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遭遇

 始まりの町に戻った俺は、捕虜にしたサードを早川先生たちに引き渡した。

 そのあとは、夜になるまで地下迷宮に潜り、マッピングを行った。


 そして、深夜になった頃、また早川先生のもとを訪れると、そこで信じられないような事態を耳にすることになった。


「……逃げられた?」


 デスクの椅子に座る早川先生の前で、俺は表情を険しくした。


 信じられないような事態。

 それは、今朝方に俺が引き渡したサードが逃亡した、というものだった。


「……厳密に言うと、少し違う。あの地球人プレイヤーは我々の拘束を自力で解き、アースにおける自身の体を残してログアウトした、というのが正しい」


 俺が睨むと、早川先生は事の詳細を語り始めた。


地球人プレイヤー、サードは我々に両手を拘束された状態だった。しかしこちらの隙を見て肩の関節を外し、手を前方へと回して素早くステータス画面を起動し――」

「そしてログアウトした、と?」

「……その通りだ」


 なかなか器用なマネをしてくれる。

 しかし、どのようにして逃げられたかなんて、どうでもいい。


「……ふざけるなよ」


 俺は、早川先生に対して怒りの言葉をぶつけた。


「ヌルい監視をして、1つの情報も引き出せず、逃げられた……馬鹿にしてるのか」

「……馬鹿になどしていない。が、今回は完全に我々の落ち度だ。謝罪する」

「…………」


 早川先生は背筋を正し、俺に頭を下げてきた。

 しかし、俺が欲しいのは謝罪などではない。


「まーまー、その辺にしとけって。こいつも悪気があったわけじゃないんだからさ」


 と、そこへ突然マーニャンが横やりを入れてきた。


 いたのか。

 昨日はログアウトしていて、アースにはいなかったようだが。


「俺は早川先生だけを責めているわけじゃない。なに我関せずみたいな顔をしてるんだ、マーニャン」

「おー、今日はいつにも増してカッカきてんじゃねーの。あと、あたし相手にタメ口をするのはいいけど、担任教師相手くらいにはちゃんと敬語使えー」

「…………」


 相変わらず、マーニャンは気だるそうな表情を浮かべている。


 こいつとマトモに口論するとロクなことにならない。

 色々言いたいことはあるが、ここは一旦引き下がろう。


「ったく、クソ忙しいなか、やっと取れた貴重な休日だったっつーのに。マジ最悪だわー」


 マーニャンはマーニャンで大変な毎日を送っているようだな。

 まあ、そんな事情を察してやるような、思いやる気なんてないけどな。

 さっさと本題を聞こう。


「……それで、お前がいるってことは、なにか情報は引き出せたのか?」

「んにゃ、サードって奴に関しては、あたしがログインする直前に逃げられたらしいから、直接的にはなんも引き出せてねーよ? 昨日拉致ってきた男のほうについても、あたしらがすでに知っている情報以上のものは引き出せなかったなー」


 つまり、収穫ゼロってことか。

 いや、実際には異能機関の構成員を十数人程度倒したわけだから、多少は前進したと見るべきか。


 しかし、あの場にアイツはいなかった。

 なら、俺にとっては足踏み状態もいいとこだ。


「ただ、その地球人プレイヤーの顔を地球で照合してきたから、素性は判明した」

「素性?」

「あー、アース名、『サード』。本名は『三木みき映利えいり』。年は20歳で、1年前に消息不明になってた異能者アビリティストの1人だな」


 消息不明の異能者か。

 国から監視されているはずの異能者のなかには、そういった連中もいるんだったな。

 そいつらの大半は異能機関に入っていると推測されているが。


「んで、使える異能アビリティは『虚像操作』。影を立体化して操る力……だったらしいなー」

「らしいって、微妙な言い方だな」

開発局こっちに残ってる資料だと、その異能で操れる影は自分のだけだったらしいぜー? しかも、触れば簡単に崩れるほどの脆いモンだったんだとか」


 ……消息不明になっていた1年間で、異能を扱うのが上手くなったってことか?


