地下50階層へ向けて
アギト主導のもと、俺たちは迷宮地下48階層、地下49階層のマッピングを迅速に終えた。
そして、レイド戦に向けた調整も完了させた。
最終的に、今回のレイドメンバーは途中変更もなく、最初に決まった30人で地下迷宮を潜ることとなった。
「……今回は誰も付き添わないのな」
「それだけみんな、この階層のモンスターと戦いたくないんだろうね」
地下50階層への道中、俺とユミは言葉を交わしながら、周囲に目を配った。
そこには、俺たち30人以外は誰もいなかった。
ユミの言う通り、俺たち以外の連中は、この辺で出現する虫モンスターと戦いたくないから、付き添うことを自重したのか。
あるいは、もうすでに期末テストの勉強を始めているのか。
どっちにしろ、付き添おうという者の人数があまり多くなかったため、俺たちレイドメンバーだけで潜ろう、ということになったのだろう。
付き添い(野次馬とも言う)がいれば、レイドボスまでの道のりを楽に進むことができた。
そいつらが、道中で出現するモンスターを狩ってくれるからだ。
でも、付き添いがいないのであれば、出てくるモンスターは俺たちが直接倒すしかない。
「まあ、レイドボス戦のウォーミングアップと考えれば、問題はないだろ」
「そうだね、ここで出てくるモンスター相手なら、大した消耗にもならないし」
楽はできない。
けれど、それについてブツブツと文句を言う気は、俺にはない。
ユミにこの話題を振ったのは、あくまで『賑やかしが少ないな』、と感じたからだ。
俺たちレイドメンバーの平均レベルは57。
これだけあるなら、地下49階層で現れるモンスターなど、脅威にはなりえない。
通常であれば、という但し書きが付くけど。
「くぅ……やっぱり、あたいもカンナたちみたいに留守番させてもらえばよかった……」
【Noah's Ark】の火力担当である紅がムカデ型モンスターを燃やしながら、泣き言めいたことを漏らした。
紅も虫嫌いの一員か。
であるにも関わらず今回のレイドメンバーに選出されたところを見るに、それだけ彼女の力が求められていた、ということなのだろう。
確か、彼女は炎を操る異能の使い手だったはずだしな。
であるなら、虫モンスター相手には欠かせないメンバーと言える。
「紅ちゃん。私たちはギルドのため、みんなのため、レイドに参加することに決めたんだから、ファイトだよ」
「……ファイト」
紅と同じギルドに所属するノアやナナシといった女子勢が励ましの言葉を送っている。
どうやら、あいつらも虫はダメのようだ。
地球における俺たちの生活では、虫と触れ合う機会があんまりない。
そのため、虫に対する精神的耐性が低い。
昔の子どもは、夏休みになるとカブトムシを捕まえに行ったりしたそうだが、現代っ子たる俺たちは、そういうことをした経験なんて皆無だ。
VRでならしたことがある、という奴もいるかもしれないけど、そういうのも稀だろう。
まあ、そんな背景があろうとも、彼女たちには頑張ってもらおう。
3人とも、戦闘では頼りになるからな。
「フン、なんだあいつら。あんなので戦力になるのか?」
と思っていたら、俺の傍にいたダークが彼女たちを見て、大きくため息をつきだした。
この前は俺に怨嗟の言葉をまき散らしてたっていうのに、なんでこいつは俺の傍にいるんだろうか。
他に行くアテがないからなのだろうか。
……この辺はあんまり考えないでおこう。
「先輩方に失礼なことを言うな、白崎! あの人たちは、2年生のなかでもトップクラスの実力者だぞ!」
カラジマがダークに忠告を飛ばした。
こいつは1年1組に所属しているから、クラスメイトのダークが変なことを言おうものなら即ツッコミを入れるべく待機していたようだ。
