強運
「……チッ……やれやれ、なにがどうなってるのやらだ」
自身と似た姿の黒い影を瞬殺したダークは、仮面の奥で舌打ちをした。
今回のレイド戦において、遠距離攻撃持ちの活躍する機会は多かった。
なかでもダークはレイドボスに最も多くダメージを与えていたため、非常に目立っていた。
この流れには、ダーク自身も内心で喜んでいた。
戦闘後に祝杯をあげる際、周りからもてはやされるなかでクールに受け答えをする自身の姿すらも夢想していた。
だが、現実はそう上手く運ぶこともなかった。
謎の集団による奇襲で、レイド戦どころの話ではなくなってしまった。
腹立たしい気分を抱きながら、ダークは敵に銃口を向けて威嚇する。
「う……」
「なんだ……あいつの攻撃は……」
先ほど、ダークは黒い影を電磁砲で葬っていた。
それを見ていた者は恐れ、ダークに攻撃を仕掛けるのを躊躇した。
(フン、フヌケめ。ここは俺に戦いを挑む場面だろうが。こっちも充電中だから別にいいけど)
所属不明の敵による襲撃を受けても、ダークは普段通りだった。
また、このまま味方が戦っているのを見ているだけというのもどうかと思い、なにかしらのアクションを取ろうかと考え始めていた。
「ずいぶんと余裕そうだね! そこの後輩君!」
ダークに、レイドメンバーの1人であるノアが声をかけた。
彼女は近くにいる後衛の味方と連携し、集団で敵と戦っていた。
「余裕そう、だと? 当然だ。甘く見てもらっては困る。俺は闇を心に抱きし孤高の帝王――ダークネス――」
「手が空いてるなら君も戦闘に参加してくれ! 前線維持は私にもできるが、ちょっと火力不足なんだよ!」
ダークが悠長な台詞を述べるのを途中で遮り、ノアは協力を要請した。
防御において、ノアの異能『遮断』は比類なき効果を発揮する。
しかし、攻撃への転用はできない。
「……俺の電磁砲はこういう混戦で撃つような代物じゃあない。巻き添えを食っても構わないって言うなら、遠慮なくぶっ放すが」
「う……それは困るかな……」
学園内最強の攻撃力を持つダークの電磁砲は、強力過ぎるがゆえに、誤射をしてはならない。
もしも味方に命中したら、その味方は一撃でHPを全損し、体を蒸発させてしまう。
ダーク自身も、その辺りについては弁えている。
だからこそ、今まで1人で戦っていた、という面もあったのだった。
(でも……やっぱりこのままなにもしないっていうのは……ちょっとなぁ……)
電磁砲は味方の近くに放てない。
ならば他の攻撃手段で、ということも可能ではあるが、それでは肝心の火力が出ない。
ダークは心のなかで悩んだ。
(……あ、そうだ)
そんななか、ダークはこの状況を一気に打開するかつ非常に目立つ案を閃き、ノアのほうを向いた。
「おい、先輩。あんた、クイーンビーまでの射線に邪魔者が入らないようにすることはできるか?」
「は? クイーンビーまでの……? キラービーの数も相当減ってるから、できないこともないけど……」
レイドボスとの戦闘が始まってから、ダークはノアの異能を間近で何度も目撃していた。
また、その異能を使って、レイドボスへの攻撃を当てやすくすることはできないものか、と思っていたりもしていた。
なので、ダークはこのタイミングで、ノアの力を借りることにした。
「じゃあやってくれ。それをしてくれたら、俺がクイーンビーを倒す」
ボス部屋は逃げ場がない。
だが、レイドボスさえ倒せば、上階と下階へ続く扉が開き、地上へと帰還するための転移魔法陣も起動する。
そうすれば、謎の集団と無理戦い続ける必要もなくなる、とダークは考えた。
「転移魔法陣が使えるようになれば、そこから逃げることもできるだろ」
「確かに……それじゃあその方向で! クイーンビーとの射線上に壁を張るときは合図を送るから、そのときに頼むよ、後輩君!」
「ああ、任せろ――レイドボスは俺の一撃で仕留める」
ダークは今日一番の決め声を放った。
「…………」
しかし、ノアはダークが『任せろ』と言った段階で敵のほうへと向かったため、後半の言葉を聞くことはなかった。
(……ふぅ、やれやれ、まあ、こんなときもあるさ)
それをなんとなく理解したダークは、軽く頭を振り、攻撃モードへと気持ちを入れ替えた。
「1人相手に3人がかりとは……ちょっと大人げなくないかな?」
仲間とは少し離れた位置で、クロードは仮面を付けた3人の男たちに囲まれていた。
男たちのジョブは剣士、戦士、僧侶。
攻撃職の2人がクロードを攻め、回復職の1人がそれの補助を担うという流れとなっていた。
「悪く思うな。我々は『【Noah's Ark】のクロードを優先的に無力化せよ』、と命令を受けているのだ」
「それだけ僕が恐れられている……ってことかな」
敵の言い分を聞き、クロードはため息をついた。
実際のところ、クロードはSランク認定された異能を所有する数少ない高校生だった。
そんな人材に対して、敵が警戒するのは当然である。
だから、自分がマークされるのは仕方がない。
クロードはそう思うことで、この状況を無理やり納得することにした。
が、本心では若干の憤りも覚えていた。
(……まあ、僕が『他のSランクたちより倒せそうだ』、とも思われてるんだろうね)
防御に回られたら手が出せなくなる空間操作系の異能『遮断』を持つノア。
