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要求

 謎の集団の襲撃を受け、アギトは内心で焦っていた。


(……拙いな。早くこの状況を打破しなければ)


 レイドボス戦中におけるありえない横槍のせいで、レイドメンバーの大半は浮足立っている。

 オマケに、自分とよく似た姿をしたものと戦う羽目になった。


 メンバーによっては苦戦を強いられている。

 なのでアギトは、ペース配分を無視し、全力を出すことにした。


 それにより、自分が戦うことになった黒い影のようなものを瞬殺し、周囲で飛び回るキラービーを薙ぎ払うことまでは完了した。

 アギトはここまでの動作をわずか1分でやってのけた。

、さらに、ピンチとなっている仲間を救うべく、足を動かせようとした。


 戦闘時間は1時間を超え、そのうえで激しい運動と異能の行使を強いられたため、息切れしている。

 それでも、ここで被害者を出してなるものかと、アギトは自身を鼓舞した。


「おっと、ここから先へは行かせねえぜ。お前の相手は俺だ」


 しかし、そうした行動は、中年の男によって遮られた。

 その男は頭にフルフェイスヘルムを被っており、顔を見ることができない。


「……邪魔をするなら叩き潰すぞ」

「おお、怖いねえ。だが、それで引き下がれるほど、俺に余裕があるわけじゃねえんだ。お前は俺が殺す」

「…………」


 『お前は俺が殺す』。

 中年の男がそう口にしたとき、その声に聞き覚えがあったことから、アギトの脳裏に1つの予感がよぎった。


「もしや……貴様は以前、俺と決闘大会で戦ったことがある奴か? 名前は確か……」

「ヴォルスだよ。覚えていてくれて嬉しいぜ」


 アギトが眉をひそめながら記憶を掘り起こしていると、中年の男――ヴォルスは自己紹介を行った。


「そうさ。俺は決闘大会でお前に負けたヴォルスだ。所属は異能開発局アース探索部門ウルズ調査員。もっとも、これは表の肩書に過ぎないけどな」

「……それで、裏の顔は異能機関の戦闘兵といったところか?」

「ほう、俺らがどの組織の人間か、見当はついていたみてえだな」

「当たり前だ。こんなことをしでかす組織など、異能機関しか考えられない」

「違えねえな」


 個人単位で見たならば、多少のいさかいが起こることは、ままある。

 しかし、異能開発局が保護する中高生レイドに攻撃を仕掛ける地球人プレイヤーの集団がいるとしたら、異能機関以外にはありえない。

 これは明らかに度を越えた行為であり、異能機関はそういった活動をアースのみならず地球でも行っていた。


 高校生ギルドの長と言える立場にいるアギトは、教員および調査員から異能機関のやり口を耳にしている。

 ゆえに、今この場にいる異分子は十中八九、異能機関の者である、とアギトは判断していた。


「それで、お前はどうして俺と戦いたいんだ? 決闘大会で負けた、などという程度の理由だけではないのだろう?」


 ヴォルスの裏の顔についてはわかった。

 しかし、ヴォルスがなぜ自分と戦いたがっているのか、アギトには理解できなかった。


「……俺はな、あの決闘大会で勝たなきゃいけなかったんだよ。お前に勝って、《ビルドエラー》にも勝って、剣王と戦わなくちゃいけなかったんだ」

「?」


 アギトはヴォルスの説明を聞き、首を傾げた。

 剣王と戦うことがそこまで重要なのか、と感じたために。


「意味がわからないな。つまり、お前は剣王と戦って、なにをしたかったんだ」

「おっと……いくらここで殺しちまう相手だとしても、これ以上はさすがに言えねえな」

「…………」


 異能機関はなにを企んでいるのか。

 アギトは心中、そう疑念を抱いだ。


「おしゃべりはこのくらいにしとこうぜ。お前も、早くお仲間の救助をしたいとか思ってんだろう?」

「……そうだな。話は後で聞かせてもらうことにしよう」

「へえ……後で話を聞く前提か」

「ああ……だがそれは、別にお前でなくとも構わないと思っているがな」


 敵がなにを考えているかを知ることなど、後回しで構わない。

 アギトは武器を構え、ヴォルスと戦う意思を表示した。


「へへ……この前は負けちまったけどよ……あれが俺の本気だと思ってるようなら痛い目見るぜ!」