1年1組が2年生に喧嘩を売っていると思われたくないから、必死なんだろう。
「白崎とは誰のことだ」
「お前のことだよ!」
「知らんな、そんな名前の奴なんて。俺は漆黒の帝王――ダークネスカイザーだ。2度と間違えるな三下野郎。あと誰だお前」
「三下野郎!? てゆうかお前、俺のこと知らねえの!? マジで!?」
……クラスメイトを三下呼ばわりか。
ダークにとってカラジマはアウトオブ眼中であるみたいだ。
なんかもう、いろいろ酷いな。
「おい、1組! うるさいぞ! 俺たちは今からレイドボスを倒しに行くんだ! 真面目にやる気がないなら地上に帰れ!」
ダークとカラジマの様子を見ていて思うところがあったらしく、2組所属のナバタが怒りだした。
相変わらず真面目な奴だな。
まあ、真面目な性格ゆえの怒り、というわけではないのかもしれないけど。
こいつは前回のレイドボス戦は病欠してしまった分、今回にかける意気込みは相当なものなんだろう。
それに、1組の連中がふざけているように感じたら、2組の立場としては面白くないと感じても、不思議ではない。
「俺は真面目だよ。不真面目なのは白崎だけだ」
「だから、白崎ではないと言っているだろ。なんべんも言わせるな、スカポンタン」
「スカポンタン!?」
「それに、横からしゃしゃり出てきたお前も誰だ。知らない奴が気安く俺に話しかけるな、アンポンタン」
「レイドメンバーの名前くらい覚えておけよ! 俺の名前はナバタだ!」
カラジマとナバタはダークのクソ失礼な態度に怒り心頭といった様子だ。
というか、さっきから口が悪いな、ダークは。
こいつのことは俺もあんまり知らなかったけど、これが素なのか。
「はぁ……もういいや……でも、俺の名前くらいは覚えておけ。一応俺は、お前のクラスメイトなんだからな」
「クラスメイトか。なら特別に覚えてやろう。ありがたく思えよ、スカポンタン」
「俺はスカポンタンなんて名前じゃねえよ! カラジマだ!」
「ごめん、やっぱりお前の名前は長くて覚えられない」
「長くねえよ!? 少なくともスカポンタンよりは長くねえよ!?」
……どうやら、これがダークなりのコミュニケーションらしい。
常に喧嘩を売るスタイルのようだが、カラジマはそこそこ上手く受け流せるみたいだから、なんとかやっていけそうだな……多分。
「で、そっちはアンポンタンだったか?」
「俺のほうはさっき名前言っただろ! ふざけるな! 俺はナバタだ!」
しかし、根が真面目なナバタとの相性はすこぶる悪そうだ。
あんまり怒ると、また体調崩すぞ。
「お喋りはそこまでにしろ、1年」
「は、はははい……」
「す、すすす……すみませんでした……」
アギトが声をかけてきた。
それにより、カラジマとナバタが顔面蒼白となった。
俺たちの学園の生徒会長様は、無駄に怖い雰囲気を常時醸し出してるからな。
慣れていないカラジマたちがビビってしまうのもしょうがないだろう。
「俺に指図するな。怖い顔すればホイホイ言うこと聞くとでも思ったか、マヌケ」
……ダークだけはアギトに屈しなかったようだ。
指図するなとかマヌケだとかをアギトに対して平然と言ってのけるとは。
肝が据わってるんだか、ただの馬鹿なのかはわからないけど、ある意味尊敬するぞ。
「ほう……随分と威勢のいい1年だ。褒めてやる」
アギトのほうも、まったくブレないダークの態度に思うところがあったのか、口元が若干吊り上っている。
多分笑ってるんだろうけど、カラジマたちが「ヒッ!?」って言いながら怯えてるから、そのへんにしておけ。
「アギトさん、1年生とじゃれあうのも結構ですが、今は他にやることがありますでしょう?」
「……と、そうだった」
3年生のナンバー2的立場にいるセツナが、アギトをたしなめた。
