おすそ分け
「……まさかレイドボスを倒してしまうとは……流石の私も驚きを隠せそうにない」
レイドボスを倒したその後、ボス部屋にあった地上へとワープする魔法陣が使えるようになったため、それを使用して俺達は無事に町まで戻ってきた。
そして俺達は早川先生の下へ赴き、事の次第を報告した。
早川先生は俺の説明を聞いて頭に手をやり、この人らしくないほどに眉を歪まして悩ましいモノを見るかのような目をこちらに向けている。
「……それで、君達は全員無事だったんだな? 誰か死んだりはしていないな?」
「戦闘の途中で何人かHPが0になりましたが、すぐに蘇生できたので大丈夫でした」
「そうか……それはなによりだ」
俺の回答を聞いて早川先生は「ふぅ……」とため息をつき、近くにあった椅子に座った。
「しかし迷宮内部に人の形をしたトラップか……これは上に報告して生徒達にも注意を呼びかける必要がありそうだ」
「そうですね」
俺達がレイドボスを倒したというのにも衝撃を受けているようだが、初見殺しと言えたトラップの方にも彼女は驚いているように見える。
まあそんなトラップがあるという情報をプレイヤー全員に広めてくれれば誰かが引っかかるという可能性も低くなるだろう。
勿論俺達もあんなものには二度と引っかからない。
「とはいえ……私としては一番意外だったのが、一之瀬君と氷室君が共闘したことだな。君達はログイン初日から今日までいがみ合っていたと思っていたのだが?」
と、そこで早川先生は俺と氷室を見てそんな事を言いだしていた。
「……まあ、戦う時は別ですよ。ノリは合いませんが」
「俺だって一之瀬の実力は認めているつもりですしね。コイツは嫌いですが」
なので俺達は早川先生に向かってそう答えを出す。
友人になるのは願い下げだが戦友にならなってもいい。
俺達の関係はそういうカンジだ。
「ふっ……そうか。なら今後も切磋琢磨しあうといい。私は君達を応援しているよ」
すると早川先生は微笑を顔に浮かべ、俺達にそう言いながらテーブルに置いてあったコーヒーを静かに飲んだ。
「しかし今後はあまり無茶な事はしないよう気をつけろ。死んだら死んだで我々にとっては良いサンプルと言えるが、君達にとってはあまり喜ばしく無い事態なのだからな」
「……はい、わかっていますよ」
その後早川先生の口から零れた言葉を聞き、俺は内心でこの教師達もなかなか嫌な事を考えているなと思いながら頷くのであった。
こんなやりとりがあった後、Cコースを選んだ俺達10人も一度地球へ帰ることになった。
約24時間ぶりに地球へと意識が戻ってすぐに健康診断を受けさせられたが全員特に異常もなく、またCコース組はレイドボスを倒したという事もあり、後日その件でそれなりの高評価を貰えた。
この調子でいけば学費も全額免除までいき、親との取り決めに従ってその幾らかをお小遣いとして貰えれば課金に回せると思い、俺は黒い笑みを浮かばせる。
アースでは24日間というそれなりに長い時間であったが、こうして俺達は無事Cコースをやり遂げたのだった。
