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誘拐

書籍版『ビルドエラーの盾僧侶』第3巻発売記念、土日連続更新。

「攫われたって……いったいどういうことなんだ! ライ!」


 ライの話を聞き、俺は怒鳴り声をあげた。


 アクアが攫われた。

 しかも、俺と別れた直後に。

 それじゃあ、まるで……。


「お、俺も……なにがなんだか、わけわかんねえよ……」

「……っ…………攫ったのは、どんな奴だった?」


 一瞬、また怒鳴りちらしそうになったが、俺はそれをグッと堪える。

 そして、ライからできる限りの情報を引き出すべく訊ねた。


「顔は……仮面みたいなのを付けてて、わかんなかった……でも、男だっていうのはわかった。あと……腰に短剣を2本差してたから、盗賊職か弓兵職だと思う」

「……背格好は……俺と同じくらいか?」

「え? ああ、うん、確か、そうだった」

「そうか」


 これで、アイツによる犯行である可能性が高くなったな。

 まだ確定ではないが、こんなことをしでかす奴が何人もいるとは思えない。


「その男は、なにか他に言わなかったか?」


 もし、アイツの犯行だったなら、まず間違いなく俺を挑発している。

 だから、なにかしらの伝言をライに渡していても、おかしくはない。


「……そうだ……あの男、『コイツを返してほしかったら、《ビルドエラー》をこの場所に連れてこい。もちろん、1人で来させろ』って言って……こんな紙を置いてったんだ」


 ライはそう言うと、ポケットから1枚の紙切れを取り出し、俺に差し出してきた。

 予想通り、アイツはライに伝言を残していたようだな。


 紙には始まりの町の地図が描かれていた。

 地図には赤い印がつけられているから、ここに来いっていうことなのだろう。


 こんなものを用意していたということは……俺は朝から見張られてたのだろうか。

 クソッ……俺がそれに気づいていれば、アクアが巻き添えにならずに済んだっていうのに……。


「な、なあ、兄ちゃん……」

「どうした、ライ」

「兄ちゃんは……あの男と知り合いなのか……?」

「……多分、そうだろうな」


 直接会ってみないことには断定できないが、まず間違いなくアイツだ。


「だから……アクアは、とばっちりを受けたんだろうな」

「……そっか」


 俺が包み隠さず答えると、ライは顔を俯かせて黙り込んだ。


 ライやアクアからしてみれば、とんだ災難だろう。

 なにも悪いことなんてしてないのに、俺と関わったばかりに、こんな目に遭っているんだから。


 やはり、俺は誰かと接点を持つべきじゃなかった。

 こういうことが起きるのが嫌だから、クレール以外の奴を遠ざけていたっていうのに……。


「シン、言っても聞かないでしょうけど、これはあなたのせいじゃないわ」

「…………」


 ミナが慰めの言葉をかけてくる。

 しかし、彼女の言う通り、そんな言葉をかけられても受け入れられない。


 これは、俺のせいで起こった事態だ。

 ちょっとくらいならいいだろうと、この程度なら問題ないだろうと、そうタカをくくった結果がこれなんだ。


 ……今はこんなことを考えている場合じゃないか。

 早くアクアを助けに行こう。


「ミナ。お前はライを大使館に連れていってくれ」

「え……? そ、それはいいけど……シンはどうするつもりなの?」

「……俺は、アクアを助けに行く」

「それって、1人で敵陣に乗り込むってこと? だったら、私は認めないわよ。私も一緒に行くわ」

「……ライを安全な場所に連れて行くのも、重要なことだ。それに、何人も引き連れていったら、敵に逃げられるかもしれない」

「この子を大使館で引き渡してから、2人で行きましょう。敵もさすがに、2人程度の人数で怖気づいたりはしないでしょ?」

「…………」


 ミナはどうしても俺と一緒に行くつもりのようだ。

 が、それを認めるわけにはいかない。


「前にも言っただろ。お前は足手まといだ。俺の邪魔をしたいのか」

「あなたの邪魔になるような私じゃないわよ。甘く見ないでもらいたいわね」


 ……なんだ?

 今日はやけに強気だな。

 この間は、足手まといと言えばすぐ引き下がったっていうのに。

 俺が敵のところに1人で向かおうとしているからか?