 アギトの様子を見たヴォルスは兜の奥でニヤリと笑い、手に持った剣で斬りかかった。


 その動きは豪快で、敵を真っ二つにしようという殺意に満ちていた。

 しかし、アギトはまったく動じない。


「!? ぐぼぁ!?」


 アギトはその剣に盾を勢いよくぶつけて弾き、さらにはヴォルスへ向かってショルダータックルを当てた。

 それにより、ヴォルスは後方へと吹き飛ばされた。


「決闘大会の規定により、異能の使用を制限されていたのは、なにもお前だけというわけではない。痛い目を見るのはお前のほうだ」

「ぐ……」


 アギトの異能は『衝撃』。

 触れた物体に衝撃を与えるというBランク相当の異能であるが、アギトはその効果を、自身の武器や防具にまで拡張することができる。

 これにより、盾であろうが鎧であろうが、それに触れたものはすべて弾き飛ばされる。


 そして、その威力は、通常の攻撃を遥かに凌駕する。

 物理的な攻撃に限定するのであれば、異能込みのアギトは最上位に位置する地球人プレイヤーであった。


「お前のレベルはいくつだ?」

「……79……だが?」

「そうか。ちなみに俺はレベル59だ。ちょうど20の差があることになるな」


 通常、20レベルの差は大きい。

 それだけの差がある者同士で戦闘を行えば、ステータスの差で20レベル上の者が勝つ。

 けれど、アギトは今『衝撃』のフル活用で、その差を埋めている。


 移動する際には足の裏側に、防御をする際には鎧や盾に、攻撃をする際には剣や拳に異能を使用することで、本来なら格上の相手とも、アギトは対等に戦えた。


「レベル差があるからといって、手を抜く必要はない。お前に今以上の本気があるのであれば、俺はその上を行くまでだ」

「……ガキが……調子に乗りやがって!」


 アギトの言葉を受けて怒りをあらわにしたヴォルスは、歯をむき出しにしながらも戦闘を続行した。






「く……! いったいなんなのよ! もう!」


 アギトやシンといったメンバーに続いて、自身と同じ姿をした敵を倒したミナは、周囲を見回しながら悪態をついた。


 レイドメンバーは全員、モンスター以外の相手と戦うことを強いられている。

 これは、他のメンバー同様、ミナにとってもあまりに想定外の出来事だった。


 黒い敵はそこまで強くない。

 しかし、いまだに空を飛びまわるキラービーや、地中に潜るサンドワーム、それに謎のPK集団までもが攻撃を仕掛けてくるのでは、いずれメンバーに被害者が出てしまう。


 ミナ自身も、モンスターの襲撃を受けながら自分の影と戦っていたので、それほど余裕があったわけではなかった。

 だが、それでもミナは戦い、それらを倒したのだった。

 そして、苦戦している味方の救援をしようとするだけの意思と体力も残っていた。


 ミナは仲間を助けるべく、動こうとした。

 けれど、ミナもまたシンやアギトと同様に、足止めをされる羽目になった。

 もっとも、これは他の戦いとは別の要因によるものであったが、結果としてはそうなった。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

「!?」


 部屋中に男の絶叫が響き渡った。

 それにより驚いたミナは、キョロキョロと周りを見回す。


「も、も、も……もも! も、もしかして、あ、あなたはミ……ミーナちゃん!?」

「え……?」


 最近、やっとクラスメイトたちも口にしなくなった『ミーナ』というあだ名を耳にし、ミナは自分に声をかけてきた人物のほうへと向いた。

 そこには、軽装の鎧を着込んだ青年が立っていた。


「だ、誰……?」


 ミナはその青年を見て、首を傾げた。

 白い仮面を被っていることで、素顔が見えないものの、それでも面識がない人物だとミナは思った。


「ああ! ごめんなさい! 人に名前を訪ねるときはまず自分からって言いますよね! 俺の名前は『トウマ』って言います!」

「は、はぁ……どうも……」

「あぁもう……『お前が俺たちと来ると良いことがあるぞ』っていうのはこれのことだったのか! チクショウ! ニクイぜダチ公! 」

「え、えぇっと……」


 突然目の前に現れたハイテンションな男――トウマを見て、ミナは気の抜けた声を口から漏らした。


(なにこの人……私たちの敵……よね……?)


