迷宮地下100階層
地下迷宮『ユグドラシル』。
俺たち10人は、その迷宮の地下100階層に足を踏み入れた。
「この先がボス部屋でござるな」
目の前にある大きな扉を見ながら、カタールが呟いた。
ここまでの道のりで出てきたモンスターの種類から推察するに、レイドボスは十中八九、アンデッドだ。
それがわかっているから、俺たちもそれなりの対策を施した。
毒や呪いといったバッドステータスに効く治療薬は十分持っているし、アンデッドに有効な火、聖属性の武器も揃えている。
10人だけで挑むということが唯一の不安要素だが、なんとかなるだろう。
俺たちは全員強いからな。
「シン、一応言っておくが、この奥にどんなレイドボスがいるのか、俺にもわからねえからな」
ケンゴは『未来予知』で大抵の未来を見通せるが、地下迷宮に存在するモンスターは見通せない。
それは、地下迷宮産のレイドボス相手にも同じことが言える。
「もし、危ねえって思ったら、コイツでこの扉を壊せないか試してみるぜ。上手くいったら、みんなを連れて逃げろよ?」
さらにケンゴは、手に持った剣の神器『ラグナロク』を前に出し、そんな『もしも』を語った。
撤退を試みるような事態にならないことが最も望ましいが、最悪の場合は試してもらおう。
まあ、ケンゴが本気で『ラグナロク』を使ったら、扉を壊すどころの話ではなくなるかもしれないが、そのときはそのときだ。
「あたしとシンがヒーラーやるんだ。誰も死なせやしねーさ」
「おっと、そういやそうだったな。頼むぜ、2人とも」
いつもは気だるげなマーニャンが、今日は頼もしいことを言ってくれている。
これ、なにかのフラグか?
「やっぱシンに全部任せちおうかー?」
「……マーニャンがいてこその俺たちだ。頼りにしてる」
変なことは考えないに限るな。
全部筒抜けになってしまう。
地下100階層へと降りる前にも確認はしていたが、全員戦闘準備はできているようだ。
余計なことは考えず、もうボス戦に移ってもいいだろう。
「扉を開ける。俺が先頭を走るから、予定通りにいくぞ」
俺は扉に手をかけつつ、みんなに最後の確認を行った。
それに対し、みんなは無言で首肯をした。
よし。
じゃあ……行くぞ!
「ふんっ!」
俺たちはボス部屋の扉を押し開いた。
さらに、部屋の内部に注意を向けつつ、そのなかへと駆け足で侵入していった。
部屋の中心にユラユラと揺れ動く物体を発見した。
「…………あれがレイドボスか」
全長2メートルほどの人影があった。
それ以外には、特に目立ったものは見当たらない。
おそらく、あの人影が地下100階層のレイドボスなのだろう。
しっかし……部屋が薄暗くて、よく見えないな。
黒いローブみたいなのを羽織っていて、それが黒い影みたいに見えるのはわかるんだが……あのモンスターはいったいなんだ?
「……オオオオオオォォォ」
「!」
レイドボスが奇妙な声を上げながら、俺たちのほうへと近づいてきた。
歩いてくるのではなく地面をスライドしてくるところが若干ホラーだ。
見た目からして、やっぱりアンデッドモンスターで間違いないだろう。
「……へえ、『キングレイス』か」
近づいてきてくれたことで、レイドボスのネームも表示されるようになった。
にしても、『キングレイス』って。
死霊の王という意味を持つモンスターがいるとは、クレールが見たらどんな反応をするだろうか。
……というか、HPバーが表示されてないな。
今までのレイドボスには表示されていたんだが、ここのボスは別格ということか。
「ケンゴ。お前にはあのモンスターのHPバーが見えるか?」
「見えねえな」
「そうか」
俺たちの目が誤作動的なものを起こしているわけじゃないとすれば、目の前にいるモンスターの強さはクレールたちと同等の七大強者クラスってことになる。
どれだけのダメージを与えれば倒せるのかもわからないから、とてつもなくやりづらい。
これは、そう簡単には倒れてくれそうもないぞ。
「『エクスハイヒール』!」
俺はキングレイスに向けて最上級回復魔法『エクスハイヒール』をかけてみた。
アンデッドにダメージヒールは効かないが、物は試しだ。
「……やっぱり無理か」
キングレイスにダメージを受けた様子はない。
HPバーを見ることができれば、より確実にわかっただろうが、おそらく、俺のダメージヒールはこのレイドボスに対して逆効果にしかならないだろう。
厄介だ。
まあ一応、今のでタゲ取りはできたから、それでよしとしよう。
「電磁砲一式、発射!」
俺の背後から光線が飛んできた。
その光線はキングレイスの肩に命中し、ローブを貫通して骨にヒビを入れた。
白崎の攻撃か。
HPバーがないせいで、どのくらいのダメージを与えたのかわかりづらいが、見た感じではかなりのダメージになっている。
やっぱりあいつを連れてきて正解だったな。
