VS迷宮地下50階層レイドボス
迷宮地下50階層にて、俺たちはレイドボス戦を開始した。
「一番槍は俺が行かせてもらう」
レイドボス『クイーンビー』と、その取り巻きであるキラービーの群れを前にして、ダークがそう口にした。
敵モンスターはすぐそこまで迫っている。
それに対するダークは、一丁の銃を取り出す。
ダークのジョブは『弓兵』から派生した『ガンナー』。
銃を主要武器として取り扱うジョブであるとのことだ。
しかし、ダークが手に持っている銃は、本当に銃なのか怪しい一品だ。
形状をあえてカテゴライズするなら、自動式拳銃が一番近い。
けど、銃身に該当する部分が、通常のソレとは明らかに違う。
銃身の代わりに、2本の電極めいた棒が伸びている。
それがいったいどのように機能するのかというと――。
「――電磁砲、発射」
ダークの異能は『電磁誘導』。
それも、相当強力な力であるらしく、異能開発局からAランク認定されている異能だ。
この異能とダーク専用に作成した銃(なんと、ダーク自身が作ったらしい)を用いることにより、ダークは凄まじい破壊力を秘めた一撃を繰り出すことが可能となる……というようなことをカラジマから聞いた。
一応、ダークもレイドメンバーだからな。
どういうバトルスタイルなのかはきちんと把握しておきたかったので、つい最近、そういった情報を仕入れた。
そして、その攻撃の威力はというと……カラジマの言う通り、凄まじい破壊力を秘めているようだ。
ダークの放った電磁砲は、こちらに飛んでくるキラービーの集団に命中した。
その結果、十数匹のキラービーが飛行能力を失い、あるいはHPをゼロにして、地上へと落ちていった。
多分、攻撃力だけなら学園内最強だな。
俺のダメージヒールですら、あれほどの数のモンスターを一度に狩ることはできない。
「……チッ、外したか」
ダークの付けた仮面の奥から舌打ちが聞こえてきた。
おそらく、本当はクイーンビーを狙ったんだろう。
しかし、キラービーの群れに当たったせいで、弾道がずれてしまったようだ。
現に、電磁砲はクイーンビーのすぐ横に着弾した。
舌打ちしたくなったのも頷ける。
「ヒュー! すげえな1年! この調子で第2射も頼むぜ!」
3年のカイトがダークを褒めつつ、次の攻撃を催促した。
クイーンビーにこそ当たらなかったが、キラービーはかなりの数を落とせた。
この攻撃が連発できるのであれば、敵の掃討も容易く完遂できる。
だが。
「……充電中だ。あと5分待て」
強力な一撃であるがゆえに、ダークの攻撃は連射が利かないらしい。
また、武器そのものへの負担も相当なものであるみたいだ。
ダークは煙をあげている銃をアイテムボックスに仕舞い込んで、新しい銃を取り出している。
攻撃するたびに武器を交換しなくちゃならなくなると考えると、燃費悪いな。
「1年に頼るな! 俺たちも戦うぞ!」
「へいへい。んじゃぁ、いっちょやったるか!」
ダークに負けじとしてか、アギトとカイトがキラービーの群れのなかへと飛び込んでいった。
そろそろ俺も前に出よう。
レイドの盾として、敵のタゲを取ることが俺の役目だからな。
……しかし、俺じゃあ敵の親玉に攻撃できないぞ、これ。
天井に張り付くクイーンビーは、ダメージヒールの有効射程圏外にいる。
あれは遠距離攻撃持ちに任せるしかないか。
そう思いながら、俺はアギトたちに続いて、キラービーたちの群れのなかへと飛び込んだ。
「ハイヒーリング!」
ダメージヒールの射程圏内にキラービーを捉えたところで、俺は範囲回復魔法『ハイヒーリング』を唱えた。
俺のダメージヒールの威力は、地下49階層のモンスター相手でも十分に通用した。
それはこの地下50階層でも同じようで、キラービーは次々に煙と化していく。
『ハイヒーリング』なら問題なく確殺できそうだ。
「よし! 攻撃部隊! 本格的に攻撃を開始しろ!」
バフ、およびタゲ取りが完了し、ここでの戦闘の基盤ができてきた。
そのタイミングでアギトが後衛に向かって指示を飛ばした。
今回の敵は空を飛ぶ。
なので、物理的に足止めをすることが難しい。
