尋問
7月11日投稿再開。
活動報告にて書籍版『ビルドエラーの盾僧侶』第3巻のカバーデザインを公開しておりますので、そちらもご注目ください。
今回のカバーデザインはフィルがメインです。
国立異能開発大学付属第二高等学校の1年2組に所属する俺、一之瀬真は、異世界である《アース》の調査を行っていた。
アースでの俺は、仲間たちと協力して、地下迷宮『ユグドラシル』を攻略する毎日を送っていた。
多少のトラブルがありつつも、地下50階層までは攻略も順調に進んだ。
振り返ってみれば、この頃の俺が一番満ち足りていた。
しかし、そんな日々も、そう長くは続かなかった。
12月上旬。
ユグドラシルの攻略は、地下90階層まで到達した。
今の俺は、クレールとだけ行動をともにする毎日を送っていた。
地下迷宮『ユグドラシル』の地下90階層レイドボス『イフリート』を撃破した翌日の早朝。
俺は大使館へ赴き、早川先生と会った。
「……早いな。おはよう、一之瀬君」
早川先生は俺を見ると、若干バツが悪そうにしながらも挨拶をしてきた。
「俺が昨日つれてきた男から、なにか有益な情報は得られましたか?」
対する俺は、特に挨拶を返すこともなく、訊ねた。
昨日、イフリートをテイムした男の身柄を、早川先生たちに引き渡した。
すでに半日経過しているのだから、なにかしらの情報を吐き出させているだろう。
「……いや、今は尋問役の進藤先生がログインするのを待っている段階で、まだこれといった情報は得られていない」
「…………」
と思っていたのだが、どうやら進展は一切ないようだった。
がっかりだ。
昨日、『あとは我々に任せて、君はゆっくり休んでいなさい』と言ったのは、どこのだれだったか。
「男は今、どこにいますか?」
「? この建物の地下に閉じ込めているが」
「わかりました」
俺は男の所在を聞き、踵を返した。
「待て、一之瀬君。どこに行くつもりだ」
「どこにって、地下に行くつもりですが?」
やはり、他の人間に任せるべきじゃなかった。
早川先生たちがやらないなら、俺が直接やってやる。
「……なにをしにいくつもりだ」
「それはもちろん、尋問ですよ。このまま先生方に任せていても、埒が明かないですからね」
「……進藤先生がログインするのを待つことはできないのか?」
「できません」
そんな悠長なことをしている気にはなれない。
情報は早く引き出したほうがいい。
「失礼しました」
俺は早川先生にそう言い残し、部屋をあとにした。
早川先生と別れた俺は、大使館の地下へとやってきた。
このスペースへは初めて入ったが、そこまで入り組んだ構造にはなっていないから、迷うことはない。
目的の男のいる場所を細かく訊いてはいなかったため、ひとまず、人のいそうなほうへと歩いていく。
「なんだ君は。ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」
すると、1つの扉の前に立っていた地球人に声をかけられた。
多分、見張りをしていたのだろう。
なら、この先に見張りをたてなくてはいけないようなものがある、ということか。
「……ん? 君は、もしかして《ビルドエラー》か?」
「そうだ。昨日、俺が連行してきた男と話をするために来た、通してくれ」
十中八九、扉の先に例の男がいるとふんで、俺は堂々とした口調で告げた。
「いや、待て。私は面会があるなどとは聞いていないぞ」
まあ、許可なんて取ってないのだから、当然だろう。
しかし、ここで引き返す気など、俺にはない。
「連絡に不手際があったんだろうな」
「あ、ちょ、き、君!」
俺は首を傾げる見張りの横を通り過ぎ、扉のドアノブに手をかけ、部屋のなかへと強引に入っていった。
「……やっぱりここにいたか」
部屋のなかには、さらに2人の監視と、予想通り、昨日『テキサス』で捕まえたフードの男がいた。
男は手足を縛られ、椅子に座らされている。
見たところ、手荒いことはされていないようだ。
手ぬるいな。
「……なんだ、誰かと思えば、またお前か――っ!?」
男は胡乱な目つきをこちらに向けてきた。
だが俺は気にせず、男の座る椅子を思いっきり蹴り飛ばした。
男は椅子とともに倒れ込み、「ぐあっ!」と驚きの声をあげる。
「な、なにをしているんだ、君は!」
監視もまた、俺の取った行動に驚きを隠せないようだ。
「ただの尋問だ。殺しはしないから、安心しろ」
そう。
俺はただ、尋問をするためにここへ来たんだ。
情報さえ手に入るのなら、なにもしやしないさ。
とはいえ、そんな簡単に手に入るとは思ってないから、最初から手荒くいかせてもらうが。
「さあ、吐け。お前の仲間がいる場所を」
ひっくり返った男の腹を踏みつけつつ、俺は問いかけた。
「ぐっ……! そ、そんな情報、俺は知らないな!」
「かもしれないな。お前は俺という存在を知らないくらい、この世界に関して疎い馬鹿ヤロウなんだから」
俺が追っている組織《異能機関》には、パワーレべリングによって力を得た『養殖組』という戦闘集団がいる。
そいつらは戦闘面で厄介なのだが、それ以外のことに関してはからっきしだ。
使い捨て前提なのか、ロクな情報を持っていない。
目の前にいる男も、おそらくはその1人なのだろう。
「でも、仲間が集まる場所の1つくらい、知ってないと困るだろ」
「し、知らないものは知らない! お、俺はもう組織を抜けた身だ!」
「……組織を抜けただと?」
