友達
地下迷宮を攻略した日から1週間ほどが経過した。
その間、俺たちは長旅をするための準備に明け暮れていた。
長旅、というのは少し語弊があるか。
転移アイテム『龍王の宝玉』を使うつもりでいるから、実際はほとんど旅なんてしないだろう。
ミーミル大陸への長旅の準備、というよりも、ミーミル大陸に長期滞在するための準備といったほうが正しい。
会議室での一件の後、俺たちは藤堂さんにミーミル大陸の地下迷宮攻略の話をした。
すると、藤堂さんはわりとすんなり快諾してくれた。
『ついでに、ミーミルの調査員にウルズの調査員がどの程度のモンか見せつけてやれ!』とかも言われた。
別に、俺たちは喧嘩をしに行くわけじゃないんだが、ミーミル大陸の地球人については、俺もちょっと興味がある。
もしかしたら、久しぶりに……あいつらとも会えるかもしれないしな。
ちなみに、地下迷宮100階層奥の通路開通工事についても、藤堂さんが手配してくれることになった。
ただ、今のところはまだ、いつ開通するのか目処が立っていない。
また、もしかしたら工事の最中に妨害工作もされるかもしれないから、慎重に作業を進めていく、とのことだ。
俺たちがミーミル大陸にある地下迷宮を発見して攻略するのが先か、開通工事が終わるのが先か。
どっちも不確定要素が多すぎて、予想がつけられないな。
でも、もしウルズ大陸の地下迷宮の工事が先に完了して、俺たちがいない間にクロスの救出が行われたとしても、報酬は俺たちが貰っていいらしい。
クロス自身が、『地下迷宮において最も厄介な敵を倒したのはお主たちなのだから、お主たちに褒美を与えるのが妥当じゃろうて』と言ってくれた。
だから、俺としてはどちらが先でも問題ない。
けれど、ここでじっとクロスの救出を待ち続けるほど、俺も気が長いわけじゃない。
ミーミル大陸の地下迷宮最深部に囚われている神様も、いずれは助けなきゃだったんだし、ミーミル大陸行きは決定だ。
というわけで、俺は今日も荷造りと長期遠征のための手続きをするために、始まりの町のなかを行ったり来たりしていた。
「おい、一之瀬」
そんなとき、町中で俺は1人の男に声をかけられた。
氷室だ。
こいつは今も、【流星会】のナンバー2として頑張っているらしい。
アースで顔を合わせるのは久しぶりになるな。
「なんだ、氷室か……」
「久しぶりに会ったというのに、なんだとはなんだ。相変わらず君は人とのコミュニケーションがヘタクソのようだな」
「ああ、そうだな。特にお前が相手だと余計にヘタクソになる」
「……俺は今、ナチュラルに喧嘩を売られている気がするんだが、気のせいかい?」
「さあ?」
俺は、わざとらしくため息をつきながら、氷室との再会一発目の会話をうんざりした調子で行う。
これが俺たちにとっての”普通”だ。
大抵、先に声をかけたほうがいじられる結果になる。
「それで、俺になにか用があって話しかけてきたんだろ? ギルドのほうでなにかあったのか?」
「……いや、ギルドは橘姉と朝比奈が抜けたことで一悶着あったくらいで、特に問題があったわけじゃない」
一悶着あったのか……。
まあ、当然だよな。
いきなりギルドのメインメンバーが2人も抜けたんだから。
「あー、その……悪かったな」
「なんで君が謝るんだい?」
「いや、その……あの2人がギルドを抜けたのって、主に俺が原因だと思うし……それに……勝手に地下迷宮の攻略を進めたことについても……さ」
再会した直前では抱いていなかった申し訳ないと思う気持ちが、ふつふつと心の奥から湧いてきた。
ハッキリ言って、俺は氷室たちに恨まれてもしょうがないことをした。
勝手にギルドを抜け、メインメンバーを2人もギルドから抜けさせ、氷室たちをさしおいて地下迷宮を攻略した。
俺が氷室の立場なら、そんな奴を町中で見つけたら即殴り飛ばしているレベルだ。
「……別に、謝ることなんてない」
「でも……ギルドのみんなだって、俺のことを恨んでるだろ?」
「恨んでなんていない。みんな……一之瀬がどうして1人で突っ走るようになったか、知っているからな」
「…………」
俺は氷室の言葉を聞き、目を見開いた。
「まあ、2、3発はぶん殴ってやらないと気が済まないとは思っているが、それが済めば、また元通りだ」
