クロスってイデアの妹だったのか。
何気にこいつ、妹属性も兼ね備えてたんだな。
「な、なんじゃその目は? わしを見る目が急に変わった気がするのじゃが……」
「気のせい気のせい」
「本当かのう……?」
これからの俺は、もうちょっとクロスに優しくなれそうな気がする。
クロスに気味悪がられつつも、そのときの俺はそんなことを思っていた。