第三回、地下迷宮レイドボス戦攻略会議
サクヤたちと合流した俺は、高校1年生ギルド【流星会】のメンバーと一緒に地下迷宮へと潜った。
「うえー……やっぱりこの階層のモンスターと戦うのやだー……」
地下48階層にて戦闘をこなしていると、マイが不満の声を漏らした。
マイらしくないな。
いつもの彼女なら、「どんなモンスターが出てもへっちゃらだよっ!」くらいのことは言ってのけていただろうに。
一応戦えはするものの、よく見ると、動きにいつものキレがない。
ハチ型モンスターであるキラービーを相手にして、マイは攻撃を避けることしかできずにいる。
普段なら避ける合間に攻撃を2、3発当てるくらいのことはしているんだが。
「……いまだにマイは虫嫌いなんだな」
キラービーを倒した後、俺は呟き声を発した。
「しょうがないわよ。正直、私もかなりキツイと思ってるし」
「私たちの攻略が遅れてるのも、これが原因だからね」
すると、ミナとサクヤがそれに反応した。
どうやら、この辺りの階層では、虫型モンスターが頻繁に出没するようだ。
まだ十数回程度の戦闘しかこなしていないから、もしかしたら俺の気のせいかもと思っていた。
けど、マイやミナ、サクヤの様子を見る限りでは、それは気のせいじゃないんだろう。
地球で存在しているような虫が、アースでは人と同じくらいのビッグサイズで現れる。
そんなモンスターがワシャワシャと近づいてくるのだ。
最初のころは生理的嫌悪感に苛まれて、精神的にかなりキツかった。
そんなモンスターと戦うことにも多少は慣れたが、虫嫌いのマイや他の連中は克服できていなかったみたいだな。
「今のうちに慣れておけよ。多分、地下50階層のレイドボスも虫系モンスターなんだから」
「うへえー……」
マイに声をかけてみるも、どうにも反応が鈍い。
この辺りで虫系モンスターと頻繁に出くわすということは、この先に待ち構えているであろうレイドボスも、まず間違いなく虫系モンスターだ。
なので、マイを含めたレイドメンバー全員には、虫系モンスターへの苦手意識を克服してもらわないと、非常に困る。
「どうしても無理そうなら、レイドボス戦に参加しないっていう手もあるよ、マイ?」
ユミがマイに向けて、微笑む交じりにそう言いだした。
「むー……やだー、私もレイド戦出るー……」
「じゃあもっと頑張らないとだね。ほら、ブラッドビートルがこっちに飛んできたよ」
「うへー……『シャウト』ー……」
虫は苦手でも、レイド戦には参加したいらしい。
マイは気の抜けたような声で挑発スキルを発動すると、カブトムシ型モンスターへ攻撃を始めた。
「さ、僕たちも戦闘に加わろう」
「ああ、そうだな」
レイド戦への参加意思を示した以上、マイへ気を遣うのはナシだ。
俺はマイに加勢せず、ブラッドビートルの後ろから付いてきていたキラービーのタゲを取るべく動き出した。
「これより、第3回、地下迷宮レイドボス戦攻略会議を始める」
地下迷宮での戦闘を終えた翌日。
俺たち高校生組は大使館の会議室に集まり、レイドボス戦についての話し合いを始めた。
「……あー、本格的に会議を行う前にだ。まず、しばらくの間、地下迷宮の攻略に参加できなかったことを詫びよう。すまなかった」
会議が始まった直後、アギトが俺たち全員に向けて頭を下げだした。
俺、アギト、クロード、ねこにゃんの4人は、アース時間で半年ほど、新米冒険者の育成を行っていた。
それは早川先生たちからの依頼だった。
だから、ギルドの活動に参加できなかったことについて、そこまで気にする必要はないと思うんだが、アギトは気にするようだ。
まあ、俺やクロードとは違って、アギトはギルドマスターを務めている。
その関係で、より責任を感じてしまうのかもしれないな。
「アギト、それはもういいって」
「攻略が多少遅れていますが、それも許容範囲内です」
3年生ギルド【黒龍団】に所属するカイトとセツナがアギトをなだめた。
もしかして、アギトはギルドに戻ってからずっとこんな調子なのか?
