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盾僧侶(タンクヒーラー)の役割

 レイドボス、キングゴブリンが姿を現した瞬間、俺達の殆どが絶望といった表情を顔に貼り付けた。


「そんな……じゃあやっぱりここがボスの部屋……?」

「通路が崩れるなんて……これじゃ逃げることもできないじゃないか……」

「なんだよ……あんなトラップありかよ! あんなの引っかかって当然だろ!」


 氷室のパーティーメンバーが俺達の置かれた状況を理解して驚愕の声を上げている。


 俺もその言葉には同意だ。

 ここがボス部屋かもしれないという事は薄々感じていたが、退路を潰される可能性はあまり深く考えていなかった。


 そしてなによりあの子供の姿をした何かを使ったトラップ。

 目の前で子供がゴブリンに殺されそうになっているという状況で、それを見たプレイヤーの良心を揺さぶって部屋の中に飛び込ませるという最悪の罠。

 これは流石に想像の範疇を超えていた。

 いくらなんでも初見殺しすぎる。


 NPCなどいないこの世界でやられたという事が更にこの理不尽さを際立たせると言っていい。

 通路にいた時、咄嗟の判断で子供達を見捨てることができなければ確実に罠に嵌まる。

 こんなのどうやって回避すればいいというんだ。


「くそっ……」


 俺はこの状況に舌打ちをしたくなった。


 退路は塞がれて目の前にはレイドボスがいる。

 また、それに対抗する俺達はたった10人な上に大した準備もしていない。


 通常、レイドボスはそれなりに時間をかけて対策を練り、潤沢な回復アイテムとボスに合わせた装備を揃え、尚且つフルメンバーで挑むものだ。

 ゲームによっては何度も挑戦して死に覚えをする必要があったりもする。

 こんな突発的に戦って勝てるような甘いボスではない。


 つまり今の俺達は敗色濃厚。

 このまま普通に戦えば全滅の可能性も十分ある。


 だからこそ俺はどうするべきか、この一瞬で悩んでいた。



 異能が使えるこの異世界で、俺は全力を――異能を最大限に使用するべきか否かを悩んでいた。



「…………」


 しかしここで使うわけにはいかない。

 この場には俺以外にも多くのプレイヤーがいる。

 使えば最後、俺という存在がこいつらにどう映って見えるだろうか。


 想像したくもなかった。


 俺はもうあんな過ち・・・・・を犯さない。


 だから俺は叫ぶ。

 ここで全員が生き残る道を模索するために。


「おい! 楽しんでるか! ゲーマー共!」


 俺は叫んだ。

 後ろにいるプレイヤー達に対し、俺は力の限りを振り絞って問うた。


「しけたツラをしてんじゃねえ! 負けそうだからってなんだ! 勝てそうにないからってなんだ! そんなツラしながらゲームなんかしてんじゃねえ!」


 目の前に立ち塞がるはボスモンスターの中のボスモンスター。

 パーティー級ではなくレイド級のボスモンスター。


 たった10人では勝ち目など薄いに決まっている。

 もしかしたら俺達はあのレイドボスに蹂躙されるだけかもしれない。


 しかし俺は叫び続ける。

 目の前の敵に負けないように。

 己自身に負けないように。


「ああそうさ! 今俺達はヤバイ状況に追い込まれている! 負けそうな戦いを前にして挫けそうになっている! でも! でもなあ! 負けそうになった時こそ俺達ゲーマーの真価が問われるんだろうが! 負けそうだって思っても投げ出さず、目の前の敵をぶっ倒したいって思えるかどうかが俺達ヘビーゲーマーとライトゲーマーの違いだろうが! 俺達は目の前の敵をぶっ倒すために24時間ゲームしてんだろうが!」


