ゲーム
俺の視界にあの男――カルアが映った。
その瞬間、俺の心は怒りの感情に満たされた。
「お前! よく俺の前に姿を現せたな!」
カルアと初めて会ったのは、決闘大会のときだった。
それ以来、こいつは度々、俺たちに妨害活動を仕掛けてきた。
過激派組織、《異能機関》。
こいつは、その集団に所属する連中のなかでも、特に許せない。
なぜなら――。
「へえ、ずいぶんカッカきてんじゃん。なにか嫌なことでもあったか?」
「ああ……主にお前のせいでな!」
俺はカルアと話をしつつ、周囲の状況を確認する。
アクアは無事のようだ。
手足が縛られていて、身動きが取れそうにないが、命に別状はない。
「し、シンさん……」
……しかし、かなり怯えた様子だ。
こんなことに巻き込んでしまったことを、後で謝らないとだな。
けれど、それは、あの男をどうにかしてからだ。
「降りてこい! カルア! 正々堂々、俺と決闘しろ!」
どうやら、このホールには2階へ上がる手段がないようだ。
階段らしきものはあるのだが、それは壊されていて、使えそうもない。
カルアが事前に手を加えたのだろう。
「嫌だよ。俺はお前と戦う気なんてさらさらない」
相変わらず、人をおちょくるのが好きみたいだ。
だが、どのようなことを言われても、ここで冷静さを失わせてはならない。
「……そういやあ、前にもこんなシチュエーションがあったっけ?」
「…………ッ!」
こいつは……わざとこんなことをしているのだろう。
全部、俺を怒らせるためだけに。
「お前は……俺になにか恨みでもあるのか?」
「恨み?」
「そうだ……恨みだ」
この男は、いちいち俺の神経を逆なでしにかかる。
それは、普通の組織体組織における敵対関係とは、少し違うように思えた。
「恨みなんてないぞ。まあ、気に入らないとは思ってるけどな」
「だったら……どうして俺の周りばかりをつけ狙う! 答えろ! カルア!」
「特に理由なんてないが? 強いて言うなら、俺の暇つぶしにちょうど良かったからだ」
「暇つぶし……だと……?」
「そうさ。これは暇つぶし……いわば”ゲーム”だよ。お前も好きだろ?」
「…………」
……そうかよ。
ということは、俺は今まで、お前の暇つぶしで右往左往させられ続けたってわけか。
なるほど。
だったら……俺も容赦しない。
「――ぶっ殺してやる!!!!!」
俺は、本気の殺意をカルアに向けた。
殺してやりたいと感じるほど、人を憎んだことはなかった。
人をここまで憎んだことなど、俺の人生にはなかった。
だが、今の俺を動かしている原動力は、そんな負の衝動に違いなかった。
「おー、怖い怖い。でも、どうやって俺を殺すつもりだ? 念のため、2階へ上がる階段は全部潰させてもらったぞ?」
「ぐ……ッ!」
確かに、この状況ではカルアのいる2階に上がれない。
AGIが高い奴なら、ジャンプで2階まで飛ぶこともできるだろうけど、あいにく、俺にはそんな芸当などできない。
どうする。
いっそのこと、この前やったように、高威力の爆弾で建物ごと壊すか?
アクアにありったけのバフをかけて、さらにオートリザレクションをかけたうえで俺が盾になれば……。
……ダメだ。
この手段は、アクアに危害を加えることになる。
それだけは……しちゃいけない。
そもそもだ。
こんなことをする余裕を、カルアが与えてくれるはずがない。
俺が奇妙な行動を起こせば、あの男もなにかしらのアクションを取ってくるだろう。
落ち着け、俺。
今優先してやるべきことは、アクアの救出だ。
これだけは決して間違えるな。
「……おい。カルア」
「なんだよ」
「俺はもう、1人でここに来たんだから、あの子は解放しろ」
1拍置いて、若干冷静になった俺は、アクアの解放をカルアに提案した。
彼女の人質としての価値は、ノコノコと俺がここに来た時点で、なくなっている。
だから、もう彼女は逃がしてやってもいいはずだ。
「そうはいかない。こいつは、いわば贄だ。《ビルドエラー》に関わった人間がどうなるのかっていう、な」
……どうやら、この男はとことん俺が気に入らないらしい。
こうしてわざわざ釘を刺すようなことをしているんだから、筋金入りだ。
――いや、もしかしたら、感情的な面でこんなことをしているのではないのかもしれない。
異能機関は、どういうわけか、地下迷宮の攻略を妨害するようなことばかりしてくる。
そして、現在、地下迷宮を攻略している地球人のなかで、俺は最もレベルが高い。
