強制パーティー
さっきは水野に変なところを見せてしまった。
男が泣くなんて、恥以外の何物でもないっていうのに……。
しかも、そのあと小学生の子に慰められるなんて……。
水野が言ってくれたことは純粋に嬉しかったわけだが、でも恥ずかしい……。
……まあ……いい。
過ぎた話だ……。
今日からは気持ちを切り替えて、地下迷宮の探索に励もう。
俺は誰にも頼ることができない立場にいる。
ギルド間では迷宮内部のマッピングデータを交換していたりするが、そういった恩恵も受けられない。
つまり、俺は自力で地下91階層から地下100階層までの道のりをマッピングしなくてはならないわけだ。
はっきり言って、これはかなり厳しい。
早くしないと、他の連中が地下100階層に到達してしまうかもしれないし、休んでいる暇はないな。
水野の一件があったから、急遽、地球に帰還する必要があった。
が、ここから先は、地下迷宮を攻略するまで絶対に帰還しない。
俺は水野のいる病棟の廊下を歩きつつ、そう心のなかで誓いを立てた。
水野と別れた俺は、その足で職員室にやってきた。
早川先生に呼び出されていたためだ。
「今後、一之瀬君が地下迷宮の探索する場合は、朝比奈さんと一緒に潜るときのみ許可する」
「……は!?」
そこで俺は、早川先生から地下迷宮へ潜るための条件をつきつけられた。
「ミ……朝比奈と一緒にって、どうして今さらそんな条件を付け足すんですか?」
俺同様、ここに呼び出された女生徒であるミナのほうを見ながら、早川先生に訊ねた。
「どうしてって、こうでも言わないと、またあなたは勝手に1人で無茶するからでしょ」
すると、早川先生の代わりにミナが答えた。
「……これはお前の提案か、ミナ?」
「そうよ。これでもかなり譲歩しているのだけど、不服?」
「…………まあな」
できれば、ミナにはもうアースに来ないでほしいと思っている。
カルアの標的にされるかもしれないからだ。
俺はもう、身近にいる奴を危険に晒したくない。
なのに、ミナはまだアースに来る気マンマンでいる。
これは……困った。
「私はアースの調査を辞めたりなんてしないわよ」
「だが、それは危険だ」
「それはあなただって同じでしょ? 私だけが危険ってわけじゃないわ」
「でも――」
「それに、危険だっていうなら、あなたが私を守ればいいじゃない。迷宮探索で四六時中一緒にいることになれば、いつでも守り放題よ?」
「…………」
そんな堂々と私を守れ発言されてもな……。
地球に居残ってくれるのが一番安全だから、そうしてほしいんだが。
「これは君を案じてのことでもある。いくら君が強くとも、1人で地下迷宮に潜るのはリスクが高すぎると、私も前々から思っていた」
「いや、でも――」
「話は以上だ。それでは2人とも、またアースで会おう」
「ちょ、先生――」
……早川先生は俺の返事を待たずに席から立ち、スタスタと職員室を去っていった。
逃げられた。
これ、もう決定事項なのか?
