策
白崎と別れた後も、俺とミナは地下迷宮の探索を続けた。
それにより、俺たちは98階層への階段を見つけることに成功した。
「…………」
しかし、俺はそのことに対し、素直に喜ぶことができなかった。
なぜなら、ここまでの道のりを通じて、愕然たる事実を認識せざるを得なかったためだ。
――このまま攻略を続けても、俺とミナだけでは地下100階層にいるであろうレイドボスを倒せない。
そう認めるしかない現状が、俺の心を打ちのめす。
「シン、大丈夫?」
「……大丈夫だ」
「…………」
地下100階層のレイドボスは、まず間違いなくアンデッド。
この推測が立ってからというもの、俺は地下97階層で出現するアンデッドモンスターを相手にして、どのような立ち回りをすればいいか、延々と悩み続けた。
そうして出した結論は、俺とミナだけでは戦力不足、というものだった。
アンデッドモンスターに俺のダメージヒールは効かない。
ならば、俺の基本攻撃手段は十字架武器の『クロス』となる。
『クロス』に備わる特殊効果は絶大だ。
特に、攻撃するたびに敵のステータスを削っていく効果は、これからのレイド戦でも重宝するだろう。
しかし、相手は最強クラスのレイドボス。
目に見えるステータス低下異常を引き起こすには、何十発、何百発というほどの攻撃を当てなくてはならない。
ステータス低下異常も永続的に発揮するものではないから、それだけでレイドボスを倒すのは現実味に描ける。
さらに言うなら、もしもレイドボスに強力なステータス低下耐性が備わっていたら最悪だ。
俺が実質的な役立たずになるんだからな。
そうなった場合、ミナだけでレイドボスのHPを削りきることになる。
ますます現実的じゃなくなる。
どんなパターンであっても、相当な時間を要することになるだろう。
おそらく、10時間や20時間ではきかない。
レイドボスが戦闘中、自動的にHPを回復していくタイプなら、詰みの状況にもなりうる。
そう。
詰みだ。
俺たちの行く先には、詰みの可能性が無視できない確率で待ち構えている。
そんなところにミナを連れて行くわけにはいかない。
「…………くそっ」
だからといって、俺1人でレイドボスに戦いを挑んでも、勝てる確率は絶望的だろう。
今の状態で戦いを挑むのは、自殺をしに行くのと大して変わらない。
なら、どうする?
レイドボスを倒すには、どういった策を練ればいい?
新たな仲間を作るというのは……却下だ。
地球人を仲間にする場合、説得が難しい。
俺たちの仲間になるということは、『神の奇跡』を私的に利用し、異能管理局を裏切ることになるんだからな。
アース人を仲間に加えることも無理だ。
地下迷宮『ユグドラシル』にはアース人避けの呪いがかかっている。
あのクレールですら、地下90階層へは来られないのだから、その呪いは強烈だ。
だったら、ここからさらにレべリングをして、ごり押しでレイドボスを倒す、というのはどうだろうか。
……これも現実的ではないな。
俺のレベルは現在115。
ウルズ大陸における最高クラスのモンスターが集う狩場『龍の巣』に籠って、ここまでのレベルにはなった。
が、これ以上レベルを上げようとするなら、1レベル上げるのに1ヶ月はかかるだろう。
そんなに時間をかけていたら、他の地球人に地下迷宮を攻略されてしまう。
くそ……。
いい案が思いつかない……。
これは、本格的に詰んでいる……。
「やっぱり、さすがのあなたでも、この状況は打開できない?」
「…………」
ミナの問いに、俺は答えられない。
こんなことを訊いてくるということは、ミナも内心では、俺たちだけではレイドボスを倒せないと理解しているのだろう。
しかし、だからといって、ここで俺がそれを認めるわけにはいかない。
なんとかして、この状況を打破しなければ。
……でも、今は良い案が思い浮かばない。
他のレイドが地下100階層を突破するまでに、なにか案を考えないと……。
「ひとまず、今日の探索はここまでにして、いったん町まで戻りましょ」
「……ああ、そうだな」
この不安定な心理状態で探索を続けるのは危ない。
98階層への階段は発見したわけだし、一区切りつけよう。
「……戻ろう。始まりの町に」
「ええ」
そうして俺たちは来た道を引き返し、始まりの町まで戻ったのだった。
「ぐっ……」
始まりの町に戻ってきても、良案は思い浮かばなかった。
