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峰岸水野の奮闘劇

 私こと峰岸みねぎし水野みずのは今、『いのに高』の生徒が暮らしているという寮の近くまで来ています。

 ここへ来た理由は、アースで助けてもらった『シン』という人を探すためでした。


 シンさんは『テキサス』で物凄いボスモンスターをたった1人で倒し、始まりの町へと引き返してしまいました。

 私たちが呆けている間にです。


 せっかく出会ったのに、それでお別れというのもイヤでした。

 一言くらい、お別れの挨拶をしてもいいと思いまして。

 だから、私はここへ来ました。


 つまり、私のワガママですね。

 でも、なんとなく、私はそうしたかったのです。


 そして、そんな私の思いつきで、偶然にもシンさんと再会することができました。

 学生用のコートを羽織ったシンさんは、鎧姿のときより、どことなく大人びて見えます。


「あー……ごめん、今思い出した。君はアクア……峰岸だったか」


 シンさんは申し訳なさそうな目をして、頭を下げてきました。


「い、いえ! 謝らなくても大丈夫です!」


 どうしたらいいかわからない私は、両手をブンブンと振って、言葉を続けました。


「む、むしろ、突然声をかけてしまって、私のほうが申し訳ないくらいです!」


 私みたいなのがシンさんに声をかけるというのは、やはり出過ぎた真似だったかもしれません……。

 クラスの友達からも『地味』ってよく言われるし……。


「……俺に話かけるくらいで、申し訳なく思うことなんてない」


 と、私が1人で落ち込んでいたら、シンさんはそう言って、人差し指で頬をポリポリと掻き始めました。


「それで、峰岸はここへ、なにをしに来たんだ?」

「へ?」

「ここは高等部のエリアだ。初等部の峰岸がここにいるってことは、なにか理由があってのことなんだろ?」


 シンさんが私に訊ねてきました。

 しかし、この質問に素直に答えてよいものか、私は一瞬悩みました。

 『あなたに会いに来ました』、なんて言うのは、とても恥ずかしいと思ったからです。


「そ、それは……ええっと……そ、そう! あれです! あのコンビニに、私は用があったんです!」

「コンビニ…………ああ、あれか」


 私は人差し指で、1つの方向をビシッと指しました。

 その方角の先には、全国チェーンで有名な、とあるコンビニが立っていました。


 私たちが住む学園の敷地には、購買以外で物を買える場所がいくつかあったりします。

 これは、私たち異能者アビリティストが、学園敷地内だけで生活できるようにと配慮してのものなのだそうです。

 人によっては学園外に出る許可がおりなかったりしますので、これは必要なことなのでしょう。


「確かに、あの店は高等部のエリアにしかないな。でも、わざわざ遠くのコンビニに行って、なにを買うつもりだったんだ? 初等部にも購買くらいあるだろ?」

「う……」


 コンビニで買えるものは、大抵、他のお店で安く買えます。

 そう考えると、私の行動は、ちょっと違和感があるかもしれませんでした。


「……あ、そうか。峰岸は『タバチキ』を買いに来たんだろ?」

「え……た、たばちき……?」

「あのコンビニ限定で発売してる人気商品なんだが……違ったか?」

「い、いえいえ! 全然違いませんよ! はい! 私はたばちきを買うために来ました!」

「そ、そうか……?」

「そうなんです!」


 ……”たばちき”ってなんだろう。

 コンビニの店員さんに訊けばわかりますよね……?


「タバチキか……美味いもんな。アレだけを買いに来るっていうのも頷ける」

「? もしかして、シンさんはよく食べるんですか?」

「ああ、高校に入りたての頃は、三日に一度くらいのペースで食べてたくらいには好きだな」


 そうなのですか!

 これはチャンスです!


