続、温泉回
アルフヘイム名物の温泉に入ろうとしたら、白崎が逃げだした。
なんでかよくわからないが、とりあえず捕まえておこう。
「ていっ!」
「グエッ!?」
俺は逃げる白崎の背中に飛び蹴りをくらわして、すっ転ばせた。
バランスを崩して地面にビターンと顔をぶつける白崎の口から、カエルの泣き声みたいな音が聞こえてくる。
なんか、前にもあったな。
白崎が突然逃げ出したから捕まえたってことが。
「おい、なんで逃げた」
俺はかつて似たようなことがあったのを思い出しつつ、痛そうに顔面を手で覆う白崎に問いかけた。
「だ、だって……いきなりお前が俺の肩に手をかけて温泉に誘うから!」
「? だから、なんだっていうんだよ」
相変わらず、なにを考えているのかよく読めない奴だ。
もっと詳しく説明してくれないと解読できない。
「お前、ハーレムヤロウとか言われてるくせして、男にも興味があったのかよ!」
「……おい、殴んぞテメー」
今の発言で、なんとなくこいつの考えてることがわかった。
白崎が俺を見ながら怯えている。
なんか、めっちゃイラッってするぞ。
「俺はノーマルだっつの。温泉に誘ったことに他意はない」
「ホントに? 俺の体が目的だったりしない?」
「やっぱ殴っていいか?」
こいつとのコミュニケーションは難しすぎる……。
氷室と接する難易度がハードなら、こいつはベリーハードだ。
「……ったく。まあいいや、ほら立てよ白崎。変なことなんてしないから、さっさと温泉行くぞ」
女子たちは女子たちで、温泉のほうに移動を始めてしまっていた。
白崎が馬鹿なことを言ってるから、取り残されちゃったじゃないか。
「でも、人と風呂に入るのは、ちょっと俺には敷居が高い……」
「恥ずかり屋さんかっ!?」
こいつ、さては一人っ子だな!?
いやまあ、俺も一人っ子だけど、人に裸を見られるのが恥ずかしいとか、めんどくさすぎるわ!
「……はぁ……俺と温泉入るのに抵抗があるなら、1人で入れ。俺はもう行くからな」
「あ……」
俺は白崎の説得を諦め、1人で温泉のほうへと歩いていった。
なんか、無駄に疲れた……。
早く温泉に入って、ゆっくりしよう……。
「ふぃー……あ~……極楽ぅ~……」
森のなかにある温泉に肩まで浸かり、俺は夕空を見上げて大きく息を吐いた。
久しぶりに入る温泉は格別だ。
やっぱりアルフヘイムに来たら、まずはここだよなぁ。
この国の名物だと言われても、頷けるだけのものがある。
「……まったく、白崎の奴……せっかく俺が、この温泉の良さをじっくり語ってやろうと思ったのに」
俺は夕空にうっすらと見え始めた星の数を数えながら、さっきまでの白崎とのやり取りを思い返していた。
1人じゃないと風呂に入れないんなら、最初からそう言えっての。
それを最初から知っていれば、俺だって白崎を誘うこともなかったのに。
「あ~……考えるのやめよ……」
とりあえず、今はなにも考えず、疲れを落とすことだけに専念しよう。
休息期間は1週間。
1週間あれば、俺のコンディションもベストな状態に持っていける。
そうなれば、魚人族だろうがなんだろうがドンとこいだ――。
「……?」
ふと、温泉の湯のほうに目を向けた。
すると、俺の真ん前の湯から、ポコポコと気泡が出ていることに気づいた。
なんだこれ?
「……ざっぱーん!」
「!?」
突如、湯船のなかから獣族の子どもが飛び出て来た。
俺はそれに驚いて身構えるも、その子に敵意らしきものを感じなかったので、肩の力をゆっくりと落とす。
「えへへー、どう? 驚いたでしょー!」
見た目10歳にも満たないくらいの子どもが、笑顔で俺に話しかけてきた。
いきなり出てきて……なんなんだ、この子は。
ただ単純に俺を驚かせたかっただけのように見えるが。
ちなみに、性別は男であるようだ。
股間には可愛らしい象さんがあるからな。
まあ、ここは男湯だから当然か。
「…………」
にしても……なーんか、見覚えがあるような……。
褐色の肌に、どこかで見たことのあるようなケモ耳と尻尾、それに能天気そうなこの笑顔。
どうにも、デジャブを感じてならない。
「お前……名前はなんていうんだ? ここに住んでる子か?」
ひとまず俺は、突然現れた男の子の素性を知ろうと考えた。
ここは男湯だから、男の子が入ってきてもいい場所ではある。
でも、ここは精霊の国『アルフヘイム』だ。
獣族の子どもがいるような場所じゃない。
「ぼくの名前はガルシア! ついさっき精霊王さまに呼び出されて、ここに来たんだよ!」
「……なに? 精霊王に?」
精霊王に呼び出されたって、どういうことだ?
