告白
キィスたちと別れた俺は、町のなかを30分ほど散歩してから、サクヤたちのところへと戻ってきた。
「お勤めご苦労様です! シンくん!」
俺たち地球人が住まう宿に入ると、早速サクヤが出迎えてくれた。
「……それ、出迎えの言葉としてのチョイスとしておかしくないか?」
「お勤めご苦労様です」だと、俺がなにか悪いことをしてきた後みたいだ。
普通に「久しぶり!」とか「お帰り!」でいいだろ。
「細かいことは気にしちゃ駄目だよ! 私たちは今までじゃなくてこれからを生きてるんだから!」
「なに『上手いこと言ってやった』みたいな顔してんの」
サクヤは爽やかな笑みを向けてくる。
俺はそんな彼女を見て、「はぁ」と軽くため息をついた。
多分、久しぶりの再会だから、テンションが上がってるんだろう。
そう考えれば、悪い気はしないな。
「そんなことよりシンくん。もしかして、さっきまで泣いてたりしてた?」
「い、いや、そんなことはないぞ」
「? そう? なんか、目がちょっと充血してるよ?」
なんでそんなところを指摘するかね。
ちょっと散歩とかして、気分転換を十分に済ませたっていうのに。
あと30分くらい時間を潰すべきだったか。
まあ、俺は泣いてないけど。
「もし泣くようなことがあれば私の胸を貸すから、遠慮なく言ってね」
「だから、俺は泣いてなんていない。あと、胸も貸さなくていい」
早川先生といいサクヤといい、みんなしつこいな。
厚意については気持ちだけありがたく受け取っておく。
だが、泣いていない俺は慰められる必要もない。
「胸を貸すのであれば、我の胸が最適であろう!」
そんな俺たちのやり取りに、クレールが加わってきた。
クレールの胸で、か。
前にあったな、そういうこと。
「……シンくんはやっぱり胸が大きいほうがいいよね」
と、俺がクレールの胸に視線を向けていたら、サクヤがションボリとし出してしまった。
いまだに胸の大きさにコンプレックスを抱いているのか。
そんな気にするほどのことでもないだろうに。
「いや、別にそんなこと思ってないからな。というか、サクヤにしろクレールにしろ、俺に胸を貸す必要なんてないからな」
「そう?」
サクヤは訝しげな目で俺を見つめてきた。
なんだよ、その目は。
俺が嘘をついてるとでも思っているのか。
……確かに胸は大きいほうが好きだけどさ。
「それはそうと、シン殿は、あの冒険者の小僧たちとちゃんと別れられたのか?」
「ん、ああ、その辺はしっかりと、な」
クレールが話題を変えてきたので、俺はそれに乗ることにした。
「あいつらはそれぞれ、自分たちの道を歩く。その傍に俺はいないけど、まあ、生きていればそのうちまた会えるだろう」
「そうか、ならばいい」
俺たちにはあんまり実感がないけど、本来、冒険者という職業に就く者の命は軽い。
学園に戻るというリアナとリオはともかくとして、これからも冒険者を続けていくキィスやエマ、クーリは、下手を打てば簡単に死んでしまう。
だから、もしかしたらさっきの別れが今生の別れ、なんてこともありうる。
そうならないよう俺も手を尽くしたけど、これから先のことなんて、やっぱりわからない。
……あぁ、また心配になってきた。
「ど、どうしたのだ、シン殿。急にそわそわしだしたが……」
「……なんでもない。これは一種の職業病だ」
「ふ、ふむ……?」
キィスたちを気にするのはやめよう。
俺がいつまでも不安がってたら、むしろあいつらに失礼だ。
いつかまた、きっと会える。
今はそう思うだけにしておこう。
「俺のことはいい。それで、クレールのほうは、サクヤたちにきちんと謝ったのか?」
キィスたちへの心配を心の隅に追いやり、俺はクレールに問いかけを行った。
クレールは長い間、俺たちのところから姿を消していた。
そのことについて、今の今まで、サクヤたちに謝罪していなかった。
始まりの町に戻るのも、クレールにとっては久しぶりだからな。
一応、とっくの昔に通話機能でサクヤたちにクレールの無事を知らせているとはいえ、彼女自身で謝れるなら謝っておいたほうがいいだろう。
「う、うむ。それはもちろん」
「そっか」
俺がいないうちに、その辺も済ませたようだな。
なら、俺からはこれ以上なにも言うまい。
「しかし、フィルへはまだだな。だから、これからあやつのところへ行こうと思う」
「フィルか……」
この宿は高校生専用だ。
中学生であるフィルのいる宿は、こことは別のところにある。
