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黒歴史

 地下迷宮のなかでダークに出くわした。

 すると、ダークは突然逃げ出したので、俺は異能アビリティを使って回り込んだ。


「うげっ!? げふっ!?」


 ダークへ足払いをして、すっころばせる。

 さらに追い打ちをかけるように腕を拘束して、身動きを取れなくした。


「おい、なんで逃げようとした」

「逃げようとしたのは悪かったが、いきなりここまでする奴があるか!」


 俺を見上げながら、ダークが抗議めいたことを喚いている。


 そんなの知らん。

 人の顔を見て逃げ出すような奴は、こういう扱いで十分だ。


 というか、本当にどうして逃げ出そうとしたんだろうか。

 こいつになにか悪いことをした記憶なんて、俺にはないぞ。


「……ええっと、この人はシンのお知り合い?」

「こいつ、ダークネスカイザーだよ」

「え!?」


 今のダークはキャラネームを非表示にしているようだ。

 そのせいで、ミナにはこの男が誰なのか、わからなかったらしい。


 どういうわけか、今のダークは素顔だ。

 以前は仮面をつけていたから、パッと見で誰なのかすぐわかったんだが。


「……おい、俺をそんな名前で呼ぶな。ちゃんと地球の名前で呼べ」

「地球の名前でって……」


 こいつとも久しぶりの再会になるが、どうも様子が違うな。

 俺と同様に、こいつも今まででなにかあったのだろうか。


「ええっと……お前の名前って、なんだったっけ?」

白崎しろさき耀ようだ」


 ああ……思い出した。

 そういえば、名字は以前に聞いたことがあったな。

 白崎だ白崎。


 とりあえず、名字呼びでいこう。

 会うたびに名前の訂正を求めてきて、まったくもってメンドウな奴だ。


「じゃあ白崎。お前はどうして俺たちを見た途端に逃げ出そうとしたんだ?」


 仕切り直しだ。

 俺はダーク、もとい白崎に、先ほどの行動の理由を問いただした。


「だって、お前らは俺が1人で迷宮に潜るのを止めに来たんだろ?」

「いや、全然」

「え、そうなのか?」


 どうやら、変な行き違いがあったみたいだ。


「なんだ。てっきり俺は、お前らが俺を連れ戻そうとしてるのかと思ったぞ」

「少なくとも、俺たちはそんな目的でここに来たわけじゃない」


 というか、こいつ、今までずっと基本1人で行動してたのか?

 だとしたら、俺以上に凄まじいぞ、ある意味。

 筋金入りのソロ地球人プレイヤーだ。


「それで、どうしてお前は1人で地下迷宮に潜ってたりなんかしてたんだ?」

「う……」


 白崎が俺から目を逸らした。

 どうにも、後ろ暗いところがあるって様子だな。

 いったいなにを隠してるんだ?


「……もしかしてあなた、1人で地下迷宮を攻略して、神様に自分のお願い事を叶えてもらうつもりだった……とか?」

「!?」


 ミナが質問をすると、白崎は驚いたといった表情を浮かべだした。


 おい。

 マジか。

 お前、本当にそんなことしようとしてたのか。


「ぐ……バレてしまってはしょうがない。そうさ、俺はこの先にある報酬を独り占めしようとしてたのさ」

「おいおい……」


 本人による証言も手に入れてしまった。


 ずいぶん無茶なことをするな。

 1人で地下迷宮を攻略しようだなんて、自殺行為に近いっていうのに。

 ……まあ、それは同じようなことをしていた俺が思うことでもないんだが。


「白崎君は、神様になにをお願いするつもりだったの?」


 俺が引きつった笑みを浮かべていると、ミナは冷静さを崩さず、白崎に訊ねた。


 これについては、俺もちょっと気になるな。

 白崎はどんな願いを胸に抱いて、こんな無謀ともいえる行為に身を投じているのか。

 きっと、並々ならない事情があるに違いない。


「それは…………その………………名前を変えてもらうためだ」

「……………………へ? な、なんだって?」

「……キャラネームを変えてもらうためだって言ったんだ! なんか悪いか!」


 滅茶苦茶くだらないお願いだった。


 いや……人の願いをくだらないなんて思っちゃ悪いか。

 キャラネームを変えたいというのにも、なにか深い事情があるに違いない。


「俺はこの厨二ネームを変更して……俺の黒歴史を過去に葬り去るんだ!」


 滅茶苦茶くだらない事情だった!


