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慰める

 私、峰岸みねぎし水野みずのは、地球にある学園の医療施設に来ています。

 アースで知らない人に攫われたため、メンタルケアをしたほうがよいと言われたからです。


 体に別状はありませんし、攫われてもすぐに一之瀬さんが助けてくれたので、そこまでショックは受けてません。

 先生たちは「念のためのケアだ」、と言うのですが、ちょっと大げさすぎだと思います。

 むしろ、こんな扱われ方をすることに恥ずかしさを覚えるくらいです。


 でも、こうしたメンタルケアを受けることになって、良かったなと思うことが1つありました。

 それは、一之瀬さんが「あとでゆっくり話をしたい」と言ったことです。


 私が今ベッドに寝かされている病室は個室ですので、一之瀬さんとは久しぶりに2人っきりでお話ができます。

 アースでお会いしたときは様子が変でしたから、そのことを詳しく訊くにしても好都合です。


 ついさっきまで、ここに雷君もいました。

 ですが、このあとすぐ一之瀬さんがやってくる予定なので、早々に寮へと帰らせました。


 帰らせる必要なんて、なかったといえばなかったです。

 でも、一之瀬さんは私とゆっくり話をしたいわけですからね。

 雷君がいては、ゆっくりできません。

 だから、私の判断は間違っていないんです。

 ……ですよね?


 って、なに1人でこんなどうでもいいことに考えを巡らせているんでしょうか……。

 うん、やっぱり今の私には、メンタルケアが必要です。

 先生たちの言うことも、たまには正しいのかもしれません。


「はぁ……それにしても……綺麗な人たちだったなぁ……」


 私は病室で考えごとをする最中、ある2人の女性を思い出し、大きなため息をつきました。


 今回、アースで私を助けてくれたのは、一之瀬さんだけではありませんでした。

 私たちの通う学園で一番と言っていいほどの有名人、朝比奈あさひな水無月みなづきさんと、金髪の髪と赤い目を持った謎のアース人さん。

 あの方たちも、私を助けるために行動を起こしてくれました。


 朝比奈水無月さんが一之瀬さんとお知り合いだった、というのは、以前に雷君から教えてもらっていましたので、知ってました。

 ですが、直接お会いして、しかも、一之瀬さんと仲が良さそうにお喋りをしている姿を見ると、ちょっと衝撃を受けます。


 それに、あのアース人さんも、ある意味では朝比奈水無月さんより衝撃でした。

 私より少し年上に見えましたが、一之瀬さんに頭を撫でられたりとかしていて……。

 この衝撃は、上手く言葉にできません……。


 とにかく、2人とも、すごい美人さんでした。

 もしかしたら、一之瀬さんはあのお2人のうち、どちらかのことが好きだったりするんでしょうか?

 そうだとしても、不思議ではありません。


 ああ……それに、たまに学園の広場で出会う病棟通いの女性もいますね。

 一之瀬さんの周りには美人さんが多すぎやしないでしょうか……。


「水野、入るぞ」


 突然、一之瀬さんが病室に入ってきました。


「え……? あ、は、は、はい!」


 それに驚いた私は、つい声をうわずらせてしまいました……。


 さっきまで考えていた内容が悪かったです。

 まあ……一之瀬さんと会うときは、いつも戸惑ってばかりいるんですけどね。


「……一応、ノックはしたんだが」

「あ、す、すみません! ちょっと、考え事をしていまして!」

「考え事?」

「な、なんでもないです!」


 どんなことを考えていたのか聞かれても、一之瀬さんには話せません!

 話題を変えましょう!


