火焔とクロス
転生神クロスと、龍王火焔の介入によって、俺たちは異能管理局及び異能者共同組合による追及を免れた。
俺の体にクロスの魂を一部憑依させた。
そんな話を夢のなかで聞いたからこそ、こうした機転を利かせられた。
結局、俺たち地球人の存在意義は神を救出することにある。
だから、その部分を前面に押し出してしまえば、地下迷宮を攻略することに誰も文句は言えなくなる。
それは、異能者共同組合の人間であってもだ。
にしても、ずいぶんとベストなタイミングで火焔が登場してくれたな。
もしかしたら、会議室前で俺たちの会話を盗み聞きしていて、出てくるタイミングを計っていたのかもしれない。
なんにせよ、助かった。
組合の人間を説得したクロスや火焔、それに、火焔を連れてきてくれたクレールに感謝しよう。
俺は元気のない様子で会議室を出ていく組合の人を見ながら、そんなことを思っていた。
「久しいな、火焔よ。元気にしておったかのう?」
俺の口から、どうにも威厳のないじいさん口調による、火焔への挨拶が出てきた。
まだクロスは俺の体の主導権を握っているのか。
ここでの話も終わったことだし、そろそろ体を返してほしいんだが。
「元気か、などと訊ねる必要などあるまい。どうせ、すべて見ていたのだろう?」
「まあ、確かにそうじゃな。さすがに、すべてとはいかんがのう」
火焔とクロスは1000年ぶりくらいの再会であるにも関わらず、つい最近まで会っていたかのような軽い調子で会話をしている。
この2人があったら、なにか感慨深いものでもあるんじゃないかと思ってたんだが、そうでもないのかな。
「それより、なんだその様子は。地上に出たというのに、まったく力を取り戻してないではないか」
「しょ、しょうがないじゃろ……しょせん、今ここにいるわしは魂の一欠片じゃし、本体はいまだに封印されたままじゃし……」
「フン、そうか。ならば、殴り飛ばすのはまた次の機会にしておこう」
「殴り飛ばす!? 火焔! お主、仮にも親の立場と言えるわしを殴るつもりでいたのか!?」
「勝手に1000年以上も封印などされていたそなたが悪い」
……なんか、火焔、クロスに対して辛らつだな。
もしかして、怒ってるのか?
「あー、話の腰を折るようで悪いのだが、そろそろシン殿を解放してやってはくれぬか?」
クロスと火焔が不穏な(?)空気を漂わせているなか、クレールが2人の間に割って入った。
俺もクレールに同意する。
いつまで俺の体を使ってんだ、クロス。
(うるさいのう。わしも久しぶりに体を動かしたんじゃ。もうちょっとくらい、いいじゃろ? 感謝してるんじゃろ?)
いや、知らねえよ。
さっきはお前のおかげで助かったけど、でも俺は体を借りっぱなしにしていいだなんて一言も言ってないからな。
(むむぅ……あいわかった。体の所有権を返すぞい)
抗議の念が通じたらしい。
体の自由が戻ってきた。
クロスは渋々といった感じだったけど、話が通じないわけじゃない。
これからも良き同居人でいるのであれば、たまにくらいなら俺の体を貸してやってもいいぞ、うん。
まあ、アースにある地球人の体は全部クロスたちが作ったものなんだから、本当なら俺が文句をつけるところじゃないんだろうけど。
「あ、戻った」
体の所有権がクロスから俺に戻ったことで、髪の色も白から黒に戻った。
それを見てか、サクヤが心配そうに俺の傍へと寄ってきた。
「大丈夫だった? 一之瀬くん」
「ああ、俺は大丈夫だ。なにも問題ない」
「そっか。よかった」
いきなりの俺の変化に、サクヤたちも驚いてたんだろう。
会議室に来る前に、俺がなにをなにをするつもりなのか、ちゃんと説明しておけばよかったな。
「火焔、さっきは助かった。ありがとう」
なんにせよだ。
ひとまず、わざわざ遠いところから加勢に来てくれた火焔に感謝の気持ちを伝えよう。
「フン。なに、別にかまわぬ。クロスの奴めに直接嫌味を言えただけでも、ここへ来た甲斐はあったゆえ、気にするな」
「そ、そうか」
クロス嫌われちゃってんなぁ。
火焔って、大抵のことは笑って許しそうな奴なのに。
(う、うるさいうるさい! わしは別に嫌われてなどおらぬ! ただ、今日の火焔は機嫌がちょっと悪いだけじゃ!)
