勝利、そして……
フィルが、ダークの仮面を被った敵に倒されかけていた。
それを見た俺は、ポケットのなかから青いプレートを取り出し、砕いた。
『アビリティジャマー』。
これは、以前に早川先生から貰った切り札だ。
空間転移系の異能者対策として持っていたものだが、今が使いどころだろう。
「……くっ」
プレートを砕いた瞬間、激しい倦怠感が俺を襲った。
多分、これで俺はしばらくの間、異能の行使ができなくなる。
でも、そのかわり、俺を足止めしていた謎のスリップ現象も消滅した。
やっぱりこれは異能によるものだったようだな。
俺は頭のなかでそう分析しつつ、フィルのほうへと走っていった。
「フィル!」
走っている途中、俺はフィルに向かって叫んだ。
すると、ダークと同じ仮面を被った男がこちらを向いた。
あのヤロウ……さっきはフィルになにを叩きつけやがったんだ。
モノによってはタダじゃおかねえぞ。
「いいぜ……かかってきな! 《ビルドエラー》! 相手になってやる!」
どうやら、向こうも相当カッカきてるようだな。
だったら話は早い。
問答無用だ。
敵は全力で叩き潰す。
「『エクスヒール』!」
回避不可能な距離まで詰め寄ったところで、俺は仮面の男にダメージヒールを放った。
こいつは俺と接近戦をするつもりだったのかもしれない。
でも、俺がダメージヒールの使い手である限り、こういうガチンコ勝負では――。
「お前の回復魔法に対策を打ってないとでも思ったか?」
「……なに?」
ダメージヒールを受けたにもかかわらず、仮面の男は倒れなかった。
むしろ、HPバーが全快しているように見える。
これは……もしかすると……。
「……死霊装備か」
「正解」
仮面の男が腕の袖をまくると、そこから死霊の腕輪が出てきた。
なるほど。
俺がダメージヒールを撃ってきた場合を想定して、こんな対策までしていたとは。
どこまで用意周到なんだ。
「この程度で驚いてんじゃねえよ」
仮面の男はそう言って、両手に持った2本の短剣で俺に攻撃を仕掛けてきた。
ダメージヒールは効かない。
であれば、『クロス』で叩くまでの話だ!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「ッ!」
俺は『時間暴走』ナシで、仮面の男と真っ向から戦った。
この男は敏捷ステータスである『AGI』にも結構振っているようで、動きの速さでは勝てない。
だが、俺はこれまで培ってきた戦闘技術と勘をフル活用し、対等以上の戦いができていた。
今の俺の動きは、未来予測の領域に達している。
これから敵がどのように動くか、それが感覚でわかるのだ。
なら、多少スピードで負けていようと、この戦いで俺が負ける道理などありはしない。
「うらッ! そこォッ!」
俺の読みは当たった。
51手目にして振り下ろした『クロス』の先端が、仮面の男の左手首に命中した。
ここに審判がいれば、まず有効だと判断される攻撃だ。
『クロス』によるステータスダウン効果も与えられただろう。
「まだまだぁッ!」
俺はそこで手をとめることなく、怒涛の連続攻撃を仕掛けた。
手心を加える気はない。
俺たちに危害を加えたことを後悔させてやる。
「…………グッ!」
そんな攻撃の最中、俺は『クロス』で男の仮面を突いた。
すると、仮面の一部が割れ、その奥にあった男の目と目が合うことになった。
――仮面が割れて、素顔の一部が見えるようになったためだろう。
男のキャラネームが俺の網膜に現れた。
仮面を付けた男の名は――。
「へえ……『カルア』っていうのか、お前」
「……チッ」
俺がキャラネームを口にすると、仮面の男であるカルアは忌々しそうに舌打ちをした。
だが、すぐに調子を取り戻したようで、俺から距離を取りだした。
「……あーあ、この仮面、結構気に入ってたのにな」
「それも元は盗品だろ」
カルアが身に着けている仮面はダークの所持品だ。
盗んだ物を気に入って使い続けるなよ。
そもそも盗むなって話ではあるけど。