「なら、俺も一緒に行く。フィルには俺も用事があるからな」
「用事?」
「そう、用事だ」
正直、これをフィルに話すのは時期尚早過ぎると思う。
でも、サクヤとクレールに話が済んでいて、フィルにだけなにも言わないというのは、据わりが悪い。
「じゃあ私も一緒に行こうかな」
「サクヤも?」
「うん。シンくんがちゃんと言えるか、傍で見守っててあげないとだからね」
……どうやら、サクヤは俺がフィルになにを言おうとしているのか、勘づいているようだ。
まあ、これはもともと彼女が言い出したことだからな。
察しが早くても当然か。
「……よし、それじゃあ行くか」
俺は腹に力を入れ、足を強く前に押し出し、フィルのところへと歩いていった。
「フィル、俺と結婚してくれないか」
「ん…………ん?」
フィルのもとを訪れた俺は、単刀直入に告白を敢行した。
彼女は話についていけていないようだ。
可愛らしく首を傾げている。
「シンくん。他の女の子に私やクレールさんみたいな反応を求めないほうがいいと思うよ」
「……そうだな。順序立てて話をしよう」
傍にいたサクヤからも指摘を受けてしまった。
なので俺は、結婚話が浮上した経緯についてをフィルに説明した。
「そう……ですか。つまり、今回もやっぱりサクヤさんが事の発端という……わけですね」
「まあ、な」
やっぱりとか。
何気にフィルも、サクヤのことをよく理解しているようだな。
「でも、どうして……結婚しようということに? 普段のシンさんなら……流していてもおかしくないのでは……ないでしょうか」
そして彼女は、サクヤに加え、俺についてもよく理解している。
というより、身近で俺たち2人のやりとりを日常的に見ていたのだから、本来ならどういう流れになるのかも想像できるか。
フィルの言うとおり、普段の俺なら結婚しようという提案を『また変なことを言い出した』と一蹴していただろう。
だが、今回は少し事情が違ったりする。
「……フィルは、俺が複数の女の子と仲良くしてるのに後ろめたい気持ちを抱いていたこと、察してるだろ?」
「確かに……シンさんが意識して、オレたちとベタベタしないようにしてるのはわかって……ました」
サクヤたちと積極的にイチャコラしない理由。
それは、俺が自分自身を不誠実な男なのではと思っているからに他ならない。
「2年の先輩に、何人もの女の子を常に侍らせてるような人がいる。フィルも知ってるよな?」
「ん……知って……ます」
「俺はその人のことを軽い男だなって思ってたんだ。だけど、それは俺にも当てはまるんじゃないかって、ずっと悩んでたんだ」
「…………」
フィルとサクヤは俺の話に黙って耳を傾けてくれている。
なので俺は、胸の内に抱えていたものをすべて吐き出すことにした。
「だから俺は証明しようと思ったんだ。俺が抱くフィルたちへの『好き』っていうのは、どれくらいのものなのかを」
複数人の女の子と恋人として付き合うのであれば、それはただ単純に軟派な男として見える。
でも、複数人の女の子と結婚するというのであれば、それは男の器が試されることになる、と俺は思う。
まだ将来に期待してもらうしかないけど、俺はフィルたちを支えられるように頑張る。
そして、もし俺がフィルたちを悲しませることをしでかしたら、みんなでリンチでもなんでもすればいい。
こういった覚悟を背負って、初めて俺は彼女たちと向き合える気がするんだ。
……しかし。
「ん……んー……やっぱり、オレには、け、結婚とか……よくわかんない……です」
「そ、そうか……」
フィルの返答は微妙なものだった。
まあ……これは仕方がない。
というか、中学生に結婚とか、そういうのはいくらなんでも早すぎる。
俺やサクヤが先走っただけの話だ。
「な、なんかゴメンな! 帰ってきて早々に変なこと言い出して! いやホント、そうだよな! やっぱり、俺たちには結婚とか、そういう話は早すぎたよな!」
「あ……」
フィルが気にしないよう、俺はできるだけ明るく振る舞った。
すると、フィルは慌てた様子で言葉を紡いだ。
「で、でも! オレは……シンさんと結婚したらとか……そういう妄想をしたこと……よくある……ます……」
「え……?」
「あ、朝は仕事に行くシンさんに手作りのお弁当を持たせて……お出かけのチューをしちゃったりして……家事とかしながら『今晩はシンさんになにを食べさせてあげようかな』とか考えたり……それで、夜にシンさんが帰ってきたら一緒にご飯食べて……そのときに『あーん』とかやりあっちゃったり……そ、それでその後一緒にお風呂とか入ったりなんかしちゃったりして……な、なんちゃって……」
