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迷宮の奥で待つもの

 キングレイスの右腕だった骨が、自らの名前を高らかに名乗った。


 グレイル・カバリア。

 聞いたことのない名前だ。

 でも……『カバリア』という響きには聞き覚えがあるな。

 尊大な口調も相俟って、ある人物を思い出す。


「あー……もしかして、クレールという死霊族の子の親戚かなにかか?」


 俺は、宙にフワフワと浮くアンデッドに、そう訊ねた。


 クレール・ディス・カバリア。

 彼女と名前が似ているし、見た目からして、死霊族なのだろう。

 だから、彼女となにかしらの縁があってもおかしくはない。


「クレールといえば、我が愛娘の名であるな」

「うわっ……」

「『うわっ』とはなんだ」

「い、いや……別に……」


 ビンゴだった……。

 このアンデッド……クレールの親かよ……。


 お父さん?

 お母さん?

 多分、名前的にお父さんだろうか?

 どっちにしても、突然会いたくない相手だ。

 なんていうか……心臓に悪い。


「ふむ……? どうも貴様からは、クレールの気配を感じるな」

「うぐ……」


 アンデッドが俺の傍に寄ってきた。

 目なんてないのに、どうもジロジロ見られているような居心地の悪さを感じる。


 こういうとき、どう反応すればいいだろうか。

 あ、嫌な汗が出てきた……。


「お取込み中で悪いんだけどよ、俺たちはこの先に用があるんだ。そろそろ行かせてくんねえかな」


 と、そんな俺に、ケンゴが救いの手を差し伸べてきてくれた。


 そうだった。

 クレールのお父さん出現という謎ハプニングのせいで忘却しかけていたが、今はここで足踏みをしている場合じゃなかった。


「それとも……てめえもこの地下迷宮の門番か? だったら、俺たちはてめえと戦わないといけねえんだが」


 ケンゴはそう言うと、腰に差している剣に手を添えた。


 ……たしかに、もしもこのアンデッドが俺たちの敵であるならば、ここで戦わなくちゃいけなくなるだろう。

 クレールの親族だとしてもだ。


「いや、我は門番などではない。奥に進みたければ、勝手に進むといい」


 ……どうやら、俺たちの敵ではないようだ。

 ちょっとホッとした。

 クレールの身内と戦うのは、さすがに気が進まなかったからな。


「さっき、てめえは『我が最高傑作』とか言ってたが?」

「ああ、あれはそのままの意味だ。貴様たちが倒した魔物は我の右腕を使って創り出したものだ」

「じゃあ、やっぱてめえは俺たちの敵じゃねえか」

「早とちりをするな。確かに、我が作り出した魔物はこの迷宮を守護するために貴様たちと戦ったが、我は違う」

「ほう……」


 ケンゴたち大人組の表情は険しい。

 多分、このアンデッドの言うことを鵜呑みにしていいものか、悩んでいるんだろう。


「……まっ、戦意がないのは本当みてえだな」


 しかし、ケンゴはそう呟くと、剣に触れようとしていた手をゆっくりとおろした。


「そんじゃあ、俺たちは奥に行かせてもらうぜ」

「ああ、いいぞ。どうせ我には関係のないことであるからな」


 ケンゴはこのアンデッドをスルーして、地下迷宮の奥へと進みつもりみたいだ。


 まあ、今はここへ来た目的を達成するほうが先だよな。

 なんでこんなところにこのアンデッドはいたのか、という疑問はあるけど、それはまた後で聞くのでもいいだろう。

 すぐいなくなるわけでもないんだし。


「さて……では、我は我でやることがあるので、そろそろ退室させてもらうとしよう」


 と思っていたんだが……どうやらここに長居するつもりはなかったようだ。


 どうする?

 引き留めるか?

 いや、でも、どうやって引き留めればいいんだって感じだし……うーん……。


「……クレールに会いに行くのか?」


 俺はひとまず、クレールのことを引き合いに出して、反応を見ることにした。


「いや、愛娘との再会は後回しだ。我には先に、やるべきことがあるのでな」

「やるべきこと?」

「世界中に散らばった我の体を集めることだ」


 まあ、もとは右腕だけのアンデッドっていうわけじゃないんだろうから、胴体に当たる体がどこかしらにあるんだろうけど、それを探しに行くのか。

 自分の体を探しに行きたいっていう気持ちは、わからなくもないな。

 でも、それは最優先事項なのか?