 くそ!

 すっげえどうでもいいわ!


 ……というか、白崎は自分のキャラネームを黒歴史と認識しているのか。

 だから、ついさっきも、『俺のことは地球の名前で呼べ』って言ったんだな。

 合点がいった。


「あー……つまり白崎君は、かつての自分の行動を恥じている、ということかしら?」

「そうだよ、よくわかってんじゃん。あ、テレビでアイドルとかいう恥ずかしいことやって身だから、俺の悩みもわかってもらえるのか?」

「…………」


 ……今、ミナのこめかみが一瞬ピキッて言ったような気がする。

 アイドルをやってたことをバカにされた感があるからだろうか。

 ミナがこんな反応をするのはちょっと珍しい。


「私は別に、過去の自分を恥じてなんていないわよ」

「え、マジで?」

「そうなのよ! ……そりゃあ、アイドルになりたての頃は人前に出るのが恥ずかしいとか思ったりもしたけど――」

「こらこら、話を脱線させるな。今は白崎の処遇について決めるのが先だ」


 軌道修正しよう。

 ミナの過去バナというのも少し興味があるけど、迷宮のなかでやるような話じゃないからな。


「え、今って俺の処遇についての話だったのか?」

「このままお前を野放しにはしておけないからな」


 見たものをスルーしきるのは難しい。

 白崎がくだらない理由で地下迷宮を単独攻略しようとしているのであれば、それは阻止するべきだろう。

 地下迷宮を攻略するライバルを潰そう、という話ではなく、単純に1人で地下迷宮を探索するのは危ないからだ。

 自分のことは棚に上げた考えだが、本来はパーティー単位以上で潜るのが常識だ。


「なんだよ。結局お前たちも、カラジマたちのように俺を止めるつもりか?」

「ああ」


 さっきは返答をはぐらかしたが、止めるか止めないかでいったら、止める。

 まあ、それがあまりにも手こずりそうだったら、俺も諦めるが。


 俺たちの本来の目的は、この先に行くことだ。

 白崎のお守りではない。


 ……にしても、今、なつかしい奴の名前を聞いたな。

 白崎と同じく、カラジマとも、俺は最近全然会っていない。

 これは、俺が他の地球人プレイヤーとの接触を極力避けるようになったから、という理由のせいだ。

 白崎もカラジマも、ちゃんと生き残っているようで良かった。


「俺は地上に戻ったりなんてしない。どうしてもっていうなら、無理やりにでも連れて行くんだな!」

「そうか、じゃあいいや。またな、白崎」

「え、あ、ちょ、ちょっと待って」


 俺が迷宮の奥へと進もうとすると、白崎からストップがかかった。


 生き残っていること自体は喜ばしい。

 しかし、だからといってメンドウな奴のお守りを背負い込む気はないのだ。


「ここは俺を無理矢理にでも止める場面だろ。なにスルーしようとしてるんだ」

「お前……本当は止めてほしいのか?」

「そうじゃないが、お約束を外されるのは好きじゃない」


 以前と変わらず、色々とメンドウな奴だな……。


 お約束ってなんだよ。

 『ここは俺に任せて先に行け!』みたいなものか。

 今は先に行かせるんじゃなくて、むしろ足止めされてるわけだが。

 どっちかというと、『ここを通りたくば俺を倒してからにしろ』の方か。


「それはそうと、お前らのほうはどうなんだ。お前らも人のこと言えた人数で潜ってないだろ」


 と思っていたら、白崎は俺たちにとって痛いところを突いてきた。


 そこに気づいてしまったか。

 たしかに、2人で地下迷宮を攻略するというのも、1人で攻略することの次に危険な行為だ。

 というか、そもそもレイドも組めないような人数で地下迷宮に潜るのは原則禁止とされている。

 絶対ではないから、俺やミナ、それに白崎みたいな少人数で行動する奴がいないとも限らないわけだが、珍しいことには変わりない。


「俺たちは……」


 理由を説明しようにも、正直に言うわけにはいくまい。

 『みんなを裏切って神様からの報酬を独占します』なんて、言えるわけがない。

 白崎も俺たちと同じことをしようとしたわけだが、ソレはソレ、コレはコレだ。


「私たちも、この先にある奇跡目当てよ」

「ちょっ……」


 そう思っていたのに、ミナが普通に俺たちの目的を答えた。

 これには俺も驚くばかりだ。

 なんで言っちゃうんだよ。


「下手に隠してもしょうがないでしょ。それに、これで私たちはお互いに口を閉ざすネタができたわけだから、なにも問題ないわ」


 ……そういうものか?