「……おい! トウマ! いつまで遊んでいるつもりだ!」
俺から十分距離を取ったところで、カルアがトウマという男に怒鳴り声を上げた。
トウマって、確か白い仮面をつけた奴のことだよな。
ミナと話をしていたっぽいが、結局あいつはなんだったんだ。
戦闘には全然参加していなかったみたいだし。
そんなことを思っていると、トウマとおぼしき奴がカルアのほうへと走り寄った。
「わーい! ミーナちゃんから生のサイン貰っちゃったー!」
……ミナたちはさっきまでなにしてたんだよ。
一応、ここは戦場だったと思うんだが。
なんでサインとか書いたり貰ったりしてんのよ。
というか……。
「それ、『グングニル』じゃねえか!」
俺はトウマが持っている槍を見て、思わず声を荒げた。
槍の形状をした神器『グングニル』。
『クロス』、『ラグナロク』、『アリア』、『アルテミス』と同様、封印されていた武器の1つだ。
多分、『アルテミス』と一緒に盗まれていたんだろう。
そんな神器に……ミナのサインが書かれている。
本当、なにやっちゃってんだよ。
見る人が見たら卒倒するぞ。
「30秒だけこいつを抑えろ。俺は俺で、やることがある」
「え? 俺が?」
カルアが指示をすると、トウマはキョトンとした様子で、人差し指を自分のほうに向けた。
「抑えろと言わず、倒してくれても構わないぞ」
「まあ、お前の頼みなら聞いてやらんこともない。今日はお前のおかげでミーナちゃんに出会えたわけだし!」
どうやら、今度はトウマって奴が俺と戦う気みたいだな。
いいぜ。
誰が相手でも、俺は受けて立つ。
「さあ、いくぞ!」
俺はそう言って、トウマのほうへと走り出す。
「戦意マンマンだな……だったら俺も、それなりに本気で――」
「ちょ、ちょっと! 私との約束はどうなったのよ!」
「あ」
ミナがトウマに声をかけた。
すると、トウマはマヌケな声を出しながら硬直した。
約束ってなんだ。
よくわからないけど、これで攻撃をとめる気など、俺にはない。
俺はトウマにダメージヒールをかける。
「『エクスヒール』!」
「あんぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
「…………」
……ダメージヒールがトウマに命中した。
それも、無抵抗な様子で。
なにこれ。
俺、攻撃してよかったんだよね?
トウマのHPバーが吹っ飛んだけど、俺はなにも間違ったことしてないよね?
多分、トウマは俺のダメージヒールを知らなかったんだろう。
じゃないと、ここまであっさりと当たるわけがない。
でも、俺の回復魔法発動動作は小さくなかった。
なにかしてくる、くらいのことは思って、しかるべきなはず。
もしかして、これはミナの言う『約束』が関わっていたりするのか?
「ぐおおおおおおおおおおおおお!」
そんな考察をしていると、トウマが四つん這いになりながらも、ドタバタと俺から離れていった。
本当は追撃をかけるべきなんだが、その姿があまりにもあんまりなので、俺は思わず思考停止して苦笑いを浮かべた。
よく見ると、トウマのHPバーは1ドットだけ残っている。
多分、防御スキルが働いて、HP全損を免れたんだろう。
「いでででででで! へ、ヘルプ! ヘルプミー!」
とはいえ、トウマはHPを失いすぎた。
周りに救援要請を送ってるし、かなり苦しそうに地面をゴロゴロしている。
「30秒も持たなかったのかよ……」
味方の無様な様子を見て、カルアがため息をついている。
「とりあえず、お前はもう俺のアイテムボックスのなかに引っ込んどけ。アビリティジャマーを付けてな」
「そ、そうする……」
トウマは弱々しく立ち上がり、カルアのアイテムボックスのなかへと入っていった。
……結局、あいつはいったいなんだったんだ。
ミナからサイン貰うためだけに来たのかよ。
わけがわからん。
「……ん?」
よく見ると、カルアは短剣装備から弓装備にチェンジしていた。
今度は遠距離で俺たちに戦いを挑む腹積もりか?