「元……通り……?」
「一之瀬、手を出せ」
「え?」
氷室はそこで自分のポケットに手を入れ、1つのアイテムを取り出した。
「『炎神のネックレス』。以前、『ユグドラシル』の地下92階層で見つけた極レア品だ。受け取れ」
そして、氷室は強引にそのアイテムを俺の手に収めた。
「お前……また俺より先にこんなもんを手に入れたのか……」
『炎神のネックレス』をよく見ると、それには炎無効の効果があることがわかった。
以前にも、氷室は地下迷宮で炎耐性の付いた装備品を手に入れて、俺に自慢してきたことがあった。
こいつは俺が欲しいと思っている物を拾う天才か。
無効系の装備品は、俺もいまだに死霊の大盾しか持っていない。
つまり、それほどまでのレアアイテムだということだ。
大盾に炎無効を付けてくれた奴には、今でも感謝している。
……そんなアイテムを、氷室は俺に渡してきた。
いったい、これはどういうつもりなんだ。
「言っておくが、それは貸すだけだからな。ミーミル大陸での用事とやらが済んだら、すぐ返せよ」
「…………」
どうやら氷室は、俺にこのアイテムを貸してくれるつもりのようだ。
そっか。
貸すだけか。
氷室が、俺に。
なら……借りてやってもいいかな。
「早く戻ってこい、俺たちのギルドに。皮肉を言える相手がいつまでもいないんじゃ、俺も張り合いがない」
「氷室……」
俺は、不覚にも……氷室の言葉を聞いて涙が出そうになった。
戻る場所が、俺にはある……のか。
今まで散々身勝手な行動をして、迷惑をかけ続けて、それでもなお……戻ってもいいのか。
くそう……。
氷室のくせに……俺を泣かせようとするなんて……百万年早いんだよ……。
「そのときは……サクヤたちも一緒に……だからな……」
泣きそうになっているのがばれないように、俺は氷室に背を向けた。
「当然だ。そうじゃなければ、ギルドのメンバーが黙っちゃいない」
そして、氷室が最後にそう言ったのを耳にして、俺は歩き出した。
まったく……氷室のくせに……おせっかいがすぎるんだよ。
帰ってきたら、今回のことを目一杯いじり回してやる。
……いや、そうすると俺が泣きそうになってたことをつっこまれそうだから、やっぱりやめておくか。
人通りの多い路地を歩きながら、俺はそんなことを思いながら……良い友達に巡り合えたと心の底で思った。
「…………」
そんな俺の目の前に、なぜか白崎が立っていた。
多分、こいつも俺と同じように、町のなかを回っていたんだろう。
にしても、こいつ……もしかして、さっきの俺たちのやり取りを見てたのか?
なんか、考え込んでるような顔つきをしているが、どうしたんだ。
「…………」
と思っていたら、白崎は突然、空間の割れ目に手を入れ、なにかを捜すようにまさぐり始めた。
多分、アイテムボックス内からなにかを出そうとしているんだろう。
「違う、これじゃない……じゃあこれは……いや、違うな……これも……うーん……」
「えっと……よう、白崎。こんなところで会うなんて奇遇だな」
「うるさい。ちょっと黙ってろ」
「あ、はい」
なにがしたいんだこいつは……。
行動が意味不明なのは今に始まったことじゃないんだが。
「んー……よし、これにしよう。一之瀬っち、手を出せ」
……ついさっき、似たようなセリフを聞いたような気がするんだが、気のせいだろうか。
まあいい。
手を出すことくらいなら、してやらんこともないからな。
地下迷宮の騒動で有耶無耶になっているが、こいつには借りがある。
こいつが要求したことを、俺は拒めない。
「……なにコレ」
だが……かつて白崎が『ダークネスカイザー』などと名乗っていたときにいつも被っていた仮面を手渡されて、どう反応しろと。
コレ、本当、どうしろっていうんだ?
被ればいいのか?
俺が?
えぇ?
「それ、やる。大事に使えよ! じゃあな!」
「…………」
戸惑う俺を無視して、白崎は走り去っていった。
「……付けてみるか」
仮面を顔に付けてみた。
「…………」
俺はそっと仮面を外し、無表情のままアイテムボックスにぶちこんだ。
そして俺は、何事もなかったかのように町中を歩くことを再開した。
……いったいなんだったんだ、あいつは。