「…………」
フィルの語る俺との結婚生活は、ありきたりで甘々なものだった。
それを俺に言うというのは、彼女にとって羞恥プレイ以外の何物でもない。
顔は真っ赤に染まっているし、相当恥ずかしかったっていう様子だ。
多分、俺が結婚話をして恥ずかしがったから、彼女も自分の妄想話を告白したのだろう。
相変わらず、フィルはいい子だな。
「だ、だから、シンさんと結婚するっていうのが嫌ってわけじゃない……です。あくまで、唐突な話だったから、オレの準備ができてないってだけで……お父さんやお母さんが許してくれるかもわからないし……」
「……そっか」
確かに、結婚は人生を大きく変えるイベントだ。
するにしても、即決ではなく、よく考えて行うべきだろう。
また、地球にいるフィルの親御さんがどういう反応をするかも不明だ。
アース内での結婚については、地球での結婚よりハードルが低いと思うんだが……やっぱり聞いてみないとわからないな。
「……一応、アースでは年齢的に、オレたちは結婚しても大丈夫……なんですよね?」
「ん? ああ、それは大丈夫だ」
地域によって基準はまちまちであるものの、周りから大人と見なされた時点で結婚は可能、というのがアースだ。
大人と見なされることの定義も曖昧だが、家族を養えるだけの収入を自力で得られるのであれば、どこでも大人扱いされる。
その基準で言えば、俺たちは結婚可能条件を十分クリアしている。
「な、なら……前向きに検討……します」
フィルは俺の返答を聞くと、ポツリとそう言って体をモジモジとし始めた。
「え……つ、つまり……」
「アースでの結婚なら……いいんじゃないかと思って……ます」
「…………」
自然と、俺は拳をギュっと握りしめていた。
抑えていなければ、そのまま天に向かってガッツポーズを行っていたかもしれない。
「それで……もしシンさんが地球でも……って考えてくれていたら……何年後になるかわからないけど……それも前向きに検討します……お父さんやお母さんを頑張って説得するし……そのときシンさんに甲斐性がなくっても、オレが頑張る……」
「いやいやいや……ご両親の説得はぜひ頑張ってほしいけど、俺はフィルたちに苦労をかけさせないよう頑張るからな? 今は将来に期待してもらえるほど、俺のスペックも高いわけじゃないけど」
中学時代は怠けていたせいで、俺は勉強が不得手だ。
運動能力も、小学時代は高いほうだったんだが、VRゲームのやりすぎで、今は並かちょっと良いくらいしかない。
一応、異能開発局は俺を高く評価しているようだから、もしかしたらケンゴたちのように雇ってくれるかもしれない。
だが、それも安定した収入になるとは限らない。
「俺は、お前たちのために頑張る。一家の大黒柱になろうっていうんだから、当然だよな」
異能持ちは冷遇される世のなかになったから、勉強とかをすることにどれだけの意味があるのかは、わからない。
でも、俺は真面目に勉強なり自分磨きなりをしていこうと思う。
それが、フィルたちのためになると信じて。
「別に、私とかが働くのでもいいんだよ? 主夫なんて珍しくないんだし」
サクヤからツッコミが入った。
まあ、それはそうなんだけど。
しかし、それで俺が怠けていいという理由にはならんだろう。
俺はサクヤたちのヒモになる気なんてないんだから。
「とにかく、俺はこれから、いろいろなことを今まで以上に頑張っていくつもりだ。だから、これからもよろしく、みんな」
俺はサクヤ、フィル、クレールの3人を見ながら、そう言った。
「うん、不束者だけど、これからもよろしくね、シンくん」
「よ、よろしくお願い……します」
「うむ、我らは一蓮托生。互いに支え合って生きていこうぞ!」
そうして、俺たちはまた心の距離を縮めた。
このままいくと、俺は本当に彼女たちと結婚することになるんだろう。
それは、すごく嬉しい反面、怖くもある。
俺はまだガキで、彼女たちを幸せにできるという保証ができないわけだからな。
けれど、俺はできる限りの努力をして、彼女たちを幸せにするつもりだ。
まあ、本格的に頑張るのは、地下迷宮50階層の攻略が終わったあたりになるか。
サクヤたちから聞いた話によると、48階層までの探索は済んでいるそうだし、50階層への到達は、もうすぐそこだ。
久しぶりのレイドボス戦では、俺も盛大に暴れさせてもらおう。