襲撃
尋問を終えた俺の目の前に、ミナが現れた。
彼女はこちらに真剣なまなざしを向けつつ、若干荒くなった息を整えている。
おそらく、ここまで走ってきたのだろう。
「……俺になにか用か、ミナ」
ここへ来た理由は俺にあるのだろうと思い、彼女に問いかけた。
彼女と直接話しをするのも久しぶりだ。
俺が意識して避けていたわけだが、はたして、どんなことを言われるのか。
「なにか用か、じゃないわよ! あなた、また1人で勝手に動いて、レイドボスを倒したそうじゃないの!」
ミナは眉をつりあげ、俺に怒鳴り声をぶつけてきた。
なんだ。
そのことか。
もっと他に嫌なことでもあったんじゃないかと身構えたが、それはいらない心配だったようだ。
「いいだろ別に、そのくらい」
俺だって子どもじゃないんだ。
1人で出かけたことを怒られるような年じゃない。
ましてや、そんなことを同級生に怒られる筋合いはない。
「いいわけないでしょ! 1人で動くなって、あれほど言ったのに……なに考えてるのよ!」
「…………」
なに考えてるの、か。
それは、お前もなんとなくわかってるだろ。
わかっていなくとも、どうでもいいが。
「逆に訊くが、なんで俺は1人で動いちゃいけないんだ?」
「え? そ、それはもちろん……1人で行動するのは危ないから――」
「危ない? 俺を馬鹿にしているのか」
「な……」
俺は現存の地球人のなかで一番強い。
そう、誰よりもだ。
しかし、あらゆる理不尽を覆すほどではなかった。
戦うことしか取り柄なんてないっていうのに。
一時期は、誰かを守れるし、幸せにできる、なんて思い上がったことも考えていた。
けれど、そんな力など、俺には備わっていなかったんだ。
「群れていないと身を守れない、なんていうのは弱い奴の考えだ。そんな理屈に俺を当てはめるな」
「で、でも……あなただって常に強いわけじゃないでしょ!」
「いいや、俺はどんなときでも強い」
1人である限りはな。
「むしろ、群れていると俺は弱くなる。俺にとって、仲間なんていうのは邪魔な存在でしかない」
ダメージヒールをフル活用した俺のバトルスタイルは、単独戦闘でこそ真価を発揮する。
このことは、俺自身も、最初から気づいていたことだ。
アタッカー、タンク、ヒーラーの役割を高い水準で同時にこなせる俺は、たった1人でもパーティー級の仕事をこなせる。
だから、俺には仲間なんて必要ない。
「それは……私でもなの?」
「…………」
とはいえ、死霊装備を身に着けた数人の仲間と共闘することは、特に問題ない。
また、以前からパーティーやレイドでともに戦った経験のあるミナであれば、俺の邪魔になるようなこともないだろう。
それに、ミナは強い。
レベルも、俺同様に100を超えている。
『100越え』を果たした地球人は、総勢で50人もいないと聞く。
もはや、中高生組のなかだけにとどまらず、地球人全体から見てもトップクラスの実力を持っていると言えるだろう。
「今の私は……あなたにとって足手まといかしら?」
しかし……。
「ああ、邪魔だし、足でまといだ。当然だろ」
俺はミナを拒絶した。
そうしなければいけないと思った。
多分、ミナは俺を心配してくれているんだろう。
過去を振り返ってみても、彼女はいつも、俺の味方をしてくれていた。
けれど、その厚意を素直に受け取れるほど、今の状況は甘くない。
「……以前のあなたなら……そんなことは絶対言わなかったわ」
ミナは寂しそうに呟いた。
絶対、とまで言うか。
妙なところで信頼されていたようだな、以前の俺は。
だが、そんな俺は、もうどこにもいない。
これでミナもわかってくれただろう。
「でも……やっぱりあなたは、優しいままだわ」
「……優しいだと?」
「そうでしょ。どうすれば他人が傷つかないか悩み続けられる人が、優しくないはずないもの」
「…………買いかぶりもいいところだな」
俺は、優しくなんてない。
そう見えたのだとしたら、それは誤解というものだ。
「ただ単に、俺は人から嫌われたくなかっただけだ。悩んだように見えたのなら、それは、どうすれば人に嫌われないかを悩んでいたんだろう。勘違いも甚だしいな」
俺の場合は、”優しい”ではなく”臆病”っていうんだよ、ミナ。
そんなものは、全然優しくなんかない。
「人から嫌われたくないって思いだけなら、あそこまで親身になって、人に戦い方を教えたりなんてしないわよ。私をはじめ、あなたから戦い方を教わった人たちは全員、そう思っているはずだわ」
「…………」
どうやら、ミナは勘違いをやめてくれないようだ。
それならそれで、別にいい。
俺にはどうでもいいことなんだから。
「無駄話は終わりだ。俺はもう行くぞ」
