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圧殺

 敵がアジトとして使っているという洋館。

 俺はそこに、正面玄関を壊して堂々と足を踏み入れた。


「……静かだな」


 洋館のなかは、シーンと静まり返っていた。


 眠っている、とかだろうか。

 今はまだ早朝といっていい時刻だから、その可能性はある。

 だが、玄関から入る際、それなりに大きな音を立てたわけだから、その線は薄い気もする。


 ――逃げられたか?

 いや、それも考えにくいな。

 逃げるにしては、あまりに早すぎる。


 であれば、もしかして俺は、あのテイム男に嘘の情報をつかまされたか。

 そうであったなら、あいつにはあとで痛い目にあわせてやる。


 まあ、嘘かどうかを決めるのは、時期尚早か。

 ひとまず、この建物のなかを念入りに散策してから、結論をだそう。


 そう思った俺は、玄関を通り過ぎ、洋館の内部へと歩いていく。

 すると、各部屋へと続く扉がある大広間にたどり着いた。


「…………ッ!」


 その瞬間、大広間にあったすべての扉が勢いよく開け放たれた。

 さらに、扉の奥から顔を隠した武装集団が現れ、俺を取り囲んだ。


「飛んで火にいる夏の虫とはこのことだな」

「まさか、1人で乗り込んでくるとは思わなかったぜ」

「この屋敷がなんなのかわかって入ってきたんだよな? だったら、お前はここで排除させてもらう」


 その集団は武器を構えつつ、口々にそう言って、俺へ敵意を向けてきた。


 ……罠だな。

 テイム男は、こうなることがわかっていたから、ここの情報を俺に流したのか。

 それとも、別の要因によるものか。


 どちらなのかはわからない。

 ただ単に、あんな入り方をしたから、俺を敵だと判断しているだけなのかもしれないしな。

 そんなことを考える意味なんてないだろう。

 今の状況的に、やることは1つだ。


「……『エクスヒーリング』」


 敵の集団が不用意に近づいてくるのを見て、俺は上級範囲回復魔法を唱えた。


 ダメージヒール化した『エクスヒーリング』を受けて耐えられる奴は、そうそういない。

 だからこそ、この魔法を使用した。


「ぐあっ!?」

「ぎぎゃあぁっ!?」


 ……しかし、その攻撃を受けて倒れたのは、僅か2人だった。

 ダメージヒールの射程圏内には十数人いるというのに、この結果ということは、なにかしらの対策を打たれていたということだろう。


 死霊装備か?

