魚人族
地下迷宮は海にある。
メリーはそう話すと、『ふぅっ』と1つため息をつき、自分の座る椅子の背もたれに寄りかかった。
「海以外の場所は、あらかた探した。この町周辺だけじゃなく、町の内部にいたるまで、全部探したんだよ。もう、地下迷宮があるとしたら、アタシらがいまだに足を踏み入れたことのない海の中しか考えられない」
「そうか……」
今まで、ミーミルの調査員が散々探し尽くして出た結論なのだろう。
地上に地下迷宮はない、ということは疑いようがない、か。
「海……本当に地下迷宮がそこにあるのだとしたら、かなり厄介ね」
ミナが考え込むような素振りをして、『うーん……』と唸っている。
俺も唸りたい気分だ。
だって、アースの海といえば……。
「一応聞くが、この町の傍にある海域も、『海王』のテリトリーなんだよな?」
「そうだよ。だから、アタシらも手が出せなかったんだ」
七大王者の1人、『海王』。
なんでも、そいつはアースの海の全てを自分の領土と定めているらしい。
支配面積がケタ違いだ。
領土だけでいうなら、間違いなくアースで一番の王だと言える。
「でも、『フルール』って海と接したところにある町ですよね。なら、魚人族ともそれなりに交友関係があったのではないですか?」
サクヤがメリーたちに指摘した。
この町は海に近い土地にある。
魚人族との仲が良くなければ、住みづらいことこの上ないだろう。
果たして、この町の住民は、魚人族とどのような関係を築いているのか。
「町の住民と魚人族は、基本的に不干渉でいることで争いを避けてるみたいだよ。魚介類を中心とした貿易は行ってるけど、それ以外で魚人族と話す機会は皆無だね」
「海ん中にさえ入らなけりゃ、魚人族も大人しいしな」
「そうですか……」
なるほど。
どうやら、魚人族と『フルール』の住民は、海と陸とて完全に住み分けをしているみたいだな。
だとしたら、俺たちが海を調査することも、やっぱり難しいと言える。
「海に入ると、どんなことが起こるんだ?」
「そうだね……アタシらが海に入ると、海王に従う魚人族の兵士が問答無用で襲ってくる。結構強いよ」
「交渉の余地ナシってことか……」
「海ん中じゃあ、俺らよりアイツらのほうに分があるしよ。正直お手上げだぜ」
水中でマトモに戦える地球人がいるとすれば、それは盗賊職から派生した海賊職と、その上位職くらいだ。
それに対し、魚人族は水中だと無類の力を発揮する種族であるらしい。
地球人が海で魚人族に戦いを仕掛けられたら、勝ち目なんてほぼないだろう。
俺はメリーたちと同じく、難しい表情をして頭を悩ませた。
「ならば、我らも水中で自由に活動できるようにすればいいのではないか?」
「!?」
そんな俺たちに、どこからともなく現れたクレールが、大したことではないと言わんばかりに提案をしてきた。
これには俺もビックリして、クレールの声がしたほうへガバッと振りむいた。
クレールの後ろにはフィル、マイ、火焔の姿もある。
こいつらも、偶然この喫茶店に寄ったのか?
「美味しいスイーツが食べられるって聞いて飛んできたけど、まさかシン君たちもいるなんてねっ! 驚いちゃったよっ!」
偶然の原因はマイにあるようだ……。
いつもながら、食い意地が張ってるな。
「おお! フィルちゃんじゃないかい! 久しぶりだねえ!」
「! お、お久しぶり……です、メリーさん」
メリーがフィルを見つけ、明るく挨拶を交わした。
「相変わらず、オメーはちっちぇーな。ちゃんとメシ食ってんのか、コラ?」
「ん……ちゃんと食べてる……です」
バンも、バンなりの挨拶の仕方でフィルに声をかけている。
メリーもバンも、フィルに会えて嬉しそうだ。
フィルのほうも、久しぶりの再会だからかちょっとモジモジしているものの、2人を見て顔を綻ばせてる。
これはこれで微笑ましい場面だが、今はクレールの話を優先しよう。
「……それで、さっきお前が言ったこと、もう少し詳しく聞かせてくれないか?」
俺はフィルたちからクレールに視線を戻し、さっきの発言の真意を聞きだすことにした。
クレールは、俺たちも水中で自由に活動できるようにすればいい、と言っていた。
それはつまり、魚人族に対抗する手段を、なにか知っているということなのか?
「貴様たちは、水中だとうまく身動きが取れぬから、魚人族に手を焼いているのだろう? であれば、こういったものを身に着けて戦いを挑めば、互角の勝負ができるのではないか?」
クレールはそう言いながら、懐から1つのアクセサリーを取り出した。
見た目はブローチのようだ。
これになにか特別な力が備わっている……とかか?
「クレール、もうちょっとよく見せてくれ」
「うむ」
俺はクレールからブローチを手渡してもらい、それをマジマジと観察した。
「……水棲の加護?」
ブローチには見慣れない特殊効果が備わっていた。
俺も初めて見るものだ。
とはいえ、その効果はなんとなく名前から推測できる。
「これがあれば、魚人族でなくとも水中を自由に動き回ることができるのだ! どうだ! すごいであろう!」
クレールのドヤ顔が決まった。
相変わらず、ウザくもあり可愛くもある表情だ。
……というか、水中を自由に動けるだって?
