奇襲
迷宮地下50階層のレイドボスであるクイーンビーとの戦闘をこなしている最中、謎の集団が姿を現した。
そいつらは全員、顔を隠して武装している。
レイドボスと戦いに来た……という感じではなさそうだ。
なんなんだ、こいつらは。
「……貴様たちはいったい何者だ! どうやってこの部屋に入ってきた! 言え!」
前線維持をカイトに任せたアギトが、謎の集団の前まで走った。
そして、そいつらを目の前にして、怒鳴り口調でそう訊ねた。
こいつらの身元についてもそうなんだが、この部屋への侵入方法も知りたいところだ。
現在、俺たちがいるボス部屋は、すべての扉が閉ざされていて密室となっている。
上の階層へ行くにしても、下の階層に行くにしても、レイドボスを倒さない限りは不可能なはず。
なのにこの集団は、どこからともなく俺たちの目の前に現れた。
これはどういうことなんだ。
「答える義理はねえな……どうせ、お前らはここで全員死ぬんだからよ」
「……なんだと?」
フルフェイスヘルムを頭に被った中年らしき男の返答を聞き、アギトの声が一段階低くなった。
「なにがなんだか、わからないな……」
俺は小さくつぶやき声をあげた。
多分、レイドメンバー全員、俺と似たような心境だろう。
ただ、この集団はレイドボスではなく、俺たちを倒すためにここへ来た、ということは理解できた。
だったら、戦うしかない。
戦うのに邪魔となりそうなクイーンビーは相当弱っているし、取り巻きのモンスターも大分減らせている。
また、俺たちはたいぶ疲れているが、まだ余力は残している。
この状況なら、一方的にやられるようなことにはならないはずだ。
向こうの集団は14人。
レベルの程は不明。
でも、俺たちは大人相手でも負けないだけの強さを有している。
ここで戦うというのであれば、返り討ちにしてやろう。
「な!?」
と思っていたら、俺の足元から突然、人の姿をした黒いなにかが出現した。
「……俺?」
足元から現れたソレは……俺の同じ姿をしていた。
唯一違うところといったら肌が黒いところか。
さながら2Pカラーって見た目だ、
「えっ!? わ、私!?」
「どうなってんだ、これ!?」
しかも、それは俺だけじゃなく、レイドメンバー全員に起こった現象のようだ。
見た目が黒い以外、レイドメンバーと違いが見られない。
そんな2Pカラーの俺たちは、俺たちに向かって攻撃を開始した。
「キャハハ! 自分の影と戦うのってどんな気持ち~?」
謎の集団のなかにいる女性が甲高い声で笑っている。
おそらく、この現象はあいつが引き起こしているのだろう。
初めて見るものだから、これはスキルやアイテムじゃなくて、異能によるものである可能性が高い。
……いや、厳密にいうと、俺や1年の何人かは、アレと似たようなものを地下10階層で見たことがある。
迷宮のトラップだと思っていたけど、どうやら違ったようだ。
『自分の影』とか言っているから、さながらあいつは影使いってところか?