「……ざっと50メートルってとこか」
と思っていたら、カルアは俺たちとは違う方角を向いて、矢を番える。
その方角には……アギトに倒されて壁にめり込むことになった戦士職らしき男がいた。
「俺たちの情報を流されても嫌だからな。お前はここで死ね」
カルアはそう言うと、矢を放った。
仲間であるはずの、その男に向けて。
「させるか!」
矢と男の間に、アギトが割って入った。
アギトは大盾を構え、矢を弾く体勢を取っていた。
俺たちを襲った奴らを生け捕りにできるなら、いろいろ情報を引き出せると踏んでの行動だろう。
でも……それは悪手だ。
「やめろ! アギト! その矢に触れるな!」
俺は叫んだ。
今ならまだ間に合うと信じて。
「…………! ぐ……あああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!」
アギトの大盾に矢が命中した。
普通なら、矢が大盾に弾かれて終わる。
しかし、そんな結果を許さないのが神器『アルテミス』だ。
カルアの持つ『アルテミス』から放たれた矢は……大盾を粉砕した。
それだけにとどまらず、矢は鎧で守られたアギトの左肩を貫通し、そのまま戦士職の男の胸に命中した。
「……ぁ……あぁ……」
矢を受けた男のHPはゼロになった。
いや……あいつだけじゃない。
左肩を撃ち抜かれたアギトまでもが……HPを全損していた。
神器『アルテミス』。
その弓には、『標的までの距離が長ければ長いほどに威力が増大する』という特殊能力が備わっている。
さっきカルアは50メートルとかなんとか言ってたが、それだけ離れていれば十分な威力が出る、という意味だったんだろう。
俺は頭のなかでそう考察しながら、アギトのもとへと駆け寄って蘇生魔法『リザレクション』を唱えた。
敵の男のほうは……間に合わなかった。
「ぐ……! はぁ……はぁ……シンか……礼を……言うぞ……」
HPが1の状態で蘇生したアギトは、膝をついて荒い息をつきながらも俺に頭を下げてきた。
俺はタンクだが、ヒーラーでもある。
これくらいのことは、して当然だ。
「シンさん!」
「シンくん! 大丈夫だった!?」
と、そのタイミングで、俺のところにフィルとサクヤ、それにユミが駆けつけてきた。
「俺のほうは大丈夫だ。それより俺は、みんなのほうが心配だったぞ」
「みんなも大丈夫だよ。氷室君たちには先生たちを呼びに行ってもらってるから、あともう少しの辛抱だ」
俺の問いかけにユミが答えた。
どうやら、全員無事のようだ。
「それより……今はあの敵と、どう戦うかを考えなくちゃだね……」
「ああ……そうだな」
今のところは全員無事といっても、まだ敵はここにいる。
特に、『アルテミス』を持った奴には要注意だ。
早いとこ距離を詰めないと、アギトの二の舞をくらいかねない。
「気をつけて、シン君。弓を持ったあの敵なんだけど、おかしいところがあった」
「おかしいところ?」
「さっきの矢……進む先の風が避けていったんだ。どうやってるのかまではわからないけど、多分、彼は空気抵抗を一切受けない矢を放てるんだと思うよ」
そうなのか。
なら、あいつの放つ矢は実質、重力くらいしか影響を受けていなかったってことになる。
命中精度は相当なものになるだろう。
「お前、いい目してるな。大正解だ」
カルアがユミを褒めだした。
ユミの異能は『風読み』。
だからこそ、ユミはその現象を知ることができたのだろう。
「でも、これからどう戦うかまでは考えなくていいぞ。俺たちはもう帰るから」
「……本当かな?」
「本当だよ。思いのほか、お前たちが強すぎたせいでな」
カルアはそこで舌打ちをした。
「今日のところはお前たちの勝ちってことにしといてやる」
そして、カルアは続けてそう言うと、覆面の男のほうへと歩いていった。
生き残っている他の敵も、全員そこに集結している。
帰る、というのは本当のことみたいだ。
「深追いはしちゃ駄目よ。シン」
俺たちのほうも、俺を中心にして集まりだした。
そのなかで、ミナが俺に忠告めいた言葉を発した。
「……わかってる。ここでの戦いはこれでお終いだ」
先生たちがくるまで粘る、という選択肢もある。
だが、異能が使用不能となっている今の俺は万全の状態じゃないし、みんな疲れている。
ここで無理に戦って被害者を出してしまったら、目も当てられない。
「ああ……でも、これだけは言っとく」
もはやここでの戦闘はないとして、撤退準備が整った。
そんな様子の敵のなか、カルアは俺のほうを見た。
「俺はお前が気にいった。今度会うときは、最高の舞台を用意してやる。だから……楽しみにしてろ、《ビルドエラー》」
「…………」
それは、呪いの言葉だった。