 俺達がずっと戦い続けている理由、それは目の前の敵を倒すのが楽しいからだ。


 MMOにおける楽しみ方といえば大別すると戦闘か生産のどちらかになる。

 その2つの中でも戦闘を選んだ俺達は負けそうだからという理由で早々に戦うのを諦めるなんて事はしない。

 負けるにしても全力で戦うし、その戦闘から何かを見つけ出そうと躍起になる。

 勝てなかったらゲームバランスが悪いクソゲーと評して辞める奴らとは違う。

 敵を倒す難易度が高いほど俺達のハートは燃え上がるのだ。


「この絶望的状況を切り抜けて! 目の前にいる敵をぶっ倒せたら! それはもう最高に楽しい瞬間が待ってると思わねえか!」


 そしてそんな戦いに勝利した時こそ俺達は最高の充実感を得る。

 だから俺達はゲームをするんだ。


「強い敵を倒した時の喜びを味わいたいとは思わねえか! ゲームで一番楽しいその瞬間を皆で分かち合いたいとは思わねえか!」


 そう思ったからこそ俺は叫び続ける。

 ここにいる奴らの殆どはゲーマーである事を信じて、共感してくれると信じて俺は胸の奥にある思いをぶちまけていく。


「俺は味わいたい! 分かち合いたい! お前らだってそうだろう! そんな最高の瞬間に立ち合いたいだろう!」


 ここにいる奴らが全員仲間――レイドとして挑めば勝機は0じゃない。


 団結すれば俺達だけでも戦える。

 勝てる見込みはあるのだ。


「だったら勝とうぜ! 今! 俺達はコイツをぶっ倒すんだ!」


 俺はそう大声を張り上げてステータス画面を開く。



 そこには未だ振るかどうか悩んでいたステータスポイントがあったが――俺はそれを全てVITにつぎ込んだ。



 散々悩んだ末に決めた選択だ。

 ここからの戦いではどうしても必要なのだから後悔などしない。


 今日から俺は盾僧侶……タンクヒーラーとしての道を歩む。


「さあ! ゲームの時間だ! 廃人共! 盛大に遊ぼうぜ!」


 そして俺は、大盾を握りなおして前へ出た。



 これから俺達は先行者フロントランナーとなる喜びを得るんだ。

 WIKIを見て攻略法を知り、ドロップアイテムのためにボスを倒すヌルい後続共とは一味違う!







「うらあっ!!! 『ヒール』ぅ!!!」


 俺はスキルレベルに応じて防御力、HP最大値を上げる魔法『プロテクション』と『ブレッシング』を自身にかけた後、キングゴブリンに近づいて『ヒール』を放った。


 ゴブリンロードの時よりもゲージの減りが小さいように見えるが、それでも僅かにダメージがあるように見える。

 また、その攻撃を受けたキングゴブリンは俺の方を向いて歩き出した。


 その5メートルはあろうかというその巨体が地面を踏むたびにズシンという音が響き渡る。


「ぐっ!!!」


 キングゴブリンは俺の目の前までやってくると、3メートル以上はありそうな棍棒を振り下ろしてきた。

 それを大盾で防ぎきるものの、やはり流石はレイドボスという事か、衝撃を受けて膝をつく俺のHPがガリガリ削れていく。

 今までにないほどの急激なHPの減りによって俺の全身に激痛が走る。

 だが俺は何とか持ちこたえ、再び立ち上がってレイドボスを睨みつけた。


 やはりVITに極振りした程度では足りない。

 そんな事はわかっていた事だが、今あるもので対抗するしかない。

 本来なら『プロテクション』と『ブレッシング』に合わせ、タンク個人が使える防御力アップのスキルを使用してタンクはレイドボスに立ち向かうのだが、それは無いものねだりというものだ。