「クレールに会うのはその後でいいのか?」

「よい。生きていれば、そのうち会いまみえるだろう。それに、愛娘に我の弱った姿など見せる気にならん!」


 ……そういうもんか?

 俺にはよくわからない理屈だ。

 愛娘だっていうなら、すぐ会いに行けばいいのに。


「それに、愛娘はおそらく、我は数百年前に死んだと思っているだろう。少し再会するのが遅くなったとしても、今さらだ。大差などあるまい!」


 数百年……か。

 たしか、この地下迷宮は1000年前からあるらしいから、実際は1000年単位での再会になるんだろう。


 ……あれ。

 クレールって、700歳とか言ってなかったっけ?

 サバでも読んでいたのか、それともこのアンデッドの話が間違っているのか?

 んんん?


「では、さらばだ! 異世界人よ! 我を解き放ってくれたことについては感謝するぞ! フッハッハッハッハッ!」


 俺が首を傾げていると、右腕だけのアンデッドは、高笑いをしながら黒い霧に包まれていき、やがて消えていった。


 ……結局、なんだったんだ、アレは。

 突然現れて突然消えて……意味不明だったぞ。


「……マーニャン。あいつについて、なにかわかったか?」


 ケンゴがマーニャンのほうを向いて、そう訊ねた。

 マーニャンはケンゴの後ろに隠れて、あのアンデッドがなにを考えているのか探ってたみたいだな。


「全然。あのアンデッド、あたしの異能アビリティを完全に打ち消してた」

「そっか……」


 でも、収穫はゼロ……と。

 敵かどうかだけでもわかればよかったんけどな。

 まあ、クレールの親だっていうなら、悪い奴ではないと思うんだが……。


「珍妙な輩でござったな」

「ああ、まったくだ。変なキャラ作りしやがって」

「お前たちがそれを言うな」


 カタールと白崎が自分のことを棚に上げた発言をしていたので、俺は思わずツッコミを入れていた。

 イロモノ具合ではお前たちも似たり寄ったりだぞ。


「馬鹿なこと言ってないで、とっとと行こうぜ。神様救出まで、あともうちょっとなんだからな」


 そうだ。

 今はあの謎のアンデッドについて考えているときじゃない。


 待ってろ、クロス。

 すぐ助けにいってやるからな。






 俺たちはボス部屋の奥にあった大きな扉の先へと進んだ。

 そこは、石造りの綺麗な通路で、ここが地下迷宮のなかだということを忘れてしまいそうな装飾まで施されていた。


「……モンスターの類はいなさそうだな」

「罠の類もなさそう……です」


 通路には危険な要素など、なにも見当たらない。

 なんていうか、逆に薄気味悪いとさえ思ってしまう。


 ここは異質だ。

 今までの空間とはまったく違う。

 そうした気配を感じるたび、このすぐ先にクロスがいるんじゃないかという期待が胸の奥からこみあげてくる。


「一応、気は抜くんじゃねえぞ。ここはまだ、地下迷宮の内部なんだからな」

「そうですわね。油断せず進みましょう」


 ケンゴたちの言う通りだ。

 たとえ、どれだけ安全に見えても、それで気を抜いちゃいけない。

 神様を救出するまでが地下迷宮探索だという気持ちで進もう。


「……! 誰かがこの先にいる」


 と、そこで通路の奥から人の息遣いを察知した。


 もしかして、クロスか?

 この先に誰かがいるとしたら、それはあいつ以外に考えられない。


 そう思った俺は、歩く速度を速めていく。



「…………!!!!!」



 通路を右に曲がった先に、クロスはいなかった。

 だが、その代わりに、別の人物が俺たちを待ち構えていた。



「……随分と早かったじゃないか。僕の予想では、もうしばらく時間がかかると思っていたんだが」



 通路の奥には……かつて俺たちに何度もちょっかいをかけてきた覆面の男がいた。

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