ナチュラルに俺の思考を読むな、クロス。
あんまり酷いようだと、俺の体から出てってもらうぞ。
(うう……なんか、わしの扱いがさっきから悪くなっていないかのう……? さっきまであったわしへの感謝の気持ちはどこにいったんじゃぁ……)
そんな拗ねるなよ。
感謝してるのは本当だから。
でも、今は静かにしててくれ。
急に俺の様子がおかしくなったからか、みんなの視線が集中してる。
「シン、やっぱりあなた、今ちょっと変じゃない?」
「だから、大丈夫だって。それより、さっきの話の続きをしよう」
ミナに心配されつつも、俺は会話の内容の軌道修正を行うことにした。
「藤堂さん。さっきは俺たちを庇ってくれて、ありがとうございました」
ボコられたけど、この人にも感謝しないとだろう。
自分の立場を蹴ってまで俺たちを守ろうとしてくれたんだからな。
「シン。このオッチャンは部下をなんのためらいもなく殴り飛ばせる暴力上司だ。感謝なんてしなくてもいいって」
「誰が暴力上司だぁ!」
「うぉ! ……だから、そうやってすぐ手が出るとこが暴力上司だっつってんだろ! いつか左遷されっぞ!」
「知るか!」
俺が頭を上げると、そこには拳を振り回す藤堂さんからケンゴが逃げ回っている姿が目に映った。
いい年した大人2人がなにやってんだよ。
まるで子どものじゃれ合いだ。
「シン殿シン殿。我には感謝の言葉をくれぬのか?」
と、そんな大人たちを冷めた目で見ている俺に、クレールが話しかけてきた。
クロス、火焔、藤堂さん、それに、クレールにも助けられた。
彼女が火焔を速攻でここに連れてきてくれたからこそ、クロスの存在を証明することができたんだからな。
「もちろん、お前にも感謝してる。ありがとうな、クレール」
「ふふん! まず初めに我の功績をたたえるべきところだろうと言いたいところではあるが、シン殿がちゃんと我に感謝していうというのなら、特別に許してやろう!」
すごい上から目線だな。
まあ助かったのは事実だし、あまり気にしないでおこう。
クレールがちょっとのことですぐドヤ顔になるのは、いつものことだ。
「……ああ、そうだ。そういえば、地下迷宮の奥でグレイル・カバリアとかいう死霊族に会ったぞ」
ふと、俺はクレールに言っておこうと思っていたことを思い出したので、それを伝えた。
こういうことは、会ったときにすぐ伝えたほうがいいだろう。
グレイル・カバリア。
本人の談では、なんでも、クレールの親にあたる人物なのだそうだが……。
「なに! グレイルといえば、お父さまの名ではないか! 一体何者がその名を騙ったのだ!」
どうやら、クレールにしてみれば、グレイルは騙りという判断になるみたいだ。
「そのグレイルって人は、何百年も前に死んだんだって?」
「うむ、その通り。だから、シン殿が出会ったという死霊族はお父さまではない! まったくもってけしからん話だ!」
やっぱり、そういうふうに思うよな。
この話は、直接本人同士で会ってみないと、真偽のほどはわからないだろう。
でも、話の通じる死霊族なんて、そうそういない。
俺も、クレールとグレイル(?)の2人しか知らないし。
「ちなみに、会話のできる死霊族って、クレールとグレイル以外には誰がいるんだ?」
「そんな死霊族は我ら以外に存在しない! お父さま曰く、我らは特別なのだ!」
「へ、へえ……」
十中八九、地下迷宮にいた死霊族ってグレイルじゃん。
けど、クレールからしたらグレイルはもう過去の人なわけで。
俺たちと会ったグレイルが実は死霊族じゃなかった、ってパターンもあるにはあるけど……どうなんだろうか。
考えるだけ無駄に思える。
この話は、またグレイルと会ったときにでも考えればいいだろう。
「グレイル・カバリア……か」
「? どうした、火焔?」
俺たちの会話を聞いていたようで、火焔が渋い顔をしながら呟き声を発した。
その名前にはなにかあるのか?
1000年も前からいる人物みたいだから、火焔が知っていてもおかしくはないんだが。
「クロスからなにも聞いていないのか?」
「なにも聞いてないって……なにも聞いてないが」
「グレイル・カバリアといえば、かつて『魔女』とともにこの世界を支配しようと企み、余らと戦った男の名だ。その者については、『魔女』の歴史とともに闇へと葬られたがな」
……そのことか。
まあ、なんとなく察しはついていた。
グレイルは地下迷宮を守っていたみたいだし、魔女となにかしらの関係があることは、疑いようのない事実だろう。
「それじゃあ、クレールについては、なにか思うところとかあったりするのか?」
「なにもないと言えば嘘になるが……まあ、こやつは馬鹿であるゆえ、な」
「ば、馬鹿とはなんだ馬鹿とは! 貴様は我を馬鹿にしているのか!」
「馬鹿にしている」
「!?」
火焔にとっても、グレイルは過去の人みたいだな。
昔になにがあったのか知らないけど、クレールとは仲良くしてやってくれよ。
「な、なんか、シン殿の目が急に優しくなった気が……」
「気のせいだろ」
俺は火焔に馬鹿にされて涙目になっているクレールを、慈愛に満ちた目で見守っていた。