 だから俺はその分被ダメを抑える立ち回り――PSが求められる。

 それを再確認した俺は口角を吊り上げ、自身にヒールをかけながらキングゴブリンの振るう棍棒を紙一重で避けていく。


「『ファイアボール』!」


 キングゴブリンに真正面から戦っている俺の背後からサクヤの声が聞こえてきた。

 同時に俺の頭上を炎の弾が飛び、ボスの巨体にそれが直撃する。


「シン様が抑えているうちに私達が削っていくよ!」

「何時間かかるかわからないけど……やるしかないね」

「ヤバイよ、こんなドキドキする戦い初めてだよっ!」


 どうやら戦う気になってくれたようだ。


 サクヤ、ユミ、マイの力強い声が響いてくる。

 それを聞いた俺は口元をニッとさせ、キングゴブリンの攻撃を避けて弾いて受け流す。


「『パワースラッシュ』!」


 そんな俺の横から剣スキルを放つプレイヤーがいた。


「……私はあなたみたいにマジメなゲーマーってわけじゃないけど、ここで勝てれば嬉しいって事だけはわかるわ」


 キングゴブリンを剣で斬りつけたプレイヤー、ミナは俺の方を向きながらそう言って、キングゴブリンの攻撃に当たらないよう後ろに下がった。


 つまり俺の言葉があいつにも通じたって事か。


「……だったら尚の事負けるわけにはいかないな」


 ここで勝つ事ができればミナも俺達の気持ちがわかるだろう。

 俺達が何のために狩りをして、装備を新調して、多大な時間を浪費するのかを、その理由をここで彼女も知ることとなるはずだ。


「一之瀬ばかりに良い所は見せられないな。危なくなったら俺にメインタンクを任せて代わるといい」


 そう俺が考えていると、更に氷室の声が聞こえてきた。

 どうやらコイツはサブタンクをしてくれるようだ。


「! 奥から増援だ!」

「何ぃ!?」


 そしてキングゴブリンが開けた壁の穴からゴブリンロードが3体現れた。


「私に任せてっ! 『シャウト』!」


 ここであいつらの相手までは同時にしていられない。

 しかしそこでマイが単身でゴブリンロードへ突っ込んでヘイトを稼ぎ出した。


 彼女は1人であの3体を釣るつもりか。

 武道家の回避スキルとタウントスキルがあればこその戦法だな。

 けれどそれも長くは続かないだろう。


 リポップ(再出現)したADD(増援)なのかわからないが、ここは倒しておくべきか。


「サクヤ! ユミ! お前達はレンジ(遠距離)でMOBを処理しろ! マイはサクヤが範囲攻撃(AE)でMOBをまとめて焼けるよう固めろ!」

「わかった!」

「りょ、了解!」

「おっけーっ!」


 俺はアースでMOBがリポップしたところを見た事がない。

 だから多分、今来たのはただ普通にゴブリンキングの取り巻きをしていたMOBだ。

 つまりあいつらは無限に沸いてくるような種類の敵ではなく、倒せばそれで打ち止めという事になる。


 ならあいつらから先に処理した方が良い。

 弱い敵から処理していくのは戦術の基本だ。


 また、3体纏めてだと近接で攻めるより遠距離で範囲攻撃を仕掛けた方が良い。

 そう思った俺は氷室パーティーにいる男の魔術師へ向け、MOBがこっちにこない程度の攻撃を仕掛けろと指示を飛ばす。


「そこの魔術師もADD処理に回れ! ヘイト稼ぎすぎて跳ねさせるんじゃないぞ!」

「わ、わかってる! 俺をNOOB(初心者)扱いするんじゃねえ!」


 すると魔術師の男は俺の注意を聞いて舐められたと感じたのか、多少怒った感じでゴブリンロードへの攻撃を開始した。


 まあヘイト管理ができないDPS(攻撃役)なんていても邪魔になるだけだからな。

 氷室達のパーティーもそこそこ錬度が高いメンバーのようだし、言わなくても問題なかった事か。


 そんな事を考えつつ、俺はキングゴブリンの攻撃をひたすら受け流し続ける。


「パリィパリィパリィパリィ! あははははははははははは!」


 俺は笑っていた。

 盾による防御を一度でも失敗すれば致命的なダメージを受けるとわかっていながら、メインタンクである俺が死んだらパーティーが全滅する恐れを抱いていながら、この戦いが楽しくて仕方が無かった。