 俺も、この1年間で、異能の使用はだいぶ上手くなった。

 今でも、驚いたりすると勝手に異能が発動したりする。

 けれど、使うのを控えていた頃と比べると、制御できるようになってきたという実感がある。

 だから、サードの異能については、そう気にするほどのことでもないだろう。


「女のことでわかってんのは、それくらいだな。男のほうも聞くかー?」

「その程度の情報しかないなら、わざわざ俺に言う必要もない」


 敵の個人情報なんて、知りたくもない。

 俺が欲しいのは、敵の本拠地なり、構成メンバーについてだったり、そういった組織としての情報だ。


「じゃあ、俺はまた地下迷宮に潜る」


 大使館へ引き返したのも無駄足だった。

 こんなことなら、地下迷宮に潜り続けるなり、休息を取るなりしていればよかった。


「そう生き急ぐなよ、シン。ほら、リラックスリラックス」

「…………」


 マーニャンが飴玉を俺に投げてきた。

 なので、俺はそれを空中でキャッチする。


「……今は甘い物を食べる気にならない。これはあとでクレールにでも渡しておく」

「あっそ、まあ、別にいいけど」


 飴玉はマーニャンなりの気遣いなのだろうが、誰もが甘いものを食べるだけて幸せな気分になるわけじゃない。

 気持ちだけ受け取っておこう。


「それと、シン。お前、2週間謹慎な」


 俺がそう思っていたら、マーニャンは唐突に、とんでもないことを言いだした。


「……は? 謹慎、だと?」

「そ、謹慎。しばらくアースに来なくていいから」

「どうしてだ。理由を言え理由を」


 いきなり謹慎ですと言われて、ハイそうですかと引き下がれるものか。

 ちゃんと納得できる理由がないと、俺は地球に戻らないぞ。


「お前、自分が今、どれだけ長くログインしてるかわかってんの? それに、あたしらが団体行動を心がけるようにって何度も言ってんのに1人でちょこちょこ動いてんのも駄目だ。しかも、今日は『ルルック』で爆破テロ紛いの騒動を起こしたあげく、また1人で地下迷宮に潜ってたそうじゃん?」

