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優勢

 迷宮地下50階層レイドボス『クイーンビー』は、ダークの電磁砲レールガンによって撃ち落とされた。

 それと同時に、ボス部屋に設置されていた転移魔法陣が淡い光を放ち始めた。


「転移魔法陣が起動したよ! みんな、アレに向かって逃げるんだ!」

「地上に逃げることができた奴は、先生たちに連絡を取りな!」


 守りに徹していたノアと、火を起こす異能で敵をけん制し続けていた紅が、レイドメンバー全員に向けて叫んだ。


 ノアたちにとって、転移魔法陣の起動は重要な意味を持っていた。

 全体的に見ると防戦一方な戦況であるものの、地上へ戻れば、自分たちに味方してくれる大人たちと連絡ができる。

 この場で戦い続けるより、地上に逃げてしまったほうが被害も出にくい。

 そう判断したノアたちは、転移魔法陣近くで防衛線を張った。


「やった! それじゃあ逃げるぞ!」

「こんな気味の悪い連中と戦っていたくはない!」

「先輩方も、逃げ遅れないでくださいよ!」


 2年生と3年生が敵を引きつけているうちに、1年生のレイドメンバーが転移魔法陣へ次々に乗り、ボス部屋から姿を消していく。

 その様子を見ていたヴォルスは、兜のなかで顔を歪めた。


「な……クソッ! オイ! なに逃がしてんだ! コイツらはここで全員始末する予定だっただろうが!」


 怒りと焦りを隠すことなく、ヴォルスはカミカゼのほうを向いて、大声を上げた。


 獲物に逃げられている。

 しかも、その獲物は自分たちを狩る者をも呼ぼうとしている。

 これは、ヴォルスにとって、受け入れがたい状況だった。


「そ、そうだ……トウマはなにをやっているんだ! 仲間のピンチだぞ!」


 ふと、ヴォルスはトウマのことを思い出した。


 アイツならこの状況を打開できるかもしれない。

 そんな淡い期待を抱きつつ、ヴォルスはトウマを目で探す。


「書く面が平らじゃないから書きづらいわね……」

「すいません。あ、それとついでに『トウマ君へ、はぁと』って書き足してもらってもいいですか?」

「え? こ、こう……かしら?」

「そうです! 完璧です! いやぁ、ミーナちゃんから直接サインを書いて貰えるなんて、感激だなぁ」

「トウマアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ!!!!!」


 敵の女子からサインを書いてもらっているトウマの姿を見て、ヴォルスは絶叫した。


「俺と戦っている最中によそ見をするとは、ずいぶんと余裕だな」

「!!!」


 そんなヴォルスのすぐ傍で、アギトが静かに呟いた。

 トウマの様子を見て完全に集中力を削がれていたヴォルスは、アギトの動きを見落としていた。


「『シールドタックル』!」


 アギトはヴォルスの懐に潜り込み、盾装備専用攻撃スキル『シールドタックル』を発動した。

 それにより、アギトの持つ大盾は赤いエフェクトを放ちながら、ヴォルスの胴体へと命中する。


「ハァッッッ!!!!!」


 さらにアギトは、その攻撃スキルに合わせて、異能『衝撃』を全力で発動させた。

 その結果、ヴォルスの体は宙を浮き、ボス部屋の壁に叩きつけられることとなった。


「グアッ……ハッ…………!」


 壁にめり込みながら、ヴォルスは苦悶の声を漏らす。

 HPはまだ3割ほど残っていたが、今の攻撃でヴォルスの意識は途絶えた。


「決闘大会でお前が俺に負けた理由。それは、俺がお前より強かったからだ」


 アギトはそこで、ヴォルスを無力化したと判断した。


「俺にリベンジを挑む前に、まずは自身の技量を磨くべきだったな」


 そして、アギトはヴォルスへ最後にそう言い残し、シンたちのほうへと目を向けた。






「うーん、これはちょっと予想外だったね」


 覆面を被った男、カミカゼは、異能機関側が不利であるこの現状を素直に認めていた。


 異能開発局所属の中高生レイドが、思いのほかレイドボスを消耗させていたこと。

 自分たちの奇襲中にレイドボス倒されてしまったこと。

 パワーレべリングを施し、平均レベルは60をオーバーしている味方の『養殖組』が役に立たなかったこと。

 そのほか、細々とした理由により、この奇襲は完全に失敗だった、と判断せざるをえなかった。


 なかでも、レイドボスが早く倒されたことについては、完全に想定外だった。

 これについては、後衛アタッカーとして起用されることになったダークの存在が大きい。


 カミカゼたちは、前回までのレイドメンバーの情報しか収集していなかった。

 ゆえに、このような結果となったのだった。


「どうする? このままだと調査員の連中が数分でここに駆けつけてくるぞ」


 ダークの仮面を被った弓兵職の少年は、カミカゼに問いかけた。

 状況は切迫しているが、少年の声に焦りはない。