ムラがあっても、時間操作系でも最上位クラスの異能である『時間暴走』を持つシン。
そういったSランク異能者と比べて、クロードの異能は『わかりやすさ』が欠けていた。
Sランクの異能を持っていても、負けたりすることに違和感がない。
時と場合によって、異能の効力は左右されるのでは、と思われてしまう。
そんな力を、クロードは有していた。
「でも……僕を甘く見ているのなら、痛い目を見てもらわなくちゃならない」
ノアやシンと比較すると格下である。
敵の動きから、そう言われているようで、クロードは少しだけ腹をたてた。
「痛い目を見るのは貴様のほうだ」
「我々は子ども相手でも容赦などしない」
「貴様たちはここで死ぬ。それが運命なのだ」
仮面の男たちはそう言って、クロードに襲い掛かる。
「運命ねえ……」
ここで敵からその単語が出てきたことで、クロードは口元を軽く歪ませた。
「だったら僕は……その運命を覆す!」
そして、クロードは自らの内に秘めた異能を発動した。
クロードは普段、異能を使わない。
異能が自分の意思でオンオフできるタイプだったため。
使用時間は1日につき精々1分程度が限界だったため。
それになにより、これに頼りすぎると自滅を招いてしまうのではと恐れていたため、クロードは異能の使用を制限していた。
異能を発動させるのは、戦闘で自分や周りの人間が危機に晒されたときだけ。
だからこそ、ここが使いどころだと判断して、クロードは異能を発動させた。
その結果――燃え上がるクイーンビーが上空から降り落ち、その巨体によって、クロードと戦闘していた戦士職の男が押しつぶされた。
「な……!」
「よそ見をしている暇はないよ」
驚く僧侶の男へ向かってクロードは近づき、細身の剣で一突きした。
「ガハッ…………」
僧侶の男はクロードの攻撃を胸に受け――その一撃でHPがゼロになる。
続いて、クロードは剣士職の男のほうへと向かい、剣を振るった。
「グッ……なんの!」
剣士職の男はその攻撃に対抗するべく、手に持っていた大剣を使って防御する。
「……無駄だよ」
クロードの細身の剣が大剣に当たる
――大剣の刀身は真っ二つに折れた。
「そ、そんな……馬鹿な……」
あまりに理不尽な出来事が立て続けに起こったことで、剣士職の男は苦悶めいた声をあげた。
「君たちの敗因は3つある。1つは、僕の異能を甘く見たことだ」
クロードは、発動からのおよそ1分間だけ『運』を劇的に向上させる異能――『運命強化』の所持者だった。
ひとたび『運命強化』が発動されたら、常識ではありえない確率の出来事が頻発するようになる。
その出来事が、クロードにとってあまりに都合良く働くため、周りの人間からは《神に愛されし男》と揶揄され、恐れられるようになった。
また、その大仰な蔑称はクロード自身があえて口にして、周知させていた。
それはひとえに、このような異能を手に入れてしまったがゆえの後ろめたさが起因していた。
この後ろめたさは、戦いの場において、自分や仲間のピンチのときだけしか異能を使わない、という縛りを設けた理由の大元にもなっていた。
「2つ目は、僕に真正面から勝負を挑んだこと。僕が異能を発動させたならば、君たちはとにかく逃げ回るしかなかったんだ」
その日の体調によって若干左右されるものの、異能の発動時間は、長くても1分。
加えて、『運命強化』は、ごく限られた範囲でしか効果を発揮しない。
なので、敵に1分逃げ切られたならば、クロードに打開のチャンスはなかった。
中高生のなかでも上位の技量を持っていたが、数の暴力に対抗できるほどのずば抜けた戦闘センスは持ち合わせていなかった。
「そして3つ目は……君たち3人が全員、男だったということだ」
敵の判断ミス、自らの異能の欠点、それら以外にも、クロードは自身の抱える弱点を囁くように吐露した。
2年1組に籍を置く【Noah's Ark】のナンバーツー、『クロード』こと立川蔵人は、女性に対してとことん甘い。
それは生まれもっての気質なので、土壇場でどうこうできるような問題ではなかった。
「もしも敵として対峙したのが女性だったなら、僕の勝ちの目は限りなく低かっただろうね」
クロードはそう言うと、剣士職の男に剣を突き立てた。
剣士職の男はHPをゼロにし、その場に崩れ落ちていった。
「ふぅ……ちょうど1分ってとこかな……」
異能が解除されたのを体感で理解したクロードは、そこで大きく息をついた。
「……誰がやってくれたのかは知らないけど、クイーンビーを落としてくれた子には、あとでお礼をしないとだね」
クイーンビーが落ちたことは、クロードの反撃の起点となった。
この結果は異能を発動したから起こったものだ、という面はある。
それでも、落としてくれた人物にお礼を言うくらいは、してもいいだろう。
クロードは、クイーンビーに押し潰されて身動きが取れなくなっている戦士職の男を倒しながら、そんなことを考えていた。
「撃ち落とした子が可愛い女の子でありますように」
そして最後に、クロードは余計な一言を付け加えた。
けれど、クイーンビーを撃ち落としたのは、女性ではなく男性だった。
さらに言うなら、その撃ち落としを補助したのはクロードが天敵と感じる百合疑惑持ちの女子であった。
たとえ『運命強化』という異能を持っていても、望む運命にたどり着けるわけではなかったのだった。