サクヤとクレール
ケンゴたちが仲間になった。
俺はそのことに対して顔を綻ばせつつ、宿への帰り道をみんなと歩いていた。
「っ」
そんなとき、サクヤが俺の隣にやってきた。
「私がここに来て、びっくりした?」
「……いや、別に」
サクヤがどこにいようと、驚いたりなんてしない。
ちょっとだけ身構えたりするけど。
今の俺は、サクヤとどう接したらいいのか決めかねている。
地球でのやり取りで、多少は話すこともできるようになったものの、まだぎこちない。
いきなり話しかけられても、上手く対応できないな。
「私が地下迷宮攻略のためのメンバーに入ってたことについてだよ?」
……あ、そっちか。
突然俺の隣に来たことを聞いてるんだと思ってた。
なんだよ。
変に意識しちゃって馬鹿みたいだな、今の俺。
思わず苦笑いだ。
「まあ……たしかに、サクヤがいつの間にか『100越え』を果たしているだなんて思わなかったな」
ひとまず俺は、無難な話題を出して、この流れを変えることにした。
無難な話題ではあるが、『100越え』については俺も結構驚いている。
というか、サクヤがアースに来ていたこと自体、知らなかった。
これは、彼女との接触を極力控えていたせいでもある。
けど、このことくらいは俺に教えてくれてたってよかったんじゃないか?
ミナとかがさ。
……まあ、教えられたら教えられたで、俺はギャーギャー騒ぐことになってたんだろうな。
そう考えると、ミナたちが今まで俺に黙っていたというのも、しょうがないことか。
「ケンゴさんたちがレべリングを手伝ってくれたからね」
「ああ……さっきも言ってたな」
たしか『龍の巣』でレべリングをしたんだったか。
あそこに籠っていたのなら、『100越え』をしたというのも頷ける。
ウルズ大陸のなかでトップクラスの強さを持つドラゴン系モンスターが出てくる狩場だからな。
「そこではフィルも一緒にレべリングしてたんだろ?」
「ん……そう……です」
いつの間にかサクヤの隣にいたフィルに話を振ると、彼女はコクコクと首を縦に振った。
「本当は……この前シンさんと会ったときに言おうと思ってたんだけど……」
「ああ……あのときは悪かった、フィル」
アクアがカルアに連れ去られる少し前、フィルが俺に会いに来たのは、このことを言おうとしていたんだな。
でも、俺が地球に追い返したもんだから、結局ケンゴたちと同じタイミングで説明することになった、と。
「シンさんは悪くない……です。むしろ悪いのは、シンさんのお願いを無視してアースに来ていたオレのほうだと思うし……」
「いや、フィルが悪いことなんてない」
あのとき、フィルから事情を聞いたとしても、それは事後説明だ。
俺に黙って、今までアースに来ていたことは変わらない。
が、そのことを俺が怒るのは筋違いだろう。
フィルはフィルなりに考えて、そうしようと結論付けたのだから。
……それに、そんなことをしようとした理由が俺にあるということも、十分わかっている。
「俺は……1人で戦わなくてもいいんだよな?」
「ん……シンさんだけが背負い込むことなんてない……んです」
「そう……か」
仲間と一緒に戦えるのだと思うだけで、心の奥から力が湧き出てくる。
フィルをはじめとした、ここに集まった仲間たちには、感謝してもしきれない。
絶対に守り切ろう。
自信がないだとか、仲間を失いのが怖いだとか、そんな感情は心の片隅に追いやれ。
とにかく、俺はタンクとして、みんなの盾になりきってやる。
誰も、俺の仲間を傷つけさせない。
「……ん? あれ、クレールさんじゃない?」
「え?」
俺が心のなかで決意を固めていると、ミナが1つの方向を指さした。
その先からは、よく見慣れた金髪の少女がこちらに走ってくる姿があった。
まあ、厳密に言うと少女じゃないわけだが。
「おおっ、シン殿! 今日はなかなか会いに来てくれなかったから、なにかあったのではないかと心配したぞ」
ああ、そうか。
今日は地下迷宮攻略のことで頭が一杯だったせいで、クレールのところへ行きそびれていたんだった。
彼女がヘソを曲げてアース中をフラフラと散策しだした一件から、なるべく会うようにはしてたっていうのに。
