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帰路

「な……!」


 ケンゴが作り出した岩の壁の向こう側から、大音量の爆発音が聞こえてきた。

 それと同時に、地震かと思うような凄まじい地響きが俺たちを襲う。


 いったい、なにが起きたんだ……?

 あいつら、いったいなにをしたんだ……?


「……チッ、なんてことしやがるんだ」


 ケンゴが苛立ちのこもった舌打ちをした。

 こいつがこんな露骨に苛立つなんて珍しい。

 それだけ、今の状況がマズイということなのだろう。


「……治まったな」


 爆発音と地響きがやみ、静かになった。

 しかし、俺の表情は固い。

 暗くてよく見えないが、おそらく、みんなも似たような表情を浮かべているはずだ。


「岩を少しだけ崩す。てめえらは奥のほうに行ってな」


 万が一に備えてなのだろう。

 ケンゴはスキルで生み出した岩の壁を、剣で慎重に突いた。


「一応、生き埋めにはなってねえから、安心しな」


 ……そうなのか。

 よかった。

 それなら、最悪の事態は免れそうだ。


「でも、俺たちの作戦は……失敗だ」

「…………」


 ケンゴが壊した岩の先に目を向けた。

 そこには、さっきまで俺たちの敵がいた通路……はなかった。


 通路は爆発の衝撃で壊れ、瓦礫で完全に埋まってしまっていた。

 これでは、この先に進むことができない。


「あいつらは……通路に爆弾を仕掛けたんだろうな」


 ……なるほど。

 だからあの男は『魔女の庭を荒らす』と言ったのか。


 俺たちをこの先に進ませないために、通路を破壊する。

 それが、あいつらがここにいた理由か。

 タイミング的なことも考えると、あわよくば、俺たちをここで生き埋めにでもできればとかも考えていたのかもしれないな。


「……完全に埋まっちまってるなー。こりゃ、復旧するには地下10階層のとき以上の手間がかかるぞー」


 マーニャンが瓦礫の山を見て呟いた。


 地下10階層でも、通路が崩れるという騒動があった。

 あのときも、復旧にはかなり時間がかかったが、今回はそれ以上……か。


「私たちだけじゃ……この通路を直すことは不可能ね……」


 ミナが呟いた。


 今回の地下迷宮の攻略は、ここが限界。

 これ以上、先に進むには、より多くの人間に頼らなくてはならない。


 ……つまり……さっきケンゴが言った答えが出てくる。

 俺たち10人によるクロスの救出は……失敗した。 


「……チクショウ」


 その事実を認識した俺は、歯を強く噛みしめることしかできなかった。






 地下100階層にある転移魔法陣から地上へと帰還した俺たちは、始まりの町への帰路をトボトボと歩いていた。


 結局、俺たちの収穫は、レイドボスを倒したことにより得られた経験値とレアアイテム、レア素材の類だけだった。

 それだけでも、普段であれば、祝杯を挙げてどんちゃん騒ぎになるはずの結果だ。


 しかし、今回の俺たちの目的は、それじゃない。

 肝心要のクロス救出が本命であり、俺たちはそれを達成できなかった。

 すなわち、サクヤの記憶を取り戻すこともできなかったということだ。


 通路の復旧作業が完了すれば、クロスの救出はできるだろう。

 でも、それがいつになるかは、わからない。

 そして、神の報酬を独占することも、もはや叶わない。


 当たり前だ。

 俺たち10人でクロスを助けてしまえば――異能管理局から処罰が下るかもしれないが――神の報酬を自由に使えた。

 けれど、通路の復旧という余計な工程を挟まれたら、俺たちだけで報酬を貰いに行く隙などなくなってしまう。

 神の救出の場に立ち会うことさえ難しいかもしれないな。


「……くそっ」


 地上に戻ってからずっと考えているが、この状況を打開する名案が1つも浮かんでこない。

 もう……どうしようもないのか……?

 サクヤの記憶は、永遠に失われたままなのか……?


 ……それに、あいつらは結局、なにがしたかったんだ?