 しかも、甘く見るな、とまで言うとはな。

 確かに、今のミナは、地球人プレイヤーのなかでも上位の強さを持っている。

 俺と同じく『100越え』を果たしたことについては、素直に称賛できる。


 だが……。


「お前こそ……俺たちの戦いを甘く見るなよ、ミナ」


 俺は低い声で、そう呟いた。


 モンスターを狩るだとか、ルールに元づいて決闘をするのとは次元がまったく違う。

 これから行われるのは、人と人が、あらゆる手段を用いて争う、殺し合いだ。

 そんなところに、ミナを連れて行く気にはなれない。


「……人を傷つける覚悟くらい、私も持ってるわ。あなただけが変わったわけじゃないのよ、シン」

「…………」


 ミナは強い意志の籠った眼差しを向けてきた。


 ……俺だけが変わったわけじゃない、か。

 それは、そうなのかもしれないな。


 最近、アースと地球を行き来する俺たちと、それ以外の生徒では、”纏っている空気が違う”と言われることが多くなってきた。

 いわく、俺たちは日本人らしからぬ目をしているのだとか。


 まあ、そんな評価を受けるのも、しょうがないと言えるだろう。

 俺たちは、殺伐としたこの異世界に長居しすぎた。

 凶悪な生物と戦い続け、血を見ることにも慣れた俺たちが、地球で普通に暮らしている日本人と変わらない空気を纏っているだなんてことは、あるわけがなかった。


 もう、俺たちの価値観は、地球の物と乖離している。

 アースで死んで、記憶を綺麗さっぱりうしなえば、その限りではないかもしれないけどな。


「……それでもだ。俺はお前と一緒に戦う気なんてない」

「シン……」


 ミナも、人と戦う心構えくらい持っているのだろう。

 しかし、ミナが俺ほどには強くない以上、共闘はしない。


「そもそも、アイツは俺1人で来るよう指定してきたんだ。ここでミナをつれて行く選択肢なんて、最初からない」


 俺はそう言い、ミナに拒絶の姿勢を続けた。


「……なら、クレールさんだけでも連れて行きなさい。あなた1人だけで行くっていうのだけはナシにして」


 すると、ミナは妥協案を提示してきた。


 クレールに頼れってことか。

 本当は1人で乗り込む気だったが、彼女を連れて行くくらいなら、してもいい。

 彼女なら姿を隠す術も持っているし、ミナがついてくるのと比べれば、ずっと安全だ。


「わかった。それじゃあ、俺は一旦クレールと合流する。ミナはライを頼む」

「ええ……無茶だけはしないでね、シン」

「……善処はする」


 無茶をしないなんて保証はできない。

 だが、俺も死ににいくわけじゃあない。


「ライも、この件に関しては俺を信じて待っててくれないか?」


 ミナとの話が一息ついたので、俺はライのほうを向いた。


「ほ、本当に、水野は無事に帰ってくるよな……?」

「ああ、約束する。俺に任せてくれ」


 アクアを助ける。

 今回はそれが最優先だ。


「……わかったよ。本当は俺が助けに行きたいけど……水野のこと……兄ちゃんに任せる……」 


 ライは、自分が一緒に行くのでは俺たちの迷惑になる、と考えているのだろう。

 初めて会ったときは増長していたが、今は自身の力量を十分理解しているはずだからな。


「……俺は、もう、誰も失わさせない」


 こうして俺は、ミナとライに背を向け、クレールと合流するべく墓地へと走っていった。





 その後、クレールと合流した俺は、紙に書かれた地図の目的地へとやってきた。


 目的地は、始まりの町『ミレイユ』の中心部にある貴族邸。

 以前、俺が襲撃した敵のアジトよりも大きな建物だった。


 ふざけやがって。

 『ミレイユ』の内部にこんな大きな敵のアジトがあっただなんて、腹が煮えくり渡りそうだ。

 『ミミック』にあった洋館を見たときの比じゃない。


 しかも、今はこの場所にアイツがいる。

 いつ俺がブチ切れても、おかしくない状況だ。


 そんな心境のまま、俺は1人で建物のなかを歩いていった。

 

 ちなみに、今回も、クレールには建物の外で見張りをさせている。

 ただ、アクア……地球人プレイヤーの少女を見かけたら、問答無用で保護するよう伝えてある。

 クレールも俺と一緒に建物のなかへ乗り込む、という案も考えたが、俺1人で来いということだから、念のためだ。


 にしても、俺1人で、か。

 とうとうアイツも、俺と決着をつけようとしているってことだろうか。

 わからない。


 俺はそう考えながら、周囲を警戒しながら通路を進んでいった。

 どうやら、この先に開けた空間があるみたいだ。


「…………!」


 目を凝らすと、その空間の中心に……十字架のような装飾品に手足を拘束されたアクアがいるのを発見した。


「アクア!」


 瞬間、俺は彼女のもとへと走りだした。

 すると、ホールのようなところにたどり着いた。



「よう、《ビルドエラー》。久しぶりだな」



 そして俺は、そのホールから見ることができる2階にいた、ある男の姿を目視した。


「また懲りずに地下迷宮の攻略を進めてるそうじゃん。俺があんだけ警告してやったってのにさ」


 男は、俺に向かってそう言い放ち、ニヤリと笑みを浮かべる。



「カルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!」



 ――俺の怒りが爆発した。

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