乱入
「ミナ!」
突然ミナが現れ、俺は驚いた。
ここへは来るんじゃないって、あれほど言ったのに。
なのに、どうして来たんだ!
「お喋りは後! 今は目の前にいる敵に集中しなさい!」
「う……」
……確かに、ミナの言う通りだ。
俺がここで怒っても、事態はなにも変わらない。
そういったことは全部後回しにしよう。
「……チッ!」
どうやら、カルアにとっても、ミナの登場は不測の事態だったようだ。
しかし、それでも弓矢の先をアクアではなくミナに素早く移した。
ミナを狙う気か。
そうはさせない!
「ぐぅッ!?」
俺はミナとカルアの間に移動した。
そして、カルアの放った矢を大盾で防いだ。
「シン!」
「だ、大丈夫だ!」
さすがは神器……てとこか。
矢を受けた衝撃で、右腕の骨が1本折れた。
腕に激痛が走る。
が、『エクスヒール』を自分に放つと、それもすぐに治った。
しかし、こんなものを何度も受けていたら、じり貧になっていたかもしれない。
「ハッ!」
腕の治療をしていた俺の横を通り過ぎ、ミナは勢いよく跳躍した。
ミナの異能は『重力制御』。
カルアがいる2階までの高さなら、ジャンプで問題なく届く。
まさか、ミナはカルアに直接戦いを挑むつもりか。
「くらいなさい! 流星双刃!」
案の定、ミナはジャンプしたときの勢いを維持したままカルアのところへと突っ込み、主要兵装である2本の大剣を交差するように振り下ろした。
「グッ……! 舐めてんじゃねえぞ! 女ァ!」
カルアは2本目の矢を放つ動作を中断し、弓を前に出してミナの攻撃をガードした。
これもまた、さすがは神器、ということか。
ミナの破壊力抜群な攻撃をモロに受けたというのに、弓は壊れる様子を見せない。
しかし、パワーはミナのほうが勝っているようだ。
攻撃を受けたカルアはたたらを踏みつつ、後方へと下がった。
「……チッ。センサーが起動してないとか……どうなってんだか」
「センサー? この建物の周りに張り巡らせてあったトラップの類は、私たちの仲間が全部解除したわよ」
「あっそ……余計なマネしやがって」
カルアは俺以外の人間が邪魔をしに来る可能性を想定して、あらかじめトラップを用意していたみたいだな。
だから、ミナの登場に困惑しているのだろう。
解除したのはクレールか。
外で見張りをしていた彼女に、ミナが会っていないわけがない。
「はぁ……せっかくの舞台が台無しだ。こっちは正々堂々1人で来たっていうのに……」
ミナの乱入を受け、カルアはわざとらしくため息をついた。
人質を取るなんて卑怯なことをしていたくせに、正々堂々ときたか。
相変わらず頭にくる奴だ。
「……で、俺に殺される覚悟はできてるのか? お前」
カルアは冷たい声でミナに問いかけ始めた。
前から思っていたが、気分の浮き沈みが激しいな、こいつ。
楽しそうにしていたさっきまでと、態度が全然違う。
「トウマが気に入ってるみたいだから、俺も手心を加えてやってたけど、《ビルドエラー》にこれ以上肩入れするつもりなら、お前も潰すぞ」
「潰せるもんなら潰してみなさい! 私は、なにがあってもシンの味方よ!」
「お、おい! ちょっと待て! ミナ!」
ここでカルアに狙われるようなことをミナに言わせるべきではない。
俺が1人で行動しようと思った理由の半分は、この男が執拗に俺を狙ってきていたからだ。
「なにか文句でもあるの、シン?」
「俺はお前に助けられるつもりなんてない! さっさとここから出ていけ!」
「いい加減くだらない意地張るのやめなさいよ! 馬鹿! 今はその子を助けるのが最優先でしょ!」
「う……」
……痛いところをつかれた。
確かに、ミナの言う通りだ。
言い争うのも、アクアの無事を確保してからにしよう。
「さあ、いくわよ、サクヤの仇!」
ミナは俺から視線を外し、カルアのほうを向いて怒鳴り声をあげた。
……ああ。
俺以外にも、サクヤの仇を討とうとする奴がいたのか。
よく考えれば、ミナはサクヤと仲が良かったんだから、彼女が怒るのも当然だった。
なのに、今さらこんなことを思うなんて。
視野が狭くなり過ぎていたのかもしれないな。
「盛り上がってるとこ悪いんだけど、そろそろ俺は退散するわ。今日はもう、あまり遊べそうもないからな」
と思っていたら、カルアはやる気なさげな様子で、地面になにかを叩きつけた。
「また遊ぼうぜ、《ビルドエラー》」
その瞬間、『ガシャン』というガラス製品が砕けたときのような音とともに、まばゆい光が辺り一面に広がった。
目くらまし用のマジックアイテムか!