 通路の破壊工作なんて、その場しのぎにしかならないっていうのに。

 せいぜい、時間稼ぎ程度にしかならないぞ。

 敵の目的が読めない。


「だ、大丈夫だよ! 一之瀬くん!」


 俯きながら歩いていると、サクヤが元気な声で話しかけてきた。


「別に死ぬとかそういうわけじゃないんだから、記憶が取り戻せなくっても、私は平気だよ!」

「…………」


 どうやら、気を使わせてしまったようだ。

 それほどまでに、俺は深刻そうな顔をしていたんだろう。


「そりゃあ、記憶が戻ってくれたほうが、私にとってはすっごく良いんだけど、でも、私は大丈夫! だから元気出して!」


 ……そっか。

 そうだよな。

 俺がいつまでも暗い顔してたんじゃ、サクヤが今回のことを重く感じてしまう。

 残念なのは俺の本心だが、それをいつまでも引きずるわけにはいかないか。


 だが……そういった理屈が頭でわかっていても、なかなか表情を変えられない。

 痛いところをつつかれたときに表情を変えない練習はしてきたが、つらいと感じたときに無理やり明るく振る舞う練習はしていなかった。


 ある程度のことであれば、俺も作り笑いができたと思う。

 しかし、今回の出来事は、しばらく引きずりそうだ。


「サクヤ……ごめん」

「あ、謝ることなんてないよ。一之瀬くんは悪いことなんてしてないんだから」

「そ、そうだな」


 ……なにやってんだ俺は。

 謝ってどうする。

 余計にサクヤに気を使わせちゃったじゃねえか。


 今日の俺は駄目だ。

 普段からそうだと言えばそうなんだが、今日は特に、気の利いた言葉が出せない。


「そ、そうだっ! 町に戻ったら、打ち上げ会しよっ!」

「……打ち上げ会?」

「うんっ! 打ち上げ会っ!」


 重い空気をなんとかしようとしてか、マイが突然、そんな提案をしてきた。


「私たちの目的は達成できなかったけど、レイドボスは撃破できたでしょっ? だから、お祝いっ!」


 打ち上げ会か。

 地下迷宮のレイドボス戦の終わったあとでは、ほぼ毎回行っていたな。

 といっても、俺が参加したのは地下10階層、地下40階層、地下50階層のレイドボスを攻略したときのに行われたものだけだが。


 ……まあ、景気づけになるから、やるのもいいかもしれないな。


「打ち上げ会だとう!? だったら俺が奢ってやるぜ!」

「なに! ケンゴの奢りということであれば、拙者も参加せざるを得ないでござるな!」

「あたしもタダ酒が飲めるってんなら、行ってやってもいいぞー……今回の件を上に報告してからになっけど」

「うふふ、お2人とも、現金ですわね」


 大人組はもう打ち上げ会をする気マンマンのようだ。

 多分、あえて明るく振る舞ってるんだろう。


「……俺も行っていいのか?」


 白崎が恐る恐るといった様子でケンゴに訊ねた。


「当たり前じゃねえか! 今日は存分に食って飲んで騒ぎやがれ!」

「そ、そうか……ふげっ!?」


 すると、ケンゴは快活な声で答えて、白崎の首元に腕を回した。


 白崎が微妙に嫌がっている。

 首は絞まってないようだから苦しがってるわけじゃないんだろう。

 多分、こういうスキンシップは好きじゃないってとこか。


「あ、でも、未成年組の飲酒は駄目ですからね。ケンゴさんも、お酒を飲むのは構いませんが、羽目を外しすぎませんように。毎回、酔いつぶれたケンゴさんを介抱しているのは私なんですよ?」

「う……わ、わかってらあ!」


 ケンゴは酒を飲みすぎることが多いからな。

 セレスに釘を刺されるのも、しょうがないか。

 残念だったな、ケンゴ。

 今日は適度な飲酒で我慢しろよ。


「……シンさん、やっと笑った」


 俺がケンゴたちの様子を見ていると、傍にいたフィルがそんなことを口にした。


「……笑った?」

「ん……さっきまでは落ち込んでそうな顔だったけど、ケンゴさんたちを見てたら笑……いました」

「……そっか」


 作り笑いはできなかったけど、自然に笑うことはできたみたいだな。

 これも、仲間がいればこそか。

 俺が1人でいたなら、到底できなかったことだ。


 つくづく、仲間という存在はありがたいものだと感じさせてくれるな。

 こんな気持ちになれたのは、このレイドが組めるように動いてくれたミナのおかげだ。


「ミナ」


 そう思った俺は、ミナに声をかけた。


「? どうかしたの、シン?」

「ありがとう」

「な、なによいきなり……ビックリするじゃない……なにに対しての『ありがとう』よ?」

「んー、いろいろ」

「いろいろ、ねえ……まあ、感謝の言葉は受け取っておくわ」


 俺が感謝の言葉を述べると、ミナは若干困ったような素振りをしつつも、軽く微笑んだ。


 ここで俺が『ありがとう』だなんて、言うとは思わなかったんだろうな。

 でも、ふと言いたくなったんだから、しょうがない。


「ああ、それとシン。てめえに言っておくことがある」


 と、そんなタイミングで、ケンゴが俺に話しかけてきた。


 腕のなかにはまだ白崎の頭が捕まっている。

 そろそろ放してやれよ。


「俺は、まだ諦めてねえからな」

「諦めてねえって……なにをだよ?」

「神の報酬の件に決まってんだろうが」

「……え?」


 どういうことだ?

 現状では、もう神の報酬を俺たちが独占することは不可能なはず。

 なのに、ケンゴは諦めていない?


「どうやら、てめえは失念してるみてえだな」


 ……ケンゴは今、なにを考えている?

 俺は次に出てくる言葉を聞き逃さないよう、静かに耳をそばだてた。


「ウルズ大陸の地下迷宮攻略がここまでだっていうなら……他の大陸の地下迷宮を攻略しちまえばいい。そこに囚われてる神様から報酬を貰うためにな」

「…………!」


 俺は目を大きく見開いた。


 別大陸に存在する地下迷宮の攻略。

 それは、様々な事情から、今まで考慮することすら放棄していた裏ワザだ。


「ミーミル大陸に行こうぜ。俺たちと一緒に」


 そして、ケンゴはそう言うと、不敵な笑みを浮かべ始めた。

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