「……本当に、俺と一緒に来るつもりか?」
諦めきれない俺は、ミナに睨みを利かせながら、脅すような声音で訊ねた。
「ええ、そのつもりよ」
……いくら睨んでも、ミナは自分の提案を曲げるつもりはないようだった。
ミナって結構頑固だよな。
それだけ自分の意思を持っているって見方もできるから、悪いわけじゃないと思うが。
「この前はあんまり言い返せなかったけど、私はあなたのお荷物になんてならないわ」
「……だろうな」
多少言いたいこともあるものの、水野を救出するときにミナが来てくれたことは、本当に助かった。
だから、ここで彼女をお荷物認定することなんかできない。
「でも、お前はギルドの活動があるだろ。そっちはどうするんだ」
「欠席するしかないわね。場合によっては脱退するかも……あなたのようにね」
「…………」
それは……つまり……そういうことか。
「あなたが1人で行動するようになった理由は、変な敵に粘着されるようになったからってだけじゃないでしょ?」
「…………」
「裏切り者になるつもりなら、私も一枚かませなさい」
「……正気か、ミナ?」
「私はいたって正気よ。私があなたと同じ目的を持ったとしても、別に不思議じゃないでしょう?」
まあ……確かにそうだ。
この言葉は……信じられる。
俺の目的は、2つある。
1つは、カルアを斃すこと。
サクヤを痛めつけ、記憶を奪ったアイツだけは絶対に許さない。
必ず報いを受けさせてやる。
そして、もう1つの目的は……地下迷宮に閉じ込められている神々を助け……そこで得られる報酬を独占することだ。
地下迷宮の攻略し、アースの神であるクロスたちを救出すると、なんでも1つだけ願いを叶えてくれるという。
厳密に言うと、その願いはクロスたちにできることの範疇で叶うようだが、それでも奇跡と言っていいほどの報酬だ。
だから俺は……そこでサクヤの記憶の復活を望む。
神による特大級の奇跡を、それだけに費やすのだ。
もちろん、そんなことが許されるはずもない。
俺が本当にサクヤの記憶復活のために神の奇跡を消費したら、先生から大目玉をくらう程度では済まないだろう。
でも、俺はやると決めたんだ。
誰よりも早く地下迷宮を攻略して、誰よりも早く神の奇跡を受け取る。
その目的こそが、今の俺を突き動かす原動力となっている。
……そんな目的を、ミナもまた持っているというのか。
だったら、俺はどう答えればいいんだ。
「サクヤは、私の親友なのよ」
「……ああ、知ってる」
ミナはサクヤと仲が良かった。
そのことは、すぐ傍にいた俺もよく理解している。
だから、ミナがサクヤを助けようとしても、不思議ではない。
しかし、だからといって、このままミナを同行させていいものなのだろうか。
神の奇跡を俺たちの独断で使ったら、間違いなく異能管理局からなにかしらのペナルティを受けることになる。
それがどれほどのものになるかはわからない。
が、決して楽観視していい事態にはならないはずだ。
それに、開発局がどうのこうのという話以外にも、クラスメイトたちからの心象も最悪になるだろうということが懸念される。
記憶を失ったのは、サクヤだけではない。
数々の安全策が敷かれてもなお、今までで100人近くの引退者を出してしまっている。
その引退者たちの身近にいた人間だって、仲間の記憶が蘇ることを望んでいるんだ。
サクヤだけ神の奇跡で記憶が復活するだなんて、受け入れられるはずもないだろう。
そんな、いろいろな人間を敵に回しかねないようなことを、俺はしようとしているんだ。
誰かに恨まれる覚悟も、つまはじきにされる覚悟も、俺にはできている。
だが、ミナには、そういった覚悟があるのだろうか。
「言っとくけど、これは私が決めたことよ。だから、この先でどんなことが私の身に降りかかろうと、それは私の責任なの。あなたが気負う必要なんて一切ないわ」
……どうやら、ミナは今俺が考えていたことを察したようだ。
俺のポーカーフェイスもまだまだってことか。
「はぁ……わかった。もうどうにでもなれだ。勝手にしろ」
「わかってくれて嬉しいわ」
今日のところは俺の負けだ。
もはや、俺にミナを食い止めることなどできない。
「ただし、自分の身は自分で守れ。俺を頼りにするなよ」
「了解。それじゃ、早いとこアースに行きましょ」
「ああ」
こうして俺は、アースでミナと行動をともにすることになった。
「……さぶ」
ミナと一時別れた俺は……学校施設内にあるいつもの広場にやってきた。
広場にあるベンチに腰かけ、空を眺めるのも、これでもう何度目のことか。
職員室でのノリのままアースに直行しようとしたものの、行けなかった。
理由は、LSS(生命維持装置)の調整がまだだったせいだ。
まあ、これはしょうがないな。
つい数時間前まで使っていた装置だから、もう一度調整をし直さないといけない。
1時間後には、また使えるようになるという話だから、それまで待機だ。
にしても、寒いな。
日を追うごとに寒さが増している気がする。
これ、クリスマスになるころには雪でも降るんじゃないか?
それでも、時間があるときは、ついこの場所に来てしまう。
ここ最近、そういう習慣になりつつあったせいだろうか。
あるいは――。
「あ、ホントにいた。こんにちは、一之瀬くん」
「……こんにちは」
そんなことを考えていたら、最近ここでよく遭遇するようになった女生徒――日影桜が、今日も俺のもとへやってきた。