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案じる

 学校の広場でさくらと出会った。


 突然会ったって、俺はもう驚いたりなんてしない。

 若干の動揺はあるが、ベンチに腰かけたまま、ポーカーフェイスを意識して作ることだってできる。

 ……まあ、俺もここに来れば桜と会えるんじゃないかとか思ってたんだけどな。


 にしても、『ホントにいた』っていうのは、ちょっと気になる言い方だな。


「……俺がここにいるって、誰かに教えられたのか?」

「いや、場所までは教えられてないよ。一之瀬くんがアースから帰ってきているってことは、ミナから教えてもらったけど」

「そうか」


 なるほど。

 これはミナによる策略か。

 いや、策略だなんて言っちゃうと語弊があるか。

 別に悪いことでもないし。


「よっこいしょっと」

「…………」


 ……それで、どうして桜は俺の隣に座るのだろうか。

 最近ではもはや日常的なものとなっていることではあるものの、少し気になる。


 ミナから俺のことを教えられてここに来たということは、桜は明確な意思を持って俺に会いに来たということなのだろう。

 はたして、それはどのような心境からなのか。


「なあ、さく……日影」

「ん? なあに、一之瀬くん」

「お前は、異能を手に入れてからの記憶をほとんど失ってるんだよな?」

「うん、そうだね。私の感覚としては、いきなり中学生から高校生になってたって認識だよ」

「……そうか」


 今までは彼女から目を背けていたせいで、詳しいことは聞けずじまいだった。

 でも、いつまでも逃げてちゃいけないよな。


「一之瀬くんが私について訊くなんて珍しいね。なにかあった?」

「……まあ、ちょっとな」


 こんなことを思うようになったのは、水野とのやりとりがあったからだろう。

 人に自分の悩みを伝えると気分が軽くなるとはよく言うが、それに似たようなものなのだろうか。


「今もあんまり実感わかないけど、いつ学んだかもわからない英単語や数学の公式とかが頭のなかにあるから、やっぱり私は高校生なんだね」


 桜はあっけらかんとした調子でそう言って、高校で習う知識を次々と口にし始めた。

 その様子に悲観的なものは感じられない。


「日影は……自分の記憶を取り戻したいとか、そういったことを考えたことはないか?」

「もちろんあるよ」


 そうか。

 やっぱり、顔の表情では出さずとも、自分の失った記憶は惜しいよな。

 聞かなくてもいいようなことを聞いてしまった。


「でも、なければないで、別にいいかなとも思ってたりして」


 と思っていたら、桜は続けて、そんなことも口にした。


「……なんでだよ。自分の記憶だっていうのに、大事じゃないのかよ」

「大事だけど、一之瀬くんが苦しむなら、記憶がなくったって別にかまわないよ」

「!?」


 俺はそこで、勢いよくベンチから立ち上がった。


 今の桜の物言いは、明らかにおかしい。

 なぜ、自分の記憶を俺の苦しみを天秤にかけたんだ。


「私、一之瀬くんがアースでなにをやろうとしてるのか、知ってるよ」

「……ミナから訊いたのか?」

「ううん。学校の人たちから集めた情報を整理して導き出したんだよ」

「…………」

「私のために危ないことをしているなら、しなくてもいいよ、一之瀬くん」


 ……桜はどこまで見抜いているんだ。

 ちょっと怖いと感じるくらいに鋭いぞ。

 本当に、ミナから教えてもらったわけじゃないんだよな?


 地下迷宮の攻略で得られる神の奇跡については、大体の地球人プレイヤーが知っていることだ。

 だから、桜がそのことを知っていても、別におかしくはない。


 しかし……。


「……どうして俺が、お前のために苦しまなくちゃいけないんだ。俺とお前は……なんでもないだろ」

「人の口に戸は立てられないもんだよ、一之瀬くん。ミナたちは黙ってても、私の事情を詳しく知らない人に聞き込みをすれば、私と一之瀬くんがどんな間柄だったくらい、簡単にわかるんだから」


 うん。

 やっぱり桜は変なところで有能だ。

 ぶっとんだ言動が多かった彼女ではあるけど、頭のデキは俺なんかより遥かに優秀なんだよな。


 俺はそのことを再認識しつつ、再び桜の隣に座りなおした。


「ただこの先の病棟に用事があるってだけで、何度も頻繁に鉢合わせするわけないじゃん。最初にここで会ったのは偶然だったけど、私は一之瀬くんに会うために毎回この広場に立ち寄ってたんだよ」


 ……そうなのか。

 つまり、桜は俺とかつての自分の関係を知りつつ、ここで俺と積極的にお喋りをしていたってことになるわけだ。


 しかし、どうしてそんなことを?