地球へと帰還した俺達がいくつかの健康診断を受け、学校に提出しなければならないアースでの活動を纏めたレポートを作成すると、時刻はすっかり夜となったので俺達は夕食を取るために食堂へ集まってボス狩りの打ち上げ会を行った。
その際はキングゴブリンを倒したときの話で盛り上がったり、撃破時に得たドロップアイテムの分配方法で氷室と色々言いあったり、サクヤもとい日影桜が空気読まずに俺へ抱きついてきたりでそれなりに楽しいひとときを過ごした。
リアルでこんな馬鹿騒ぎするのは本当に久しぶりの事だったから俺も少し羽目を外しすぎた感は否めない。
まあそれも打ち上げ会特有の無礼講というものだ。
「ねえ、一之瀬君。ちょっと話があるんだけど」
そんな楽しい時間も過ぎ去り、そろそろ自分の住む寮へと戻ろうかと思っていると、ミナもとい朝比奈から声をかけられた。
「? ああ、別に構わないぞ」
何の用かはわからないが、ここで彼女と話をしないという理由もないので俺は首を縦に振る。
すると彼女は廊下を歩き始めたので俺もそれについていく。
そうして数分ほど歩き、学園の建物から外へと出たあたりで彼女は俺の方を振り向いた。
「ねえ……手、繋いで」
「……手?」
「そうよ。ほら、早く」
「えっと……、あ」
なぜいきなり手を繋ぐのか。
そう思って戸惑う俺の手を朝比奈は強引に掴んできた。
「な、なにを――」
「……別に、ちょっと夜空のお散歩でもしようって思っただけよ」
「?」
俺が朝比奈の言葉に疑問の声を上げようとしたその時、彼女は俺の手を掴んだまま勢いよくジャンプした。
普通ならそんな事をしてもすぐに地面へ着地するだけなのだが、朝比奈と俺はそのまま上空へ向かって移動している。
つまり俺と朝比奈は空を飛んでいた。
夜空の中を俺達は2人っきりで浮かんでいた。
「……お前の異能って人も浮かせられるのか」
「ええそうよ。でも手を離したらその効果も無くなっちゃうから絶対に離しちゃダメだからね?」
「わ、わかった」
現在の高度は3階建ての校舎をゆうに超えている。
ここから落下したらタダでは済まない。
忠告を聞いた俺は彼女の手をがっしりと掴んだ。
「……それで、俺を空の散歩に誘った理由は一体なんだ? 何か話があったから呼んだんだろ?」
そして俺は彼女に問いかけた。
ただの散歩なら1人でもできる。
にもかかわらず俺を呼んだのだから何かしらの理由があるはずだと思っての問いだ。
「あー……うー……何て言ったらいいのかしらね」
しかし朝比奈は俺の方を向いて言葉を濁している。
何か言いずらいような話なのだろうか。
「あなたはどう思う? 一之瀬君」
「どう思うって……何がだ?」
「この状況……空を飛んでる!……って感じについてよ」
「空を飛んでる事?」
なんでそんな事を聞いてくるのか。
よくわからないが、とりあえず正直な感想を述べておこう。
「そうだな……なんというか不思議な感覚だな。どっちが上なのかとかがあやふやになる。これが無重力の世界ってやつか」
「私が聞きたいのはそういう事じゃないのよね」
「? それじゃあ何を聞きたいんだ?」
「うーん……つまりこうして空にプカプカ浮いてるのは心地良くない?って事を聞きたかったのよ」
心地良い?