さっぱりわからん。
ガルシアという名前にも心当たりはないし、謎は深まるばかりだ。
「それよりお兄ちゃん! ぼくと遊んでー!」
「うゎっ!?」
考え込む俺の胸に、ガルシアが飛び込んできた。
馴れ馴れしい子どもだな。
遊ぶっていっても、風呂場でやれることなんて、たかが知れてるぞ。
「ぼく、またお湯のなかに潜るから、お兄ちゃんはぼくを捕まえてね!」
「え、ちょ、おい――」
俺が声をかける間もなく、ガルシアは温泉に潜っていった。
「……しょうがないな」
詳しい事情は、あとで精霊王にでも訊こう。
今はとりあえず、子どもの遊びに付き合ってやるか。
「……………………」
……濁り湯であるせいで、ガルシアがどこにいるのか全然わからない。
なかなか隠れるのが上手だな。
「!」
と思ったが、今一瞬、ポコッと気泡が出た。
多分、さっきみたいに、潜っている最中に息が漏れたんだろう。
「ほら! 見つけた!」
「きゃー! 見つかっちゃったー!」
気泡の出たところに手を伸ばし、俺はガルシアを捕縛した。
案外、簡単に捕まえられたな。
しょせんは子どものかくれんぼだったということか。
でも、ガルシアはキャッキャキャッキャと笑っているから、それなりに楽しかったんだろう。
それならそれで、別にいいか。
「…………ん?」
と、そこで俺は、なにか違和感のようなものを抱いた。
捕まえられた今のガルシアは、俺の膝の上に乗っかっている状態だ。
しかし、本来俺の膝付近に当たっていてもおかしくないような物の感触が、一切ない。
俺はガルシアを持ち上げてみた。
……………………。
「おい、ち○ちんどこやった」
「え? ち○ちん?」
ガルシアの股間から象さんが消えていた。
これ、なんのマジックですか。
女体化マジック?
え?
ガルシア、女の子になっちゃったの?
「ガルシア。お前って、男の子だったよな?」
「わたしは女だよー! それに、わたしはガルシアじゃなくてガルディナ!」
「???」
……全然わからん。
この子は女の子で、ガルシアじゃなくてガルディナ?
ちょっと、ホントどうなってんの?
「あははー! お兄ちゃん引っかかった―! ぼくたちの勝ちー!」
「!」
混乱している俺の背後から声が聞こえてきた。
振り向いてみると……そこには象さん付きのガルシアがいた。
ガルシアが2人いる。
いや、正確には、ガルシアという男の子とガルディナという女の子がいるわけか。
これは……つまり、推理小説とかでよくある、双子の入れ替わり的なものか……。
瓜二つすぎて、まったく見分けがつかなかった。
「お前たちは双子かなにかなのか?」
「うん! そうだよー!」
「見た目がほとんど同じだから、よく間違われちゃうんだー!」
「やっぱりか……」
これで赤の他人ですなんて言われても、信じなかったところだ。
にしても、やっぱりなんか、誰かさんに似てるんだよなぁ……。
それに、ガルシアにガルディナ……か。
……一応訊いてみよう。
「なあ、お前たちの母親って、なんて名前の人だ?」
「ママンの名前はガルディア・スフィンシス!」
「獣王代理っていう、すっごく偉い人なんだよー!」
「おおぅ……」
ビンゴだった。
もしかしてと抱いていた俺の予想は完全に的中した。
ガルシアとガルディナは……ガルディアの子どもだったようだ。
「ガルディアの子どもたちだったのか……」
あいつと別れてから、アースの時間軸だと10年は経過している。
となると、あいつも今や20代だ。
子どもの1人や2人いても、全然不思議ではない歳だな。
でも、誰よりもちっこかったガルディアが子持ちになっていたというのは、ちょっと驚きだ。
俺たちとの時間の進みの違いを実感させられる。
「……ガルディアは元気にしているか?」
俺は昔のことを思い出して懐かしみながらも、ガルシアたちにガルディアの調子を訊ねた。
「それはママン本人に訊いたほうが手っ取り早いんじゃないのー?」
「すぐそこにいるんだしねー?」
「へ?」
ガルシアとガルディナは俺の後ろを指さした。
なので、俺は後ろを振り返ってみる。
「ひっさしっぶりー! ごっしゅじん様ー!」
「!?」
すると突然、俺の顔はなにか柔らかい物に包まれることになった。
……俺のことをご主人様呼びする奴なんて、この世に1人しかいない。
まさか……この感触の持ち主が……。
「が……ガルディア……なのか……?」
「うん! そうだよ! 私はガルディア・スフィンシスだよ!」
こうして俺は、かつてミーミル大陸をともに旅した獣族の女の子であるガルディアと再会した。
ガルディアは……ムチムチバインバインの美女になっていた。