どんな異能なのかは想像するしかないけど、30人分の歩兵を一辺に作り出す敵というのはメンドウ極まりないな。
まあいい。
今はとにかく、この黒いのを倒すことを考えよう。
「……『ヒール』」
まず俺は、黒い俺にダメージヒールを放ってみた。
しかし、その攻撃が効いた様子は、黒い俺にはない。
ダメージヒールは効かないのか。
生命体なのかさえ定かではない物体だから、もしかしたら効かないかもとは思っていた。
HPやキャラネームもないみたいだし、ますますメンドウだ。
「……フッ! ハッ!」
黒い俺は、俺に向かって大盾と小盾で交互に殴りつけてくる。
『クロス』を使用していれば攻撃のやり方も多少はマシなものになったんだろうが、今の俺は二枚盾だ。
それに引きずられて二枚盾装備となったらしき黒い俺は、攻撃手段が乏しい。
また、俺の姿形だけは真似できても、技量までは真似しきれていないように感じる。
黒い俺の攻撃は短調であるうえ、軽かった。
しかも、ダメージヒールや異能も使ってこないので、対処はしやすい。
これなら、何人いようが俺の防御は崩れないぞ。
俺はそう思いつつ、片手で黒い俺の攻撃をいなしながらアイテムボックスを開いて、装備品をチェンジした。
「これならどうだ!」
小盾と入れ替えて持った十字武器『クロス』で、俺は黒い俺の腕を叩いた。
すると、黒い俺は腕を庇いながら後ろへと下がっていった。
こっちは効果があるみたいだな。
ダメージがあってのことなのか、はたまた聖なる武器をご利益によるものか、どっちなのかはわからない。
とはいえ、何度も攻撃を与えれば、この影は消えてくれそうに見える。
肩透かしもいいところだ。
「……お」
そんなことを思っていたら、黒い俺の小盾が『クロス』と同じ形状に変化した。
これも形を真似てくるのか。
だけど、武器の性能まで真似できているわけではないと思うから、大した脅威にはならないだろう。
「隙あり! 死ね! 《ビルドエラー》!」
黒い俺と対峙していると、仮面を被った中年くらいの男が、俺に向かって剣を振り下ろしてきた。
敵は黒い俺だけじゃない、か。
でも、なんだこいつは。
真正面から攻撃を仕掛けてくるなんて。
「……『エクスヒール』」
「がぁ!?」
俺は仮面の男にダメージヒールをお見舞いした。
すると男は苦しむような声をあげつつ、その場に崩れ落ちた。
その男のHPはゼロになっているが、俺は気に病んだりなんてしないし、蘇生魔法をかけてやったりもしない。
アースから退場することも、地球でいくばくかの記憶が欠けることも、この男自身の過ちが招いたことだ。
というか、こいつは明らかに戦い慣れしてないな。
もしかしてと思って、『エクスヒール』を打つ動作をわかりやすくやってみたが、この男にそれを阻止しようとする動きがなかった。
真正面から突っ込んできたのも、ド素人丸出しの所業だ。
普通、アースに来てそれなりに戦闘を繰り返してきた人間なら、こんなに迂闊な行動はとらないはずなんだが。
「あーらら……やっぱ養殖組は使えねーよ。今の見たかよ、カミカゼ?」
「僕も見ていたよ。確かにアレはいけないね。戦闘技術は各自で学ぶようにっていう方針がマズかったかな? これは今後の課題としておこう」
弓矢を持った仮面の男と覆面の男が、軽い調子で話をしている。
……さっきから気になってはいたんだが、あいつらには見覚えがあるな。
仮面の男のほうは、ダークと同じ仮面をしている。
確信はできないが、声や雰囲気から見て、あいつは以前に決闘大会で俺と戦ったことのある奴だろう。
そして、覆面の男は、俺とフィルをミーミル大陸にぶっ飛ばしたPK野郎だ。
以前に会ったときと同じ格好をしている。
あいつら、グルだったのかよ。
「というか、せっかく顔を隠しているんだから、キャラネームを口にするのはよしてほしいなぁ」
「別にいいだろ。どうせ、開発局とは別口でログインしてるんだから」
「まあね」
仲間が1人やられたっていうのに、あいつらは全然気にしていないようだ。
精々、『今日の天気は晴れだと聞いていたのに、雨が降ってしまって残念』くらいの、どうでもいいような態度をしている。
こいつらには仲間意識ってものがないのか?
「あ、そういえば、トウマを出すのを忘れてたな」
「おいおい、しっかりしてくれ。彼がこの場にいるかどうかで、僕たちの未来は変わるかもしれないんだから」
「多分大丈夫だろ。この後におよんで、救援が来る様子もないんだから」
トウマって……誰だ?
男2人が会話を続けるなか、俺は首を傾げた。
そのとき、仮面の男は自分のアイテムボックスの中身から1人の男を出した。
「……おっ。もう終わった?」
アイテムボックスから出た男は、仮面の男に陽気な声をかけた。
なんだあいつは。
こいつも白い仮面で目元を隠しているから、素顔はわからないけど、大学生くらいの背格好だ。
「終わってないぞ。むしろ、今始まったばかりだ」
「なんだ。てっきり俺は、戦いはもう終わったのかって思った」
「んなわけないだろ。あと、アビリティジャマーは今だけ外せ。じゃないと意味がない」
「へいへい」
どうやら、あの男も謎の集団の一員であるようだ。
見たところ、武器は持っていないが、軽めの金属鎧を着込んでいるから、剣士職か戦士職、あるいは騎士職あたりなんだろう。
でも、あいつだけアイテムボックスから出てきたというのは、どういった意味があるんだ?
