10人
白崎との交渉を終えた俺たちは、始まりの町のなかを歩いていた。
「それで、一之瀬っちたちは、俺を含めた9人で地下迷宮を攻略するつもりなのか?」
「…………」
ついさっき仲間になった白崎が、俺にそう訊ねてきた。
一之瀬っちって、なんだその呼び方は。
宿を一緒に出たあたりから、急に態度が軟化して、少し気味が悪い。
とはいえ、特に問題はないわけだからスルーしよう。
「一応、現段階では9人で挑むつもりだ。あと1人いればレイドを組めるんだが、アテがなくてな」
「そっか。まあ、俺がいればレイド戦も余裕だと思うし? 無理にレイドを組み必要もないだろ」
なかなかの大言壮語だ。
実際、それだけのことを言えるだけの力を持っているわけだから、士気が低いよりは100倍マシではあるんだが。
「ちなみに、白崎にはアテがあったりするか?」
「ない」
「だよな……」
即答されてしまった。
白崎の交友関係は不明なところが多い。
とはいえ、それほど広い交友関係を築けていたとも思えなかったから、アテがないことも想像はできていた。
普段が一匹狼だからな。
「そもそも、管理局の意向を聞かずに地下迷宮の完全攻略をやろうなんて奴を探すこと自体難しいだろ。そんなのがよく9人もいたなって思うくらいだ」
確かに、白崎の言う通りだ。
俺たちは基本、異能管理局に睨まれるようなことはしない。
地球で唯一、俺たち異能者に安全な居場所を与えてくれる組織なのだから。
アースの神を救出することに関しては、特に問題ない。
しかし、クロスクロニクルゲームクリア説と、神から与えられる報酬の使い道については、いまだに結論が出ていない。
この問題が解決しない限り、いきなり『神様を救いました』と先生たちに報告するだけではすまないだろう
というか……。
「そのセリフ、お前が言うなって感じだ」
「ぐぬ……」
白崎は自分のキャラネームを変えるためだけに、地下迷宮の完全攻略を行おうとしていた。
よくそんなことのために管理局を怒らせるようなことをしようとしたな。
そんなことって言ったら失礼かもしれないけど、でもそう思わずにはいられない。
「……お、みんな揃ってるみたいだな」
そうした会話をしつつも、俺たちはケンゴたちと待ち合わせをしていたウルズの泉前に到着した。
泉の前に立つケンゴ、セレス、カタール、フィルの4人は準備万端のようで、いつでも地下迷宮に潜れそうだ。
「どうやら、勧誘のほうは上手くいったみてえだな」
「1人だけだけどな」
あともう1人勧誘できればよかったんだが、あんまり贅沢は言ってられない。
9人で地下迷宮に潜るから、昨日打ち合わせをした通り、前衛と後衛でパーティーを分けよう。
前衛メンバーは、俺、ミナ、フィル、ケンゴ、カタール。
後衛メンバーは、サクヤ、セレス、マーニャン、白崎という分け方だ。
俺がメインタンク兼前衛メンバー専用ヒーラーで、マーニャンが後衛専用のヒーラー。
それ以外のメンバーは全員アタッカーだ。
場合によってはカタールがサブタンクを務めることになっているが、不測の事態が起きなければ、タンク役は俺1人で問題ないだろう。
「よし、そんじゃあいっちょ、レイドボスをぶっ倒しに行くか」
ケンゴが地下迷宮へ向けて歩き出した。
その後ろを俺たち8人はついてい――。
「ちょっ……ちょっと待ったーーーっ!!!!!」
俺たちの背後から大きな声が響いてきた。
この声は……おそらく、俺たちに向けて放たれたものだろう。
誰がストップをかけてきたのか、声だけで丸わかりだ。
「……マイ? あなた、いったいどうしたの?」
俺たちのほうへと駆け寄ってくる少女――マイに、ミナは首を傾げながら問いかけた。
ここでマイが声をかけてくるとは、俺も思わなかった。
なにか俺たちに用でもあるのだろうか。
「はぁ……はぁ………………わ、私もっ! ミナたちの仲間に入れてっ!!!」
「え……えぇ!?」
マイの発言を受け、ミナが驚いたという表情を浮かべだした。
いきなり『仲間に入れて』って……どうしたんだ、マイの奴は。
ミナじゃなくっても驚くぞ。
「で、でも……マイにはギルドがあるし……ユミたちがなんて言うか……」
「ギルドは今さっき抜けてきたから……大丈夫っ!」
「ぬ、抜けてきたって……」
「ミナだって結局そうしたんだから、文句を言われる筋合いはないよっ!」
「う……」
……ミナは結局、ギルドを抜けたのか。
それは初耳だ。
しかも、マイまでギルドを抜けてきただって?