「うっ!?」
突然の強烈な光に目がくらみ、俺はとっさに目を閉じた。
そして、光が収まったころに目を開けるも、そこにカルアの姿はなかった。
「……逃げられたか」
相変わらず、逃げ足のほうも無駄に速い。
一応、外でクレールが見張っているが、あまり過度な期待はしないほうがいいだろう。
「深追いはしちゃ駄目よ、シン」
「ああ、わかってる」
ここでアイツを仕留めることができればベストだった。
が、今回優先すべきことは、それじゃない。
「アクア……無事か?」
「え、あ、は、はい! 全然無事です! 元気ハツラツです!」
「そうか……よかった……」
連れ攫われたアクアが無事だった。
俺はそれを確認し、安堵の息をついた。
「じゃあ、私たちも早いとこ帰りましょ。外でクレールさんが待ってるわよ」
そして、ミナはアクアの拘束を剣で慎重に壊し始めた。
…………。
「なあ、ミナ」
「? どうかした?」
「お前、なんでここに来たんだ? 俺は1人で行くって、さっき言っただろ?」
ミナが助けに来てくれて、本当に助かった。
でも、それとこれとは話が別だ。
しかも、ミナはカルアに対して挑発するような発言までやらかした。
これじゃあ、俺がミナたちを遠ざけた意味が薄れる。
「私は別に、あなたが1人で敵のアジトに乗り込むことを認めたわけじゃないわよ。私はただ、『クレールさんは連れて行きなさい』って言っただけなんだから」
「…………」
そんなのヘリクツだろ……。
どうもミナは、人の言うことを聞かないところがある。
初めて出会った頃、MPKに遭遇したときも、俺の指示を無視して助けに来てたし、今回も然りだ。
困っている人を見過ごせない性格なんだろう。
「はぁ…………詳しい話はあとでするぞ」
「あら、そう? 最近のあなたなら、ロクな説明もせずに逃げちゃうのに」
「……少し事情が変わったからな」
ミナを好き勝手行動させておくわけにはいかなくなった。
多分、カルアはミナも標的として認識しただろうからな。
「さあ、帰るぞ。ついてこい、アクア、ミナ」
「は、はい!」
「ええ、帰りましょ。私たちの居場所に」
拘束から解放されたアクアと、微笑を浮かべるミナが、歩く俺の後ろについてきた。
こうして、俺とミナ、それにクレールの3人は、アクアを救出することに成功した。
カルアについては、あらかじめ逃走経路として地下通路が掘られていたようで、クレールの見張りをもってしても逃げられてしまった。
クレールと合流した際、このことを知ったわけではあるが、俺はあまり驚かなかった。
相変わらず用意周到な男だ、という感想だ。
忌々しいほどに、と付け足してもいい。
とはいえ、アクアに目立った被害がなくて、本当によかった。
これについてだけは、俺もホッとしている。
しかし、俺の心は、いまだ晴れない。
「…………」
俺は、大使館へと続く街道をみんなと歩きながら、アクアやミナにこれからどう接するべきか、悩み続けたのだった。