この謎の集団は覆面野郎による空間移動系の異能で来たと推測できるが、それには人数制限がある……とかか?
にしても、あいつらは戦う気が全然ないように見える。
ダークと同じ仮面をした奴と覆面のPK野郎は俺のほうをずっと見てるし、今出てきた白い仮面にいたっては、やる気なさそうにボケッと突っ立ってるだけだ。
なにしに来たんだよ、あいつら。
俺はそんな分析をしながらも、黒い俺を『クロス』で完膚なきまでに叩きのめした。
「……さて、次はお前たちが俺の相手をしてくれよ」
黒い俺は霧となって消滅した。
なので、次はお前たちだと言わんばかりに、俺は仮面の男と覆面の男を睨んだ。
あの2人には聞きだしたいことが沢山ある。
けれど、他のレイドメンバーが危険にさらされている以上、手ごころを加えるようなことはしない。
どっちが相手でも全力で倒すし、なんなら、2人同時にかかってきてもらってもいい。
「なんだ、お前、俺たちと戦いたいのか?」
「戦いたいのはお前たちのほうだろ。わざわざこんなところにまで出張ってきたんだから」
「言えてるな」
仮面の男は俺の言葉を肯定した。
だが、その様子からは覇気が感じられない。
いまだに、俺と戦う気なんかサラサラないっていう様子だ。
「でも、お前と戦うのは最後だ、《ビルドエラー》。これでも俺は慎重派なんでね」
俺の想像通り、仮面の男は俺と戦う気がないようだ。
こんなところにまで来て、戦う相手を選べると思うなよ。
そう思った俺は、仮面の男に近づこうとした。
「!?」
すると、その瞬間、俺の足が滑った。
俺は突然の出来事に違和感を抱きながらも、地面に手をつこうとした――が、その手すらも滑った。
それにより、俺はカッコ悪くもうつ伏せに倒れ込んでしまった。
なんだ……これは。
起き上がろうにも、地面がツルツル滑って立つことができない。
「お前はそこで、仲間がやられていくのを見学していろ」
仮面の男は俺のほうに手のひらを向けながらそう言った。
もしかして、俺が今立ち上がれない原因はあいつにあるのか。
以前の決闘大会でも一度、足を救われたことがあった。
多分、これがあいつの異能なんだろう。
摩擦抵抗を失くしているのか、あるいは別の要因がからんでいるのかまではわからない。
けど、今この場において、厄介な力であることは確かだ。
これじゃあ俺はなにもできないんだから。
「く……!」
地面に『クロス』を突き刺せないか試してみたものの、上手く力が伝わらないようで、それは不可能だった。
周りに飛んでいるキラービーを利用して、なんとかこの場から移動できないか試そうとしても、仮面の男は手に持った弓矢で俺の傍に寄るキラービーを撃ち落としてしまう。
あいつ……この前は短剣装備だったのに、今日に限って弓装備かよ。
しかも、命中精度が恐ろしく高い。
というか……。
「おい……その弓はどこで手に入れた……」
「ん? ああ……これはただの貰い物だ。多分、『クロス教団』の内部は大騒ぎになってると思うぞ」
……つまり、盗んできたってことか。
見間違いかと思ったが、どうやらあの弓は、俺が持つ『クロス』やケンゴが持つ『ラグナロク』が置かれていたところにあった神器の1つ――『アルテミス』であるようだ。
なら、この命中精度も頷ける。
『アルテミス』には命中率を高める性能がついていたはずだからな。
しかし、セレスの異能『必中』ほどのものではないから、装備車本人の技量も重要になってくるはずだ。
おそらく、弓こそがあの仮面の男のメイン装備なんだろう。
となると、あいつはユミやダークと同じ弓兵職か。
「俺と一緒に、高みの見物でもしてようぜ、《ビルドエラー》」
仮面の男はそう言って、みんなのほうを向いた。
「…………」
一応、この状況を打開する術が、俺の手の内にはある。
しかし、これは諸刃の剣。リスクなしというわけにはいかない。
悔しいが、仮面の男の言う通り、周りの動きをよく見てから、どうするかを考えよう。
そうして俺は、しばらくの間、仲間たちが戦っている姿を見守ることにしたのだった。