これ以上、ミナと話をするわけにはいかない。
そう思った俺は、その場でとめていた足を前へと動かし始めた。
背後から俺を呼びとめるような声が聞こえてくる。
しかし、俺はその声を無視して歩き続けた。
「……シン殿」
すると、今度は影のなかから声が聞こえてきた。
これは、クレールの声だ。
ミナは俺が1人だと言ったが、実際の俺はクレールと2人で行動している。
まあ、それはミナもなんとなくわかっているはずだ。
1人、というのは、俺が地球人とつるまなくなったことを言っているんだろう。
本当なら、俺は正真正銘、単独で行動したかった。
しかし、それはクレールが許さなかった。
「我は、なんと言われようが、シン殿の傍にいるぞ」
「……わかってる」
これにより、どれだけ俺が救われたことか。
俺なんかが、そんなことを思ってはいけないというのに。
感謝といたたまれなさが混ぜこぜになって、複雑な気分だ。
……今はそんなことを考えている場合じゃないか。
「外に出たら『龍王の宝玉』を使う。頼めるか?」
「うむ。どこへなりとも連れて行ってやろう」
今回は移動手段として『龍王の宝玉』を使い、目的地まで一気に飛ぶ。
その際に必要なエネルギーと、空間接続先の細かな場所指定はクレールに任せることにした。
「……ありがとうな、クレール」
「礼にはおよばん。その代わり、後でシン殿からデスヒールをたっぷり貰うぞ」
「ああ、いいだろう」
こうして俺とクレールは、敵のアジトへと向かったのだった。
始まりの町『ミレイユ』をあとにした俺たちは、目的地の街『ルルック』へとやって来た。
一応、『龍王の宝玉』の空間接続なる魔法については、あまり周知されていない。
今回も、人に見られないような場所で使用した。
クレールに接続場所の指定を細かくさせたのも、そのためだ。
俺が『龍王の宝玉』を使うこともできるが、その場合は町の入り口だとか、大雑把なところにしか移動できない。
それに、エネルギー的に見ても、あとでクレールにダメージヒールを与えるほうが効率がよかったりする。
「……こんな近くに敵のたまり場があったなんてな」
そして俺は今、1つの大きな洋館の前にたたずんでいる。
『ルルック』には何度も訪れたことがあるが、すみずみまで見て回った、というわけではなかった。
この洋館がある区域にも、今日初めて来た。
しかし、それでもだ。
こんなすぐ近くに敵の住処があったのだと考えると、無性に腹が立つ。
「それで、ここから先はどうするつもりなのだ?」
クレールが俺の背後に立ち、問いかけてきた。
なので俺は、一度深呼吸をしてから、彼女に答える。
「もちろん、ここにいる敵は全員潰す。今なら、敵もまだ俺の動きに気づいていないだろうからな」
俺が『テキサス』でレイドボスを倒してから、まだ1日も経過していない。
なら、まだここに敵が潜んでいるかもしれない。
『テキサス』に他の敵が紛れ込んでいたなら、テイム男が俺たちに捕まったこともバレるから、もうこの洋館はもぬけの殻になっているだろう。
だが、その可能性は低い。
通常であれば、始まりの町からこの街へと移動するのにも、数日はかかるわけだからな。
敵側も、情報が漏れてから1日も経たずに襲撃されるなどとは思っていないはず。
つまり、このタイミングなら、敵がまだここにいてもおかしくはない、というわけだ。
「襲撃方法は、なにか考えているのか?」
「ない。正面から堂々と乗り込む」
暗殺や奇襲は俺の専門外だ。
敵が何人待ち構えていようとも、全員薙ぎ払ってやる。
「あと……お前は手を出すなよ、クレール」
俺の戦いに彼女を巻き込むつもりはない。
ついてくることまでは許すが、一緒に戦うことは駄目だ。
アース人であるクレールが地球人に危害を加えることは、できるだけ避けたほうがいい。
争いの種火になりかねないからな。
それに、俺が単独で攻めてきた、ということにすれば、敵も舐めてかかってくれるかもしれない。
こういった面でも、俺が1人で戦う意味はあるといえる。
……まあ、それ以前に、これは俺たち地球人同士の戦いだ。
この戦いは地球人だけで行うべきだろう。
「……そうか。では、我はこの建物から人が出てこないかどうか、見張っていよう」
「ああ、頼む」
確かに、俺1人では敵を逃がしてしまうかもしれない。
こういったフォローをこなしてくれるクレールには頭が上がらないな。
「だが、無理に引き留めるようなことはしなくていいからな。あとで、どんな奴が出てきたのか教えてくれれば、それでいい」
「了解した」
クレールは俺の注文を素直に受け入れ、近くにあった建物の影に身をひそませた。
「……さて、行くか」
そうして俺は、単独で敵のアジトへと乗り込んでいった。