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予感

書籍版『ビルドエラーの盾僧侶』第3巻発売記念、土日連続更新。

 朝早くにアースへログインすると、そこで偶然、シンさんと出会いました。


「あー……なんか、変なとこ見ちゃった……か?」

「ええっと……おはようございます、シンさん」

「…………」


 シンさんは私たちと目を合わせると、気まずそうな顔を浮かべました。

 こんな顔をするのは、さっきまで女性の方と一緒にいるのを私たちに見られたのが原因でしょうか。

 なにやら、口論をしているような雰囲気でしたし。


 どうにも、シンさんの交友関係は謎です。

 学校の広場でよくお会いしていた女性とも、なにやらありそうな雰囲気でしたし。

 気になります。


 ですが、そういうことを気安く訊くものではない、とも思います。

 なので、今回のことも、深く詮索するようなことはしないほうがいいのでしょう。


「こ、こんなところで会うなんて、奇遇ですね!」

「……そうだな」

「私たちはちょうどログインしてきたところですが……シンさんもそうですか?」

「ああ……多分、地球でのログインするタイミングのタイムラグは、数分程度だったんじゃないか?」

「そ、そうでしたか」


 シンさんのほうが若干早くログインしたようですが、ほとんど同じタイミングだったんですね。

 私も少しビックリしています。


「それより、どうしてお前たちがここにいる。『テキサス』近辺で友達と一緒に狩りをしていたんじゃなかったのか」

「あ、そういや兄ちゃんには言ってなかったっけ? 昨日、こっちに戻ってきたんだよ。久しぶりに地下迷宮の探索をしようってことになってさ」

「……よりによって、このタイミングでか」


 ライ君が質問に答えると、シンさんは眉をひそめだしました。


「なら今後、アースで俺を見かけても、絶対に話しかけるな」

「え……?」


 シンさんの態度が露骨に冷たくなりました。

 

 ど、どういうことでしょう。

 私たち、なにかシンさんの気に障るようなことをしてしまったのでしょうか……。


「な、なぜシンさんに話しかけてはいけないのでしょうか?」

「いきなり、話しかけるなとか……どういうことなんだよ、兄ちゃん」


 私もライ君も、戸惑うばかりです。

 どうして、シンさんは突然、こんなことを言いだしたのか、わけがわかりません……。


「……お前たちに説明する義理はない。じゃあな」

「あ……」


 シンさんは理由を説明することなく、私たちに背を向け、歩いていってしまいました。


「……なんなんだよ、いったい」

「…………」


 そんなシンさんの後姿を、私たちは複雑な気持ちを抱えたまま見続けることしかできませんでした。


 シンさんは、さっきまでいた女性の方を私たちに見られたことが、そんなにも嫌だったのでしょうか。

 でも、どうして?

 意味がわかりません。



「久しぶりに様子を見にきてみたが……ちょっと面白そうなのがいるな」



 そんな私たちの背後から、1人の男性の声が聞こえてきました。


「なあ、お前らって、あの《ビルドエラー》と仲がいいのか?」


 さらにその男性は、私たちにそんな問いを投げかけてきました。






「……はぁ……なんでこんなところで会っちまうかなぁ」


 アクアたちと別れた俺は、再度墓地のほうへと歩みつつ、ため息をこぼした。


 まさか、あんなところで出くわすとはな。

 てっきり俺は、あの2人はこの町にいないものとばかり思っていたのに。


 さっきは、つい口調を強めて、突き放すようなことを言ってしまった。

 もしかしたら、あの2人は今頃、俺が怒っているんじゃないかと思っているかもしれないな。


 まあ……それならそれで、別にかまわないか。

 これで、俺に近づいてこなくなるのであれば、それでいいだろう。

 過剰な処置だと思わなくもないが、万が一のことが起きないとも限らない。

 アクアもライも、俺たちのいざこざとは関係のない場所にいてほしい。


「さっきはずいぶんな拒絶の仕方だったじゃない、シン」

「…………」


 俺が状況整理をしていると、ミナの声が聞こえてきた。


「……見ていたのか、ミナ」

「ええ、私もちょうどログインしたところだったのよね」


 泉付近は人と出くわすことが多い。

 俺たち地球人プレイヤーにとっては、ログインとログアウトを行う場であるし、アース人にとっても、憩いの場として人気のスポットだからだ。

 あそこでいろいろお喋りするべきじゃなかったな。

 誰が見ているとも限らないんだから。


「できれば今すぐがいいんだけど……また今度でもいいから、あの子たちに謝ることをお勧めするわ」

「謝ることなんか、なにもない」

「そう? でもあなた、申し訳なさでいっぱいって顔してるわよ?」

「気のせいだ」


 たとえ謝るにしても、それはすべてケリがついてからだ。

 今はそれより……。


「さっきあいつらに言ったことは、そのままミナにも言えることだ。アースでは俺に話しかけるな」


 ミナなら俺がなにを考えているか、なんとなくでもわかっているはずだ。

 だったら、アースにいる間は俺を無視してほしい。

 話かけてくるな。

 目を合わせるな。

 近づいてくるな。


「……まあ、今のあなたにとっては、そうすることが一番楽なんでしょうね」

「ああ、その通りだ」


 わかってるじゃないか。

 俺にとっては、誰かが傍にいることが足枷になる。

 例外があるとすれば、それは、まず死なないであろうというほどの強さを持ったクレールのような存在だけだ。


「でも、それはそれで嫌なのよ、私が」

「…………」


 嫌だから、なんだっていうんだ。

 ミナは俺を困らせに来たのか?