 まあ、考えてみれば、ミナの言うことも理解できる。

 白崎は迷宮攻略を続けるために、俺たちのことを先生たちにチクれないわけだし、逆もまた然りだ。

 ここで正直に答えても、大した影響はないわけだな。


「ほう……奇跡目当てか……お前らもなかなか命知らずだな」

「お前ほどじゃないがな」


 俺は白崎のほうへと向き直り、軽くツッコミを入れた。


「それじゃ、俺らはここで会わなかったってことでいいか?」

「お前を1人にしておいて本当に大丈夫なのかって不安はあるが……お前自身がそう提案するなら、呑まないこともない」


 この場でのやり取りはなかったことにする、というのが落としどころか。

 俺たちが退くことなんてありえないし、白崎のほうも、あんまり退く気はなさそうだからな。


「ミナもそれでいいよな?」

「うーん……あんまりよくないけど……これ以上ここで時間を浪費してもしょうがないから、まあ……いいわ」


 ミナのほうも、若干不本意という様子ではあるものの、この案でOKのようだ。


「よし、なら探索の続きをするか。もうさっきみたいに呼びとめたりなんてしないよな、白崎?」

「ああ、しない」


 ならいい。

 さっさと探索を再開しよう。


「それじゃあ俺はそろそろ疲れたから、地上に戻ろっかなーっと」

「…………」


 もしかして、さっきまでこいつは、帰り道に俺たちを同行させて楽しようとか思ってたんじゃないか……?

 まあ、どうでもいいか……。

 深く考えるのはよそう……。


「にしても、お前らはお前らで大丈夫なのか? ここらで出てくるアンデッドモンスターは手ごわいぞ?」


 俺が微妙な視線を白崎に向けていると、そんな言葉をかけられた。


「……問題ない。モンスターが強いってことも、十分わかってる」


 こいつはこいつなりに俺たちを気遣えるんだな。

 ちょっと意外だ。

 いい意味で。


「――まあ、俺にかかればそんなアンデッドモンスターもイチコロなわけだが?」

「…………」


 ……ただ単純に『俺は強い』と言いたかっただけだろうか。

 わざわざそんなことを言わなくたって、お前の攻撃力は俺も十分知ってるっつの。


 ……呼び止めはしないって言ってたのに、結果的に足止めをくらってるな。

 こいつは俺たちとお喋りでもしたいのか。


「そろそろ俺たちは探索を開始するから、白崎も気をつけて帰れよ」

「え……あ、うん……」

「…………」


 ……なんだ、この返事は。

 どうしてそんなしょぼくれた反応してんだよ。

 白崎がなにを考えているのか、さっぱりわからん。


 もう、こいつについて考えるのはよそう……。

 余計なエネルギーを消耗するだけだ……。






 そうして俺たちはその場で別れた。

 束の間の再会だったわけだが、知り合いがちゃんとアースで活動している様子は、俺に僅かばかりの元気(と疲労感)を与えてくれた。


「本当に1人にして大丈夫かしら……」

「大丈夫だろ。あいつは簡単に死ぬような奴じゃない」


 1人で地下迷宮を探索するのは危険だという考えは変わらない。

 けれど、だからといって白崎が死ぬなどとも思えない。


 俺以上に1人で戦って生き延びてきた男なんだ。

 心配しなくとも、無事に地上へ帰れるさ。


「人の心配より、自分の心配をしろ。前方からモンスターが近づいてきてる」

「ええ、そうね」


 話をする俺たちの前に、アンデッドモンスターが近づいてきた。


 それを見た俺たちは、白崎のことを考えるのをやめ、目の前の戦いに集中することにしたのだった。

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