ネーミングセンスから厨二成分が抜けきれていないようだが、それは気にしないでおいてやろう。
「二式、発射!」
どうやら、白崎は白崎で鍛練を積んでいたようで、以前は一発しか撃てていなかった電磁砲を立て続けに2度発射していた。
二丁拳銃のようなスタイルで敵を打ち抜く姿は、普段のふざけた言動とは裏腹に、なかなか様になっている。
だが、この攻撃によって、キングレイスが白崎のほうを向きだした。
これだけ派手な攻撃をしたんだから、当たり前だ。
「『隠ぺい』!」
すかさずカタールが白崎にヘイト軽減スキルをかけた。
これによって、白崎に若干の靄がかかり、キングレイスは再び俺のほうを向いた。
基本的なチームプレイではあるが、今日組んだばかりのレイドとしては悪くない動きだ。
「……! こりゃあ、なかなか倒すのに苦労しそうな敵だな」
と思っていたら、ケンゴが俺の隣で不敵な笑みを浮かべながら、そう呟いた。
「……そうみたいだな」
キングレイスのほうをよく見ると、さっき白崎が攻撃してヒビの入った骨部分が、徐々に治っている。
自動回復スキル持ちか。
厄介な敵だ。
「! 来るぞ! 気をつけろよ! シン!」
「ああ! わかってる!」
キングレイスが両手を上げた。
それに合わせるようにして、俺たちはなにが起こってもいいように身構える。
「!」
地面からモンスターが這い出てきた。
種類はすべてアンデッドのようで、アークスケルトン、キョンシー、デスゴースト、ドラゴンゾンビと多岐に渡る。
なかでも、ドラゴンゾンビは脅威だ。
アンデッドのなかでもひときわ大きいモンスターで威圧感があるのだが、あいつの吐く腐臭のブレスは装備品の耐久値を大幅に削る。
戦闘途中に装備が壊れました、という事態は避けたいところだな。
パッと見で3体はいるが、なるべく早く処理しておきたい。
「ドラゴンゾンビの処理を最優先! 奴らに攻撃させる隙を与えるな!」
どうやらケンゴも俺と同じ意見だったようで、みんなに指示を与えながら1匹のドラゴンゾンビに向かって走っていった。
「剣王流奥義、『朱雀』!」
ケンゴがそう叫びながら剣を振ると、剣先から炎が吹き出てきた。
そして、それは1羽の大きな鳥を形成した。
「ふんっ!」
その鳥は、ケンゴが再び振り下ろした剣の先にいるドラゴンゾンビに突っ込んでいく。
これにより、ドラゴンゾンビは一瞬にして灰へと姿を変えた。
……凄まじい一撃だな。
俺とミナが昨日あのドラゴンゾンビと戦ったときは、倒すのに5分くらいかかったんだが、それを一撃か。
白崎もとんでもない攻撃力を持っているが、ケンゴもそれに負けず劣らずのダメージディーラーだ。
頼もしいったらありゃしない。
「1匹は私たちに任せてっ! 『炎風脚』っ!」
「『ヒートスラッシュ』!」
「『ドラゴフレイム』!」
「『ファイアーボール』! 『ファイアーアロー』!」
「『ホーリーエッジ』!」
俺がケンゴの攻撃力に舌を巻いているうちに、マイ、ミナ、サクヤ、セレス、マーニャンの5人が、1匹のドラゴンゾンビに集中攻撃を仕掛けていた。
マーニャンは本来、回復役として待機していてもいいのだが、ここはドラゴンゾンビを倒すことを優先したみたいだな。
今は特に誰もダメージを負っていないし、悪くない判断だ。
MP管理も、マーニャンなら心配する必要はないだろう。
「シッ!」
残ったドラゴンゾンビの最後の1匹は、フィルが引きつけてくれていた。
ブレスをくらうのは危ないということを理解しているようで、回避優先の動きだ。
俺は前の前で不気味に佇んでいるキングレイスから離れられないから、ザコ敵を引きつける役割を行ってくれるのは素直にありがたい。
「この程度の物量では拙者を倒すことはできぬでござるよ!」
ザコ敵をひきつけてくれているということでは、カタールの活躍がより目立つ。
カタールは『分身』を使って、キングレイスとドラゴンゾンビ以外のモンスターの牽制をしている。
あいつも俺と戦った決闘大会のときから、かなり強くなっているみたいだな。
「……よし、充電完了。いくぞ! 電磁砲一式、発射!」
そうこうしているうちに、白崎のクールタイムが終了したようで、電磁砲がフィルの引きつけているドラゴンゾンビに炸裂した。
ドラゴンゾンビはその一撃で頭部を粉砕され、軽い痙攣を起こしながらもその巨体は地面に倒れ込んだ。
なかなか上手くいっている。
レイド戦もまだ始まったばかりで、キングレイスの出方がいまだに見えないが、レイドとしてはきちんと動けている。
いいぞ。
これなら、そう手こずることなく、地下100階層を突破でき――。
「……!」
キングレイスがローブの奥から大きな鎌を取り出した。
その鎌は非常に鋭利であることが窺えて、死の匂いが漂ってくるかのような幻覚に囚われる。
……ここからがこのレイド戦の本番ってことか。
まだ戦いは始まったばかりだ。