すると、アギトはゴホンと咳払いを1つして、俺たちレイドメンバー全員のほうへと向き直った。
なんだかんだとお喋りをしている間に、俺たちは地下50階層へと続く階段の前へと到着していた。
アギトはこれから、レイドボス戦前の激励をするつもりなんだろう。
「各自、HPとMPがフルになっていることを確認しろ。その後、装備品の点検、アイテムボックス内の整理を行え」
俺たちはアギトの指示通り、戦闘の準備を整えた。
さっきまでの道中で、問題となるような被害は受けていなかった。
だからみんな、この工程は特に問題なさそうだ。
「この階段を下りた先に、レイドボスの待つ部屋がある。総員……そこへ飛び込む覚悟はできているな?」
アギトの問いに、俺たちは無言の肯定を行った。
覚悟、というのは、レイドボス戦でどのようなモンスターが現れようとも心を乱さないか、という意味だろう。
できるだけマイルドなものを頼みたいところだが、こればっかりは運頼みだ。
「ボス部屋に入ったら、外へはレイドボスを倒すまで出られない。逃走は許されない行為であることを肝に銘じておけ」
なんか、アギトも結構念を押してくるな。
それだけ、この辺りの階層で出現するモンスターがキツイと判断しているのかもしれないな。
カブトムシやらミミズやらの形をしたモンスターであれば、まあ問題ない。
でも、ムカデやらハチやらが襲い掛かってくると、下手をすると戦線が崩壊しかねないほどの動揺がレイド内に起こる。
これはモンスターの強さに恐れているのではなく、ただ単純に、見た目のグロテスクさに起因するものだ。
……そして、Gの名がつく最強生物が、もしも現れてしまったら、かなり厄介だ
ビッグサイズのアレと地下迷宮内で出くわしただけで、女子勢は泣き叫び、こちらに向かってガサガサガサガサと近寄ってこようものなら、男子勢すらも全力で逃げ出す。
かくいう俺も、アイツとだけは戦いたくないと思っている。
それだけ危険視されているモンスターが、この階層には潜んでいるのだ。
ホント……レイドボス戦では現れないでくれよ……?
「……よし、では行くぞ。総員……突撃!」
アギトは号令をかけ、階段を駆け下りていった。
なので俺たちも、アギトの後を追うように走り出す。
ここでうだうだと足踏みしているくらいなら、さっさと突撃したほうがいい。
待ち構えているモンスターの種類が変わるわけではないのだから。
そうした心持ちで、俺はアギトと一歩遅れるタイミングでボス部屋に入った。
「……何もいない?」
部屋を見回して、俺の隣にいた氷室が呟いた。
こいつも今回のレイド戦にはタンク役として参加している。
本人は虫嫌いだと言っていていたが、俺たちが参戦するのであれば自分も参戦する、と決意したらしい。
と、今はそんなことを考えている場合じゃないな。
レイドボスはどこにいるんだ。
「……ん?」
どこかから、羽虫のような音が聞こえてきた。
俺はその音がどこから聞こえてくるのか確かめるため、耳をそばだてる。
「…………! 上だ!」
アギトが叫んだ。
それにつられて、俺たちは天井を見上げた。
「……あれがレイドボスか」
俺は内心で、僅かにホッとした。
最悪の敵を相手にせずに済んだからだ。
しかし、それでも敵は2番目か3番目かに厳しい相手だった。
――レイドボス『クイーンビー』。
ボス部屋の天井にとまっている巨大なハチを見て、俺の網膜にそんな表示が現れた。
「くるぞ!」
クイーンビーの周囲にはハチの巣のような物体が垂れ下がり、それを無数のキラービーが取り囲んでいる。
そのキラービーたちは、俺たちを侵入者であると認識したらしく、こちらへ向けて飛んできた。
対する俺たちも、武器を構え直して動き出す。
こうして俺たちは、迷宮地下50階層におけるレイドボス戦を開始した。