だが、敵のヘイトは俺たちタンクに十分溜まっているはずだ。
そろそろ攻撃部隊が戦闘に参加しても、支障はないだろう。
「燃えちまいな! 虫野郎共!」
「ファイアーボール!」
「ファイアーアロー!」
「ドラゴフレイム!」
後衛にいるサクヤたちが炎魔法を放つ。
その攻撃を受けたキラービーは次々に燃え、HPを大きく減少させていく。
敵モンスターの数はかなり多いが、この攻撃が続けば、そう時間もかからないうちに壊滅できるだろう。
「……! 地中になにかいるぞ!」
と、そこで俺は地面から変な振動があったのを感知し、周囲にいるギルドメンバーに注意を促した。
その瞬間、地面からミミズ型モンスター――サンドワームが飛び出し、俺たちに襲いかかってきた。
「……フッ!」
事前に身構えることのできていた俺は、サンドワームの噛みつき攻撃に、大盾を突きだすことで対処した。
そして、サンドワームの動きが止まったところを、近くにいた近距離アタッカーが狙う。
「シッ!」
「『ヒートスラッシュ』! 大丈夫、シン!」
フィルとミナがサンドワームに攻撃スキルをブチかました。
また、ミナは攻撃をしつつも、俺に声をかけてきた。
「ああ! 俺は大丈夫だ!」
ミナに心配されるまでもない。
俺を誰だと思っている。
この程度のことで崩れるほど、俺の防御は甘くない。
それに、他の連中も全員、今の奇襲に対応でき――。
「う、うわぁぁああ!?」
……氷室が2体のサンドワームに挟み撃ちをくらって、情けない声をあげていた。
おい、なにやってんだ。
それでもタンクの一員か。
世話のかかる奴だな。
俺は軽くため息をつくと、氷室のカバーをするために走ろうとした。
「またお前か。しょうがない奴だな」
「ね、ねこにゃんさん……! すいません! 今、立て直します!」
けれど、俺より早く、ねこにゃんが氷室のカバーを済ませた。
ねこにゃんはサンドワームに攻撃を加え、ヘイトを稼ぎ出した。
あいかわらず、ねこにゃんはフォローが早いな。
周囲から尊敬のまなざしが向けられてるぞ。
「シン! よそ見してると危ないわよ!」
俺の意識が他のところへ向いているのを見てか、ミナが注意を飛ばしてきた。
「わかってる! 『ハイヒール』!」
「そう? だったらもっとヘイトを稼ぎなさい! じゃないと私がタゲ取っちゃうわよ! 『パワースラッシュ』!」
まったく。
つい最近まで初心者だと思っていたのに、今ではずいぶん頼もしくなってるな。
タゲを取るとか言いながら、俺よりヘイトを稼がないよう気をつけてるみたいだし。
俺は勢いのついたミナの戦いっぷりを見て、口元をニヤリとさせた。
「さあ! どんどんいくぞ! これはまだ前哨戦にすぎないんだからな!」
キラービーやサンドワームは、ただのザコモンスター。
所詮はレイドボスの取り巻きでしかない。
俺たちが本当に倒さなくてはならないのは、レイドボスなんだ。
だから、こんな取り巻きにいつまでも手間取ってなどいられない。
「……第2射充電完了。電磁砲、発射」
そう思っていたら、ダークの2撃目が炸裂した。
電磁砲の標的は、今回もクイーンビーだ。
「……チッ。厄介な虫だな」
しかしそれも、キラービーがその身を犠牲にし、ダークの攻撃の軌道は逸れてしまった。
やっぱり、あの取り巻きをなんとかしないと、レイドボスまで攻撃が届かないようだ。
「キィィィィィィィィ!!!!!」
そこで突然、クイーンビーは怒りだしてか、奇声めいた甲高い鳴き声を発し始めた。
「! 後衛、下がれ! キラービーの様子がおかしい!」
クイーンビーの激昂と同時に、アギトが後衛に向かって叫び声をあげた。
俺はキラービーの挙動に目をやる。
キラービーは俺たちタンクを無視し、後衛のほうへと飛んでいっていた。
……これは、敵モンスターがヘイトを無視して動いているのか。
地下40階層のレイドボスもそんな動きを見せたな。
奇声を発してからの異変であることを考えると、多分クイーンビーが手下のキラービーを指揮しているのだろう。
俺たちより先に後衛を潰したほうが得策だと判断して。
でも……そういう動きがあるかもしれないというのは、こちらも織り込み済みだ。
