命名、ビルドエラー
「おい、あれってもしかすると《ビルドエラー》なんじゃないか?」
「本当に? 装備的には戦士か騎士っぽいけど?」
「いや、僧侶も一応重装備や盾は可能なんだよ」
「……うわ、マジだ。ホントに僧侶だよアイツ」
「回復職なのにタンクってわけわかんないよね」
「でもアイツ迷宮のレイドボス倒したらしいぜ」
「知ってる。しかもたった10人でってやつだろ」
「まじかよ。ありえねえだろそれ」
「ありえねえな」
「ありえないよね」
始まりの町であるミレイユの中を歩いていると、見ず知らずのプレイヤー達が俺の方を見てヒソヒソと噂話をしていた。
それを聞いた俺はややげんなりとした気分になりながらも宿屋に向かって歩き続ける。
こんな注目されるようになってしまったのは、俺達がレイドボスのキングゴブリンを倒したせいであるのだから、ここで何かを言う事もない。
俺達が迷宮から戻ってきた日からアース基準でもう3週間近くが経過していた。
なのでこちらに時間をずらしてやってきたプレイヤーが俺達の事を知っていても仕方の無い事と言える。
迷宮から帰ってきて報告した時、早川先生もビックリしていたからな。
だが《ビルドエラー》ってなんだよと俺は思う。
まあその辺についてはこれから訪ねる予定の人物――早川先生が知っているはずだ。
「……で、なぜ俺は《ビルドエラー》なんて呼ばれているんでしょうね? 普通に盾僧侶でいいじゃないですか」
アース世界で約3週間、地球時間で約20時間が経過した頃に再びアースへとやって来た俺は、外で聞いた”ビルドエラー”というあだ名を早川先生に問うた。
なぜならその呼び名の発生源は教師陣であるという話を今朝耳にしたからである。
「不満か? なかなか洒落た二つ名だと思って私がつけたんだがね」
しかも元凶はこの人のようだった。
あんた何してんだよ。
「……一体何を考えているんですか。俺を中二病にでも仕立てあげたいんですか?」
「いやいや、別にそういうわけではない」
俺が早川先生に詰問すると、彼女は軽く手を振りながら言葉を紡いだ。
「ただ、君の言う盾僧侶という名が広まるのはあまり好ましくないと思ったのさ」
「好ましくない?」
「つまり君のビルドを真似て使い者にならない僧侶を生み出さないために、マイナスイメージのあるビルドエラーという名を君につけたのさ」
「……ああ、なるほど」
稀に失敗したビルド(構成)をそう呼ぶ事があるが、MMOの専門用語としてビルドエラーという単語は定着していなかったと思う。
けれどエラー(誤り)という語にマイナスのイメージがある事は確かであり、誰が聞いても誤ったビルドであると思うはずだ。
また、タンクヒーラーと呼べばそんな役割が実際にあるかのように思われてしまうけれど、ビルドエラーなら何の事だかさっぱりわからない。
それに加え、ここが最も肝心な事だが、現状では俺以外の僧侶が盾僧侶をしても大した成果は得られないだろうという理由がある。
「一之瀬君の言う盾僧侶という役割は君しか行う事ができないだろう。なぜなら盾僧侶は回復職でありながらタンクをしなければならないのだから」
盾僧侶とは射程の短いヒールを後衛から味方に使うのではなく、前衛に立って敵に使うというところが肝といえる。
ダメージヒールを駆使してMOBを攻撃し、ヘイトを多く稼ぐ事ができるからこそ成り立つのだ。
しかしそれをやるにはMNDにステータスポイントを極力振らないかつ、回復職がタンクをする、という2つの難関が立ちはだかる。
「君の場合は僧侶なのにMNDにステータスポイントを振らないというボケをかましたからダメージヒールもより強いものとなったが、他の僧侶職のプレイヤーでMNDが低いというと初心者以外は殆どいない。また、君は自身のプレイヤースキルで無理矢理タンクをやれているが、普通のプレイヤーにそんな芸当などできる訳がない」
ただ俺は僧侶職であるにもかかわらずMNDではなくVITに全振りした、元々タンクとしてのPSは高い部類であった、という理由からその関門を突破した。
おそらく今後、この難関を突破できるプレイヤーはいない。
だから早川先生は俺をビルドエラーと評する事で他の僧侶がMNDにステ振りしないビルドの真似をするのを防ごうとしているのだろう。
すでにアースへやって来た僧侶が中途半端に俺の真似をしたら確実に駄目になると予想して。
「というわけだから君のステ振りについては今後情報規制を敷かせてもらう。既に氷室君達にもその件については通達済みだ。君も同意してくれるな?」
なので早川先生は俺のビルドを秘匿する方向に持っていくようだ。