「で、でしたら私がシンさんの分も買ってきます! 助けていただいたお礼に、奢ります!」

「助けたときの礼はハンバーガーを奢ってくれたことで受け取ってるんだが……」

「ハンバーガーの件でしたら、お金を出したのはライ君でしたので、今回は私に払わせてください!」

「え、あ、ちょっと――」


 ”たばちき”なるものがシンさんの好物だと知り、私はコンビニのほうへと走り出しました。


 お礼は何度しても良いものです。

 それに、ハンバーガーのときは、兄であるライ君……雷太君が勝手にお金を払ってしまったので、私としてはちょっと気になってたんですよね。


 ……でも、”たばちき”って本当にどんな食べ物なんでしょう。

 シンさんが美味しいっていう物なんだから、変なものではないはずですが――。






「やっぱり、いつ食っても美味いな、タバチキは」

「そ、そう……ですね……」


 タバチキとは……『タバスコチキン』の略でした。

 辛いです……。


「? どうした、峰岸。一口食べてから、動きがとまってるけど」

「い、いえ! な、なんでもないです! わータバチキおいしいなー!」


 私はシンさんに内心で思っていることを悟られぬよう、笑顔でタバチキをチビチビ食べ進めました……。


 うぅ……辛い……。

 み……水が欲しいです……。


「それにしても、タバチキが好きってことは、峰岸は辛い物が好きなのか?」

「え、ええっと……そう……ですね……人並みには……」


 嘘ついてごめんなさい。

 辛い物、実はニガテです……。


「そっか。俺の周りでコイツを美味いって言った奴は、なんでもパクパク食べる女子のクラスメイトと怖い顔つきの先輩くらいしかいなかったから、ちょっと嬉しいな」


 シンさんはそう言うと、私を見ながら微笑を浮かばせました。


 どうしましょう……本当のことを言いだせなくなりました……。

 けれど、こうしてシンさんが喜んでくれるのでしたら、嘘をついた甲斐もあったというものかもしれません。


「そ、そうだ! これ、まだあと半分くらいありますけど……食べます? シンさん」


 シンさんは私より早くタバチキを食べ終えていました。

 なので私は、手に持った自分の分をシンさんに食べてもらうという提案をしてみました。

 これなら、シンさんも私もハッピーになれます!


「いや、いい。さっき食べた分で、俺は十分満足だ。ありがとうな」

「あぅ……そ、そうですか……」


 ……あっさり拒否されました。


 まぁ……よく考えてみれば、これって私の食べかけですし……シンさんに渡すのは失礼でしたよね……。

 そういうことを思って、シンは拒否したわけじゃないと思いますが。


「美味しいか? 峰岸」

「は、はい……お、おいひいです……」


 こうして私は、シンさんに見守られながら、タバスコの利きすぎたタバチキを笑顔で必死に食べ進めたのでした。



「……あれ? そこにいるのって、一之瀬くんだよね?」

「!?」



 と、そんなとき、私たちの前に1人の女性が現れました。


 誰でしょうか。

 知らない人です。


 シンさんのことを知っている方のようです。

 ですが、落ち着いている女性のほうとは対照的に、シンさんのほうはとても驚いています。

 なぜ、こんなにも驚いているのでしょう?

 それに、どうも焦っているようにすら見えます。


「あ、一之瀬くんってば、もしかして食べ物で女の子を釣ってたのかな? しかも、こんな小さくて可愛らしい子を。いっけないんだー」


 私が首を傾げていると、その女性は軽い調子でからかいだしました。


 そういうことですか。

 つまり、高校生のシンさんが小学生の私に物をあげているように見えて、この女性の方はそれを注意している、という構図ですね。

 これなら、シンさんが焦るのも、わからなくはないです。


「違います! これは私が買ったものです!」


 なので、私は誤解を解こうとしました。


「あれ、そうなの?」

「はい! むしろ、一之瀬さんの分のタバチキも私が奢りましたし!」

「それはそれでちょっと問題がありそうなんだけど……」

「はぅ……」


 墓穴を掘ったようです……。

 どうも、今日の私は冷静さが足りていないように思います……。


「ま、いっか。でも、あんまり小さな子にたかるようなことしちゃ駄目だよ、一之瀬くん?」


 女性の方はそう言うと、シンさんに注意をしました。


「……わかってる」


 対するシンさんは、どことなく悲痛そうな表情を浮かべながら頷きました。


 ……なぜ、そんな顔をするのでしょうか。

 私に食べ物を奢られたことをこの方に知られたのは、そんなに悪いことだったのでしょうか。

 だとしたら、私はシンさんに申し訳なく思います。


「それじゃ、私は検査があるから、もう行くね」

「ああ……ま、また……な……」

「うん、またね」


 私が思い悩んでいると、その女性の方はシンさんに別れを告げ、コンビニの先にある医療用施設のほうへと歩いていきました。


 病気か怪我の治療でしょうか。

 でも、見た目は元気そうでしたし、どなたかのお見舞いに行く途中だった、という可能性が一番高そうですね。


「…………」

「…………」


 ……それにしても、シンさんのことが気がかりです。


 驚いたり焦ったりするくらいなら、そう気にすることもなかったと思うのですが、悲痛な表情を浮かべたりするのは、明らかに変です。

 今では、悲痛というより泣きそうな表情、といったほうがしっくりきます。


「……そろそろ寮に戻る。タバチキ、美味しかったよ。ありがとう」


 シンさんはそう言うと、踵を返して私に背を向けました。


「あ……あの! また明日、お会いできたりしませんでしょうか!」


 これでお別れなんて嫌だ。

 別れるにしても、お互いに笑顔でお別れしたい。

 そう思った私は、仕切り直しをするために、あろうことか明日も会いたいとシンさんに言ってしまっていました。

 我ながら、なにを考えているのか、よくわかりません……。


「……多分、しばらく俺はアースに行かないけど」

「でしたら、明日もこの時間のこの場所で、待ってます!」

「え? でも…………まあ、いいよ。それくらいなら」

「!」


 お……OKがでました。


「で、では、明日またお会いしましょう!」

「あ、ああ……また明日」


 そうして、私は走り出しました。

 なんとなく、そうしたい気分に駆られたからです。 


 明日はどんな服を着て会いに行こう。

 お菓子とか飲み物とかを持っていくのもいいかも。

 今の私は、そんな考えで頭が一杯でした。

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