「そ、それで、一之瀬さんは、私にどのようなお話があるのでしょうか?」


 ……あ。

 いきなり本題について訊くのは悪手だったかもしれません。

 ゆっくり話そうと思っていたのに、これでは話がすぐ終わってしまいます。


 どうしよう……。

 ここから、なんとかして軌道修正を図るべきでしょうか――。


「…………え?」


 と思っていたら、一之瀬さんはいきなり、私に向かって深く頭を下げてきました。

 な、なんで頭を下げているのでしょうか。


「……今日は、怖い思いをさせて……本当にごめん。この通りだ」

「え、ええっと……どうして一之瀬さんが謝るのでしょう……?」


 予想外のことすぎて、わけがわかりません。

 確かに、私は今回、怖い思いをしました。

 ですが、それは一之瀬さんによってではなく、あの知らない人……カルアという人によってです。

 一之瀬さんが謝る必要なんてないはずです。


「あの男の目的は……俺を潰すことだ。水野をさらったのも……その一環だろう」

「そ……そうなんですか……」


 一之瀬さんとカルアという方が会話をしているのを、私は聞いてました。

 だから、なんとなく、そうなんじゃないかなとは思ってました。

 でも、具体的にどういうことがあったのかは知りません。


「一之瀬さん。できれば、あのカルアって人とどのようなことがあったのか、詳しく教えていただけないでしょうか?」

「……詳しく?」

「は、はい。その……わ、私も一応、当事者となったわけですし」

「そうか……そうだな、わかった。水野には話そう」

「…………」


 ……もしかしたら、私は今、すごい失礼なことをしてしまったかもしれません。

 人の過去を詮索するような真似は、決して褒められた行為ではないはずです。


 しかし、それでも私は、一之瀬さんのことをよく知りたいと思いました。

 この人がなにに対して悩んでいるのか、少しでも理解できないものか、と思わずにはいられませんでした。


「ただ……これは他言無用で頼めるか?」

「は、はい、わかりました! 私、口は結構堅いほうだと自負しています!」


 無理に訊くのですから、これくらいは当然です。

 一之瀬さんからこう言われた以上、雷君にだって喋ったりしません!


「……昔、俺のことを好きだと言ってくれる女の子がいたんだ」

「へ? お、女の子……ですか?」

「まあ、昔といっても、地球の時間軸で見れば精々半年前なんだが」

「は、はぁ……」


 な、なぜ女性の話が出てきたのでしょうか。

 しかも、その人は一之瀬さんのことを好き……。


 ――まさか、朝比奈水無月さんでしょうか?

 いや、よく考えると違いますね。

 一之瀬さんは過去形で語っているのですから、その人は……。


「……『引退』、してしまったんですか?」


 私たち地球人プレイヤーがアースで死ぬことを、濁した言い方で『引退』と言うそうです。

 幸い、私の周りで引退になった人はいませんが、高校生の方なら、そういったことになった人を見る経験も豊富なのかもしれません。


「いや、引退はしてない。半分引退しているようなものだが」

「? 半分……ですか?」


 よくわからない表現です。

 つまり、どういうことなのでしょうか?


「半引退状態になったその女の子……サクヤは、常に俺の傍にいたがる変な奴だった」

「でも、今はそうじゃない……んですよね?」

「……ああ」


 一之瀬さんはそこで、来客用のパイプ椅子に腰かけ、膝の上で両こぶしをギュっと握りしめ始めました。 

 そのこぶしはかなり強く握りしめていて、手のひらから血が滲んでしまうのではと心配になります。


「サクヤは……水野をさらったあの男……カルアに殺されたんだ……」

「こ、殺された……ですか……?」

「そうだ……それも……何度もだ!」


 一之瀬さんにとって、それはとても耐えがたいことだったようです。


 無理もありません。

 私だって、身近の人がそんな目に遭わされたらと思うと、ゾッとします。


 HPがセロになっても、制限時間内に蘇生魔法をかければ、私たち地球人プレイヤーは復活します。

 ですが、アースでの死は、限りなく地球の死に近いものです。


 私はHPがゼロになったことがありませんが、経験者の話によると、その状態に陥ると意識がだんだん薄れていくのだそうです。

 それはまるで、自分が死に近づいているようで、本能的な恐怖を抱くらしいです。

 こうした状態を何度も起こされるというのは、経験したくない感覚だと私は思いました。


「あの男は……俺の傍にいたからという、それだけの理由でサクヤをさらった。そして……サクヤが命乞いをしなかったという、それだけの理由で……俺が駆けつけるまでの間に何度も彼女を死に至らしめたんだ」