「心配させて悪かった。今日はちょっといろいろ立て込んでて、墓地のほうには顔を出せなかった」
「ふむ、そうか。ちゃんと悪いと思っているのであれば、許してやろう。我は寛大なのだ! フッハッハッハッハ!」
俺が頭を下げると、クレールは仁王立ちの状態で、大きく笑い声を上げ始めた。
いつもながら、元気な奴だ。
物凄い上から目線なのはアレだが。
「むむ……? そこにいるのは……もしや、サクヤ……か?」
「?」
と思っていたら、俺の隣にいたサクヤを見て、クレールが目を見開いた。
対するサクヤは、クレールが誰なのかわからないようで、軽く首を傾げている。
記憶を失ったサクヤがクレールと会うのは、これが初めてだったか。
ならば、改めて説明と紹介をする必要があるだろう。
少し抵抗感があるが……やらないとだよな。
「説明せずともよい。サクヤがこの場にいる理由など、我にはまるっとお見通しだ!」
なに。
そうなのか。
って、まあ、別に深く考えずとも、クレール側は大体の見当がつけられるよな。
「まさか、もう地下迷宮を踏破し切るとはな……さすがはシン殿だ」
「いや、全然違う」
最終的にはそうなるつもりでいるけど、今はまだ違うぞ。
やっぱり最初から全部説明したほうがよさそうだ。
というわけで、俺はみんなと今日泊まる宿屋へ向かいながら、クレールにサクヤがここにいる事情を説明した。
「ふむ、なるほど。大体わかった」
「そうか、それならよかった」
クレールは俺の説明を聞き終えると、サクヤのほうをジッと見つめだした。
「えっと……そろそろこの子が誰なのか、紹介してもらってもいいかな?」
すると、サクヤは困ったような表情をしながら、俺のほうを向いた。
クレールが変なボケをかましたせいで、紹介が遅れたな。
急ぎじゃないから、別にいいんだが。
「こいつはアース人のクレール。一応、『八大王者』の1人だ」
「え、八大王者っていうと……アースの頂点に君臨している8人の王のこと……?」
「それで合ってる」
サクヤも一通りのアース知識は持ち合わせているようだ。
学校で習ったか、もしくはケンゴたちに教わったか。
どちらにせよ、知っているのなら、教える手間が省けて楽だな。
「は、初めまして、クレールさん。私はサクヤと申します……って、もしかしたら初めましてじゃないかもしれませんけど」
しかし、やっぱりクレールのことはなにも覚えていないか。
わかっていたことだが、少し寂しく感じる。
「……本当に記憶を失っているのだな。さすがの我も、ちょっぴりショックだ」
クレールも、俺と似た心境みたいだな。
一応、以前にサクヤの状態についてはクレールにも説明していた。
が、それでも動揺してしまうのは、仕方がないことだろう。
「す、すみません……」
「謝る必要などない。貴様はなにも悪くないのだからな」
「ですが……」
サクヤが申し訳なさそうにしている。
……こんな状態も、あとほんの少しの辛抱だ。
地下迷宮を攻略し、クロスにサクヤの記憶の処置をお願いすれば、きっと――。
「さて、では、宿屋に着いたら、我とシン殿がどれだけ親しい仲か、余すことなく詳細に語ってやろう」
「えっ、し、親しい仲……?」
「その通り! 朝まで寝かさぬゆえ、心して聞くがいい!」
「は、はぁ……まあ、私は寝なくても別に構いませんが……」
……サクヤが俺を見ている。
俺もなんか言ったほうがいいのだろうか。
「私、一之瀬くんがプレイボーイだってこと、すっかり忘れてたよ」
「……ははは」
「こんな小さな子にまで手を出してたなんて、あとでちゃんと説明してもらうからね?」
いや、違うぞ。
見た目に惑わされてはいけない。
こんなナリだが、クレールはれっきとした成人だ。
還暦を遥かに過ぎているとさえ言ってもいいぞ。
見た目はロリかもしれないが、こいつは正真正銘の合法ロリなのだ。
「さ、いこ、クレールさん」
と思っていたら、サクヤは俺の話(もとい言い訳)を聞く前に、クレールの手を引いて宿屋のほうへと走っていった。
「ハーレムへの道は険しいな、シン」
俺たちの話を盗み聞きしていたらしきケンゴが肩をポンと叩いてきた。
うるせえ。
こ、これは別に、そんなんじゃねえよ……。