俺を潰すことだけでも、地下迷宮攻略の妨害としては十分に効果がある。
というより、こいつらは俺1人でも地下100階層まで攻略しかねない、と思っている可能性すらある。
実際、俺は地下20階層、地下80階層、地下90階層のレイドボスを1人で撃破したからな。
脅威として見られるのも当然だ。
さらに言えば、PK行為自体、こいつらにとっては利益があるのだろう。
アースへ来るのが危険だという風潮になったら、まともな地球人はログインしにくくなる。
そうなったら、こいつらはアースで好き放題に動けるようになる。
まあ、今の時点でもう十分好き放題やっていると言えるわけだが。
なんにせよだ。
ここでアクアを危険に晒すことは、絶対に許さない。
カルアがなにをしてこようとも、俺が彼女を守り通す。
「まあ、サードが捕まったっていうし? あいつと人質交換ってことにしてやってもいいけど?」
俺がそう覚悟を決めていると、カルアは唐突に自分の仲間であるサードの名を口にした。
「……時間の猶予はくれるのか?」
「やるわけないじゃん」
「……じゃあ却下だな」
ふざけたことを言いやがる……。
人質交換なら、最初からそう言えって話だ。
サードをここに連れてきていない以上、その条件は飲めるはずもない。
「そっかー、あー残念だなー。俺、あいつとは大の仲良しだったのになー」
「…………」
多分、こいつはもう、自分な仲間であるはずのサードを見捨てているんだろう。
だから、こんな冗談を飛ばしてくるんだ。
「まあいいや。今は人質交換なんてするより、もっと面白い”ゲーム”ができるんだからな」
「……ゲーム?」
「ああ、そうさ。ゲームだ」
俺が警戒しているなか、カルアはそう言って、アイテムボックスから弓矢を取り出した。
「今回は、あのときとは違う。お前には最初から、そこでじっくりと見学させてやる」
あいつが手に持っている弓は……『アルテミス』か。
厄介なものを取り出してきたな。
嫌な予感しかしない。
「お前からは、俺を攻撃することができない。でも、俺からはお前たちをこの弓で攻撃できる。これがどういうことか、わかるか?」
「…………」
……わかりたくもないな。
だが、現実逃避するわけにもいかない。
あの男が俺をここに誘き寄せた時点で、なにかしらのいやらしい手を使ってくることはわかってたんだ。
「そいつは……アクア……だっけか? 今から俺は、この弓でアクアを撃つ。だから――せいぜい上手く庇ってやれよ?」
「シンさん……」
つまり、アクアに向けてカルアが放った矢を、俺が弾き続けなければいけない……ってことか。
アクアの拘束は金属製のもので、かなり頑丈そうだ。
俺では、壊すのにも時間がかかる。
カルアのいる2階に行こうにも、階段が壊されているせいで、時間がかかる。
どうあっても、あいつの言う”ゲーム”を打破する術が、俺にはない。
「威力は少しずつ強くしていく。どこまでお前が耐えられるか、楽しみだ」
こいつ……遊んでやがる。
俺たちが右往左往するのを、安全な場所から眺めるつもりか。
しかも、この状況は、まるであのときを再現しているかのよう――。
「おいおい、そう睨むなよ――サクヤって奴のときより、多少は救いのあるシチュエーションだろ?」
「!!!!!」
………………ああ。
確かに、そうかもしれないな……。
サクヤのときよりは……まだマシな状況だ。
だから……この男は……………………俺が必ず斃す!!!!!
「ほら、一発目、いくぞ」
「ッ!」
カルアが弓矢を構えた。
その瞬間、俺はアクアを庇うようにして、彼女の前に立った。
――悔しい。
カルアの望む展開になっていることが悔しい。
今はこんなことしかできない自分に腹が立つ。
だが、それでも、俺は今の自分ができることを放棄したりなんてしない!
怒りに呑まれるな!
殺意に身を委ねるな!
俺の後ろには守らなければいけない子がいるということを忘れるな!
「シンさん! わ、私のことはいいです! 庇う必要なんてありません!」
背後から、アクアの声が聞こえてくる。
しかし、俺はそれを無視した。
……大丈夫さ。
カルアの持つ矢の数にも、限度がある。
その限度がくるまでアクアを守りきれば、このゲームは俺の勝ちだ!
「さあ、ゲームスタート――」
「シン!」
「!」
カルアが矢を放とうとしたその瞬間、ある女性の声と、こちらに駆けつけてくるような音が聞こえてきた。
この声は……。
「ミナ!」
俺とカルアが対峙するなか――ミナが乱入してきた。