「そ、そうだ! レイドボスという強力なモンスターを手に入れたんだから、もうあいつらに従い続ける必要もないだろうと思ってな! 町や村で暴れたのも、生活をするのに必要な金品や食料品を手に入れるためだったんだ!」
そうだったのか。
まあ、あんなところで暴れた理由については、俺も少し気になってはいた。
しかし……。
「お前の事情なんか聞きたくない」
「グアッ!?」
俺は男に『オートリザレクション』をかけた後、『エクスヒール』をブチ当てた。
それにより、男のHPバーがすべて吹き飛び、次の瞬間には1ドット戻った。
「き、君……これは、いくらなんでもやりすぎじゃ――」
「うるさい。殺しはしないから、黙っててくれ」
監視の連中は、俺の行動に驚きを隠せないでいる。
だが、俺はここで手を抜くなんてことはしない。
「どうだ、痛いだろ」
「は……ぁ……」
男は全身の痛みに耐えるので必死な様子だ。
HPが1ドットしかないという状態は、俺たちにとって、かなりつらい。
普通の神経をしていたら、立ち上がることすらままならなくなる。
「ここにポーションがある。素直に情報を提供してくれたら、飲ませてやってもいい」
続けて俺は、アイテムボックスから1本の小瓶を取り出し、男の目の前でチラつかせた。
HPが残りわずかという状態では、ただのポーションでさえも交渉材料になる。
この尋問方法は、わりと効果があるから便利だ。
「だ……誰が……そんな条件……飲むか……」
「そうか。残念だ」
だが男は、そう簡単に口を割らないようだ。
組織から逃げてきたと言っているわりに、義理堅いな。
いや、義理とかそういうことで、口を割らないわけじゃないか。
「お前がどれだけ長く口を閉ざしても無駄だ。俺たちの仲間には人の思考を読む異能を持った奴がいる」
「な……に……?」
「異能機関の連中も、それは知っているだろう。つまり、お前が俺たちに捕まった時点で、お前の持つ情報はすべて知られてしまったと、あいつらは考えているはずだ」
「…………」
「お前たち養殖組に大した情報が与えられなかったのも、そういうことだ」
まあ、俺たちのような敵対するであろう人間に関する情報くらいは、教えられてしかるべきだと思うんだがな。
異能機関がどういった教育を養殖組に施していたのか、よくわからない。
多分、本当に戦闘関連だけで起用する駒扱いだったのだろう。
「だから、ここでお前がなにを話そうとも、大局的にはなんら変化しない。無駄なんだよ、お前の強がりは」
「無駄……だと……」
「ああ、そうさ、無駄だ」
この男は、異能機関からの報復を恐れている。
そのため、なかなか口を割ろうとしていないのだろう。
しかし、自分が捕まった時点で、もはや結果はなにも変わらないのだと理解すれば、どうなるか。
「だ、だが……お前の言っていることが……真実だとも……限らない……思考を読む奴がいるだなんていうのが……お前のでっち上げだとしたら……」
「異能機関に所属していた頃、お前は敵に捕まった場合の対処法を学んだことがあったか? ロクに情報を与えられない環境に、違和感を抱いたことはなかったのか?」
「そ、それは……」
俺の問い詰めを受け、男は視線を彷徨わせ初めた。
どうやら、俺の言っていることは図星のようだな。
HPの急激な減少と、今の言葉のやり取りで、精神的に相当揺らいでいるように見える。
そろそろ、口も緩くなってくれないものか。
「どうせ、異能機関とは縁を切ったんだろ? だったら、俺たちのほうに寝返るのも悪くはないんじゃないか?」
「…………」
「ここで素直に情報を提供することが、お前にとってのベストであるはずだ。少なくとも、身の安全は保障されるさ」
俺は男の腹から足をどけ、優しく、諭すように語りかけた。
この男は、地球で異能機関から害を受けるような立場にはいない、傭兵のようなポジションなのだろう。
たまたまクロクロアカウントを取得していて、異能開発局との接点も少なかったから、異能機関に金を積まれてスカウトされた。
養殖組の大半は、そんな奴らだ。
だから、そんな奴らには甘い言葉がよく効く。
組織のためではなく自分のためだけに動いているわけだからな。
「…………わかった。話せばいいんだろ……話せば」
男は舌打ちをしつつも、とある町に建てられている洋館の名を口にした。
「俺たちがよく集まっていた場所だ……そこに行けば……異能機関のメンバーに……もしかしたら会えるだろうよ……」
「そうか」
やっと折れてくれたか。
この情報が嘘ではない、という保証はない。
が、行ってみる価値はあるだろう。
「ほら……言ったぞ……これで……俺の身の安全は保障してくれるんだろうな……?」
体の痛みに耐えている様子で、男は俺に問いかけた。
「…………」
対する俺は、ポーションをアイテムボックスのなかへと戻し、、扉のほうへと歩いていった。
「お、おい……なんで無視するんだよ……俺は……ちゃんと情報を提供した――」
「お前の今後を決定するような権限なんて、俺にはない。保身に走りたいなら、これから来る尋問役の女にでも懇願するんだな」
「そ、そんな……」
俺は静かに退室した。
どんな事情があったとしても、この男が町や村で暴れたことは事実だ。
初めから情状酌量の余地などないし、ポーション1本ですら恵んでやる気など起きない。
そして、多分、これから来る尋問役の女は、俺以上に容赦がない。
あの男が助かる見込なんて、まずないだろう――。
「待ちなさい! シン!」
「…………」
誰かが俺を呼びとめた。
俺はその声のしたほうへと視線を向ける。
そこには、ミナの姿があった。