「しょうがない、撤退するしかないね。もう地上に逃げた子を追いかけるっていうのも現実的じゃあない。彼らを全滅させるのは、ほぼ不可能だ」


 また、カミカゼのほうにも焦りはない。

 計画通りにはいかずとも、ここでの失敗が致命的になるわけではなかったためである。


「そっか。でも、一応あいつだけは始末しておくかな」


 カミカゼの決定を聞きながら、仮面の少年はシンのほうを向いた。


「できるだけ手早く頼むよ。もう、地上から異能開発局側の増援がいつ来てもおかしくない状況だからね」


 そして、カミカゼは少年にそう言い残し、今もなお戦いを続けている味方を集めるべく、動き出した。

 彼は今回、強襲部隊の運搬役に徹していたが、立場上、部隊のまとめ役も担っていた。


「ああ……わかってる」


 離れていくカミカゼを見送りながら、仮面の少年は弓を構えた。


 シンはいまだに身動きが取れず、その場に倒れ込んだままだった。

 この状態では、神器『アルテミス』の攻撃を避けることも不可能。


 少年はそう判断し、ここでシンを仕留めるつもりでいた。


「シンくんに手を出すなああああああああああああああああああああああ!!!」

「シン君! 今助ける!」

「……シッ!」


 そんなとき、少年へ攻撃を加える者が3人現れた。


 1人目はサクヤ。

 サクヤは炎魔法『ファイアーボール』を少年のほうへと放つ。


 2人目はユミ。

 ユミはサクヤと同じく後方の位置で、少年に矢を射る。


 そして、3人目はフィル。

 フィルは少年に近づき、サクヤとユミの攻撃にワンテンポ遅れる形を取りながら、2本のクナイで攻撃を仕掛けた。


「……邪魔すんなよ。殺すぞ」


 これに対し、少年は不快感をあらわにした。


 弓を引くのを中断し、腰に差していた短剣を1本だけ抜く。

 そして、迫りくる火の玉と矢を紙一重で避け、短剣をフィルのクナイに打ち合わせた。


「!?」


 最善の防御を、さも当然のように取られたことで、フィルは目を大きく見開いた。


 状況的に今の攻撃は不意打ちと言っていいものだった。

 なのに、ここまで完璧に守られるというのは、フィルにとって予想外だった。


「こんなことで驚いてんじゃねえぞ、ガキ」


 さらに、少年はそう言って、フィルに向けて追撃を行う。


「くっ……!」


 片手に弓を持ったままの追撃だった。

 だが、少年は弓を防具代わりに使用し、もう一方の手に持った短剣でフィルを追い詰めていく。

 この戦いには、誰が見ても少年とフィルの技量に差があると断言できるほどのものがあった。


 サクヤとユミは、それを遠くから見ていることしかできずにいる。

 フィルが敵と近すぎて、誤射をする危険性があった。

 そのため、2人は魔法や矢を放つことができなかった。


「うっ!?」


 少年の足払いを受け、フィルはその場に倒れ込んだ。

 同時に、少年はアイテムボックスに弓をしまいながら1本のビンを取り出した。

 その動作は手早く、サクヤやユミが妨害する間もなかった。


「俺の邪魔をした罰だ。魔女の呪いを受けろ」

「!?」


 ビンの中身は黒い液体で満たされている。

 それを、少年はすぐ近くにあったフィルの頭に叩きつけた。


「……っ!?」


 詳細不明の液体をかけられた。

 フィルは表情をこわばらせながらも少年から距離を取り、後方に下がった。


「…………」


 敵と十分に距離を取ったところで、フィルは自分の体やステータス画面を確認し始める。

 フィルの体に異常はなかった。


「……どういうことだ?」


 少年はフィルに異常がないことを悟り、首を傾げた。


 この結果は、少年にとって不可解なものであった。

 だが、フィルにとっては不可解なものでもなかった。


 フィルは『精霊王の髪飾り』を装備しており、あらゆる状態異常を無効化してくれると知っていた。

 今回も、その髪飾りが自分を守ってくれたのだと察し、フィルは精霊王に心中で感謝した。


「……しょうがねえな。だったら、俺が直接やってやる」


 少年は黒い液体が効力を発揮しなかったと判断し、短剣をもう一本抜いた。

 二刀流となった少年は、フィルに向けて攻撃を開始しようとする。


「フィル!」

「――ッ!」


 そのとき、誰かの大声と人の走る音が響いた。

 これを受け、少年は音のしたほうを振り返る。



 シンがこちらへと走ってくる姿が、少年の目に映った。



「……ああ、もう。めんどくせえったらありゃしねえ」


 少年は、フィルとサクヤの攻撃を受けてなお、今まで異能を解除していなかった。

 それなのに、シンは走っている。


 次から次へと不可解な出来事が起こり、少年は苛立つ気持ちを抑えられずにいた。


「いいぜ……かかってきな! 《ビルドエラー》! 相手になってやる!」


 そうして、少年はシンに向けて、そう叫んだのだった。

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