本当かよ。
もし本当だとしたら、今の俺たちにとって喉から手が出るほど欲しいアイテムだぞ。
案の定というべきか、この場に集まった俺以外の地球人組が、全員驚いた顔になっている。
「ちなみに、それって身に着けた本人の周辺にも効果があったりするのか?」
「そこまで万能ではないな。このブローチの効果を受けることができるのは、身に着けた者のみだけだ!」
クレールはドヤ顔を維持したまま、俺の質問に答えた。
いや、そこはドヤ顔で語るとこじゃないだろ。
結局、1人しか水中で活動できないってことじゃんか。
「だが、このブローチを作った者に掛け合えば、もしかしたら同じ物をいくつか融通してくれるかもしれん」
「作った者って……誰のことだ?」
「アリアスだ」
あー、なるほど。
精霊王か。
あの人って、いろいろなレアアイテム持ってるからな。
フィルの髪飾りや、エマのイヤリングも、自作だったりしたのだろうか。
……掛け合ってみる価値はあるな。
「よし、それじゃあ『アルフヘイム』に行こう」
方針は決まった。
まず、精霊王に会って、水棲の加護が備わった装備品を融通してもらう。
そのあと、その装備品を身に着けた俺たちが海に入り、襲ってくる魚人族を説得、もしくは撃退する。
そして、魚人族の脅威が弱まってきたら、地下迷宮の捜索を行う。
これでいこう。
「メリー、バン。詳しい話をしてくれて、ありがとうな。おかげで、突破口が見つかった」
席を立ち上がった俺は、メリーとバンに深くお辞儀をした。
2人にはまた助けられた。
というか、俺ってみんなに助けられてばかりだな。
そのうえ、さらに精霊王にまで借りを作ろうとしている。
ちゃんと恩に報いることができるのか、ちょっと不安にさえ思えてくるぞ。
「力になれたっていうなら、アタシらも嬉しいねえ」
「アリアスって奴が誰なのかとかも聞いてみてーとこだけどよ、また今度でいいや。さっさと行ってこい!」
「わかった! ……それじゃあ行くぞ、みんな!」
俺はメリーとバンに背を向け、ミナたちを連れて店を飛び出した。
「それで、『アルフヘイム』っていうのは、どこにあるんだよ?」
店を出てすぐのタイミングで、白崎が俺に訊ねてきた。
「場所は……秘密だ」
「秘密?」
「ああ」
一応、『アルフヘイム』の在り処は秘密扱いになっている。
だから、たとえ身内の人間であったとしても、ホイホイと教えるわけにはいかない。
……そう考えると、白崎たちはここに置いていったほうがいいか?
みんなで勢いよく店を出たまではよかったが、なにも全員で『アルフヘイム』に行く必要はない。
俺とクレールだけで行くのでも、用は済ませられるわけだし。
「白崎に……ミナ、サクヤ、マイ。お前たちは宿舎で待機していてくれないか?」
なので俺は、白崎たちに俺たちの帰りを待っていてもらおうと思い、そう告げた。
フィルや火焔は『アルフヘイム』の場所を知っているから、わざわざ置いていく必要はない。
「お前、俺とのパーティーを解消するつもりか? お前が行くっていうなら、俺も行くぞ」
「……あ」
そういえばそうだったな……。
白崎との約束、すっかり忘れていた。
というか、一時的にパーティーを解消することも許されないのかよ。
いったいいつまでこの約束の効力は続くんだ?
「ちょっと待ってちょっと待ってっ! 『アルフヘイム』に行くなら私も行くよっ! ここで待機するっていうなら、さっきの店でスイーツ食べ損なった意味がないもんっ!」
白崎に続いて、マイまでもが不満を漏らし始めた。
だったら今すぐ店に引き返してスイーツを食べてもいいんだぞ……っと言うと、だったらそもそもみんなが店を出ていくような雰囲気を作るなって言い返されるかもしれない。
店内でちゃんとよく考えてから行動しなかった俺が悪いか。
「『アルフヘイム』っていうところには、どうしてもみんなで行っちゃいけないの?」
「いや……そういうわけじゃないが……」
サクヤから訊ねられたので、俺は頬をポリポリとかきながらも答えを返した。
以前、俺は『アルフヘイム』に部外者の子どもたちを連れていったことがある。
今回も、その国の場所がわからないよう注意を払えば、咎められることはないだろう……多分。
「……わかった、みんなで行こう。でも、行くなら粗相のないようにするんだぞ」
「やったーっ!」
俺が説得を諦めて、みんなで『アルフヘイム』に行くと決めると、マイが元気よく飛び跳ねた。
マイは食べ物のみに限らず、全体的に好奇心が旺盛な女の子だ。
店のスイーツがどうのこうのとは関係なく、『アルフヘイム』というところにも興味があったのだろう。
なんてったって、精霊の国だからな。
こうして俺たちは、いったん『アルフヘイム』へ向かうことに決定した。