「…………」


 サクヤさんは、私と同じようにさらわれて……ひどい目に遭ったようです。

 つまり、私も似たような目に遭っていてもおかしくなかったんですね。

 だから、一之瀬さんは私に謝罪したのでしょう。


 それにしても、そのカルアという人は、なにがしたいのでしょうか。

 一之瀬さんになにか恨みでもあるのでしょうか。

 あまりに理不尽な仕打ちです。


 こんなことをされたら、一之瀬さんはアースで誰とも一緒にいられなくなるじゃないですか。

 サクヤさんに対する仕打ちも許しがたいですが、私は、一之瀬さんに孤独を強いたことについても腹が立ちます。


「……水野は……アースで死ぬと記憶の一部が欠落するという説明は……受けているな?」


 と、私が心のなかで怒りを沸き立たせているのに気づかない様子で、一之瀬さんは呟くように、そんな問いをしてきました。


「は、はい。今いる学校で最初の頃に教えられました」

「それじゃあ……死に近い状態を短時間のうちに何度も経験し続けることでも、稀に記憶の欠落が起きることは知っているか?」

「い、いえ……そこまでは……」

「だろうな……これはレアなケースみたいだから、知らなくても当然だ」


 そうだったんですか……。

 だとすると、死んで生き返るを繰り返すような戦法を行っている人は、かなり危険ですね。

 そんな戦法は学校でも禁止されていますが、こういった理由が裏に潜んでいたのかもしれません。


「サクヤはその稀な症状を見せた地球人プレイヤーだ。しかも、彼女は所有する異能アビリティが常時発動するタイプだったせいもあってか、異能を手に入れてからの記憶のほぼすべてを失った」

「ほぼすべて……」

「アースと異能に関すること以外での知識は残っているが……俺や仲間たちのことについては……なにも覚えてなかった」


 それは……想像するだけでも恐ろしいです。

 私たちが今いる学校は、異能者アビリティストを集めた施設です。

 当然、そこで出会った友人たちは、異能を得てから知りあうことになります。

 ということは、アースで死んで記憶の欠落が発生すると、ほぼ間違いなく、その友人たちの記憶を失うことになるのでしょう。


「俺は……サクヤを助けられなかった……記憶を失ったあいつを見て……泣くことしかできなかった……」

「…………」


 自分を好きだと言ってくれていた女性。

 その人に一之瀬さんがどのような返事をしていたのか、私にはわかりません。

 ですが、サクヤさんは一之瀬さんにとって、とても大事な人だったのでしょう。

 今の一之瀬さんを見れば、それくらいはわかります。


「もしかして、時々、学園の広場でお会いしていた女性が……サクヤさんだったんですか……?」

「そうだ。彼女が……サクヤだ」


 ……だから一之瀬さんはあの女生と会うと泣きそうな顔をしたりしていたんですね。

 謎が解けました。


「……話はこれで終わりだ。これで、どうして俺が水野たちを遠ざけようとしたのか、わかってもらえただろう?」

「はい……」


 一之瀬さんは、私たちがサクヤさんのような目に遭わないようにするために、アースであんなことを言ったんですね。

 今の話を聞いて、やっと納得できました。


「俺は……人を守りきる自信がない……だから……俺とはもう……かかわらないでくれ……」

「…………」


 そして、一之瀬さんがなにに対して怯えているかについても、なんとなくではありますが、私にもわかりました。


「一之瀬さんは……サクヤさんを守れなかったことを悔やんでいるんですね?」

「…………そうだ」


 一之瀬さんは小さく首を縦に振ると、そのまま顔を俯かせました。

 なので、私は一之瀬さんの傍に寄り、自分の思ったことを口にすることにしました。


「私は一之瀬さんに助けていただけました」

「……あれは、ミナたちの助けがあってこそだ」

「そうかもしれませんが、一之瀬さんは、私の救助を第一に考えて行動してくれましたよね?」

「…………」

「私を守ってくれて、ありがとうございました、一之瀬さん」

「…………っ!」


 私は、俯いた一之瀬さんの頭を引き寄せ、両腕でそっと抱きしめました。


 一之瀬さんはそんな私の行動に驚いたようです。

 けれど、振りほどこうとはせず、そのまま小さく嗚咽を漏らし始めました。


 この人は、とても強いですが、それと同時にとても弱くもあるのだと思います。

 少なくとも、今の一之瀬さんはとても弱いです。


 ですが、弱い部分がある一之瀬さんもまた一之瀬さんです。

 そして、私はそんな弱い一之瀬さんを支えられたら、と思わずにはいられませんでした。


「俺は……俺は……」

「一之瀬さんに守られたから、私は無事だったんです。それだけは覚えておいてくださいね」

「う……ぅ……」


 胸のあたりから、泣き声を押し殺すような声が聞こえてきます。

 私が年下だからといって、我慢することなんてないのに。

 でもまあ、そういったところもまた……って、なに考えてんでしょうね、私は。


 そんなことを考えつつも、私は一之瀬さんの頭を優しく抱き続けました。

 この行為で、少しでも一之瀬さんの心が癒せることを祈って。

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