まあ確かに何か解放感のようなものはある。
「そうだな。結構良いかもしれないな」
「でしょ? 私が異能を手に入れて一番良かったと思えるのがこの感覚なのよ」
「へえ」
つまりこの状況から察するに、朝比奈は俺にその感覚を味あわせたくて連れてきたという訳か。
「でもどうしてそれを俺に?」
「……これは今日のお礼。すっごくしんどかったけど、ボスを倒した時は私も楽しいって思えたから」
「お礼……か」
ボスということは、あのレイド戦の事を指しているのだろう。
朝比奈はキングゴブリンとの長期戦を制した時、俺達と一緒になってとても喜んでいたからな。
「ボスと戦う前にあなたは言ったじゃない? こいつを倒したら最高に楽しい瞬間が待ってると思わないか!……みたいなことをさ。あれ、ホントだったわね」
「だろう? あそこで喜べなきゃゲームをやる素質なんて無い」
とはいえ、あれは全員が生き残れたからこそ喜べたというところもある。
完全に死んだら二度とあの世界へ戻る事はできない。
地球の自分は死なないのだから別にいっか、なんて事にはならないのだ。
そういった理由があったからこそ俺達はより大きな喜びを得たのだと思う。
「あの時は本当に楽しかった……だから私はあなたに空を飛ぶって喜びのおすそ分けをしようって思ったのよ」
「そっか」
喜びのおすそ分けか。
そう言われてしまうとむず痒いモノを感じるな。
「上を向いて目を閉じるととっても気持ちいいのよ。あなたも試してみて」
「ああ、わかった」
しかし嫌な気分ではない。
俺はミナの説明どおりに体を上に向かせつつそう思った。
そして俺達は目を閉じ、手は繋いだまま少し肌寒くも心地良いと思える夜空を浮き続ける。
「……でも私なんかがあなた達のパーティーにい続けていいのかしら……?」
「? どういうことだ?」
するとそんな中、朝比奈はポツリと呟き声を漏らした。
俺はそれを聞くも、彼女の言っている事の意味がよく理解できず、目をうっすら開けて首を傾げる。
「ほら……あなた達はみんなレベル上げを大変だと思わなかったり、ツーといえばカーみたいな連携がとれているじゃない? そんな中に私みたいな初心者がい続けていいのかなって……」
「ああ、そういうことか」
こちらに視線を送りながら言う朝比奈の説明を聞き、俺は納得の声を上げる。
思って見れば朝比奈以外のパーティーメンバーはみんなかなりの廃人思考の持ち主だ。
24時間コースを平然と選んだり、俺が長時間の狩りをしようと提案しても不満の声を一切上げずについてきた。
PSにしろ心構えにしろ、朝比奈と他のメンバーには大きな隔たりがある。
しかしそれで朝比奈が俺達と組んじゃいけないなんて事はない。
「別にいいんじゃないか?」
「本当にそう思う?」
「勿論。まあそれは朝比奈がアタッカーだからこそ言える事なんだけどな」
タンクやヒーラーが初心者だと色々つらいものがあるが、アタッカーについてはその2つの役割よりも重要度は低い。
勿論下手でもいいというわけではないけれど、アタッカーが何かヘマをしてもそれが即パーティー全滅に繋がるというわけではないからだ。
「朝比奈が何かしらミスをしたら俺達がフォローすればいいだけの話だ。連携や立ち回りは少しづつ覚えていけばいい」
「一之瀬君……」
「それとも朝比奈は俺達と合わせるのはやっぱり苦しいか? 毎朝3時起きはキツイってボヤいてたけどさ」
朝比奈がアタッカーとして未熟である事を俺達は許容できる。
とはいえ、朝比奈自身が俺達についてこれないと言うのなら仕方がない。
無理につき合わせても彼女のためにはならないしな。
「いいえ、そんなことないわ。まあ確かに朝早起きしないといけないのはつらいし、狩りばっかりするのはしんどいけど……あなた達と一緒にいる事を苦しいと思った事なんてないわよ」
「……そっか」
「ええ。だから私があなた達のパーティーにい続けてもいいっていうなら、私は喜んでい続けるわよ」
朝比奈はそう言うと再び夜空を見上げた。
上を見ても星などが見られるわけではないのだが、俺も彼女につられて顔を上げる。
「ならこれからもよろしく頼むな、朝比奈」
「ミナでいいわよ。こっちでも親しい人からはそう呼ばれてるし」
「親しいか……わかった。それじゃあ俺の事も真って呼んでもいいぞ」
「ではお言葉に甘えまして……これからもよろしく、真君」
「ああ、よろしくな、ミナ」
こうして俺達は2人っきりの夜空の中、手から伝わる体温を感じながらお互いを認めあったのだった。
後日、俺とミナの呼び方が変わった事を目ざとく指摘した日影が「それなら私の事も桜って呼んで! シン様!」と言ってきたけれど俺は華麗にスルーした。
俺の名前はこの世界じゃ真であって、シンなんて呼ばれ方はしていないんだよ、日影さん。