まだ、時間的猶予はある。
とはいえ、このままなにも思いつかなかったら、サクヤの記憶を取り戻す唯一の手段が失われる。
それを意識すると、途端に心がざわつき、焦りが生まれ始める。
どうする。
どうすればいい。
この状況を打破するには、いったいどうしたら――。
「私たち2人だけでは、レイドボスは倒せない。それは、あなたも十分わかったでしょ?」
町のなかを歩き続けながら悩む俺の隣から、ミナの声が聞こえてきた。
なんだ、このミナの言いまわしは。
これじゃあまるで、ミナは最初から俺が悩むとわかっていたみたいじゃないか。
そう悩むとわかっていながら、俺と一緒に地下迷宮を探索していた。
だとしたら、俺と行動していたミナの心境とは、どのようなものだったのだろうか。
「……十分わかったから、なんだっていうんだ?」
俺は八つ当たり気味な態度で、ミナに問い質した。
「お前は、こうなることがわかってたんだろ?」
「まあ、そうね。まずこうなるだろうとは思ってたわ」
「なら……なんで俺に希望を持たせるようなことを言ったんだ!」
「シン?」
ミナは、俺と一緒にレイドボスを倒すと言った。
なのに、内心では俺たち2人だけじゃレイドボスに勝てないと思っていた。
だったら、最初からそう言えよ。
どうして今まで黙ってたんだ。
ふざけるな。
「俺は……お前を頼りにしていたのに……」
少し、裏切られた気分だ。
ミナなりに考えがあってのことかもしれない。
が、こんな気持ちになるなら、パーティーを組んで地下迷宮に潜るんじゃなかったと、俺は後悔している。
「あら、頼りにしているだなんて言葉が今のあなたから出るなんて、ちょっと意外ね」
俺の怒りや悲しみが伝わらないのか、ミナは微笑み交じりの顔をしている。
なんだ、その余裕に満ちた顔は。
俺、なにか変なことでも言っていたか?
少し気が抜けてしまった。
「ミナは、全然焦ってないみたいだな」
「そりゃそうよ。だって、私はもともと2人だけでレイドボスを倒そうだなんて思ってなかったんだから」
「……へ?」
どういうことだ?
まさか、俺たちの味方になってくれる奴がいるっていうのか?
そんな馬鹿な。
「……なにか策でもあるのか?」
「まあ、そんなとこ…………そろそろ時間ね。ちょっと私に付き合って、シン」
「え、あ、ああ……」
ミナがなにを考えているのか、よくわからない。
よくわからないが、今の状況を打破できるというのであれば、素直に従おう。
そう思った俺は、スタスタと歩く彼女の後ろについていった。
ミナに連れてこられた場所は、始まりの町にある『ウルズの泉』の前だった。
「な……これは……」
俺は驚愕の声をあげた。
「久しぶりだな、シン。てめえが困ってるって話を聞いたから、助けに来たぜ」
ケンゴがそこにいた。
「友を助けるためならば、私たちは手を貸すことを惜しみませんわ」
セレスがそこにいた。
「まー、かったりーけど、あたしもレイド戦に参加してやるぞー」
マーニャンがそこにいた。
「拙者は雇われ兵でござるが、全力で事に臨む所存、ニンニン!」
なぜかカタールがそこにいた。
泉の前には、ケンゴ、セレス、マーニャン、カタールの4人が立っていた。
そして……さらに……。
「ごめんなさい。シンさんに怒られるかもしれないと思ったけど……」
「フィル……」
アースにはいないと思っていたフィルがそこにいた。
「っつうわけだ。俺たち6人が、てめえらに助太刀するぜ。全員、強さのほうは俺が保証してやる」
戸惑う俺をよそにして、ケンゴは不敵な笑みを浮かべる。
……6人?
ミナを含めてっていうことか?
でも、『てめえら』ってことは、俺とミナに対して言ったんだよな?
だったら、5人の間違いなんじゃ――。
「一之瀬くんが私のために戦ってくれてるんだもん。だったら、私も戦わなきゃだよね」
ケンゴの背後から、1人の地球人が姿を現した。
「さ、サクヤ…………?」
「そうだよ。こっちでは初めましてって感じなんだけど、久しぶりって言ったほうがいいかな?」
――記憶を失くしたものの、アースにおける肉体を失わなかったサクヤがそこにいた。
どうして、サクヤまでもがここに……。
「以上、私とシンを加えたこの8人。それで地下100階層を攻略するのが私の……いいえ、私たちの策よ」
そして、この場に集まったメンバーを代表するかのように、ミナが俺にそう言い放った。