それはそれで鬱陶しいな。
責任感があるのはいいことだ。
でも、この場に話を持ち込んでまで謝らなくてもいいだろ。
「……しかし、俺たちは地下50階層の攻略を終えた後、学園の期末テストもこなさなくてはならない。タイトなスケジュールを皆に課した身として、地下迷宮攻略の遅れは多少であっても申し訳なく感じる」
う……。
期末テストか……。
いやなものを思い出しちゃったな……。
でも、そうか。
あんまり気にしてなかったけど、もうそんな時期なんだよな。
なんだかんだしているうちに、地球は7月に入った。
早いもんだ。
「攻略が遅れているなら、その分俺たちが頑張ることで巻き返せばいい」
俺の思考があさってのほうへと向かうなか、ねこにゃんがアギトにそう言いだした。
「む……それは、確かに」
「だろ? 俺も攻略に手を貸すから、申し訳ないとかそういう話はいったん脇に置いておけ。お前がそんな調子では、みんなが困ってしまう」
「ああ、わかった」
どうやら、アギトやねこにゃんが人一倍頑張ることで、地下迷宮攻略の遅れを取り戻す気らしい。
「おお……さすがはねこにゃんさんだ……」
「あのアギトさんを物怖じすることなく説き伏せるとは……」
……会議室のどこかから、ねこにゃんを賛辞する呟き声が聞こえてきた。
アギトを説得できる人材は貴重なんだろう。
生徒間におけるねこにゃんの評価は異様に高かったけど、こういったところも評価されていたのかもしれないな。
「なら、君も頑張らないとだね、クロード君」
「え、僕も?」
2年生の席から、ノアとクロードの声が聞こえてきた。
「君だって、ここしばらく、地下迷宮の攻略に顔をださなかったじゃない」
「それはそうなんだけど……まあ、力になることには、僕も異論はないさ」
クロードも、アギトたち同様、他のメンバーより頑張るつもりのようだ。
アギト、ねこにゃん、クロードときたら、俺も頑張るしかあるまい。
もともと、張り切って迷宮攻略を進めるつもりだったけど。
「つーか、攻略が遅れたのって、女子連中が地下迷宮に潜るのを躊躇ってたからじゃねーか。たかが虫相手にビビってんじゃねーぞ」
俺が気合を入れていると、カイトが【Noah's Ark】のほうを向き、ツッコミを入れてきた。
【Noah's Ark】の主戦力メンバーは女性が多い。
その女性陣がマイと同様、虫系モンスターと戦うことに難色を示していたら、迷宮攻略どころではない。
だからこそ、カイトはあいつらにツッコミを入れたのか。
「……はっはっはっ、いやー、さすがの私たちも虫相手の戦闘は……ちょっとね」
「しっかりしろよ《シャットアウト》。なんだかんだでレイド戦では頼りにしてんだから」
「はい……すいません」
ノアを初めとした【Noah's Ark】の面々は肩を縮こませた。
今までは3年の先輩たちに一歩も引かなかった連中なのに、今回ばかりは申し訳ないと思っているのだろう。
「とにかく、地下迷宮の攻略は迅速に行う。地下50階層攻略にかまけて、期末テストの準備が疎かになってしまわないようにな」
アギトがここまでの話を纏めた。
学生の本分は勉強だからな。
期末テストをおろそかにしない、というのは当然か。
サクヤたちに苦労はかけさせたくないし、俺も勉強しよう。
将来の役に立つかどうかは、昨今の異能者排斥運動の情勢的に微妙だけど、しないよりはマシだ。
「期末テストが終われば夏休みが待っています。それまでは頑張りましょう、皆さん」
セツナが会議室内のメンバーに励ましの言葉を告げた。
そういえば、期末テストの後は夏休みか。
でも、あんまり意味がない休暇期間だ。
夏休み中もアースに来ているだろうからな。
いつもとなんら変わらない。
実家に帰省するっていう生徒もいるだろうが、俺は多分しないだろう。
親との仲が悪いってわけじゃないけど、帰ってもいろいろ迷惑かけるだけだし……うーん。
「前置きが長くなったが、そろそろ本題に移ろう」
俺が夏休みの予定について頭を悩ませていると、アギトがそう言って、会議の流れを元に戻した。
「先ほど、何名かがそれらしいことを口にしたが、今回攻略する迷宮地下50階層付近では虫系モンスターが多く出現する」
「そうなると、地下50階層のレイドボスも、虫系である可能性が高いですね」
「だったら対策もしやすいな! 炎攻撃が得意なアタッカーで固めりゃいいんだから!」
3年生であるアギト、セツナ、カイトが話を進めた。
レイドボスは虫系モンスター。
だとしたら、炎属性の攻撃ができるメンバーを中心にしてレイドを組んだほうがいい。
炎属性は虫系モンスターの弱点だからな。
「であれば、レイドメンバーの人選もそのようにしたいところなのだが……今回の敵モンスターは女子メンバーにウケが悪いそうだな? この辺りも考慮した人選にすべきか?」
「そうですね……大きく支障がでそうなメンバーに関しては、除外しておいたほうがよいかもしれません」
「バトル中にギャーギャー泣かれても困るからな」
どうやら、虫モンスターと戦うことに消極的なメンバーも外していくようだ。
これは、まあ、しょうがないか。
マイとかの参戦も危うくなるけど、レイド戦で力を十分に発揮できなさそうであれば、今回は参戦を見送ってもらったほうがいい。
「となりますと……レイドメンバーはこの30名でどうでしょう?」
前回の会議と同様、セツナが最初の人選を行った。
そのレイドメンバーのなかに俺は……いるな。
サクヤやミナ、ユミといった【流星会】の主要メンバーもいる。
ただ、マイを含めた虫嫌いのメンバーは選ばれなかったようだ。
ここで決めたメンツが絶対というわけじゃないけど、繰り上がり当選は期待薄だろう。
マイ以外にも、【Noah's Ark】に所属しているカンナやアキの名前が見当たらないのが目立つな。
あいつらも虫嫌いか。
困った奴らだ。
俺はレイドメンバー30名の名前に目を通しながら、軽いため息をついた。
それ以外に目立った違いといえば、レイドメンバーに選ばれたメンツのなかに『ダークネスカイザー』というネームがあったということくらいか。
あいつはこれまで一度もレイドボス戦に参加していないようだが、はてさて、どうなることやら。
「……ふむ、悪くないバランスだ。では、これをレイドメンバー表のたたき台とする」
アギトが進行役を務める会議を聞きながら、俺は次の戦いがどのようなものになるか、頭のなかで思い描いていた。