「…………」


 なにも言い返せなかった。


 さすがに見過ごしてもらえなかったか。

 特に、町中で騒動を起こすのはご法度だ。

 これだけでも十分に謹慎ラインを越えている。


「しばらく頭を冷やせ。アースでしかできないこともあっけど、地球あっちでしかできないこともあんだろー?」

「……わかった」


 まあ、そろそろログアウトしないとかもしれない、くらいの気持ちはもともと持っていた。

 2週間も地球で過ごさなくてはならないのは不服だが、その程度で済んだ、と逆に考えておこう。


 その程度の期間で地下迷宮が攻略されるとも思えないしな。

 本当は、他の連中との差をできるだけつけておきたかったんだが、仕方ない。


「っつーわけだから、あいもそろそろしょぼくれた顔直して仕事しろー」

「な……しょ、しょぼくれてなどいないぞ、私は」


 そういえば、さっきまで早川先生が静かだったな。

 俺が怒りだしたせいで、気分を落ち込ませてしまっていただろうか。


「……さっきは出過ぎたことを言ってしまい、すみませんでした」


 サードを逃がした件について、先生を責めるのはやめよう。

 そう思った俺は、口調が荒くなったことを詫びるため、早川先生に向けて深く頭をさげた。


「いや、頭を下げる必要はない……君が怒るのも仕方のない失態を犯したのは事実なのだからな」


 早川先生はそう言うと、「ふぅ……」とため息をついた。


「少々、敵を甘く見ていたのかもしれない。今日の出来事を見て、私もそう実感させられた」


 いまさらな感想だ。

 けれど、ここでより一層気を引き締めてくれるのであれば、俺からはもうなにも言うまい。


「それじゃあ、俺はこれで失礼します」

「ああ、また会おう、一之瀬君」

「ま、ゆっくり休みなー」


 こうして俺は、早川先生とマーニャンに別れを告げ、そのあとクレールに事情を説明して、地球へと帰還ログアウトしたのだった。






「……さぶ」


 地球に戻ってきた俺は、あてもなく学園の敷地内を彷徨っていた。


 時刻は夕方やや手前。

 今はまだ明るいが、12月という季節であることを加味すると、辺りが暗くなるのもすぐだろう。

 それに、厚着をしているにもかかわらず、肌寒いと感じる。


 これなら、寮でゆっくりしていたほうがよかったんじゃないかとも思う。

 しかし、それも少し、ためらわれた。


 誰とどう話していいのか、わからない。

 だったら、こうして1人、外をぶらついているほうが気も楽だった。


 まあ、今の時間帯では、大体のクラスメイトがアースにログインしているわけだが、念のためだ。


「……はぁ」


 こうして、人との接触に怯えつつの日々を送りだしてから、どれくらい経っただろうか。


 地球の時間軸で考えれば、精々4、5ヵ月程度でしかない。

 しかし、俺は時間の進みが早いアースで過ごすことが多いから、体感では数年くらい、といったところになる。


 どうしてこうなったのだろうか。

 俺は今でも、そう悩むときがある。 

 そしていつも、俺の力不足が原因だ、という結果に落ち着く。


 だからこそ、俺は強くなった。

 すべてをかなぐり捨てて、ただ強くなることだけを考えてきた。


 あらゆる状況に対応する術を模索したし、以前から持ち合わせていた技術も徹底的に磨き上げた。

 使うのに多少躊躇いがあった異能アビリティですら、1人で鍛え上げたのだ。


 これにより、異能管理局から正真正銘のSランク異能者というお墨付き(あるいは烙印とも言う)を貰うまでに至った。

 限定的にSランクとして認める、なんていうのは所詮、俺が異能を使うことに怯えていたからに過ぎない。

 異能の使用を躊躇わず、なおかつ、使い勝手を知れば、普通にSランクだったんだ。


 なんにせよだ。

 もう俺は、後戻りなどできない。

 力の制御を誤れば、管理局は俺を隔離しようと動き出すだろう。

 それだけの力を有していると、認められてしまったのだからな。

 Sランクの異能者とは、裏を返すと、要警戒対象人物って意味だ。


 とはいえ、隔離されるにしても、アースへのログインは続けさせてくれるはずだ。

 ケンゴがそうだったように。

 なら、問題ない。

 俺はこれまで通り、俺の目的を達成するまでだ。


 ……けれど、こんなところで謹慎をくらってしまうというのは、情けないな。

 実際のところ、学校の命令を無視して長期間ログインし続けた、っていうのが今回受けた謹慎の一番の原因なんだろう。

 かれこれ、地球時間で半月以上はログインしていたからな。

 体調面を心配されたんだろう。


 でも、俺の体はピンピンしている。

 これなら、このまま地下迷宮攻略までログインし続けるというのも、十分可能だった。


 マーニャンも早川先生も、心配し過ぎなんだ。

 やっぱり、あと2週間も謹慎なんてしていられない。


 どうにかして、すぐにまたアースに行けないものか――。



「あ、あの! もしかしてあなたは、シンさんではありませんでしょうか!」



 突然、誰かが俺に声をかけてきた。


「…………?」


 誰だ、こんなところで俺なんかに声をかけてくる奴は。

 声からすると、女の子だということはわかったんだが。


 俺はそんなふうに思いつつも、その声の主のいるほうへと振り向いた。


 ……見慣れない少女がいた。


「…………どちらさま?」

「え……あっ! こっちで会うのは初めてですしね! 改めて自己紹介させていただきます!」


 小学校高学年くらいの背丈であるその女の子は、顔を赤くしながらも、ペコリと頭を下げた。


「私、アースの『テキサス』でシンさんに助けていただいた『アクア』――峰岸みねぎし水野みずのです!」

「……あ」


 その少女がキャラネームを口にした瞬間、俺は彼女がつい最近出会った人物であることを思い出した。

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