「うげげ……頼むよ前衛のみんな。これでも私だって乙女なんだぞぅ……」
後衛で待機していたノアが前に出て、異能『遮断』を発動させた。
それにより、後衛を襲いに来たキラービーは見えない壁に阻まれ、ノアの目の前で渋滞を起こしていた。
前回のレイドボス戦では、俺が今のノアの役回りを担当していた。
でも今回は、ノアに後衛を守ってもらっている。
こっちのほうが、より安定性が増すからな。
「ぎゃあああああぁぁ! 怖い怖い怖い!」
しかし、キラービーの進行を阻んだノアは涙目だ。
至近距離で馬鹿デカい蜂の集団を見なくちゃいけないというのがキツイのだろう。
『遮断』作る壁が透明なのが災いしたな。
「今助ける! 『ハイヒーリング』!」
俺はノアのほうへと近づき、キーラビーだけを有効範囲内に収めてダメージヒールを放った。
それにより、後衛を狙いに来たキラービーは根こそぎHPをゼロにした。
範囲狩りが美味い。
「ふぅ……助かった……ありがとうシンちゃん。お礼に今度、お姉さんとデートしよう」
「……間に合ってますので結構です」
ノアがふざけたことを言いだしたので、俺はそれにそっけなく返した。
「大丈夫。サクヤちゃんたちには内緒にしてあげるから」
その内緒にするというサクヤがこっちをガン見してんですけど。
いい加減アホなこと言うのはやめてくれ。
「ほら、またキラービーの大群がこっちに来てるぞ」
「ぅおう! ……どうやら、ここでのんびりとお喋りしている暇はなさそうだね」
今は戦闘中だ。
冗談はまたの機会にしてもらおう。
もちろん、常識の範囲内に収まる冗談にしてほしいものだが。
「ファイアーボール!」
「バーニングショット!」
「ドラゴフレイム! ……シンくん! 私、今超頑張ってるよ!」
ノアとお喋りをしていたのが悪かったのか、サクヤが俺に頑張ってるアピールをしだした。
そういうのはいいから、今は敵を倒すことに集中しろ。
「むぅ……シッ……シッ……!」
俺が前線に戻ると、フィルはふくれっ面で、モンスターに状態異常をばらまいていた。
多分、フィルもサクヤと同様、俺がノアにデートのお誘いを受けたのを聞いていて、そのことについて不服があるんだろう。
こっちはこっちで微妙に居心地が悪い。
まったく、あの先輩と関わるとロクなことがないな。
そんなことを思いながらも、俺は再び敵モンスターを引きつけ、範囲狩りを続けた。
こうした戦闘が始まってから、およそ1時間ほどが経過した。
その間、俺たちはキラービーとサンドワームの群れを倒し続けた。
結果、無限かとすら思ったレイドボスの取り巻きの数は徐々に減っていき、ついにはレイドボスであるクイーンビーへの攻撃も当たりだすようになった。
クイーンビーはキラービーを盾にすることで遠距離攻撃を防いでいた。
が、キラービーの数が少なくなってしまったのでは、どうすることもできない。
ダークも、自分の攻撃がクイーンビーに当たるようになって、ご機嫌そうだ。
あいつに限らず、俺も今は気分が良い。
クイーンビーのHPの減少速度から見て、あともうちょっとで倒せそうだからな。
まだ気は抜けないけど、もうこの戦いは俺たちの勝ちでほぼ決まりだろう。
ここまでの階層へたどり着くまでに鍛えられた俺たちは、本当に強くなった。
そのときの俺は、この戦場をただただ楽観視していた。
「あれあれ、もうレイド戦始まってんじゃん」
しかし、その幻想は謎の声とともに打ち消される。
俺はその声がしたほうへと目をやった。
「なあカミカゼ。俺たち、ちょっと来るのが遅すぎたんじゃないか?」
「いや、そんなことはないよ。みんな疲れているみたいだし、ベストなタイミングだ」
「ふーん。まあいいか。レイドボスが倒される前に来れたんだし」
俺たち30人とは別の集団が、突然姿を現した。
そいつらは全員、仮面や覆面を付けたりフードを深々と被っていたりして、顔を隠している。
あまりに唐突な出来事だった。
そのため、俺たちは全員、あっけにとられてしまっていた。
「さてと、それじゃあ魔女様のために――《力ある者》の聖戦とやらを始めるとするか」
そしてその謎の集団は、突如俺たちに牙をむいた。