いったいぜんたい、どうなってるんだ。
まあ……なにをしたいのは、俺にも十分わかるが。
「ユミはギルマスだから、勝手なことはできないけど……要職に就いてない私がギルドを抜けたって、なんの問題もないもんっ!」
マイは俺たちと同じく、周囲の地球人から反感を買ってでもサクヤの記憶を取り戻すことを優先したわけだ。
その覚悟は、今までずっと所属してきたギルドの脱退という形で示された。
ならば、ここで彼女を止めることなどできない。
「ミナよりレベル低いし、あんまり強くないかもしれないけど……でも、足だけは引っ張らないからっ! だから、私も仲間に入れてっ!」
「よし、わかった」
「決定はやっ!?」
「もともと、あと1人は仲間がいてくれたほうが嬉しいと思ってたからな」
俺が即答すると、マイは目を見開いてツッコミを入れてきた。
毒を食らわば皿までだ。
俺はすでに、ミナや白崎を巻き込んでいる。
ここでマイが加わることに、抵抗感はない。
協力してくれるっていうなら、是非協力してもらおう。
それに、マイは謙遜しているが、彼女も今までアースで戦い抜いてきた猛者の1人だ。
ケンゴとかと比べたら、実力は劣ると言わざるを得ないだろうが、決して弱いわけではない。
「マイがいてくれるなら心強い。頼りにさせてもらうぞ」
「! ……えっへんっ! 任せといてっ!」
俺が拳を前に突き出すと、マイは一瞬戸惑いつつもニカリと笑い、自分の拳をコツンと当ててきた。
どうやらマイは、俺の反応が少し予想外だったみたいだな。
まあ、最近の俺は人の話をロクに聞かずに独断行動するような奴だったから、しょうがないか。
「……というわけだから、皆さんこれからよろしくっ!」
話がまとまりを見せたところで、マイはみんなに向かって勢いよく頭を下げた。
「はーっ、なんか、すっごく気が楽になったよ」
「気が楽にって…………ああ、そっか」
マイが悩んでたのって、このことだったんだな。
以前、地下迷宮のマッピングデータを携えた彼女と会ったときは、どうにも歯切りが悪い様子だった。
その理由は、どうやらこのことにあったようだ。
「ユミや他のギルドの仲間も大切だけど、サクヤだって大切なんだっ。だって、友達だもんっ!」
「マイ……」
サクヤが顔を綻ばせた。
彼女が記憶を失ってから、ミナやマイとどのような関係を築いてきたのか、俺は詳しく知らない。
とはいえ、この様子を見る限りだと、赤の他人として接していたわけでもなさそうだ。
ミナやマイにとって、自分のことを覚えていないサクヤと接し続けるのは、どれだけ悲痛なことだったのだろうか。
その痛みから今まで逃げ出てきた俺には、想像することしかできない。
けれど、彼女たちはこうして、今もなお友達でい続けた。
女は強し、ということか。
単に俺が弱いだけなのかはわからないけど。
「ユミたちには、後でみんなで謝りにいこっ」
「ああ、そうだな」
謝ったくらいで許してくれるかどうかはわからない。
が、マイがそれを望んでいるのであれば、俺も地べたに頭をこすりつける所存だ。
俺のことはどうでもいいが、ミナたちは恨まないでやってほしいからな。
「はぁ……しょうがないわね。それじゃあ、このレイドの一員として、よろしく頼むわよ、マイ」
ミナがそこでマイの仲間入りを受け入れたようで、大きくため息をつきながらも手を前に差し出した。
「うんっ! ミナもよろしくねっ!」
すると、マイはミナの手を両手でギュッと掴み、ブンブンと勢いよく振った。
これで決定だな。
マイの加入を拒むメンバーもいなさそうだ。
「うふふ、決定ですわね」
「よし、そんじゃあいったんパーティーを崩して、改めてレイドを組むとすっか」
「これで、拙者たちの抱えていた不安要素が1つ解消できるでござるな」
俺たちの様子を見ていたケンゴたちが、この場をまとめるようにしてそう言った。
マイが仲間に加わったことで、俺たちは10人になった。
つまり、レイドを組むのに必要な人数にギリギリ達したということだ。
「そうですわね。レイドを組めるのでしたら、それに越したことはありません」
「ほらシン、とっととレイド申請だせー」
「俺が出すのか?」
「ったりめーじゃん。これはお前を中心にして出来上がったレイドなんだから、ちゃんと責任持て―」
そういうものか?
まあ、レイドリーダーをやることに異議があるわけじゃないから、別にいいんだが。
「わかった。じゃあ1人ずつ申請を送っていくから、OKしてくれ」
俺はマーニャンの発言に押され、みんなにレイド申請を送っていった。
こうして、俺たちは10人になった。
NAME マイ
JOB バトルマスター
LV 98