 いや……まあ確かに、桜の立場になって考えてみれば、俺という存在は見過ごせないか。


「なんか、一之瀬くんって、複数人の子と同時に付き合ってたって噂があるんだけど、それは本当?」

「……間違ってはいない」

「へえ、一之瀬くんってなかなかプレイボーイだったんだね」


 プレイボーイって。

 皮肉なのか、それとも褒めてるのか、よくわからないな。

 変な汗が出てきた。


「でも、それを私は許してたんだよね。それだけ私は一之瀬くんのことが好きだったってことかな?」

「……さあな。桜の気持ちは桜にしかわからない」

「だよね。それで、もう少しつっこんだ話するけど、私たちってセックスとかどれくらいしてたの?」

「ぶっ!?」


 いきなりなに訊いてんだ!

 思わずポーカーフェイスが崩れちゃったじゃねえか!


「そ、そんなことしてない!」

「ありゃ、そうなんだ。じゃあ、どこまでのことはしたの?」

「え、ええっと……き、キス……くらいまでのことは……」

「ふーん。私たちって、結構ピュアだったんだね」

「…………」


 なんで桜からそんな赤裸々内容を聞き出されてるんだろうか……。

 というか、俺たちのはピュアとはちょっと違うと思うぞ。


「ねえ、一之瀬くん」

「……なんだ、日影」

「これくらいはしてたってことらしいから……今、ここでキスしてみよっか」

「……は? な、なんでだよ」


 桜が俺のほうを向き、顔を近づけてきた。


 い、いきなりキスしようとか……なに言い出してるんだ、桜は。

 わけがわからない。


「ほら、おとぎ話でよくあるでしょ。お姫様は王子様のキスで失われた記憶を取り戻すって展開」

「……それ、記憶を取り戻すんじゃなくて、永遠の眠りから目覚めるってやつじゃないか?」

「そうだったっけ? まあ、どっちでもいいよ」

「どっちでもいいって……ぅん……っ!?」


 桜は俺の唇に自分の唇を重ねてきた。


 ……まだ俺は了承してないっていうのに。

 まあ、桜がいいっていうなら、俺は別にかまわな――。


「……ん……ちゅ……」

「ふぐっ……!?」

「ん………………ぷはっ。うん、記憶は戻ってないね」

「…………」


 ……舌まで入れる必要はなかったんじゃないか?


 唇を重ねるだけだと思ってたから、油断していた。

 何気に初めてのディープキスだったぞ……。


「でも……想像以上に気持ち良かった……ねえ、もう一回してもいい?」

「い、いやいやいやいや、だめだめだめだめ!」


 またやったら、なんというか……溶ける……。

 キスをしたことでか、桜の顔は赤くなってるし、そんな目で見つめ続けられたら……いろいろ我慢できなくなりそうだ。


「……というか、好きでもない奴とキスとかしていいのか、日影は?」

「一之瀬くんとはしてたんでしょ? なら問題ないよ」


 今の桜がなにを考えているのか、いまいちつかめないな。

 もともとつかみどころのない女の子だとは思っていたけど。


「それに、今の私は一之瀬くんのことが好きじゃないってわけでもないよ」

「……なに?」

「一之瀬くんと会ってるときは、体温が少し上がってる感じがするし、心臓の鼓動もちょっと早くなるもん。きっと、頭では忘れてても体は覚えてるんだろうね。好きって感情がさ」

「…………」


 そういうことを面と向かっていわれてしまうと、気恥ずかしさを感じるな。

 記憶を失っても、俺のことを好きでいてくれていたなら、それは……嬉しい。 


「体が覚えてるだなんて、ちょっとエッチだね。私の体が一之瀬くんを求めている的な?」


 ……記憶を失っても、桜は桜なんだな。

 この発言のひどさは、間違いなく彼女の特徴だ。


「というわけだから、一之瀬くんは無理して私の記憶を取り戻そうとしなくていいよ。私は今の状態でも十分元気なんだから」

「…………」

「お願いだから、危険なことはしないで、ね?」


 ……ああ、なるほど。

 この突拍子のない行動をした理由は、それか。


 桜は俺の身を本気で案じてくれているんだろう。

 記憶を失っているはずなのに、俺にそこまでしてくれるなんてな。

 嬉しくないわけがない。


 しかし、それでもやっぱり……。


「俺は、お前が好きだ。だから、その願いは聞けない」

「一之瀬くん……」


 今の桜と以前の桜では、微妙に違う。

 同一人物なのだから、似通っている部分も多く見られる。

 だが、完全に同じというわけじゃあない。


「心配するな。前から言ってるように、俺は強いんだ。大抵のことは、俺にとっては危険にもならない」

「でも――」

「それじゃ、行ってくる」

「あっ……」


 俺は桜の返事を待たず、ベンチから立ち上がってその場を去った。


 思いのほか、桜は俺を心配してくれていたようだ。

 けれど、だからといって俺は自分の決めたことを曲げたりしない。

 これは……俺のケジメでもあるからな。


「さて……そろそろか」


 LSSの準備もできている頃合いだ。

 そう思った俺は、再びアースへと赴くべく、歩く速度を速めたのだった。

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