 いや……ちがうな。

 俺に詰め寄ってくる敵の大半は、どうも人間っぽくない。


「……おい! 近くにいるんだろう! サード!」


 俺は敵の追撃を盾で防ぎつつ、建物内に響きわたるよう、大声をあげた。


 サード。

 それは、俺たちが手を焼いている連中の1人だ。

 あいつは、人を模した影を戦わせる力をもった敵だから、俺もよく覚えている。

 異能アビリティによるものなのか、それとも別の要因によるものなのかはわからないが、どちらにしても厄介だ。


 よく見ると、さっきのダメージヒールで倒れなかった奴らは、全員肌が黒い。

 まず間違いなく、こいつらはサードが作った影の傀儡だろう。


「キャハハ! いるかといえば、確かにいるよん! サードちゃんはもともと、この区域の管轄だからねー!」


 相変わらずの甲高い声が返ってきた。

 しかし、サードの姿は見当たらない。

 隠れてやがるのか。

 メンドウだな。


 侵入者の相手は影と下っ端に任せ、自分は安全な場所に隠れる。

 合理的な考えだが、そういうのは俺のやり方とそぐわない。


「姿を見せろ! サード! でないと、酷い目に遭わせるぞ!」

「どうせ、ノコノコとあんたの目の前に出ても、酷い目に遭わせるつもりなんでしょ! サードちゃんはそんな命令聞きませーん!」


 そうかよ。

 だったら、こっちも容赦なくいかせてもらおう。


 そう思った俺は、敵から離れた場所に移動して、アイテムボックスのなかから1つの物体を取り出した。


「……?」


 俺が取り出した物がなんなのかわからないようで、影ではない生身の連中は揃って首を傾げていた。

 また、一応警戒しているのか、その連中は俺へ追撃せず、若干の間合いをとりだした。


 まあ、無理もないか。

 見た目はただの白い箱だしな。

 今から俺が、これでなにをするつもりか、見当がつきにくいだろう。


 なら、今からその答え合わせをしてやる。


「ほらよ」


 俺は箱を真正面にいる敵に向けて放り投げた。

 そしてさらに、自分は大盾を前方に構え、その後ろに隠れるようにしてしゃがみ込む。


「? お前、いったいなにを――――」


 敵の1人が箱をキャッチした。



 その瞬間――箱は大爆発を起こし、周囲に爆風と轟音をまき散らし始めた。



「…………」


 ……こいつらは、戦場を甘く見過ぎだ。

 多人数で俺1人を取り囲んでいるからといって、油断しすぎにもほどがある。

 普通、敵からよくわからないものを渡されたら、危険物かなにかを想像するだろうに。

 そう、たとえば爆発物とかの可能性を、な。


「……なかなか使えるな」


 爆風がやんだのを見て、俺は周りの惨状に目を向けた。


 俺を取り囲んでいた敵は、およそ8割ほどが倒れている。

 影にいたっては、ほぼ排除できたようだ。


 また、洋館のほうも酷い有様だ。

 天井は一部吹き飛び、元々それなりにスペースのあった広間が、ずいぶんと風通しのいいことになっている。

 半壊、というより、全壊一歩手前の状況だ。

 もう、いつ建物が崩れてもおかしくない。


 これほどの威力を持った爆弾を仕入れるのには苦労した。

 だが、諸々の対策を練るうちに、こういった道具は必要だと思ったから、なんとか手に入れた。

 魔法も混ざっていて、火薬で作った爆弾とは比較にならない威力だったりする。


 しかも、こういった道具の破壊力は、ステータスに依存しない。

 そのため、俺みたいな防御特化のステ振りをしている人間にとっては有効な攻撃手段となる。


 爆弾の成果は上々だ。

 装備品による炎対策は完璧だったし、防御体勢も取っていた。

 にもかかわらず、俺自身もHPが半減しているが、それも大したことではない。

 俺の受けた被害より、敵の受けた被害のほうが深刻なのだから、これくらい我慢するさ。


「さあ……掃除を続けよう」


 生き残った敵に駆けより、俺はダメージヒールをかけていった。


 なかには、俺に反撃してくる奴もいた。

 けれど、敵の数は残り少ないうえ、残った敵も重傷を負っているのが大半だった。

 そのため、作業が完了するのも5分とかからなかった。


 あっけないな。

 まるで歯ごたえがない。

 ここへは遊びに来たわけではないが、拍子抜けだ。


「ぐ……あんた……無茶苦茶してくれんじゃないのよう……」


 広間だったところの奥に位置していた部屋。

 そこにサードはいた。


 部屋の壁は吹き飛んでいて、サードはそれによってできた瓦礫の下敷きになっていた。

 若干離れた場所に隠れていたためか、ダメージ量は他の敵より少ないようだが、もう動けそうにないって様子だ。


「お前たちを倒すためなら、どんなことでもしてやる」

「へー……ずいぶん……恨まれちゃったみたいねー……サードちゃんたちはさぁ……」


 サードはか細い声をあげると、ゆっくりと目を閉じた。


 HPはまだあるから、おそらくは気絶したんだろう。

 気絶したっていうなら、俺にとっては好都合だ。


「……よっと」


 俺はサードの上に被さっていた瓦礫を撤去した。

 そして、力なく横たわっているサードの体を持ち上げ、自分のアイテムボックスのなかへと入れた。


 全滅させるつもりだったが、こいつには異能機関の情報を洗いざらい吐いてもらおう。

 あのテイム男よりはマシな情報が得られるかもしれない。


 それに、もしかしたら、アイツ(・・・)についても、なにか知っていることがあるかもしれない。

 どうやら、アイツはここにいないみたいだしな。

 もともと、期待はしていなかったが。


 そんなことを思いながら、俺は洋館の外へと出ていった。


「し、シン殿! さっき大きな爆発音が聞こえたが、大事はなかったか!?」


 外に出ると、すぐさまクレールが俺に近づいてきた。


 ちょっと心配させてしまったか。

 まあ、いきなり爆発音とか聞こえてきたらビックリするのも当然か。


「問題ない。それより、早くこの場を離れるぞ」

「え……あ、うむ、そうだな」


 爆発音を聞いてか、近隣に住んでいたらしき人々が集まりだしている。

 事情聴取を受けてもメンドウだから、さっさと退散しよう。


 ここでの一件については、早川先生に報告すれば、地球人プレイヤーの調査員によって、街の人の動揺もとりあえず落ち着くだろう。

 地球人プレイヤー同士のイザコザが原因だと知れれば、アース人への心象はよくないが、その辺りは早川先生たちが上手く誤魔化してくれる(と思う)。


「ちなみに、シン殿が侵入している間、建物のなかからは誰も出てこなかったぞ」


 足早に場を離れる途中、クレールから報告を受けた。


「そうか。見張りありがとうな、クレール」


 どうやら、ちゃんと見張りをしてくれていたようだ。

 地味な仕事ではあるが、ありがたい。


 なので俺は感謝の気持ちを込め、クレールの頭を軽く撫でた。


「…………」


 人の頭を撫でる動作も、最近ではクレールにばかりだ。

 そのことが、どうにも俺の心をざわつかせる。


「……もうここに用はない。『ミレイユ』に戻るぞ、クレール」

「うむ」


 俺は内心に抱いた焦燥感をクレールに悟られぬよう、歩くスピードを速めた。

 こうして、俺たちはその場を去った。


 目立った収穫は、異能機関のアジトの1つを潰したことと、主要メンバーであるらしき敵の捕獲。

 間接的にではあるが、俺の目的が果たされるのに、一歩前進したといえる成果だろう。


 特に、サードの捕獲は大きい。

 こいつから、また情報を引き出して、アイツ(・・・)のところまでたどり着いてやる。

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