 トウマが謎の集団の一員であることは、状況的に明らかだった。

 だが、今のトウマからは悪意を感じず、ミナは戸惑った。


「こんなところで自己紹介をしても仕方ないわね……よくわからないけど、あなたが敵である以上、倒させてもらうわ!」


 いくら悪意を感じずとも、敵であることには変わりない。

 そう判断したミナは、トウマに斬りかかろうとした。


「ちょ、ちょ……ちょーっとタンマーっ! 俺はミーナちゃんと戦う気なんてないよ!」

「な!? あなたは私たちの敵でしょう!?」

「いや! 確かにそうなんだけど! でも俺はミーナちゃんと敵対する気なんてないんですよ!」

「……なんですって?」


 敵対する気はない。

 トウマがそう言うのを聞き、ミナは一旦、攻撃しようとする手を抑えた。



 そのとき、異能機関のメンバーである1人の男が、ミナに向けて矢を放った。



「死ね! 異能開発局の犬め――」

「ミーナちゃんは俺が守る! ぐあっ!?」

「はぁ!?」


 すると、トウマはミナの前に立ち、矢を体で受け止めた。


「おい! なにをやっているんだ馬鹿! お前は俺らの味方だろ!」

「うるさいうるさい! たとえ誰だろうと、ミーナちゃんを傷つける奴は俺が許さない!」

「えぇ…………クソッ! この件については後で上に報告させてもらう! 覚悟しておけ!」

「おうおう! 好きなだけチクリやがれ! ハウスハウス!」


 炎の矢を打った男は、トウマの言い分を聞き、渋々といった様子でその場から引き下がった。

 そんな様子を、ミナは引きつった笑みを浮かべながら見守っていた。


「ふぅ……とんだ邪魔が入ったけど、これでゆっくり話せますね」


 トウマは自分の肩に突き刺さった矢を引っこ抜き、ミナへと再び声をかけた。

 その声には若干のやせ我慢が見え隠れしていた。


「……まあ、あなたが私に対して敵意がないことはわかったわ」

「わかってくれましたか!」

「ええ。でも……ここであなたとお喋りをしていられるほど、私も暇じゃないのよ」


 ミナは、トウマが敵ではないと判断した。

 が、周囲の味方は依然としてピンチとなっている。

 彼ら彼女らを助けなければ、という思いがミナを突き動かそうとする。


「あー! 待って待って! 待ってください! その前に1つ、ミーナちゃんにお願いがあります!」

「……お願い?」


 仲間を救うべく動き出そうとしたミナに、トウマは待ったをかけた。


「お願いというのは他でもありません……」

「…………!」


 トウマはそこで、アイテムボックスから槍を取り出した。

 その槍は見るからに一級品の物で、ミナは戦慄を覚えた。


(……なによ。結局あなたも戦う気があったんじゃない)


 さっきまでと言っていることが違うものの、戦いを挑まれるのであれば、受けて立つ。

 そう思ったミナは、そこで戦闘態勢に入った。



「サインください」

「……………………」



 トウマはアイテムボックスから取り出した槍を――ミナのほうへと差し出していた。

 これを見たミナは、トウマがどんな人物であるのか、やっと理解するに至った。


「あー……あなた……もしかして、私のファン……だった人?」

「『ファンだった』じゃなくて、現役バリバリの大ファンですよ! アイドル活動を辞めても、ミーナちゃんはいつでも俺の心のなかで輝いてました!」

「そ、そう……」


 かつて一世を風靡した女子中学生アイドル『ミーナ』のファンが、自分の武器にサインを書いてもらうべく懇願している。

 今の状況をそう把握したミナは、顔が引きつりそうになるのを必死に抑えるので精いっぱいになった。


「わ、私はもうアイドル活動辞めたから、そういうのはちょっと……」

「そ、そんなこと言わずに! お願いしますミーナちゃん! サインしてくれたら俺、ここでは絶対戦わないって誓うから!」

「戦わないって……」


 サイン1つで敵が1人いなくなるのだとすれば、この要求はわりと悪くないのかもしれない。

 しかし、トウマが本当にその約束を守るのかわからないため、ミナはその取引を交わすかどうか、その場で悩むこととなった。


「……油断大敵」


 そんなところに、トウマへ攻撃を加えようとする人物――ナナシが現れた。


 【Noah's Ark】のメンバーであるナナシは、自らの異能『認識阻害』を用い、周囲の人間の認識をずらすことができる。

 これにより、彼女は誰に知られることなく移動をすることができ、斥候役、隠密行動役として重宝されていた。


 そんな彼女は今、トウマに向かって攻撃を加えようとしている。

 トウマを狙ったのは、彼が誰よりも無防備な姿をさらしていたからという、ただそれだけの理由だった。


 だが――。


「ぃ…………!?」


 ナナシは片腕をトウマに掴まれ、そのまま捻り上げられた。

 それにより、ナナシの腕に痛みが走り、苦悶の声が上がった。


「……あ、女の子か。だったら離してあげるよ。『女の子にはどんなときでも優しく』っていうのが俺のモットーだからね!」


 トウマはナナシの腕を掴んでいたが、その手をあっさり離した。

 それはまるで、こんなことは大したことじゃない、とでも言うかのように。


「どう……して……『認識阻害』は……確かに発動していたはず……」

「ん? あー、なんかやってたのか。でも、そういうのは俺には効かないんだ。メンゴ、お嬢ちゃん」


 驚いた様子のナナシを前にして、トウマは軽いノリで謝罪の言葉を口にした。


「それで……俺のお願いなんだけど……どうか聞いてくれないでしょうか、ミーナちゃん」

「…………」


 ミナはその一連の出来事を見て、トウマを自由にしておくことは仲間の脅威であると認識した。

 そして、彼をこのまま野放しにするよりも、ここで足止めしたほうがいいと考え、ミナは渋々ながらも要求を呑むことにしたのだった。

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