俺に向けられた、純粋な敵意。
このとき、俺は底知れぬ嫌な感覚を胸の内に抱くこととなった。
「……消えた……わね」
敵の集団が消えた。
現れたときと同様、音もなく忽然と姿を消した。
空間転移……厄介な力を持った奴が敵にいやがるな。
今更のことではあるけど。
「なにはともあれ、やったねみんな!」
「……そうだな」
変な横槍が入ったけど、俺たちは全員無事だった。
味方は誰も死んでないし、レイドボスも倒せた。
最後に嫌な言葉を貰ったけど、物理的な実害はない。
ここは、喜ぶべき場面だろう。
「俺たちも地上に戻るか。打ち上げ会もしたいし」
「そうだね! 今回は先生たちにいろいろ説明しないとかもだけど、それが終わったらパーッと騒ごう!」
「ん……楽しみ……です」
「結構元気そうね……あなたたち……私は、なんていうか疲れちゃったわよ……主に精神的なところが」
「あはは……まあ、とにかくみんな、お疲れ様」
俺たちはそこで気を抜き、漂う空気も和やかになっていった。
地上にはクレールも待たせている。
早く帰って、俺たちの無事を知らせよう。
「打ち上げは重要だが、期末テストのことも忘れるなよ。特にシン」
「う……」
回復剤をチビチビと飲むアギトのツッコミを受け、俺は顔をひきつらせた。
すると、ミナたちからドッと笑い声が巻き起こった。
「大丈夫だよ! シンくん! シンくんには私がついてるんだから!」
「あ、ああ……できるだけ自力で頑張るけど、どうしても駄目そうなときは頼んだ……」
「うん! 私、超頑張っちゃうよ!」
相変わらず頼もしいな。
サクヤには、これからも俺のそばにい続けてほしい。
「さ、サクヤさんが頑張るなら……オレも頑張ってシンさんに勉強教える……!」
「いや、さすがに中学生のフィルに教えてもらうほど、俺の学力は低くないからな!?」
サクヤだけじゃない。
いつも俺の力になろうとしてくれるフィル、それに、地上で俺たちの帰りを待っているクレールにも、俺のそばにいてほしいと思っている。
そんな気持ちを再確認しながら、地上へと続く転移魔法陣に向けて、みんなとともに歩いてゆく。
「期末テストが終わったら夏休みだよ! 夏休みはずっと一緒にいようね! シンくん」
「……そうだな」
俺はサクヤに頷きながら、1つの約束をした。
すっと一緒にいるという、そんな約束を。
「オレも……シンさんたちと一緒にいる……」
「なら、夏休み中はみんなでアースを冒険して回るか、レべリング抜きでさ。きっと楽しいぞ」
「ん……楽しみ……」
俺たちの未来は明るく、楽しみなものだった。
これから先も、みんなと一緒なら、俺はいつでも笑っていられる。
「まあ、テスト勉強をするにしろ、夏休みの計画を立てるにしろ、まずは打ち上げ会をしてからだな!」
だから、俺は笑った。
みんなといられることに感謝しながら。
このときの俺は恵まれていた。
多分、一番幸福な時期だった。
テスト勉強について頭を悩ませつつも、みんなで打ち上げや夏休みについてを話したり……そんな、ごくごく普通の出来事のすべてが、幸せなものだったんだ。
それは、俺にとって……失ってはならない日常だった。
「ぁ…………」
目を、覚ました。
若干の肌寒さを感じながらも、朝の日差しを浴びて、夢から現実へと引き戻された。
意識の覚醒とともに、俺は体を動かそうとする。
「…………」
柔らかいものが頬に当たった。
この感触には……覚えがある。
「む……起きたか、シン殿」
「…………」
頭上からクレールの声が聞こえてきた。
どうやら、俺はクレールに腕枕ならぬ胸枕をされながら眠っていたようだ。
あんな甘ったるい夢を見てしまったのは、そのせいか。
「……クレール。俺のベッドに入ってくるなと、いつも言ってるだろ」
「いつも言っていることだが、これは我がしたいと思ってしていることだ。いい加減、諦めるがいい」
「…………」
クレールの胸に包まれて眠ると、どうも俺は昔のことを夢で見てしまう。
それは心地良い夢だが、目を覚ましたとき、最悪な気分になる。
「もう行くのか、シン殿」
「……ああ、休息は十分とった」
「そうか」
俺はベッドから起き上がり、手早く身支度を整えた。
「では、我はいつも通り、シン殿の影のなかに引っ込んでいよう。なにかあれば、いつでも我を呼ぶのだぞ」
クレールはそう言い残して、俺の影に潜り込んだ。
なにかあれば、か。
胸枕も、昨日の俺が、異能機関の男が使役するレイドボスを1人で倒したから疲れているだろう、と思ってのことだったのかもしれない。
クレールはいつでも俺のことを案じてくれている。
しかし、今の俺に、そういった優しさはいらない。
「さて……行くか」
そうして俺は、俺の目的のために、行動を開始した。