「私は、今の状況はよくないと思ってるわ。あなたはあの子たちを突き放すべきじゃないし、1人で戦い続けるべきでもないのよ」

「……だったら、俺はどうすればいいっていうんだ?」

「もっと周りを頼りなさい。あなたの周りには、頼りになる人がいっぱいいるでしょう?」


 頼りになる人。

 確かに、心当たりはある。

 だが……。


「それはできない。俺の戦いに他人を巻き込むことは、したくないからな」


 他人を巻き込むことが怖い。

 自分のせいで誰かが犠牲になる姿なんて、見たくないんだ。


「言っておくけど、あのことについては、あなたに非なんてないわ。それは、誰もがわかってることよ」


 そう思っていたら、ミナは俺に慰めの言葉めいたものを投げかけてきた。


 俺に非がない?

 なら、どうしてこんなことになったっていうんだ。


「たとえ、俺に直接の非がなくっても、間接的な非はある。これは譲れない」

「シン……」

 

 ミナはそこで、泣きそうな表情を顔に浮かべた。


「……そんな顔するなよ」

「するなと言われても……するわよ……だって、あなたは本当に、なにも悪くなんてないんだから……」

「…………」


 ミナは情が深い奴だ。

 俺との付き合いも長いし、こういう態度を取るのも、仕方がないのかもしれないな。


「中高生組のログイン率。今はどれくらいか、知っているか?」

「……ログイン可能な生徒の数を分母にするなら、およそ3割くらいだったかしら?」

「そうだ。ずいぶん減ったよな」

「ええ、そうね」


 地下迷宮の最前線を攻略できるだけの力を持った生徒だけ数えるなら、もう40人を切っている。

 昔は100人以上いたのに、今はもう、それだけしか残っていない。

 30人のフルレイドを組むにしても、ギリギリの人数だ。


 こんなことになった原因。

 それは、各々が本格的に自己防衛を行いだしたからだ。


 俺たちはすでに、アースで死んで記憶を失うのは痛すぎる、と思うほどの時間を過ごしてしまった。

 もはや、アースで死ぬことは、今ある自分という存在の死に近い。


 なのに、そういった死を、俺の周りでまき散らすPKプレイヤーキル連中が現れた。


「あいつらがいなければ……こんな状況にはならなかったのにな」


 その連中とは……俺たちが昔から手を焼いている集団、《異能機関》。

 もっと言ってしまえば、そこに所属するアイツさえいなければ、俺もここまで思い悩まずに済んでいただろう。


「だが、いつまでもこのままってわけじゃない。いずれ、みんながまた気兼ねなくアースに来られるようになる」


 異能機関を潰す。

 そうすれば、PKされるのを恐れてログインしなくなった連中は戻ってくるはずだ。


「……それは、あなたが1人でやることじゃないわ。地球人プレイヤーの問題は、地球人プレイヤー全員で考えるべきものなんだから」


 ミナの意見はもっともだ。

 しかし、他の地球人プレイヤーが頼りないのも事実といっていいだろう。

 今の今まで、異能機関という存在を排除できなかったんだから。


 それはアース内の話だけに留まらない。

 異能機関は地球においてでさえ、テロ紛いの行為を頻繁に起こしている。

 なのに、大人たちはあいつらを止められずにいる。

 このせいで、俺たち異能者アビリティストの評価は下がる一方だ。


 だから、もう俺たちは俺たち自身の力で自らの道を切り開くしかない。


「組織で動いても、なにも変えられない。俺は、今まで通り自分のやり方で動く。それが、一番いい方法だと信じてな」


 もし、これで俺の身になにかが起こっても、ただの自業自得で済む。

 誰にも迷惑はかけない。


「……だったら、私は私で、一番いいと思う方法を取るだけね」


 そう思っていたら、ミナはそんなことを言い始めた。


 いったいなんだろうか。

 ミナが思う『一番いい方法』とは。



「に、兄ちゃん!」



 と、そんな会話をしている俺とミナのところに、突然、ライが駆けつけてきた。


「…………?」


 ライの顔は青ざめていて、どうも様子が変に見える。

 なんでそんなに慌てているんだ。


「た、助けてくれ、兄ちゃん! お……俺……もう、どうしていいか……」

「落ち着け、ライ。いったいどうしたんだ」


 ここはひとまず事情を訊くべきだろう。

 そう思っていた俺だが、ふと気になったなったことがあぅたので、それをライに訊ねることにした。


「アクアはどうした。さっきまで一緒にいただろ?」


 ライの後ろに視線をやるも、アクアの姿が見えない。

 そのことが、俺にとってはどうにも気がかりだった。


 ライの様子とアクアの不在。

 2つの事象が同時に起こったことで、嫌な予感がした。



「み、水野が……水野が……いきなり現れた知らない男に攫われたんだ!」



 そして、その嫌な予感は、寸分たがわず的中した。


 このことを理解した瞬間、途方もない怒りと絶望感に胸を満たされた。

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