「まあ、はい、そういうことなら」
これについて俺の方から反論する意味なんて無い。
俺は早川先生の説明を聞いて軽く頷いた。
「回復職は役割として回復に徹した方が良いのは火を見るより明らかだからな。君のように1人で全ての役割をこなせる人間なんてそうそういない」
「俺の場合は単に器用貧乏って言うんですよ」
「謙遜するな。確かに君がパーティーメンバーへ行使する回復魔法の回復量は純粋なヒーラーと比べて格段に劣る。そして君は素直にタンク職をした方が強いのだろうが、ダメージヒールの威力はレイドボス戦で実証済みだろう?」
「…………」
まあ、早川先生の言う通りダメージヒールは有用だ。
特にVITが高い敵に大しては無類の強さを発揮する。
使い続けるなら今後のレイドボス戦でも重宝するだろう。
「とはいえ、前線に立たなければ届かないうえに、MNDへポイントを振ると威力が落ちてしまうというのは回復職として問題がありすぎる」
「ですね」
「だから今後盾僧侶が現れる事はないだろう。なのでダメージヒールはもはや君専用のユニークスキルと言ってもいい」
「ユニークスキルですか……」
「そうだ。そう言うと君も嬉しいんじゃないか?」
「いいえ」
そんなもの俺は欲しくない。
人と違う力を得ても何も良い事など無いのだ。
「せめてゲームの中だけではそういったものとは無縁でいたいですね」
「ふむ……そうか……しかし君はこれからもその盾僧侶を続けていくのだろう?」
「そうですね。このダメージヒールはあくまで仕様ですから、精々有効に使わせてもらいますよ」
「……君もなかなかわかりにくい人間のようだね。それとこの世界をゲーム扱いするなと何度も――」
「小言はもういいですよ。それじゃあ俺はこれで失礼させていただきます」
俺は説教を始めようとした早川先生の下から退散するべく、パーティーメンバーが待っている外へ向かって歩き出した。
早川先生への用はビルドエラーについての話をする前に済ませたからな。
さっきまでのはただの世間話だ。
「はぁ……全く……まあ君の好きなように動くといいさ、盾僧侶。ただし私達の迷惑になるような事はしてくれるなよ」
「わかってますよ」
そして最後に早川先生からのお言葉を背中越しに受け取り、俺は口元をニッとさせながら手を振ってその場を去った。
今日から俺達5人のパーティーは町を離れる。
何故ならこの始まりの町周辺で狩りをするのではもう俺達のレベルが上がりにくすぎるからだ。
より効率的なレべリングを行うためには現在のレベルに合った狩場へ行く必要がある。
一応迷宮を奥に潜っていけば強い敵も現れるが、個体数が少なくてレベリングという観点から言うと外より劣る。勿論狩場に他の連中がいなければ等の但し書きがつくが。
また、現状では盗賊職がパーティーにいないため、危険度が増す上に宝箱類も開けられない。
こういった理由からも、迷宮でレベリングを行うことに抵抗ができてしまう。
だから俺達は町を離れて別の町へと進む。
そのための根回しは既に済んでいる。
始まりの町から離れるのは多少危険が伴うものの、ここで燻っているようではゲーマーの名折れであるため、俺は早川先生に頼みこんで町を出る許可を貰ったのだ。
すると早川先生はいくつかの注意事項を述べた後、町の調査という依頼をするという名目で俺達の行動を了承してくれた。
ついさっき彼女と会ったのはそれらについてを再確認して旅立たせるというあちら側の目的があっての事である。
一応これから行く予定の町にもウルズの泉はあるから安全にログアウトすることが可能だ。
それにいざとなれば泉から迷宮前までの転移も可能である、一方通行だけど。
だから始まりの町を離れるという事に対し、そこまで深く考えなくても問題は無い。
と、先ほど早川先生と会話したそんな内容を俺は頭の中で復唱しながら宿の外へ出た。
「みんな準備はいいな?」
「ええ、いつでもいけるわ」
「シン様となら私はいつでも準備オッケーだよ!」
「そ、それってもう旅の支度はできてるって話よねっ?」
「あんまりツッコまないほうがいいよ、マイ」
パーティメンバーであるミナ、サクヤ、マイ、ユミに訊ねると、全員町を離れられる(のだろう、多分)という返事がきた。
もうサクヤの謎言動にツッコむのもメンドクサイ。
俺は嘆息しつつも4人に向かって宣言した。
「それじゃあ行くぞ。目的地はここから東にある町、『スイーヤ』だ」
こうして俺達は始まりの町を出発した。
アース調査という名目で効率的な狩りが行える土地を求めるために。
そして俺達は出会う。
俺達より早くスイーヤへと訪れていた1組勢共と。




