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保険

 迷宮地下100階層から地上へと戻り、ささやかな宴会を催したその日の夜。

 俺は、眠りについた夢のなかで1人の少女と出会った。


 クロスだ。

 まあ、多分出てくるんじゃないかとは思っていたから、別に驚きはしない。


「あー……クロス……期待させていたところ悪いんだが……」


 横やりが入ったせいで、クロスの救出は失敗した。

 そのことを伝えようとして、俺がしどろもどろに言葉を紡いでいると、クロスはあっけらかんといった様子で『なんでもない』と言いたげに両手を軽く振った。


「説明せずともよい。大体のことはわしも把握しておるからな」

「そうなのか?」

「うむ」


 流石は神様だな。

 なんでもお見通しか。


「今回は残念な結果になったようじゃが、しかし、それでわしが助からなくなったというわけではない。多少時間は食うじゃろうがな。そうじゃろ?」

「ああ、その通りだ」


 クロスのいる場所へと続く道は塞がってしまったが、それも一時的なものだ。

 地下10階層のときのように、塞がった通路は修理して通れるようにすればいい。

 だから、クロスの救出はいずれ叶う。

 また妨害活動をされなければ、という但し書きがつくが、それも十分に警戒すれば問題ない。


「じゃったら、わしはもうしばらく待たせてもらうことにする。これでもわしは辛抱強いほうじゃしな」


 すでに1000年も囚われの身となり続けたわけだからな。

 我慢強さは半端じゃなさそうだ。


「じゃが、なるべく速く助けに来てくれることをわしは望んでおるから、勘違いはするでないぞ?」

「善処する」


 といっても、それは俺の一存でどれだけのことができるかは不明だ。

 俺は所詮、しがない普通の高校生なわけで、異能管理局内でなにか特別な発言権があるというわけじゃない。


 それに、今回は勝手に地下迷宮を攻略したことで、主犯格の俺は管理局からなにかしらの罰がくだされるかもしれない。

 心証も最悪だろうし、俺の発言にどれだけの価値があるか……。


「でも、悪かったな。さんざん期待させておいて、結局、救出はもう少し先の話になっちゃってさ」

「まあ、残念と言えば残念じゃったな。じゃが、収穫はあったぞい」

「? 収穫?」


 なんだそれ?

 今回の出来事のなかに、なにか収穫と言えるものってあったっけか?


「お主が地下100階層の奥へと進んだとき、実はわしらはとても近いところまで接近していたんじゃよ」

「接近って、俺とお前が?」

「そうじゃよ。じゃから、そこでわしは保険を打った」


 保険……?

 なんか、話が全然見えてこないな。


「もう少しわかりやすく説明してくれないか?」

「うむ、よいじゃろう」


 首をひねる俺に、クロスは自分が行った『保険』の内容を詳しく説明し始めた。


「んー……」


 そして俺は、眉をひそめて、さらに首をひねることになった。


「なあ、クロス」

「ん? なんじゃ?」

「それ、俺のプライバシーとかってどうなっちゃうの?」

「わしは神じゃぞ」

「……そっすか」


 まあ、あんまり気にしなくてもいいのかもしれないけど……やっぱなぁ……。

 うーん……。


「多少居心地の悪い思いをするかもしれんが、お主の人権は神であるわしが保証するから、安心せい」

「ああ……わかった。でも、地球にいるときは勘弁してくれよ?」

「うむうむ、わかっておる」


 驚愕の事実に頭を悩ませつつも、最終的に俺は妥協することにした。

 ……本当に妥協できるのかって感じだけど、そうするしかなかった。


「はぁ……」


 そうして俺は深いため息をつき、その後も少しばかりクロスと言葉を交わして、再び眠りの世界に落ちていった。






 クロスと会った夢を見た俺は、早朝、同室で寝ていたケンゴにたたき起こされた。


「シン、起きろ。朝だぜ」

「ん……あ、ああ……わかったわかった、起きるから……」


 ケンゴが俺の頬をベちべち叩いてくる。

 大して痛くはないが、やけにしつこくて鬱陶しい。

 昨日は夜中までどんちゃん騒ぎしてたんだから、もう少し寝かせてほしいっていうのに。


「管理局から連絡が入った。すぐに大使館のほうへ出頭しろだとさ」

「……うえ」


 そういうことか……。

 だったら、いつまでも寝てなんていられないな。


「ほら、耀ようもさっさと起きやがれ」


 ケンゴは次に、俺の隣のベッドで眠っていた白崎を起こしにかかった。


 なぜかケンゴは白崎のことを名前で呼ぶようになっていた。

 白崎がキャラネームで呼ばれることを嫌がったからなんだが、名前呼びをされるようになった当人は『うっさい! 馴れ馴れしくすんなボケ!』とご不満の様子だ。


「ムニャムニャ……あと10分……」

「そういう定番のセリフはいいから、早く起きろっつーの」

「ム……むががががっ! いでっいででででっ! やめろっ! やめろってのこのバカ!」


 目を覚まさない白崎に、ケンゴは関節技を次々と決めていった。

 朝っぱらからなかなか容赦ないな。


「……あれ、カタールはどうしたんだ?」


 白崎とケンゴが乱闘をし始めたのを傍目で見つつ、ふと俺はそんな呟きをした。

 俺たち同じ部屋に泊まっていたいたはずのカタールの姿が見えなかったからだ。


「あいつならもう外にいるぜ。早起きは三文の得とか言って、いつもめっちゃ早起きなんだよな」

「へえ……」


 実際に早起きして三文の得になるのだろうか。

 俺にはよくわからないな。


「チクショウ! このクソッタレが! レールガンでぶっ飛ばしてやる!」


 ……で、朝っぱらから物騒なことを言ってるこいつはどうすりゃいいもんか。

 格闘戦でケンゴに惨敗したからといって、武器を取り出すなよ。


「やれるもんならやってみな! 受けて立つぜ!」

「上等だ! くらえ! 電磁砲レールガンいっし……あ……充電してなかった……」

「早く着替えて大使館に行くぞ、白崎。あと無駄にこいつを挑発すんな、ケンゴ」


 とりあえず俺は出かける準備をしつつ、白崎とケンゴに言葉をかけた。


 なんか、もうすっかり目が覚めた。

 これだけ周りでうるさく騒がれたら当然か。


「うぐぐ……覚えてろよ! 後で絶対吠えずらかかせてやるからな!」

「おう、楽しみに待ってるぜ」


 こいつら仲良いな。

 嫉妬しちゃうぜ。


 そうして俺は白崎とケンゴの仲を取り持ちつつ着替えを済ませ、別室で既に出かける準備を済ませていた女子組と合流して大使館のほうへと向かった。

 途中、なぜかカタールが『金返せ!』と怒鳴る強面の男たちに追いかけ回されている姿を見てしまった気がするが、多分気のせいだろう。


 また、朝早くから俺たちのことを気にしてクレールが訊ねてきてくれたので、俺は彼女に野暮用をお願いすることにした。

 保険は、ないよりあったほうがいい。

 そして、使うべきときには使うべきだ。

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