 これこそ俺が求めていた戦い。

 自分本来の力を最大限に引き出すことで至る楽しみがそこにはあった。


「……なんだかあなた楽しそうね」


 近くにいるミナがそんな事を言いだした。

 テンションが高くなっている俺を見せる事は今まであまりなかったからな。


「当たり前だろ! ここで燃えなきゃゲーマーじゃねえよ!」

「……ふぅん、そういうものなんだ」

「そういうものだ……と! 『ヒール』!」


 キングゴブリンの攻撃を避けつつ俺はミナに向けて言葉を続ける。


「お前は楽しくないのか? ミナ」

「……まあ確かにこれがゲームだったら楽しいかもね」

「そうか……『ヒール』!」


 どうやらアースでのレイド戦はお気に召さないようだ。

 だが全く興味がないというわけでもないらしい。

 なら別のゲームにコイツを誘ってみるのも悪くないだろう。


 俺はそう思いながら、会話の合間合間にダメージヒールをキングゴブリンに向けて放ち続ける。



 微妙な差ではあるが、俺の使うダメージヒールはミナの『パワースラッシュ』よりも多くHPを削っていた。



 今この場において、俺はダメージディーラーの役割さえこなせるだけのダメージをレイドボスに与えている。



「……なあ、さっきから気になっていたんだが、君のヒールは威力がおかしくないか?」


 するとそのダメージ量のおかしさに氷室が気づいたようで、俺に疑問の声を発してきた。


 ダメージヒールの事や味方全員がアンデッド属性持っている事などはこの数週間で氷室達も知っている。

 しかしMNDを装備の力で無理矢理反転させた俺のダメージヒールがここまでの威力を持つとまでは思っていなかったようだ。


「単純な話さ! 『ヒール』! ……俺のダメージヒールは防御比例ダメージ・・・・・・・・なんだ! ただの魔法攻撃とは訳が違う!」  


 しかしその疑問はわりとあっさりとした理由だ。

 回復魔法は攻撃魔法と違い、敵の防御力の高さで威力が減ったりしない。

 なぜなら回復魔法は攻撃ではないからだ。


 他にも理由があったりするのかもしれないが、俺にとってそれは明快な理由だ。

 回復魔法がVITでレジストされるなんてバグでしか聞かない話だからな。


 というより、むしろ仕様によっては回復魔法をかける対象のVITの大きさで回復量が上がっていく。

 そしてそんな仕様はこの世界にも存在する。


 俺にヒールがかかるのとミナにヒールがかかるのでは回復量が大きく違う。

 この事についてはクラスメイトと一緒にアースへ来た日には既に把握していた事象だ。


 VITが高い相手に対する回復魔法の効果が上がる。

 そんな仕様が真逆に作用し、俺のダメージヒールは敵が硬ければ硬いほどダメージ量を増大させる強力無比な攻撃魔法となったというわけだ。


「なんだその反則技は……まるでチートだな……『パワースラスト』!」

「うるさい。これはチートではなく仕様というものだ……『ヒール』!」


 俺と氷室はそう言い合いながらもキングゴブリンにダメージを与えていく。

 だがやはり明らかに俺のヒールの方がダメージ量として大きい。


「ちっ……タンクでありヒーラーでもあり……更にはダメージディーラーって、どれだけの役割を君はこなすつもりだい?」

「俺だってこんな戦い方になるとは思ってなかったさ……くっ!」


 キングゴブリンの棍棒を横に薙ぐ攻撃が当たって俺は後ろに吹き飛ばされた。


「しかし1人で戦えるというわけでもない、か……『シャウト』!」


 そんな俺を見てすかさず氷室が俺の代わりにタンクとして前に出る。


 どうやらあいつはちゃんと自分の役割を理解しているようだな。

 ヘイトも俺を上回るかどうかという辺りを見極めていたみたいだし、案外俺が思っていたより氷室のPSは高いのかもしれないな、モンスター限定で。


「さあ油断をするなよ一之瀬! メインタンクが死んだら俺達に勝ち目はないんだからな!」

「わかっているさ! フォローサンキューな! 氷室!」

「……俺は当然の事をしているまでだ。君に礼を言われる事ではない」

「そうかよ……と! 『ヒール』!」


 こうして俺達は大迷宮『ユグドラシル』の地下10階層で出現したキングゴブリンとその取り巻きを相手にして戦った。

 レイド戦であるにもかかわらずたった10人による戦闘のため、人数的な問題で火力が致命的に足りないと言わざるを得ない。


 しかし俺達はそれでも諦めることなく戦い続け、およそ7時間という長丁場になってしまったものの、1人の死者も出さずボスを撃破する事に成功した。


 そして長い戦いを勝利で終えた俺達は歓喜の咆哮を上げ、互いの手を取り合って笑いあったのだった。

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